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株式会社 東レリサーチセンター 国立大学法人 |
生きたままの細胞の微細構造に迫る
~再生医療、創薬分野における研究・開発の発展に貢献~
| 株式会社東レリサーチセンター(所在地:東京都中央区日本橋本町一丁目1番1号、社長:吉川正信、以下「TRC」)は、国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学(所在地:石川県能美市旭台一丁目1番地、学長:寺野稔)物質化学フロンティア研究領域の松村和明教授と共同で、生きている細胞の微細な構造を解析する新しい方法を開発しました。 細胞は、細胞膜や細胞質、細胞小器官などさまざまな部分から成り立っています。これらの構造を「細胞の微細構造」と呼び、細胞のさまざまな機能を発現するために重要な役割を果たしています。細胞の微細構造は非常に小さく、通常は電子顕微鏡1)や超解像蛍光顕微鏡2)を用いて観察します。TRCと松村和明教授の研究チーム(以下、「研究チーム」)は、小角X線散乱3)を用いて、ナノメートルスケール(1億分の1メートル)のレベルで細胞の微細構造を解析する新しい方法を開発しました。この方法は、低温など特殊な環境での観察も可能で、新たな細胞の微細構造の観察法として期待されます。また、近年注目されている「相分離生物学」4)では、細胞内のタンパク質や核酸の凝集や分散などの相分離現象が、細胞の柔軟な機能発現に重要な役割を果たしているとされています。今回用いた小角X線散乱では、相分離構造を高感度で観測することができ、細胞生物学や再生医療の発展に貢献することが期待されます。 この研究成果は、2024年7月8日公開のBiophysical Chemistry誌に掲載されました。また、この研究は北陸先端科学技術大学院大学の超越バイオメディカルDX研究拠点の支援を受けて行われました。 |
【背景】
細胞の周りの環境(例えば浸透圧)が変わると、細胞の大きさが変わることはよく知られています。しかし、それだけでなく、細胞膜の張力や細胞内のタンパク質の集まり方も影響を受けます。このような変化は、新規モダリティ医薬品5)の開発や再生医療の分野で重要な知見となっています。
従来、細胞の微細構造の観察は電子顕微鏡や超解像蛍光顕微鏡によって行われてきました。しかし、電子顕微鏡では、煩雑な前処理や真空下での観察のため、生きたままの細胞の観察は難しく、また、蛍光顕微鏡では、解像度はサブマイクロメートル程度であり、微細構造の観察が難しい場合があります。したがって、さまざまな環境で生きたまま、かつ、非常に小さなスケールで細胞の微細構造を観察する新しい方法が求められています。
【研究の概要】
これに対して研究チームは、大型放射光施設SPring-8のBL08B2ビームライン6)で、小角X線散乱を用いて細胞の微細構造の解析を行いました。その結果、細胞内のさまざまな構造からの信号が検出され、それらが環境の変化に敏感に反応していることがわかりました。例えば、タンパク質を作るリボソームは、低浸透圧(水分が多い)ではサイズが膨張しますが、高浸透圧ではリボソームのサイズが収縮し、リボソーム間の距離が近づく様子が観察されました。また、高浸透圧下では、細胞膜が折りたたまれてマルチラメラ構造を作ることや、タンパク質や核酸の凝集状態が変化することが明らかになりました(図1)。これらの結果は、タンパク質の生成や放出に関連する現象と考えられます。抗体タンパク質の品質や産生量と細胞の微細構造の関係性が明らかになることで、抗体医薬品の開発への貢献が期待されています。

図1. 細胞の小角X線散乱信号の浸透圧に対する変化。高浸透圧で特に明瞭な散乱信号が検出され、さまざまな細胞微細構造の変化が起こっている。
【今後の展開】
細胞の微細構造の解明は、創薬や再生医療などの分野で注目されています。細胞の機能(抗体産生や接着・増殖・分化など)を最適化するために、さまざまな環境で細胞の微細構造を詳細に解明することが重要です。今回開発した小角X線散乱による細胞の微細構造解析法は、従来の電子顕微鏡や蛍光顕微鏡の限界を補完し、これまで観察が難しかった不定な構造(相分離)の観察にも有効です。また、従来の顕微鏡観察では困難であった低温や高温などの環境でも構造変化を捉えることが可能です。特に低温環境での細胞の微細構造解析は、細胞や組織の凍結保存への応用が可能であり、新型コロナウイルスで注目されたワクチンの凍結保存技術の発展にも寄与が期待されます。これらの技術は、食料不足や移植医療、創薬分野の課題解決や研究・技術開発への貢献が期待されています。
【用語説明】
試料に電子線を照射し、反射あるいは透過電子像を得る方法。ナノメートルスケールの細胞小器官の形態観察が可能であるが、煩雑な前処理や真空下での観察のため、生きたままの細胞を観察することは不可能である。
特定のタンパク質を蛍光分子で標識することで、その対象物を明るく輝かせ、可視光の波長の限界を超えた分子レベルの解像度で細胞を観察できる方法。ただし、蛍光標識した対象が凝集している場合などは、可視光の限界を超えて見分けることはできない。また、蛍光分子の選択は困難なこともあり、観察環境での蛍光活性の確認も必要である。
X線を物質に照射したときに生じる散乱を観測する方法。X線の散乱は物質中の分子の並び方によって異なる散乱を起こし、物質のナノメートル(10億分の1メートル)スケールの構造を調べることができる。
細胞内で起こるタンパク質や核酸などの生体分子の相分離に関する生物学分野の一つ。生体分子の相分離によって膜のない細胞小器官が形成されることで、細胞の外部環境の変化に瞬時に応答していると考えられている。細胞内の相分離現象が、細胞内の化学反応やシグナル伝達に重要な役割を果たしている可能性があり、新たな生物学として近年注目を集めている。
従来の低分子化合物を用いた医薬品とは異なる仕組みで作用する医薬品。従来の医薬品では効果が限定された疾患や患者に対して、新たな治療法を提供できる可能性があり、近年、研究・技術開発が進められている。生物由来の抗体や核酸、遺伝子、細胞医薬品などが該当する。
SPring-8 は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8 では、この放射光を用いて、物質科学や生命科学などの幅広い研究が行われている。BL08B2ビームラインは兵庫県が設置したビームラインであり、放射光の産業利用支援を目的としている。
【掲載論文】
| 掲載誌 | Biophysical Chemistry, 312 (2024) 107287. |
| 論文題目 | Nanoscale intracellular ultrastructures affected by osmotic pressure using small-angle X-ray scattering |
| 著者 | Masaru Nakada, Junko Kanda, Hironobu Uchiyama, Kazuaki Matsumura |
| DOI | https://doi.org/10.1016/j.bpc.2024.107287 |
| 公表日 | 2024年7月8日(オンライン公開) |
令和6年7月10日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/07/10-1.htmlナトリウムイオン2次電池に高性能・高耐久性を付与する高官能基密度バイオベースバインダーを開発
ナトリウムイオン2次電池に高性能・高耐久性を付与する
高官能基密度バイオベースバインダーを開発
ポイント
- バイオベース化合物であるフマル酸エステルを原料とする高官能基密度バインダー(ポリフマル酸)を合成して、ナトリウムイオン2次電池におけるハードカーボン負極のバインダーとして適用した。
- ポリフマル酸/ハードカーボン系は、12.5 Nと基盤からの高い引きはがし力を要し、ポリアクリル酸/ハードカーボン系(11.5 N)、PVDF/ハードカーボン系(9.8 N)よりも吸着力が顕著に高かった。
- ポリフマル酸/ハードカーボン系を負極としたナトリウムイオン2次電池は、ポリアクリル酸/ハードカーボン系、PVDF/ハードカーボン系のいずれと比較しても放電容量、耐久性、レート特性等において優れていた。また、他系とは異なり、充放電後の負極はクラック形成や集電体からの剥離を示さなかった。
- 集電体への接着力が高く、高耐久性を促すバインダー材料として、ナトリウムイオン2次電池のみならず広範な蓄電デバイスへの応用展開が期待される。
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)の先端科学技術研究科 松見紀佳教授(物質化学フロンティア研究領域)、Amarshi Patra大学院生(博士後期課程)は、ナトリウムイオン2次電池*1の耐久性を大幅に高めつつ、高耐久性を促すバイオベース負極バインダーの開発に成功した。 |
【研究背景と内容】
今日、リチウムイオン2次電池との比較において、資源調達の利便性やコスト性に優れるナトリウムイオン2次電池の研究開発が国内外において活発に進められている。ハードカーボン負極に用いられるバインダーとしては、PVDFのほかポリアクリル酸誘導体、カルボキシメチルセルロース塩等が挙げられるが、特にナトリウムイオンの電極内における低い拡散性に対処するため、イオン拡散に優位な特性を有するバインダー開発が求められる。
従来型のポリアクリル酸の場合には、高分子主鎖において炭素原子ひとつおきに官能基としてのカルボン酸を有しているが、ポリフマル酸においては、主鎖を構成するすべての炭素原子上にカルボン酸を有し、高官能基密度高分子となっている。このようなポリフマル酸の構造的特質は、多点相互作用による集電体へのより強固な接着を促すとともに、高密度なイオンホッピングサイトによる高い金属カチオン拡散性をもたらすと期待できる。
加えて、フマル酸*2はバイオベース化合物であり、バイオベースポリマー*3としてのポリフマル酸の広範な活用は低炭素化技術としても魅力的である。フマル酸エステルのラジカル重合によるポリフマル酸エステルの加水分解において、ポリフマル酸を得た(図1)。ポリフマル酸の合成に関しては1984年に大津らが重合法を報告したが、電池研究への適用研究は行われていなかった。
本研究では、ハードカーボン、カーボンブラック(Super P)、ポリフマル酸から水系スラリーを作製し、銅箔上にコーティング、乾燥後負極とした。1.0M NaClO4 in EC: PC = 1:1 (v/v)を電解液としてアノード型ハーフセル*4を構築し、各種電気化学評価及び電池評価を行った。
電気化学評価に先立ち、基盤からの引きはがし力評価を行ったところ、ポリフマル酸/ハードカーボン系は、12.5 Nと基盤からの高い引きはがし力を要し、ポリアクリル酸/ハードカーボン系(11.5 N)、PVDF/ハードカーボン系(9.8 N)よりも吸着力が顕著に高かった(図2)。
また、充放電試験においては、上記のアノード型ハーフセルは30 mAg-1及び60 mAg-1の電流密度において、それぞれ288 mAhg-1及び254 mAhg-1の放電容量を示し、PVDF系やポリアクリル酸系と比較して顕著に優れた性能を示した(図3)。また、長期サイクル耐久性においても優れていた。さらに、負極におけるナトリウムイオン拡散係数はポリフマル酸/ハードカーボン系では1.90x10-13 cm2/s、ポリアクリル酸/ハードカーボン系では1.75x10-13cm2/s、PVDF/ハードカーボン系では8.88x10-14 cm2/sであった。
充放電後の負極をSEMによる断面像から観察したところ、ポリフマル酸/ハードカーボン系では、他系(ポリアクリル酸/ハードカーボン系、PVDF/ハードカーボン系)とは異なり、系内におけるクラック形成や集電体からの剥離が認められなかったことから、大幅に耐久性が改善されていることが示された(図4)。充放電後の負極のXPSスペクトルにおいては、ポリフマル酸系ではバインダー由来の高濃度の酸素原子の含有が観測されることに加え(図4)、Na2CO3、Na2O、NaCl等の無機成分も他のバインダー系よりも多く含まれ、ナトリウムイオンの高速な拡散に寄与しつつ電解液の更なる分解を抑制していると考えられる。
本成果は、Journal of Materials Chemistry A(英国王立化学会)(IF 11.9)オンライン版に5月10日(英国時間)に掲載された。また、Cover ArtのOutside Back Coverとしての採用も内定している。
【今後の展開】
本高分子材料においては種々の高分子反応等による様々な構造の改変が可能であり、さらなる高性能化につながると期待できる。
今後は、企業との共同研究(開発パートナー募集中、サンプル提供応相談)を通して将来的な社会実装を目指す(特許出願済み)。高耐久性ナトリウムイオン2次電池の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開を期待したい。
集電体への接着力が高く、高耐久性を促すバインダー材料として、ナトリウムイオン2次電池のみならず広範な蓄電デバイスへの応用展開が期待される。

図1.ポリフマル酸の合成スキーム

図2.各バインダー系における引きはがし試験

図3.各バインダー系における負極型ハーフセルの充放電サイクル特性

図4.各バインダー系における充放電後の各負極のXPS(C1s)スペクトル及びSEM断面像
【論文情報】
| 雑誌名 | Journal of Materials Chemistry A |
| 題目 | Water Soluble Densely Functionalized Poly(hydroxycarbonylmethylene) Binder for Higher-Performance Hard Carbon Anode-based Sodium-ion Batteries |
| 著者 | Amarshi Patra and Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2024年5月10日 |
| DOI | 10.1039/D4TA00285G |
【用語説明】
電解質中のナトリウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のリチウムイオン2次電池と比較して原料の調達の利便性やコスト性に優れることから、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車への適用が期待されている。
フマル酸は無水マレイン酸(バイオベース無水マレイン酸を含む)を原料として工業的に生産されるが、糖類に糸状菌を作用させて製造することも可能である。さらに、最近ではCO2を原料とした人工光合成によりフマル酸を生産する技術も脚光を浴びている。CO2もしくは糖類、バイオベース無水マレイン酸から誘導可能なフマル酸を用いた高付加価値な化成品の製造は、カーボンニュートラルへの貢献において魅力あるアプローチといえる。
生物資源由来の原料から合成される高分子材料の総称。低炭素化技術として、その利用の拡充が期待されている。
ナトリウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Naの構成からなる半電池を意味する。
令和6年5月20日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/05/20-1.html非対称な二次元シートを利用したナノサイズの巻物構造の実現 〜高性能な触媒や発電デバイスへの応用に期待〜
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東京都公立大学法人 国立大学法人筑波大学 国立大学法人東北大学 国立大学法人東海国立大学機構 国立大学法人金沢大学 国立大学法人 |
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| 東京都公立大学法人 国立大学法人筑波大学 国立大学法人東北大学 国立大学法人東海国立大学機構 国立大学法人金沢大学 国立大学法人 |
非対称な二次元シートを利用したナノサイズの巻物構造の実現
~高性能な触媒や発電デバイスへの応用に期待~
【概要】
東京都立大学、産業技術総合研究所、筑波大学、東北大学、名古屋大学、金沢大学、北陸先端科学技術大学院大学らの研究チーム(構成員及びその所属は以下「研究チーム構成員」のとおり)は、次世代の半導体材料として注目されている遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)(注1)の単層シートを利用し、最小内径5 nm程度のナノサイズの巻物(スクロール)状構造の作製に成功しました。TMDは遷移金属原子がカルコゲン原子に挟まれた3原子厚のシート状物質であり、その機能や応用が近年注目を集めています。一般に、TMDは平坦な構造が安定であり、円筒などの曲がった構造は不安定な状態となります。本研究では、上部と下部のカルコゲン原子の種類を変えたヤヌス構造と呼ばれるTMDを作製し、この非対称な構造がスクロール化を促進することを見出しました。理論計算との比較より、最小内径が5 nm程度まで安定な構造となることを確認しました。また、スクロール構造に由来して軸に平行な偏光を持つ光を照射したときに発光や光散乱の強度が増大すること、表面の電気的な特性がセレン側と硫黄側で異なること、及びスクロール構造が水素発生特性を有するなどの基礎的性質を明らかにしました。
今回得られた研究成果は、平坦な二次元シート材料を円筒状の巻物構造に変形する新たな手法を提案するものであり、ナノ構造と物性の相関関係の解明、そしてTMDの触媒特性や光電変換特性などの機能の高性能化に向けた基盤技術となることが期待されます。
本研究成果は、2024年1月17日(米国東部時間)付けでアメリカ化学会が発行する英文誌『ACS Nano』にて発表されました。
【研究チーム構成員】
【ポイント】
- 遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)のシートを安定した構造で巻物(スクロール)にする新たな手法を開発。
- TMDの上部と下部の組成を変えた「ヤヌス構造」が、スクロール化を促進することを発見。
- TMDの曲率や結晶の対称性などの制御を通じた触媒や光電変換機能の高性能化が期待。
【研究の背景】
近年、ナノチューブと呼ばれるナノサイズの円筒状物質は、その特徴的な構造に由来する物性、そして触媒や太陽電池等の光電変換デバイス等への応用について世界中で盛んに研究が行われています。一般に、ナノチューブは、厚みが1原子から数原子程度の極薄の二次元的なシート構造を円筒状に丸めた構造を持つナノ物質であり、代表的な物質として、炭素の単原子層であるグラフェンを丸めたカーボンナノチューブが知られています。また、遷移金属原子がカルコゲン原子に挟まれた構造を持つ遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)についても、二次元シートやナノチューブ構造が存在します。最近では、TMDのナノチューブが同軸状に重なった多層TMDナノチューブにおいて、その巻き方に起因する超伝導や光起電力効果を示すことが報告されました。一方、このような多層TMDナノチューブは、様々な直径や巻き方などを持つナノチューブが同軸状に重なっているため、その結晶構造の同定は困難となります。その電気的・光学的性質と構造の相関を明らかにするには、ナノチューブの巻き方を制御することが重要な課題となっていました。
このような課題の解決に向け、これまで主に二つのアプローチが報告されてきました。一つは、多層TMDナノチューブとは別に、構造の同定が容易な単層TMDナノチューブに着目したものです。特に、カーボンナノチューブ等をテンプレートに用いた同軸成長により、単層TMDナノチューブを成長させることができます。本研究チームの中西勇介助教、宮田耕充准教授らは、これまで絶縁体のBNナノチューブの外壁をテンプレートに用いたMoS2(二硫化モリブデン)の単層ナノチューブ(https://www.tmu.ac.jp/news/topics/35021.html)や、様々な組成のTMDナノチューブ(https://www.tmu.ac.jp/news/topics/36072.html)の合成に成功してきました。しかし、同軸成長法では、得られるTMDナノチューブの長さが多くの場合は100 nm以下と短く、物性や応用研究には更なる合成法の改善が必要となっています。もう一つのアプローチとして、単結晶性の単層のTMDシートを巻き取り、各層の結晶方位が揃ったスクロール構造にする手法も知られていました。一般にマイクロメートルサイズの長尺な構造が得られますが、TMDシートを曲げた場合、遷移金属原子を挟むカルコゲン原子の距離が伸び縮みするため、構造的には不安定となります。そのため、得られるスクロール構造も内径が大きくなり、また円筒構造ではなく平坦な構造になりやすいなどの課題がありました。
【研究の詳細】
本研究では、長尺かつ微小な内径を持つスクロール構造の作製に向け、上部と下部のカルコゲン原子の種類を変えたヤヌス構造と呼ばれるTMDに着目しました。このヤヌスTMDでは、上下のカルコゲン原子と遷移金属原子の距離が変わることで、曲がった構造が安定化することが期待できます。このようなヤヌスTMDを作製するために、研究チームは、最初に化学気相成長法(CVD法)(注2)を利用し、二セレン化モリブデン(MoSe2)および二セレン化タングステン(WSe2)の単結晶性の単層シートをシリコン基板上に合成しました。この単層シートに対し、水素雰囲気でのプラズマ処理により、単層TMDの上部のセレン原子を硫黄原子に置換し、単層ヤヌスTMDを作製できます。次に、有機溶媒をこの単層ヤヌスTMDに滴下することで、シートの端が基板から剥がれ、マイクロメートル長のスクロール構造を形成しました(図1)。

| 図1 単層ヤヌスMoSSeを利用したナノスクロールの作製手法。(a)単層MoSe2の構造モデル。(b)熱CVDシステムの概略図。(c)単層ヤヌスMoSSeの構造モデル。(d)水素プラズマによる硫化プロセスの概略図。(e)ヤヌスナノスクロールの構造モデル。(f)有機溶媒の滴下によるナノスクロールの作製方法の概略図。 ※原論文「Nanoscrolls of Janus Monolayer Transition Metal Dichalcogenides」の図を引用・改変したものを使用しています。 |
この試料を電子顕微鏡で詳細に観察し、実際にスクロール構造を形成したこと(図2)、全ての層が同一の方位を持つこと、そして最小内径で5 nm程度まで細くなることなどを確認しました。観察された内径に関しては、ヤヌスTMDのナノチューブでは最小で直径が5 nm程度までは、フラットなシート構造よりも安定化するという理論計算とも一致します。また、このスクロール構造に由来し、軸に平行な偏光を持つ光を照射したときに発光や光散乱の強度が増大すること、表面の電気的な特性がセレン原子側と硫黄原子側で異なること、およびスクロール構造が水素発生特性を有することも明らかにしました。

図2 ナノスクロールの電子顕微鏡写真。
| ※原論文「Nanoscrolls of Janus Monolayer Transition Metal Dichalcogenides」の図を引用・改変したものを使用しています。 |
【研究の意義と波及効果】
今回得られた研究成果は、平坦な二次元シート材料を円筒状のスクロール構造に変形する新たな手法を提案するものです。特に、非対称なヤヌス構造の利用は、様々な二次元シート材料のスクロール化に適用することができます。また、単結晶のTMDを原料に利用することで、スクロール内部の層の結晶方位を光学顕微鏡による観察で容易に同定すること、そして様々な巻き方を持つスクロールの作製が可能になりました。今後、本研究成果より、様々な組成や構造を持つスクロールの実現、電気伝導や光学応答と巻き方の関係の解明、触媒やデバイス応用など、幅広い分野での研究の展開が期待されます。
【用語解説】
タングステンやモリブデンなどの遷移金属原子と、硫黄やセレンなどのカルコゲン原子で構成される層状物質。遷移金属とカルコゲンが1:2の比率で含まれ、組成はMX2と表される。単層は図1aのように遷移金属とカルコゲン原子が共有結合で結ばれ、3原子厚のシート構造を持つ。近年、TMDが持つ優れた半導体特性により大きな注目を集めている。
原料となる材料を気化させて基板上に供給することにより、薄膜や細線を成長させる合成技術。
【発表論文】
| タイトル | Nanoscrolls of Janus Monolayer Transition Metal Dichalcogenides |
| 著者名 | Masahiko Kaneda, Wenjin Zhang, Zheng Liu, Yanlin Gao, Mina Maruyama, Yusuke Nakanishi, Hiroshi Nakajo, Soma Aoki, Kota Honda, Tomoya Ogawa, Kazuki Hashimoto, Takahiko Endo, Kohei Aso, Tongmin Chen, Yoshifumi Oshima, Yukiko Yamada-Takamura, Yasufumi Takahashi, Susumu Okada, Toshiaki Kato*, and Yasumitsu Miyata* *Corresponding author |
| 雑誌名 | ACS Nano |
| DOI | https://doi.org/10.1021/acsnano.3c05681 |
本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費助成事業「JP21H05232, JP21H05233, JP21H05234, JP21H05236, JP21H05237, JP22H00283, JP22H00280, JP22H04957, JP21K14484, JP20K22323, JP20H00316, JP20H02080, JP20K05253, JP20H05664, JP21K14498, JP21K04826, JP21H02037, JP22H05459, JP22KJ2561, JP22H05445, JP23K13635, JP22H05441, JP23H00097, JP23K17756, JP23H01087」、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業「JPMXP1222JI0015」、創発的研究支援事業FOREST「JPMJFR213X and JPMJFR223H」、戦略的創造研究推進事業さきがけ「JPMJPR23H5」、矢崎科学技術振興記念財団、三菱財団、村田学術振興財団および東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究の支援を受けて行われました。
令和6年1月18日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/01/18-1.htmlMoS2ナノリボンのエッジが示す特異な力学特性の観測に成功
MoS2ナノリボンのエッジが示す特異な力学特性の観測に成功
ポイント
- 雷、加速度、ガス、臭気などの環境電磁界を計測するセンサーの開発に必要な要素技術として、機械共振器がある。
- ナノスケールの超薄型機械共振器として期待されている、単層2硫化モリブデン(MoS2)・ナノリボンのヤング率測定に成功した。
- リボン幅が3nm以下になると、ヤング率がリボン幅に反比例して増加する特異な性質を発見した。
- リボンのエッジ部分における原子配列の座屈がエッジの強度を高める要因であることを、計算科学手法を用いて解明した。
| 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)ナノマテリアル・デバイス研究領域の大島義文教授は、サスティナブルイノベーション研究領域の前園涼教授、本郷研太准教授、鄭州大学物理学院の刘春萌講師、張家奇講師らと、独自に開発した顕微メカニクス計測法を用いて、リボン状になった単層2硫化モリブデン(MoS2)膜の力学性質を調べ、リボンのエッジ部分の強度が、リボンの内部より高いことを明らかにした。 単層MoS2ナノリボンは、ナノスケールの超薄型機械共振器への応用が期待されているが、その力学性質の解明が課題となっている。ナノリボンの力学性質について、そのエッジ部分の影響が予想されており、第一原理計算による予測値は報告されているが、明確な結論が得られていない。本研究では、世界唯一の手法である「顕微メカニクス計測法」を用いて、単層MoS2ナノリボンの原子配列を観察しながら、そのばね定数を測定することに成功した。解析の結果、エッジがアームチェア構造である単層MoS2ナノリボンのリボン幅が3nm以下になると、ヤング率が増加することを発見した。リボン幅の減少とともにエッジ構造の物性への寄与が大きくなるため、この結果は、エッジ強度が内部に比べて高いことを示す。 このエッジ構造を第一原理計算で調べたところ、エッジにおいてモリブデン(Mo)原子が座屈しており、硫黄(S)原子へ電荷が移動していることが示唆された。このことから、両原子間に働くクーロン引力の増加が、エッジ強度を高めることに寄与したと説明できる。 |
【研究の背景】
シリコンをベースとした半導体デバイスを凌駕する新奇ナノデバイスの開発、あるいは、加速度、ガス、雷などの環境電磁場を測定するセンサーの開発が精力的に行われている。このような開発に必要な要素技術として、機械共振器[*1]がある。従来、高い剛性を持ち、かつ、高品位な結晶が得られることから水晶が機械共振器として用いられてきたが、近年、ナノスケールの超薄型機械共振器が求められており、その有力候補として単層2硫化モリブデン(MoS2)のナノリボン(ナノメートルサイズの幅に切り出した帯状物質)が挙げられている。しかし、単層MoS2ナノリボンの力学性質は、明らかになっていない。その理由として、物質の力学特性を理解するためには、力学的応答を測定すると同時に材料の結晶構造や形状を観察する必要があるが、そのような観察手法が確立されていないことが挙げられる。
従来手法では、原子配列を直接観察できる透過型電子顕微鏡(TEM)にシリコン製カンチレバーを組み込んだ装置を用いて、カンチレバーの曲がりから測定対象材料に加えた力を求め、それによって生じた変位をTEM像で得ることで、ヤング率(変形しやすさ)を推量している。しかし、この測定法は、個体差があるカンチレバーのばね定数を正確に知る必要があり、かつ、サブオングストローム(1オングストローム(1メートルの100億分の1)より短い長さのスケール)の精度で変位を求める必要があるため、定量性が十分でないと指摘されている。
【研究の内容】
大島教授らの研究グループは、2021年、TEMホルダーに細長い水晶振動子(長辺振動水晶振動子(LER)[*2])を組み込んで、原子スケール物質の原子配列とその機械的強度の関係を明らかにする「顕微メカニクス計測法」[*3]を世界で初めて開発した。この手法では、水晶振動子の共振周波数が、物質との接触による相互作用を感じることで変化する性質を利用する。共振周波数の変化量は物質の等価バネ定数に対応しており、その変化量を精密計測すればナノスケール/原子スケールの物質の力学特性を精緻に解析できる。水晶振動子の振動振幅は27 pm(水素原子半径の約半分)と微小なため、TEMの原子像がぼやけることはない。この手法は、上述した従来手法の問題点を克服するものであり、結果として高精度測定を実現した。
本研究では、この顕微メカニクス計測法を用いて、単層MoS2ナノリボンの力学性質を測定した。特に、アームチェア構造のエッジを持つMoS2ナノリボンに着眼し、そのヤング率の幅依存性について調べた。
具体的には、単層MoS2ナノリボンは、MoS2多層膜の端にタングステン(W)チップを接触させ、最外層のMoS2層を剥離することで作製した(図1)。図2に示す2枚は、それぞれ、同じ単層MoS2ナノリボンを断面から観察したTEM像(2-1)と平面から観察したTEM像(2-2)であり、単層MoS2ナノリボンが、MoS2多層膜とWチップ間に担持した状態にあることが確認できる(図3のイラストを参照)。また、エッジ構造は、平面から観察したTEM像のフーリエパターンから判定でき、アームチェア構造であることが分かった。この平面から観察したTEM像から、ナノリボンの幅と長さを測定し、それに対応する等価ばね定数をLERの周波数変化量から求めることで、このナノリボンのヤング率を得た。図3右側のグラフは、異なるリボン幅に対するヤング率をプロットした結果である。
同グラフから、リボン幅が3 nm以上では、ヤング率は166 GPa前後でほぼ一定であり、一方、リボン幅が2.4 nmから1.1 nmに減少すると、ヤング率は179 GPaから215 GPaに増加することがわかった。リボン幅の減少とともに物性へのエッジ構造の寄与が大きくなることを考慮すると、この結果は、エッジ強度が内部に比べて高いことを示す。
さらに、このアームチェア構造を第一原理計算で調べ、アームチェア・エッジにおいてモリブデン(Mo)原子が座屈し、硫黄(S)原子へ電荷が移動しているという結果を得た。このことから、両原子間に働くクーロン引力が増加することによりエッジ強度が高くなったと説明できた。
本研究成果は、2023年9月11日に科学雑誌「Advanced Science」誌のオンライン版で公開された。
【今後の展望】
現在、雷、加速度、ガス、臭気などの環境電磁界を計測するセンサーの開発が精力的に行われている。このようなセンサーの開発に必要な要素技術の一つが機械振動子である。本研究の成果は、ナノスケールの超薄型機械的共振器の設計を可能にする。近い将来、これを用いたナノセンサーがスマートフォンや腕時計などに組み込まれ、個人がスマートフォンで環境をモニタリングしたり、匂いや味などの情報を数値としてとらえ、自由に伝えることができる可能性がある。

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図1.MoS2多層膜の端にタングステン(W)チップを接触し、最外層の単層MoS2膜を剥離する過程を示したイラスト
図2.同じ単層MoS2ナノリボンを断面から観察したTEM像(2-1)と平面から観察したTEM像(2-2)
図3.(左)単層MoS2ナノリボンが、MoS2多層膜とWチップ間に担持した状態を示すイラスト、
(右)アームチェアエッジの単層MoS2ナノリボンに対するヤング率のリボン幅依存性を示すグラフ |
【論文情報】
| 掲載誌 | Advanced Science(Wiley社発行) |
| 論文題目 | Stiffer Bonding of Armchair Edge in Single‐Layer Molybdenum Disulfide Nanoribbons |
| 著者 | Chunmeng Liu, Kenta Hongo, Ryo Maezono, Jiaqi Zhang*, Yoshifumi Oshima* |
| 掲載日 | 2023年9月11日 |
| DOI | 10.1002/advs.202303477 |
【用語説明】
[*1] 機械共振器
材料には、ヤング率、その形状(縦、横、長さ)、質量によって決まる固有振動があり、これを共振周波数と呼ぶ。この共振周波数は、他の材料と接触したり、あるいは、ガス吸着などによる質量変化に応じてシフトする。そのため、この変化から、接触した材料の等価ばね定数や吸着したガスの質量を評価できる。このような評価法を周波数変調法という。本研究でも、周波数変調法によって、単層MoS2ナノリボンのばね定数を算出している。
[*2] 長辺振動水晶振動子(LER)
長辺振動水晶振動子(LER)は、細長い振動子(長さ約3 mm、幅約0.1 mm)を長辺方向に伸縮振動させることで、周波数変調法の原理で金属ナノ接点などの等価バネ定数(変位に対する力の傾き)を検出できる。特徴は、高い剛性(1×105 N/m )と高い共振周波数(1×106 Hz )である。特に、前者は、化学結合の剛性(等価バネ定数)測定に適しているだけでなく、小さい振幅による検出を可能とすることから、金属ナノ接点を壊すことなく弾性的な性質を得ることができ、さらには、原子分解能TEM 像も同時に得られる点で大きな利点をもつ。
[*3] 【参考】「世界初! 個々の原子間の結合強度の測定に成功―強くて伸びる白金原子の鎖状物質―」(2021年4月30日 JAISTからプレスリリース)
https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2021/04/30-1.html
令和5年9月19日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/09/19-1.html学生のXIONGさんが、国際シンポジウムEM-NANO2023においてStudent Awardを受賞
学生のXIONG, Weiさん(博士後期課程2年、ナノマテリアル・デバイス研究領域、大島研究室)が第9回有機・無機エレクトロニクス材料とナノテクノロジーに関する国際シンポジウム(EM-NANO2023)において、Student Awardを受賞しました。
EM-NANO2023は令和5年6月5日~8日にかけて金沢市で開催されました。先端的な材料やそれを用いたデバイスに関する研究に関する講演が約300件あり、そのうち、学生発表が約140件ありました。この中で優れた発表を行った学生10名に対し学生優秀賞が授与されました。
*参考:The 9th International Symposium on Organic and Inorganic Electronic Materials and Related Nanotechnologies (EM-NANO2023)
■受賞年月日
令和5年6月7日
■研究題目、論文タイトル等
引張り変形のその場透過電子顕微鏡法によるMoS2ナノシートのリップル構造評価
■研究者、著者
XIONG, Wei
■受賞対象となった研究の内容
2次元材料の構造的な新しさの一つに、2次元材料の伸縮による原子レベルの波紋構造の形成がある。しかし、このような構造に関する実験的な報告はほとんどない。
本研究では、2つの電極間に吊り下げたMoS2ナノシートを伸張できるin-situ透過型電子顕微鏡(TEM)ホルダーを開発し、MoS2ナノシートの原子レベルの波紋構造を観察することに成功した。得られたTEM像を解析したところ、波紋構造はアームチェア方向に沿って形成されていることがわかった。幾何学的位相解析(GPA)法を用いてTEM像を解析することで、波紋構造の周期と振幅を推定することができた。0.26%、0.51%、0.77%、1.02%の引張ひずみでリップル構造の周期と振幅を推定した。その結果、MoS2ナノシートは引っ張りに対して非線形な力学応答を示すことがわかった。
■受賞にあたって一言
It's my honor to receive the "Student Award" in EM-NANO2023. Participating in this academic conference has benefited me a lot. I have listened to many excellent presentations and read many creative posters at this conference. The experiences and conversations during this trip made me think more deeply about my research. I will also put the inspiration and ideas I got at this conference into practice in my future experiments. For this honor, I would like to express my sincere gratitude to my supervisor, Prof. Yoshifumi Oshima, his profound knowledge gave me strong support in my study and research, his peaceful personality made me feel no pressure to get alone with him in life. I also want to thank Dr. Lilin Xie, a graduate of our lab, his research work has given me great convenience and confidence, and it has a great weight in this award I have received. Also, I'd like to thank assistant professor Kohei Aso and the laboratory members for their help in my life, study and research.
令和5年6月15日
リチウムイオン2次電池の急速充放電を促すリチウムボレート型のバイオマス由来バインダーを開発
リチウムイオン2次電池の急速充放電を促す
リチウムボレート型のバイオマス由来バインダーを開発
ポイント
- リチウムイオン2次電池開発において、急速充放電技術の確立は急を有する課題となっている。
- リチウムイオン2次電池のグラファイト負極用バインダーとして、カフェ酸*1とLiBH4(水酸化ホウ素リチウム)との脱水素カップリング重合によりリチウムボレート型水溶性ポリマーを合成した。
- 本負極バインダーを適用した系では、低い最低被占軌道(LUMO)を持つポリマーによりホウ素を含むSEI(固体電解質界面)が形成され、界面抵抗が低減することが分かった。また、同バインダーを用いることにより、負極内におけるリチウムイオンの拡散係数の向上が観測された一方、リチウム挿入反応の活性化エネルギーは減少することが観測された。
- このことから、従来負極バインダーとして使用されているPVDF(ポリフッ化ビニリデン)やCMC-SBR(カルボキシメチルセルロース-スチレン - ブタジエンゴム)をバインダーとした系と比較して急速充放電条件において顕著な適性を示した。
| 北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) (学長・寺野稔、石川県能美市)の物質化学フロンティア研究領域 松見紀佳教授、ラージャシェーカル バダム元講師、アヌシャ プラダン研究員、宮入諒矢元大学院生、高森紀行大学院生(博士後期課程2年)は、リチウムイオン2次電池*2の急速充放電を促すリチウムボレート型バイオベースバインダーの開発に成功した。 |
【研究の内容と背景】
リチウムイオン2次電池の開発においては、高容量化やサイクル耐久性の向上、高電圧化など様々な開発課題解決に向けた取組みが行われているが、それと同時に急速充放電の実現に向けた技術開発についても高い関心が集まっている。しかしながら、その実現には固体中のリチウムイオンの拡散速度の向上や電極―電解質界面の特性、活物質の多孔性などの諸ファクターの検討を要している。
今回、本研究においては、カフェ酸とLiBH4(水酸化ホウ素リチウム)をテトラヒドロフラン溶液中で脱水素カップリング重合することによって、リチウムボレート型バイオベースポリマーを合成した(図1)。合成によって得られたポリマーは水溶性であり、環境負荷の少ない水系スラリーからの負極作製が可能であった。また、得られたポリマーの構造はNMR、XPS、SEM等の各測定によって決定した。
まず、合成によって得られたポリマーを負極バインダーとして用い、アノード型ハーフセル*3を構築し、性能を評価した。本バインダーを用いた系においては、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)やCMC-SBR(カルボキシメチルセルロース-スチレン - ブタジエンゴム)を用いた系と比較して、リチウム挿入反応のピークにおけるオーバーポテンシャルが20 mV-100 mV低下し、よりスムーズな電極反応が示唆された。また、Randles-Sevcik式から、負極におけるリチウムイオンの拡散係数を算出すると7.24 x 10-9 cm2s-1であり、PVDFやCMC-SBR系バインダーと比較して有意に高い値であった。
さらに、インピーダンス測定を経て算出したリチウム挿入反応の活性化エネルギーは、本バインダー系において22.6 kJ/molであり、PVDF(28.78 kJ/mol)やCMC-SBR系(58.34 kJ/mol)バインダーと比較して有意に低下した。
次に、充放電試験の結果、1C*4条件において100サイクル時点で放電容量は本バインダー系では343 mAhg-1であり、PVDFで278 mAhg-1、CMC-SBRで188 mAhg-1であった(図2)*5。さらに、急速充電条件(10C)においては、本バインダー系では73 mAhg-1、PVDFで40 mAhg-1、CMC-SBRで17 mAhg-1であり、本バインダーの急速充放電条件における適性が示された(図2)。本バインダー系では1200サイクル(10C)まで安定した充放電挙動を示し、1200サイクル時点の容量維持率は93%であった。
また、動的インピーダンス(DEIS)測定を行ったところ、本バインダー系におけるSEI(固体電解質界面)抵抗はPVDFやCMC-SBR系バインダーと比較して有意に低下した(図3)。これは、充放電試験後に電池セルを分解し負極を分析したところ、XPSによる測定においてホウ素を含有したSEI形成が観測されたことから、SEI抵抗の低減に大いに寄与していると考えられる(図3)。
1200サイクル(10C)充放電後においても、負極を分解し、SEM(走査型電子顕微鏡)の断面像を観察したところ、PVDFバインダーの場合の体積膨張は15.49%であったが、本バインダー系では8.50%に抑制された。さらに本負極バインダーを用いたフルセルにおいても良好に作動した。
本成果は、ACS Materials Letters (米国化学会)のオンライン版に1月9日に掲載された。
本研究は、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(スマートバイオ産業・農業基盤技術)の支援のもとに行われた。
【今後の展開】
バインダーを含む負極コンポジットの担持量をさらに向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業的応用への橋渡し的条件において検討を継続する。
すでに国内特許出願済みであり、今後は、企業との共同研究を通して将来的な社会実装を目指す。急速充放電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | ACS Materials Letters (米国化学会) |
| 題目 | Extreme Fast Charging Capability in Graphite Anode via a Lithium Borate Type Biobased Polymer as Aqueous Polyelectrolyte Binder |
| 著者 | Anusha Pradhan, Rajashekar Badam*, Ryoya Miyairi, Noriyuki Takamori and Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2023年1月9日 |
| DOI | 10.1021/acsmaterialslett.2c00999 |

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図1.(A) 高分子バインダーの合成スキーム
(B) MALDI-TOF MSスペクトル (C) DFT計算によるポリマーの最適化構造 (D) 1H NMR スペクトル (E) 13C NMR スペクトル (F) XPS スペクトル(Li 1s 及びB 1s) |

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図2.充放電試験結果
(a) 1C. (b) 10 C.種々の負極バインダー使用時の充放電曲線(0.01-2.1V at 1C ) (c) CAB. (d) PVDF (e) CMC-SBR |

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図3.動的インピーダンススペクトル
(a) 本バインダー使用時 (b) PVDF使用時 (c) フィッティングに用いた等価回路 (d) CMC-SBR使用時 (e) RSEI 抵抗の比較 (f) XPS スペクトルB 1s (g) XPS スペクトルO 1s |
【用語説明】
カフェ酸は、ケイ皮酸のパラ位及びメタ位がヒドロキシ化された構造を持つ芳香族カルボン酸で、フェニルプロパノイドの1種である。カフェ酸はリグニン生合成の重要な中間体であるため、全ての植物に含まれている。
電解質中のリチウムイオンがイオン伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
バッテリー容量に対する充放電電流値の比であり、バッテリーの充放電特性(充放電するときの電流の大きさや放電能力・許容電流)を表す。1Cとは1時間で満充電状態から完全に放電した状態になる時の電流値を表し、この数字が高ければ高いほど大きな電流を出力できる。
電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法である。電気化学分野における汎用的な測定手法である。また、測定により得られるプロファイルをサイクリックボルタモグラムと呼ぶ。
令和5年2月1日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/02/01-1.html炭素1原子層厚のグラフェン膜を使った超低電圧・急峻動作のナノ電子機械スイッチ開発に成功 - 究極の低消費電力エレクトロニクスや集積センサシステム実現に期待 -
炭素1原子層厚のグラフェン膜を使った
超低電圧・急峻動作のナノ電子機械スイッチ開発に成功
- 究極の低消費電力エレクトロニクスや集積センサシステム実現に期待 -
ポイント
- 単層グラフェン膜で作製した両持ち梁を、機械的に上下させて安定動作するNEMS(ナノ電子機械システム)スイッチを世界で初めて実現
- スイッチング電圧<0.5 Vの超低電圧動作と急峻なオン・オフ切替え(電流スイッチング傾き≈20 mV/dec)を実現。従来の半導体技術を用いたNEMSスイッチに比べて約2桁の低電圧化を達成
- 制御電極表面に単層の六方晶窒化ホウ素原子層膜を備えることで、従来のグラフェンNEMSスイッチの問題であったグラフェン膜張り付き(スティクション)を解消し、5万回のオン・オフ繰り返し動作を実現
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)サスティナブルイノベーション研究領域の水田 博教授、マノハラン ムルガナタン元JAIST講師、デンマーク工科大学のゴク フィン ヴァン博士研究員(元JAIST博士研究員)らは、単層グラフェン[用語解説1](原子1層厚の炭素原子シート)膜で作製した両持ち梁を、0.5V未満の超低電圧で機械的に上下させ、5万回繰り返しても安定動作するNEMS(ナノ電子機械システム)[用語解説2]スイッチの開発に世界で初めて成功しました。本デバイスを用いれば、スイッチオフ状態での漏れ電流を原理的にゼロにすることが可能となり、現在のエレクトロニクス分野で深刻な問題となっている集積回路やセンサシステムの待機時消費電力[用語解説3]の飛躍的な低減が実現し、今後のオートノマス(自律化)ITシステムの実現に向けた革新的パワーマネジメント技術として期待されます。 |
【背景と経緯】
現在のIT技術は、シリコン集積回路の基本素子であるMOSFET(金属酸化物半導体電界効果トランジスタ)の堅調な微細化に支えられ発展を遂げてきました。最新のマイクロプロセッサでは、数十億個という膨大な数の高速MOSFETをチップに集積することで、大量のデータを瞬時に計算・処理しています。しかし、この半導体微細化の追求に伴って、MOSFETのオフリーク電流(トランジスタをスイッチオフした状態での漏れ電流)の増大が深刻な問題となっています。オフリーク電流によりシステム待機時の消費電力(スタンバイパワー)は急増し、現代の集積回路システムにおいてはシステム稼動時の消費電力(アクティブパワー)と同等の電力消費となっています。スタンバイパワーを低減するために、現在、デバイス・回路・システム全てのレベルにおいてさまざまな対策が検討されています。このうちデバイスレベルでは、トンネルトランジスタや負性容量電界効果トランジスタなどいくつかの新原理のスイッチングトランジスタが提案され、研究開発が進められていますが、未だ従来のMOSFETを凌駕するオフリーク電流特性を実現するには至っていません。
【研究の内容】
水田教授、マノハラン元講師らの研究チームは、原子層材料であるグラフェンをベースとしたナノメータスケールでの電子機械システム(Nano Electro-Mechanical Systems: NEMS)技術による新原理のスイッチングデバイスを開発してきました。2014年には、2層グラフェンで形成した両持ち梁を静電的に動かし、金属電極上にコンタクトさせて動作するグラフェンNEMSスイッチの原理実験に成功しています。しかし、このスイッチではオン・オフ動作を繰り返すうちにグラフェンが金属表面に張り付く(スティクション)問題が生じ、繰り返し動作に限界がありました。
今回、研究チームは、制御電極表面に単層の六方晶窒化ホウ素[用語解説4]原子層膜を備えることで(図1参照)、グラフェンと電極間に働くファンデルワールス力[用語解説5]を低減させ、スティクションの発生を抑制して安定したオン・オフ動作を5万回繰り返すことに世界で初めて成功しました(図2参照)。また、素子構造の最適化を併せて行うことでスイッチング電圧が0.5 V未満という超低電圧を達成し、従来の半導体技術を用いたNEMSスイッチに比べて約2桁の低電圧化を実現しました。同時に、従来のNEMSスイッチでは不可避であったオン電圧とオフ電圧のずれ(ヒステリシス)の解消にも成功しました。
5万回を超える繰り返し動作を経ても、5桁近いオン・オフ電流比や、電流スイッチング傾き≈20 mV/decの急峻性が維持され、それらの経時劣化が極めて小さいことも確認されました。
本成果は、2022年12月22日にWiley社が発行する材料科学分野のトップジャーナルである「Advanced Functional Materials」に掲載されました。
本成果を含めて、水田教授は「ナノメータスケールにおける電子-機械複合機能素子の研究」の業績で2018年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞 研究部門を受賞しています。
【今後の展望】
これらの優れた性能と信頼性の高さから、本新型NEMSスイッチは、今後の超高速・低消費電力システムの新たな基本集積素子やパワーマネジメント素子として大いに期待されます。さらに、今回の新型スイッチの作製においては、大面積化が可能なCVD[用語解説6]グラフェン膜とhBN膜を採用しており、将来の大規模集積化と量産への展望も広がります。

図1.開発に成功した超低電圧動作グラフェンNEMSスイッチの(a)作製方法, (b)構造, (c)CVDグラフェン膜とhBN膜のラマンスペクトル, (d)作製した素子のSEM(電子顕微鏡)写真

図2.オン・オフの繰り返し動作測定結果:(a)印加電圧(上)と電流応答(下)、(b)繰り返し測定直後と(c)25,000回繰り返し後のオン・オフ電流特性。特性の経時劣化は極めて小さい。
【論文情報】
| 掲載誌 | Advanced Functional Materials (Volume32, Issue52) |
| 論文題目 | Sub 0.5 Volt Graphene-hBN van der Waals Nanoelectromechanical (NEM)Switches |
| 著者 | Manoharan Muruganathan, Ngoc Huynh Van, Marek E. Schmidt, Hiroshi Mizuta |
| 掲載日 | 2022年12月22日 |
| DOI | 10.1002/adfm.202209151 |
【用語解説】
2004年に発見された、炭素原子が蜂の巣状の六角形結晶格子構造に配列した単原子シート。
半導体集積回路作製技術によって形成されたナノメータスケールの機械的可動構造を有するデバイス。
電源に接続された集積回路・システムが、電源の切れている状態でも消費する電力。
グラフェンのユニットセルの2個の炭素原子の代わりに、窒素原子(N)とホウ素原子(B)で蜂の巣状格子構造を構成する化合物。電気的に絶縁体である。
原子や分子の間に働く力(分子間力)の一種。
さまざまな物質の薄膜を形成する蒸着法の一つで、基板物質上に目的とする膜の成分元素を含む原料ガスを供給し、化学反応・分解を通して薄膜を堆積する方法。
令和5年1月10日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/01/10-1.html微生物合成したバイオマス由来化合物の添加によるリチウムイオン2次電池用正極の安定化
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国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 国立大学法人筑波大学 |
微生物合成したバイオマス由来化合物の添加による
リチウムイオン2次電池用正極の安定化
ポイント
- リチウムイオン2次電池の正極材料としての活用が活発に検討されているLiNMC系正極は、その安定化のために、有効な添加剤を活用するアプローチが重要である。
- 微生物合成により得られたバイオマス由来のピラジンアミン化合物(2,5-ジメチル-3,6-ビス(4-アミノベンジル)ピラジン(DMBAP))がリチウムイオン2次電池のLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2正極の安定化に有効な添加剤であることを見出した。
- 微生物合成を採用することにより、比較的複雑な構造を有する添加剤を簡易かつ低コストに、また低環境負荷な手法で合成することが可能となる。
- DMBAPは汎用の電解液よりも最高被占軌道(HOMO)が高く酸化されやすいため、電解液に先立ち正極表面で酸化され、好ましい界面を形成しつつ、電解液の過度な分解を抑制した。その結果、界面抵抗を顕著に低下させるに至った。SEM(走査型電子顕微鏡)像においてもDMBAPがLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2正極の形態の変性を抑制することが示された。
- カソード型ハーフセル (3.0 V-4.5 V)において、DMBAP 2 mg/mlを電解液(EC/DEC/LiPF6)に添加した系においては、1Cの電流密度における100サイクル後の放電容量は83.3 mAhg-1であり、DMBAP非添加系における放電容量の42.6 mAhg-1を大幅に上回った。さらにDMBAPによる電池系の安定化効果はフルセルにおいても顕著であった。
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)の物質化学フロンティア研究領域 松見紀佳教授、ラージャシェーカル バダム元講師、アグマン グプタ研究員、高森紀行大学院生(博士後期課程2年)、筑波大学生命環境系 高谷直樹教授、桝尾俊介助教、皆川一元大学院生は、微生物合成したピラジンアミン化合物(2,5-ジメチル-3,6-ビス(4-アミノベンジル)ピラジン(DMBAP))がリチウムイオン2次電池のLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2正極の安定化に有効な添加剤であることを見出した。 |
【研究の内容と背景】
近年、リチウムイオン2次電池[用語解説1]開発において、高電圧化に有効なLiNMC系正極(LiNixMnyCozO2; x+y+z = 1)の活用が活発に検討されている。一方、正極材料としては比較的不安定なLiNMC系正極を安定化するためには有効な添加剤を活用するなどのアプローチが重要である。北陸先端科学技術大学院大学の松見教授らの研究グループでは、この添加剤の活用について、正極添加剤BIANODAの合理的な設計法[参考文献1,2]について報告したが、有機合成化学的な添加剤の合成においては材料の精製等がやや煩雑であった。
そこで今回は微生物合成によってピラジンアミン化合物(2,5-ジメチル-3,6-ビス(4-アミノベンジル)ピラジン(DMBAP))を合成し、LiNMC系正極用添加剤として検討した。本化合物もBIANODAと同様にHOMOが高く、重合性官能基を持つこと、正極活物質の劣化因子であるフッ化水素(HF)をトラップ可能な構造であること、遷移金属への配位子構造等を併せ持つなど、LiNMC系正極の安定化剤として理想的な構造を有している(図1)。この微生物合成を採用することにより、比較的複雑な構造を有する添加剤を簡易かつ低コストに、また低環境負荷な手法で合成することが可能となる。
また、筑波大学の高谷教授らのグループでは、Pseudomonas fluorescens SBW25の遺伝子クラスターがDMBAPの微生物合成に有用であることを見出しており[参考文献3]、さらにグルコースを原料としてDMBAPを発酵生産する組換え細菌も見出している[参考文献3]。
このような系の積極的活用は、新たなカテゴリーの電池用添加剤ライブラリーを見出すとともに電池材料のバイオマス代替を促進する上で大変魅力的である。
本研究では、まずLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2/電解液(エチレンカーボネート(EC)/ジエチレンカーボネート(DEC)/ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF6))/Li型ハーフセルにおいて、電解液に2 mg/mlのDMBAPを添加し、正極安定化剤としての性能を評価した。カソード型ハーフセルのサイクリックボルタモグラム (3.0 V- 4.5 V)の第一サイクルにおいては、DMBAP添加系においては非添加系には見られない酸化ピークが観測され、添加剤に基づいた被膜形成挙動が示唆された。
添加剤DMBAPの量を変化させつつ充放電特性評価を行うと、電解液への添加量が 2 mg/mlの系において最善の性能が観測された。DMBAP 2 mg/mlを電解液(EC/DEC/LiPF6)に添加した系においては1Cの電流密度における100サイクル後の放電容量は83.3 mAhg-1であり、DMBAP非添加系における放電容量の42.6 mAhg-1を大幅に上回った(図2(b))。また、DMBAP添加系においては、リチウム挿入・脱離反応のオーバーポテンシャルの低下も観測された(図2(d))。さらにDMBAPによる電池系の安定化効果はフルセルにおいても顕著であった。
次に、カソード型ハーフセル[用語解説2]における界面形成挙動の解析のため動的インピーダンス(DEIS)測定を行った。各電圧下におけるそれぞれのインピーダンススペクトルに関する等価回路フィッティングを行い、カソード側の界面抵抗(CEI)を算出したところ、DMBAP添加系においてはすべての測定条件下において非添加系よりも抵抗が低く、DMBAPの界面抵抗低減効果が顕著であることが明らかとなった。
また、LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2正極を電解液(EC/DEC/LiPF6)中で保管した系においては、SEM(走査型電子顕微鏡)像において形態の変性が観測されるが、DMBAPを共存させた系においては形態変化は抑制され(図3)、DMBAPによる安定化効果が再び示された。
本成果は、ネイチャー・リサーチ社刊行のScientific Reportのオンライン版に11月25日に掲載された。
本研究は、内閣府の戦略的イノベーション創出プログラム(スマートバイオ産業・農業基盤技術)の支援のもとに行われた。
【今後の展開】
リチウムイオン2次電池の開発においては、作用機構が異なる他の添加剤との併用により、さらなる相乗効果につながることが期待される。
さらに、遷移金属組成の異なる様々なLiNMC 系正極(LiNixMnyCozO2; x+y+z = 1)を効果的に安定化することが期待できる。
既に国内において特許出願済みであり、今後は、企業との共同研究を通して将来的な社会実装を目指す。特に、電池セルの高電圧化技術の普及と電池材料のバイオマス代替を促進することを通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | Scientific Reports(Springer-Nature) |
| 題目 | Microbial pyrazine diamine is a novel electrolyte additive that shields high-voltage LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2 cathodes |
| 著者 | Agman Gupta, Rajashekar Badam, Noriyuki Takamori, Hajime Minakawa, Shunsuke Masuo, Naoki Takaya and Noriyoshi Matsumi* |
| WEB掲載日 | 2022年11月25日(英国時間) |
| DOI | 10.1038/s41598-022-22018-1 |

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図1.DMBAPによるLiNMC系正極安定化の概念図
重合性官能基(-NH2)を持つこと、フッ化水素(HF)をトラップ可能な構造であること、遷移金属への配位子構造(C₄H₄N₂)等を併せ持つことなど、安定化剤として理想的な構造を有する。 |

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図2.(a)様々な電流密度におけるカソード型ハーフセル(DMBAP添加物存在下及び非添加系)の充放電挙動
(b) 1Cにおけるカソード型ハーフセル(DMBAP添加物存在下及び非添加系)の充放電挙動 (c) DMBAP添加物存在下及び非添加系の容量維持率の比較 (d) 1CにおけるDMBAP添加物存在下及び非添加系のオーバーポテンシャルの比較 |

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図3.(a) LiNMC 系正極
(b) 電解液(エチレンカーボネート(EC)/ジエチレンカーボネート(DEC)/ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF6))処理後のLiNMC系正極 (c) DMBAPを添加した電解液で処理後のLiNMC系正極のSEM像 |
【参考文献】
【用語説明】
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
リチウムイオン2次電池の場合には、カソード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
令和4年11月30日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/11/30-1.htmlリチウムイオン2次電池の急速充放電を実現する新しいナノシート系負極活物質の開発
リチウムイオン2次電池の急速充放電を実現する新しいナノシート系負極活物質の開発
ポイント
- リチウムイオン2次電池開発において、急速充放電技術の確立は急を有する課題となっている。
- TiB2(二ホウ化チタン)粉末のH2O2による酸化処理、遠心分離、凍結乾燥により簡便に得られる二ホウ化チタンナノシートをリチウムイオン2次電池の負極活物質として適用した。
- 二ホウ化チタンナノシートを負極活物質としたアノード型ハーフセルで充放電挙動を評価した結果、比較的低い充放電レートの0.025 Ag-1では約380 mAhg-1の放電容量を示した。
- 当該アノード型ハーフセルにおいて、1 Ag-1 (充電時間約10分)の電流密度では、174 mAhg-1の放電容量を1000サイクル維持した(容量維持率89.4 %)。さらに超急速充放電条件(15~20 Ag-1)を適用すると、9秒~14秒の充電で50~60 mAhg-1の放電容量を10000サイクル維持するに至り(容量維持率80%以上)、高い安定性が確認された。
- 急速放充電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)の先端科学技術研究科 松見紀佳教授(物質化学フロンティア研究領域)、ラージャシェーカル バダム元講師(物質化学フロンティア領域)、アカーシュ ヴァルマ元大学院生(博士前期課程修了)、東嶺孝一技術専門員らの研究グループとインド工科大学ガンディナガール校カビール ジャスジャ准教授、アシャ リザ ジェームス大学院生は、リチウムイオン2次電池*1において二ホウ化チタンナノシートの負極活物質への適用が急速充放電能の発現に有効であることを見出した。 |
【研究の内容と背景】
リチウムイオン2次電池開発において、急速充放電技術の確立は急を有する課題となっている。しかしながら、その実現には固体中のリチウムイオンの拡散速度の向上や電極―電解質界面の特性、活物質の多孔性などの諸ファクターの検討を要している。これまで急速充放電用途のナノ材料系負極活物質としては、チタン酸リチウムのナノシートや酸化チタン/炭素繊維コンポジットなどが検討されてきたほか、新しい2次元(2D)材料*2への関心が広がりつつあり、グラフェン誘導体や金属カーバイド系材料にも検討が及んでいる。
本研究においては、TiB2(二ホウ化チタン)のH2O2による酸化処理、遠心分離、凍結乾燥による簡便なプロセスで作製可能なTiB2ナノシートをリチウムイオン2次電池負極活物質として適用し、アノード型ハーフセルを構築して急速充放電能について検討した。
合成は、共同研究者であるインド工科大学准教授カビール氏らが報告している手法*3に従い、TiB2粉末を過酸化水素水と脱イオン水との混合溶液に懸濁させ、24時間の攪拌後に遠心分離し、上澄みを-35oCで24時間凍結させた後に72時間凍結乾燥することにより粉末状のTiB2ナノシートを得た(図1)。得られた材料のキャラクタリゼーションは前述の手法に従い、XRD、HRTEM、FT-IR、XPS等の各測定により行った。
電池セルの作製において、負極の組成としてはTiB2ナノシートを55 wt%、アセチレンブラックを35 wt%、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)を10 wt%を用い、NMP(N-メチルピロリドン)を溶媒とした懸濁液から銅箔集電体にコーティングした。電解液としては 1.0 M LiPF6 のEC/DEC (1:1 v/v)溶液を用い、対極にはリチウム箔を用いた。
TiB2ナノシートを負極活物質としたアノード型ハーフセル*4のサイクリックボルタモグラム(図2)においては、第一サイクルにおいてのみ0.65 V (vs Li/Li+)に電解液の分解ピークが現れたが、それ以降は消失した。リチウム脱離に相当するピークは2つ観測され、0.28 Vにおけるピークはリチウムが複数インターカレートしたTiB2からの脱リチウムピーク、0.45VにおけるピークはTiB2の再生に至る脱リチウムピークにそれぞれ相当する。約1.5 Vからの比較的高いリチウム挿入電位は、チタン酸リチウムやホウ素ドープTiO2とほぼ同様であった。
また、このアノード型ハーフセルの充放電挙動では、比較的低い充放電レートの0.025 Ag-1では約380 mAhg-1の放電容量を示した(図3)。
アノード型ハーフセルにおいて、1 Ag-1(充電時間約10分)の電流密度では、174 mAhg-1の放電容量を1000サイクル維持し、容量維持率は89.4 %を示した(図3)。さらに超急速充放電条件である15-20 Ag-1を適用すると、9秒~14秒の充電で50-60 mAhg-1の放電容量を10000サイクル維持するに至り、容量維持率は80%以上であった。
本成果は、ACS Applied Nano Materials (米国化学会)のオンライン版に9月19日に掲載された。なお、本研究は、文部科学省の「大学の世界展開力強化事業」採択プログラムに基づいた北陸先端科学技術大学院大学とインド工科大学ガンディナガール校(JAIST-IITGN)の協働教育プログラム(ダブルディグリープログラム)のもとで実施した。
【今後の展開】
TiB2ナノシートの積極的活用により、急速充放電能を有する次世代型リチウムイオン2次電池の発展に向けた多くの新たな取り組みにつながり、関連研究が活性化するものと期待される。
さらに活物質の面積あたりの担持量を向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業的応用への橋渡し的条件においても検討を継続する。
既に日本国内及びインドにおいて特許出願済みであり、今後は、企業との共同研究(開発パートナー募集中、サンプル提供応相談)を通して将来的な社会実装を目指す。急速充放電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | ACS Applied Nano Materials(米国化学会) |
| 題目 | Titanium Diboride-Based Hierarchical Nanosheets as Anode Material for Li-ion Batteries |
| 著者 | Akash Varma, Rajashekar Badam, Asha Liza James, Koichi Higashimine, Kabeer Jasuja * and Noriyoshi Matsumi* |
| WEB掲載日 | 2022年9月19日 |
| DOI | 10.1021/acsanm.2c03054 |

| 図1.TiB2ナノシートの合成とキャラクタリゼーション (a)バルクのTiB2粉末 (b)過酸化水素水(H2O2) (3% v/v)にTiB2を分散した黒色の分散液 (c) 24時間攪拌後のTiB2の溶解と遠心分離後の上澄みの使用 (d)凍結乾燥後の粉末のナノ構造 (e) FESEM像 (f) TiB2 粉末及び TiB2ナノシートのFTIRスペクトル (g)ホウ素のハニカム状平面にチタンがサンドイッチされた結晶構造 (h) Si/SiO2 ウエハに担持させたTiB2ナノシートの光学像 (i) TiB2ナノシートのHRTEM像。ポーラスなシート状構造を示す。 |

| 図2.TiB2ナノシートを負極活物質としたアノード型ハーフセルのサイクリックボルタモグラム (a) 電圧範囲0.01-2.5V ;掃引速度 0.1 mV/s (b) 電圧範囲0.5-2.5V ;掃引速度 0.1, 0.3, 0.5, 0.7, and 1 mV/s. |

| 図3.TiB2ナノシートを負極活物質としたアノード型ハーフセルの充放電挙動 (a)レート特性の検討結果 (b)充放電曲線 (c)長期サイクル特性 |
【用語説明】
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
グラフェンや遷移金属ジカルコゲニドなどの2次元(2D)層状無機ナノ材料は、その優れた物理的および化学的特性のために最近注目されている化合物で、光触媒や太陽電池、ガスセンター、リチウムイオン電池、電界効果トランジスタ、スピントロニクスなどへの応用が期待されている。
James, Asha Liza; Lenka, Manis; Pandey, Nidhi; Ojha, Abhijeet; Kumar, Ashish; Saraswat, Rohit; Thareja, Prachi; Krishnan, Venkata; Jasuja, Kabeer
Nanoscale (2020), 12 (32), 17121-17131CODEN: NANOHL; ISSN:2040-3372. (Royal Society of Chemistry)
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
令和4年9月30日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/09/30-1.html超高強度シェルを有する高度安定化マイクロサイズシリコンの新規負極活物質の開発とリチウムイオン2次電池への応用
超高強度シェルを有する高度安定化マイクロサイズシリコンの
新規負極活物質の開発合成とリチウムイオン2二次電池への応用
ポイント
- 低コストながら、ナノサイズシリコンと比較して充放電に伴う体積膨張・収縮制御がより難しいマイクロサイズシリコンを用いた負極活物質に関して、シリコンオキシカーバイドの超高強度シェルを付与することにより課題の解決に成功した。
- 内部のマイクロサイズシリコンに一定の体積変化の余地を与えるために中間層としてカーボン層をスペーサーとして導入した。また、外殻層の電導性を確保するためにシリコンオキシカーバイド層にアセチレンブラック粒子を導入した。
- 本負極活物質を用いることにより、汎用のバインダー材料を用いた系であっても高放電容量と長期サイクル耐久性を同時に発現させることが容易に可能であり、優れたレート特性を有することも明らかとなった。
- 高容量放充電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
| 北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) (学長・寺野 稔、石川県能美市)の先端科学技術研究科 松見 紀佳教授(物質化学フロンティア研究領域)、バダム ラージャシェーカル講師(物質化学フロンティア研究領域)、東嶺 孝一技術専門員、Ravi Nandan研究員、高森 紀行大学院生(博士後期課程2年)らのグループは、リチウムイオン2次電池*1の安定な高容量充放電を低コストで可能にする新規負極活物質(Si/C/ABG)の開発に成功した。 |
【研究内容と背景】
リチウムイオン2次電池の負極材開発において、高容量の発現の観点から関心を集めているシリコンは充放電に伴う体積膨張・収縮制御の困難さに対応するためナノサイズシリコン粒子が広く用いられてきたが、汎用性やコスト性の観点からマイクロサイズシリコンを用いた高容量2次電池の実現が切望されている。体積膨張・収縮制御においては、マイクロサイズシリコンの適用によりさらなる困難が伴うが、新たなアプローチによる課題の克服への要求が高まっている。
本研究においては、ナノサイズシリコン粒子に代わってマイクロサイズシリコン粒子を適用しつつ、充放電に伴う大きな体積膨張・収縮を抑制するために特殊な材料設計を行った。本負極活物質の外殻には、超高強度を有することが知られるシリコンオキシカーバイド層をコーティングした。また、シリコンオキシカーバイドの不十分な電導性を補う目的でシリコンオキシカーバイド層にアセチレンブラック粒子を共存させた。また、内部のマイクロサイズシリコンに一定の体積変化の余地を与えるためにスペーサーとしてあらかじめマイクロサイズシリコン表面にカーボン層のコーティングを行い、中間層とした。
合成手順としては、マイクロサイズシリコン(~1μm)表面にpH8.5においてポリドーパミン形成させ、乾燥後焼成し、カーボンコーティングを行った。その後、アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES; シリコンオキシカーバイドの前駆体)にアセチレンブラックを混合した懸濁液で処理し、乾燥後焼成した(図1)。得られた材料をTEM、HAADF-STEM、EDSマッピング、XPS等の各測定によりキャラクタライズした(図2)。マイクロサイズシリコン上のカーボン層及び外殻層のシリコンオキシカーバイド(ブラックグラス)層が観測され、外殻層にはアセチレンブラック粒子が埋め込まれている様子が見受けられた。XPS測定からは、シリコンオキシガーバイド(ブラックグラス)層にはSi、SiC4、SiC3O、SiC2O2、SiCO3、SiO4が混在している様子が観測された。
このようなシリコンオキシカーバイドは、7.1 GPaの弾性率、13 MPaの曲げ強さ、11 MPaの圧縮強度を有することがShellemanら*2により報告されており、本負極活物質においても外殻部分に著しい力学的強度をもたらすと期待できる。
合成した負極活物質(Si/C/ABG)の評価に先立って、マイクロサイズシリコンとシリコンオキシカーバイド層との間にカーボン中間層を有さない材料に関しても合成し、これを負極活物質としたアノード型ハーフセル*3を構築して評価した。この系においては、マイクロサイズシリコンの体積変化が大幅に抑制された結果、セルの充放電能は大幅に減少した。一方、中間カーボン層を有するマイクロサイズシリコン/カーボン/シリコンオキシカーバイド型の負極活物質(Si/C/ABG)を70 wt%(アセチレンブラック15 wt%; CMC 7.5 wt%; PAA 7.5 wt%)用いた系では、750 mA/gの充放電速度において775サイクル後に1017 mAhg-1の放電容量を維持し、優れたレート特性を有することが明らかとなった (図3)。また、正極をNCA(ニッケル酸リチウム)とした場合のフルセルも良好に動作した(詳細は原著論文参照)。
さらに、充放電サイクル(65サイクル)後の負極のSEM像(断面像)より、充放電後にもクラック形成や活物質層の崩壊、層の剥離などは認められず、本負極活物質が極めて高い安定性を示していることも明らかとなった(図3)。
本成果は、Journal of Materials Chemistry A(英国王立化学会)のオンライン版に7月18日に掲載された。
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) 未来社会創造事業(JP18077239)の支援を受けて実施した。
【今後の展開】
マイクロサイズシリコンの外殻層に超高強度シリコンオキシカーバイドを導入した特異的な負極活物質デザインにより、次世代型リチウムイオン2次電池へのマイクロサイズシリコン活用に道が拓かれると期待される。
さらに活物質の面積あたりの担持量を向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業応用への橋渡し的条件においての検討を継続する(国内特許出願済み)。
今後は、企業との共同研究(開発パートナー募集中、サンプル提供応相談)を通して将来的な社会実装を目指す。高容量充放電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | Journal of Materials Chemistry A (英国王立化学会) |
| 題目 | Black glasses grafted micron silicon: a resilient anode material for high-performance lithium-ion batteries |
| 著者 | Ravi Nandan, Noriyuki Takamori, Koichi Higashimine, Rajashekar Badam, Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2022年7月18日 |
| DOI | 10.1039/D2TA03068C |

図1.マイクロシリコンへのシリコンオキシカーバイド層導入の手順

図2.(a-c) Si/C/ABGのTEM像
(d-h) Si/C/ABGのHAADF-STEM 像及び EDS マッピング

図3.充放電後のSEM像
(a,b) マイクロシリコン 負極(断面像)、(c) Si/C/ABG 負極top view、 (d) Si/C/ABG 負極(断面像)、 (e)シリコンオキシカーバイドをコートしたマイクロシリコン(Si/C/ABG)を負極としたハーフセルの充放電サイクル特性
【用語説明】
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
令和4年7月28日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/07/28-1.htmlリチウムイオン2次電池用シリコン負極を大幅に安定化する自己修復型ポリマーコンポジットバインダーを開発
リチウムイオン2次電池用シリコン負極を大幅に安定化する
自己修復型ポリマーコンポジットバインダーを開発
ポイント
- リチウムイオン2次電池の高容量化のため、シリコン負極が注目されているが、シリコン粒子の大きな体積変化等の問題によって安定した充放電が困難となっている。
- リチウムイオン2次電池用シリコン負極を安定化する目的で、BIAN(ビスイミノアセナフテン)構造を有する共役系高分子とポリアクリル酸との水素結合ネットワークから成るコンポジットバインダーを開発した。
- アノード型ハーフセルを構築し充放電特性を評価したところ、600サイクル後に2100 mAhg-1を維持し、極めて高い安定性を示した。
- 充放電後における界面抵抗が極めて低いことや、充放電後の負極の構造的耐久性も高く、劣化は極めて軽微であることが分かった。
- 高容量放充電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
| 北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) (学長・寺野 稔、石川県能美市)の先端科学技術研究科 物質化学フロンティア研究領域の松見 紀佳教授、バダム ラージャシェーカル講師、アグマン グプタ研究員らのグループは、リチウムイオン2次電池*1用シリコン系負極を大幅に安定化するポリマーコンポジットバインダーの開発に成功した。 |
【背景と経緯】
リチウムイオン2次電池開発においては、EV車の更なる普及を見据えたエネルギー密度の向上を目的として、従来型負極であるグラファイトの理論放電容量を大幅に上回るシリコンの活用に関心が高まっており、カーボンニュートラルの見地からも高容量蓄電池の早期実用化が望まれている。また、シリコンは地殻に豊富に含まれる元素でありコスト面の利点が明白で、元素戦略の観点からも活用が期待される。
一方、シリコン負極においては、充放電時における大幅なシリコン粒子の体積変化が問題となっており、シリコン粒子の大幅な体積膨張による破断などの問題がある。また、充放電によってシリコン上に形成された界面被膜の破壊、集電体からの剥離、シリコン上に生成するクラック上の新たなシリコン面からの電解液の分解による厚いSEI被膜形成などの諸問題による大幅な内部抵抗の上昇によって、電池性能の劣化にも至っている。
【研究の内容】
本研究においては、負極の環境で還元され伝導性を発現するn型共役系高分子バインダー(ビスイミノアセナフテン骨格を有する共役系高分子、P-BIAN)と、この高分子(ポリマー)と水素結合性ネットワークを形成するポリアクリル酸(PAA)を組み合わせることにより、内部抵抗の低減と自己修復機能との相乗的な効果によりシリコン系負極を大幅に安定化できるコンポジットバインダーを開発した(図1)。両ポリマー間の水素結合形成はXPS測定(N1s)から確認された。
また、本コンポジットバインダーを用いてアノード型ハーフセル*2[アノード:Si/C/(P-BIAN/PAA)/AB =25/30/25/20 by wt%]を構築し、充放電特性を評価したところ、600サイクル後に2100 mAhg-1を維持し、極めて高い安定性を示した(図2)。さらに、サイクリックボルタンメトリー*3からは、可逆的で明瞭なリチウム脱挿入挙動や、電解液の分解抑制が示された。
次に、動的インピーダンス測定(DEIS)を行ったところ、本系における充放電後のSEI抵抗は、比較対象のポリアクリル酸バインダー系の場合の約1/6程度となった。
充放電試験後に電池セルを分解し負極を分析したところ、XPSにおいて負極内部の諸元素の環境に由来するピークが明瞭に観測されたことから、表面に形成したSEIは非常に薄いことが分かった。加えて、SEM観測においては400サイクル後においてもクラック形成は極めて軽微であり、比較対象(ポリアクリル酸)と対照的であったことから、本系においては充放電後の界面抵抗が極めて低いことが明らかとなった。また、充放電後の負極のSEMによる分析結果においても構造的耐久性が高く、有意な劣化が見られないことが分かった。
本成果は、ACS Applied Energy Materials (米国化学会)のオンライン版に4月29日に掲載された。なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JP18077239)の支援を受けて実施した。
【今後の展開】
活物質の面積あたりの担持量をさらに向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業応用への橋渡し的条件においての検討を継続する。(国内特許出願済み)
今後は、企業との共同研究を通して将来的な社会実装を目指す。高容量充放電技術の普及を通して、社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | ACS Applied Energy Materials |
| 題目 | Heavy-Duty Performance from Silicon Anodes Using Poly(BIAN)/Poly(acrylic acid)-Based Self-Healing Composite Binder in Lithium-Ion Secondary Batteries |
| 著者 | Agman Gupta, Rajashekar Badam, Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2022年4月29日 |
| DOI | 10.1021/acsaem.2c00278 |

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図1.(a) 高分子化BIAN(P-BIAN)及びポリアクリル酸(PAA)の構造式
(b) P-BIAN/PAAコンポジットバインダーの設計戦略 (c)P-BIAN/PAAのコンポジット生成に伴う強靭さ及び自己修復能による力学的特性の向上のイメージ図 |

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図2.(a) Si/C/(P-BIAN/PAA)/AB負極を有するアノード型ハーフセルのサイクリックボルタモグラム
(b) P-BIAN/PAA系バインダーとPAAバインダーを有するSi系負極を用いたアノード型ハーフセルとの500 mAg-1における充放電サイクル特性の比較 (c) Si/C/(P-BIAN/PAA)/AB負極を有するアノード型ハーフセルの充放電曲線(500 mAg-1) (d) Si/C/(P-BIAN/PAA)/AB負極を有するアノード型ハーフセルと比較系(PAAバインダー系)との容量維持率の推移の比較 |
【用語解説】
*1 リチウムイオン2次電池:
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
*2 アノード型ハーフセル:
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
*3 サイクリックボルタンメトリー(サイクリックボルタモグラム):
電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法である。電気化学分野における汎用的な測定手法である。また、測定により得られるプロファイルをサイクリックボルタモグラムと呼ぶ。
令和4年5月12日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/05/12-1.htmlナノマテリアル・デバイス研究領域の麻生助教の研究課題が池谷科学技術振興財団の研究助成に採択
公益財団法人 池谷科学技術振興財団の研究助成にナノマテリアル・デバイス研究領域の麻生 浩平助教の研究課題が採択されました。
池谷科学技術振興財団は、先端材料関連の研究に対する助成によって科学技術の発展を図り、社会経済の発展に貢献することを設立の理念としており、この理念を具体化するため、先端材料や関連する科学技術分野の研究者や研究機関に対して、毎年支援を行っています。
*詳しくは、池谷科学技術振興財団ホームページをご覧ください。
- 採択期間:令和4年4月~令和5年3月
- 研究課題名:データ駆動電⼦顕微法による全固体電池内でのリチウムイオンのダイナミクス解明
- 研究概要:全固体リチウム(Li)イオン電池は、Liイオンの伝導現象を活用した次世代デバイスです。高速充放電や高耐久といった電池の高性能化に向けて、Liイオンが材料のなかでどのように伝導していくかの解明が求められてきました。そこで本研究では、材料内部でのLiイオンのダイナミクスを可視化することを目指します。実験手法として、電池を動作させて電気化学特性を測定しながら構造を観察する、オペランド電子顕微鏡法を用います。オペランド電子顕微鏡像は大量の画像からなる動画として得られるため、手作業での解析は困難です。そこで、データ科学の手法を活用して、イオン伝導が進行する重要な部分のみを抜き出し、イオンの分布や速度を自動的に解析します。本手法の開発によってLiイオンのダイナミクスが解明されれば、より高性能な電池の開発につながると期待しています。
- 採択にあたって一言:池谷科学技術振興財団、ならびに選考委員の皆様に心から感謝いたします。本研究を進めるにあたり数々のご協力を頂いております大島義文教授、共同研究者の皆様、両研究室の皆様、ナノマテリアルテクノロジーセンターの皆様に厚く御礼を申し上げます。学術や社会に貢献しうる成果を挙げられるよう、いっそう尽力してまいります。
*木田助教、高田助教の採択記事はこちらをご覧ください。
令和4年4月11日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2022/04/11-1.htmlリチウムイオン2次電池に高容量化と耐久性を容易にもたらす新型負極活物質(β-シリコンカーバイド系複合材料)の開発
リチウムイオン2次電池に高容量化と耐久性を容易にもたらす
新型負極活物質(β-シリコンカーバイド系複合材料)の開発
ポイント
- リチウムイオン2次電池の高容量化のためシリコン系負極が注目されているが、シリコン粒子の大きな体積膨張・収縮等の問題によって、安定した充放電が困難となっている。
- リチウム脱挿入時における体積膨張が大幅に抑制されることが知られている閃亜鉛鉱型構造を有するβ-シリコンカーバイド/窒素ドープカーボン複合材料の簡易合成法を開発し、リチウムイオン2次電池用負極活物質として検証した。
- 合成した活物質を用いたアノード型ハーフセルでは1195mAhg-1の放電容量を300サイクルまで示し、本負極活物質を用いることにより、汎用のバインダー材料を用いた系であっても、高放電容量と長期サイクル耐久性を同時に発現させることが容易に可能であると示された。
- 高容量充放電技術の普及を通して、社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)、先端科学技術研究科 物質化学領域の松見 紀佳教授、バダム ラージャシェーカル講師、並びに東嶺 孝一技術専門員、Ravi Nandan研究員、高森 紀行大学院生(博士後期課程)のグループは、リチウムイオン2次電池*1の安定な高容量充放電を可能にする新規負極活物質の開発に成功した。 |
【背景と経緯】
リチウムイオン2次電池開発においては、近年、従来型負極であるグラファイトよりも大幅に大きな理論容量を示すシリコン系負極が多大な関心を集めている。一方で、シリコン粒子は充放電時の体積膨張・収縮が極めて大きく、充放電の際の粒子の破断や界面被膜の破壊、集電体からの剥離などの多様な問題により、一般に高容量を安定に発現することが非常に困難となっている。このような状況を改善するために、特殊なバインダー材料の開発などのアプローチが本研究グループも含め国内外において検討されてきた。
【研究の内容】
本研究においては、シリコン粒子に代わり、極めて安定な充放電サイクルを汎用のバインダー材料使用時においても示すシリコンカーバイド系活物質を開発した。ダイヤモンド型構造を有するシリコンにおいては、リチウム脱挿入に伴う大幅な体積膨張・収縮は避けがたいものであるが、閃亜鉛鉱型構造の無機化合物においては、リチウム脱挿入時における体積膨張が大幅に抑制されることが知られている。その挙動にヒントを得つつ、閃亜鉛鉱型構造を有するβ-シリコンカーバイドと窒素ドープカーボン*2との複合材料を合成し、新規リチウムイオン2次電池用負極活物質として検証した。
合成法としては、(3-アミノプロポキシ)トリエトキシシランに水溶液中でアスコルビン酸ナトリウムを加え、シリコンナノ粒子分散水溶液を作製した。その後pH8.5においてドーパミンを、引き続いてメラミンを加えてから遠心分離、乾燥し、600oCもしくは1050oCの二通りの条件で焼成した(図1)。
得られた材料について、HRTEM、HAADF-STEM、XPS、XRD、Raman分光法等により構造を確認した(図2)。HRTEMからは、炭素系マトリックスにβ-シリコンカーバイドの結晶が埋め込まれている様子が観測された。HAADF-STEM HRTEMからは、β-シリコンカーバイドの(111)面に相当する0.25 nmの面間距離が観測され、マトリックス内に指紋状に分布する様子が観測された(図2(c))。
次に、合成した活物質を用いて負極を構築し、アノード型ハーフセル*3(Li/電解液/β-SiC)を作製し各種電気化学的評価を行った。サイクリックボルタモグラム*4においては、シャープなリチウムインターカレーションのピークに加えて、シリコン負極の場合と形状は異なるものの0.58 Vのブロードなリチウム脱インターカレーションのピークを共に示した。
また、充放電挙動においては、1050oCの焼成処理により合成した活物質(MAD1050)を用いた系では1195 mAhg-1の放電容量を300サイクルまで示した(図3(b))。本負極活物質を用いることにより、汎用のバインダー材料を用いた系であっても高放電容量と長期サイクル耐久性を同時に発現させることが容易に可能であると示された。
本成果は、Journal of Materials Chemistry A(英国王立化学会)のオンライン版に2月16日(英国時間)に掲載された。
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JP18077239)の支援を受けて実施した。
【今後の展開】
活物質の面積あたりの担持量をさらに向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業応用への橋渡し的条件においての検討を継続する(国内特許出願済み)。
今後は、企業との共同研究(開発パートナー募集中、サンプル提供応相談)を通して将来的な社会実装を目指す。高容量充放電技術の普及を通して、社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | Journal of Materials Chemistry A |
| 題目 | Zinc blende inspired rational design of β-SiC based resilient anode material for lithium-ion batteries |
| 著者 | Ravi Nandan, Noriyuki Takamori, Koichi Higashimine, Rajashekar Badam, Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2022年2月16日(英国時間) |
| DOI | 10.1039/D1TA08516F |


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図2.(a,b)合成した活物質(MAD1050)のTEM像
(a)β-SiC粒子のHRTEM像、(c)β-SiC粒子のHAADF-STEM像 (d,e)赤色ボックス部位のFT/IFT、(f)面間距離プロファイル (g,h)黄色ボックス部位のFT/IFT、(i,j)緑色ボックス部位のFT/IFT |

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図3.合成した各負極活物質を用いたアノード型ハーフセルの充放電特性(a/b/d)
及び比較データ(c;シリコン負極) |
【用語解説】
*1 リチウムイオン2次電池:
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
*2 窒素ドープカーボン:
典型的にはグラフェンオキシドにメラミン等の含窒素前駆体化合物を混合した後に焼成することにより作製される。従来法では可能な窒素導入量に制約があり、急速充放電用活物質の合成法としては不十分であった。一方、電気化学触媒やスーパーキャパシター用など様々なアプリケーションへの用途も広がりつつある材料群である。
*3 アノード型ハーフセル:
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
*4 サイクリックボルタンメトリー(サイクリックボルタモグラム):
電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法である。電気化学分野における汎用的な測定手法である。また、測定により得られるプロファイルをサイクリックボルタモグラムと呼ぶ。
令和4年2月18日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/02/18-1.htmlレッドビート由来のベタレイン色素がアミロイドβペプチドの凝集を阻害することを発見
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石川県公立大学法人 石川県立大学 国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学 |
レッドビート由来のベタレイン色素が
アミロイドβペプチドの凝集を阻害することを発見
| レッドビート由来のベタレイン色素が、アルツハイマー病の原因の一つとされているアミロイドβペプチドの凝集を阻害する効果を様々な分析法を用いて明らかにしました。さらに、アルツハイマー病のモデル線虫を用いた実験においても、その効果を確認することができました。 |
【概要】
石川県立大学の研究グループ(森正之准教授、今村智弘講師、東村泰希准教授、古賀博則客員教授、松本健司教授、高木宏樹准教授)は、北陸先端科学技術大学院大学 生命機能工学領域 大木進野教授と共同で、植物色素ベタレインの一つであるベタニンがアミロイドβペプチドの凝集を抑制する働きを持つことを発見しました。本研究成果は、学術誌「Plant Foods for Human Nutrition」で公表されました。
ベタレイン色素は、植物色素の一つでありオシロイバナやサボテン、雑穀のキヌアなどのナデシコ目植物で主に合成されています。ベタレイン色素は高い抗酸化活性によって、抗がん作用、抗炎症作用、コレステロール(LDL)酸化抑制作用などを持つことが示されており、本研究グループもHIV-1プロテアーゼの阻害活性を持つことを見出しています(参考文献)。このようにベタレイン色素は、多様な生理活性を持つことから、近年その効能に注目が集まっています。
本研究で扱ったレッドビートは、ヒユ科植物であり、ロシアなどで郷土料理「ボルシチ」に用いられています。レッドビートは、根の部分にベタレイン色素(主にベタニン、イソベタニン)を多く蓄積しており(図1)、別名「食べる輸血」と呼ばれ様々な生理機能を持つスーパーフードとして注目されています。
近年、高齢者の増加に伴ってアルツハイマー病による認知症患者数が増加し、罹患者のみならず介護者への肉体的・精神的負担が社会問題となっています。アルツハイマー病の原因の一つとして、アミロイドβ(Aβ)ペプチドが凝集し、脳内に沈着・蓄積することが考えられます。アルツハイマー病に関しては、決定的な治療薬が確立していないため、若い時期から、Aβの蓄積を予防することと、Aβの凝集を阻害することが重要です。
本研究では、レッドビートから抽出・精製したベタレイン色素について、Aβの凝集阻害効果の有無をThTアッセイ、電子顕微鏡、円二色性分光計や核磁気共鳴装置を用いた立体構造解析を用いて評価しました。その結果、レッドビート由来のベタレイン色素はAβの凝集を阻害する活性を持つことを明らかにしました(図2)。さらに、Aβ遺伝子を発現するアルツハイマー病モデル線虫にレッドビート由来のベタレイン色素を与え、線虫の形質出現を遅延させる事を見出しました(図3)。これらの結果より、レッドビート由来のベタレイン色素がAβの凝集を阻害することで、生物のアルツハイマー病態を緩和する機能を有する可能性を見出すことができました。今後の更なる研究により、アルツハイマー病の予防への活用が期待されます。本成果は国際特許(PCT)出願中です。また、分析機器の使用に関して、文部科学省のナノテクノロジープラットフォーム事業の支援を受けました。
【発表論文】
| 論文タイトル | Red-beet betalain pigments inhibit amyloid-β aggregation and toxicity in amyloid-β expressing Caenorhabditis elegans |
| 論文著者 | Tomohiro Imamura, Noriyoshi Isozumi, Yasuki Higashimura, Hironori Koga, Tenta Segawa, Natsumi Desaka, Hiroki Takagi, Kenji Matsumoto, Shinya Ohki, and Masashi Mori |
| 雑誌 | Plant Foods for Human Nutrition |
| DOI | 10.1007/s11130-022-00951-w |
【参考文献】
| 論文タイトル | Isolation of amaranthin synthetase from Chenopodium quinoa and construction of an amaranthin production system using suspension-cultured tobacco BY-2 cells |
| 論文著者 | Tomohiro Imamura, Noriyoshi Isozumi, Yasuki Higashimura, Akio Miyazato, Hiroharu Mizukoshi, Shinya Ohki, and Masashi Mori |
| 雑誌 | Plant Biotechnology Journal |
| DOI | 10.1111/pbi.13032 |

図1 レッドビート(テーブルビート)と、それに含まれるベタレイン色素

図2 レッドビート由来ベタレイン色素のアミロイドβ (Aβ)凝集阻害効果
レッドビート由来のベタレイン色素を加えたものはAβ凝集が観察されない。
(A)透過型電子顕微鏡を用いたAβの観察。スケールバー200 nm。
(B, C)NMRを用いたAβの測定。Aβ単独のNMRシグナル(B)。レッドビート由来のベタレイン色素を加えたAβのNMRシグナル(C)。Day 0のNMRシグナルが凝集していないAβ40のNMRシグナル。

図3 Aβ発現線虫の麻痺形質を利用した評価試験
50 µMレッドビート由来ベタレイン色素の処理は、アルツハイマー病モデル線虫の麻痺形質の発現を遅らせる。
(A)時間経過と共に麻痺形質を示さないAβ発現線虫の割合。
(B)未処理区で観察された麻痺形質を示す線虫。
(C)50 µMベタレイン色素処理区で観察された健常な形質を示す線虫。
【用語説明】
ベタレイン色素: カロテノイド、フラボノイドと共に植物の代表的な色素の1つ。ベタレイン色素は、紫から赤色を示すベタシアニンと黄色から橙色を示すベタキサンチンに分類される。特徴として、分子内にカロテノイド、フラボノイドには見られない窒素原子を持つ。基本骨格としてベタラミン酸を有する。
アルツハイマー病: 記憶、思考、行動に問題を起こす脳の病気。認知症の症例において、アルツハイマー病は、その60-80%を占めるとされている。
アミロイドβ (Aβ): 脳内で作られるたんぱく質から生じるペプチド。アルツハイマー病患者の脳に観察される老人斑の構成成分であり、Aβが重合・凝集することがアルツハイマー病の原因の一つと考えられている。Aβの長さは40アミノ酸残基程度であり代表的なものとして、40アミノ酸残基のAβ40と42アミノ酸残基のAβ42が知られている。
ThTアッセイ: アミロイド線維に特異的に結合し蛍光を発する試薬チオフラビンT(Thioflavin T, ThT)を用いて、アミロイドβペプチドの重合を測定する方法。
円二色性: 試料(光学活性物質)に右回りおよび左回りの円偏光を照射し、その吸収の差を測定して立体構造を解析する手法。
核磁気共鳴(NMR)装置: 強力な磁場中に置いた試料に電磁波を照射して応答信号を得る装置。信号を解析することで、試料の構造や運動性を知ることができる。
令和4年2月15日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/02/15-1.html研究員のZHANGさんが国際会議ISSS-9においてYoung Researchers' Awardを受賞
研究員のZHANG, Jiaqiさん(応用物理学領域、大島研究室)が国際会議The 9th International Symposium on Surface Science(ISSS-9)においてYoung Researchers' Awardを受賞しました。
ISSSは、日本表面真空学会が主催で3年ごとに開催しています。同会議には国内外の表面科学・ナノサイエンス分野の研究者約500名が参加し、ハインリッヒ・ローラー賞(ハインリッヒ・ローラー博士‐1986年に走査型トンネル顕微鏡の設計でノーベル賞を受賞)の受賞式が行われることでも国際的に知られています。
今回、ISSS-9は、令和3年11月28日から12月1日にかけてオンラインにて開催されました。
■受賞年月日
令和3年12月1日
■研究題目、論文タイトル等
Mechanical properties of Pt atomic chains measured by TEM coupled with a quartz resonator
■研究者、著者
〇Jiaqi Zhang1, Masahiko Tomitori1, Toyoko Arai2, Kenta Hongo1, Ryo Maezono1 and Yoshifumi Oshima1
1) 本学
2) 金沢大学
■受賞対象となった研究の内容
Monatomic chains have shown unique physical and chemical properties, which draws a different picture from their bulk counterparts. It has been reported that the electrical or magnetic properties can be tuned by controlling the length of the atomic chains, which indicate that the mechanical properties is very important for their applications. However, the mechanical properties of atomic chains have not been clarified experimentally. To solve this problem, we developed an in-situ TEM holder equipped with a quartz resonator as force sensor to measure the mechanical properties of atomic chains when observing their atomic configurations.
A quartz length-extension resonator (LER) was used to measure the stiffness of platinum (Pt) monatomic chains from its frequency shift. Because the stiffness of the atomic chain suspended between the edge of LER and the fixed counter base can be measure precisely with very small oscillation amplitude (about 30 pm). The atomic resolution TEM images and videos were captured simultaneously with measuring the conductance and stiffness by our developed TEM holder.
The stiffness of atomic chains with 2-5 atoms were obtained. By subtracting the stiffness of the electrodes supporting the monatomic chain from the measured stiffness, we found that the stiffness of a Pt monatomic chain varied with the number of the constitute atoms in the chain. We investigated the stiffness of about 150 Pt monatomic chains for reproducibility and confirmed that the middle bond stiffness (25N/m) in the chain was slightly higher than that of the bond connect to the suspending tip (23N/m). In addition, the maximum elastic strain of individual bond in the chain was as large as 24%. These values were obviously different from the bulk counterpart. Such peculiar values could be briefly explained by the concept of "string tension".
■受賞にあたって一言
I'm incredibly honored with Young Researchers' Award in ISSS-9. First, I would express my appreciation to the organizer of this symposium for providing us the opportunity to share and discuss our researches. Importantly, I would describe my gratitude to Prof. Oshima, Prof. Tomitori, Prof. Arai, for their precious support. And I am also grateful to Oshima-LAB members for their kind encouragement. This award is an essential motivation for me to further research and contribute to nanoscience community.
令和4年1月12日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2022/01/12-2.html応用物理学領域の麻生助教と環境・エネルギー領域の桶葭准教授の研究課題が旭硝子財団の研究助成に採択
公益財団法人 旭硝子財団の研究助成「物理・情報分野 研究奨励」に応用物理学領域 麻生 浩平助教、「化学・生命分野 若手継続グラント」に環境・エネルギー領域 桶葭 興資准教授の研究課題が採択されました。
旭硝子財団は、次世代社会の基盤を構築するような独創的な研究への助成事業を通じて、人類が真の豊かさを享受できる社会および文明の創造に寄与しています。
「研究奨励」プログラムでは、若手研究者による基礎的・萌芽的な研究が支援されます。また、「若手継続グラント」プログラムでは、過去3年間に同財団の「研究奨励」プログラムを終了した若手研究者の中から意欲と提案力のある将来有望な研究者が選抜され、研究が支援されます。
*詳しくは、旭硝子財団ホームページをご覧ください。
「物理・情報分野 研究奨励」
【研究者名】応用物理学領域 麻生 浩平助教
■採択期間
令和3年4月1日~令和5年3月31日
■研究課題
固体内イオン伝導の解明に向けた電子顕微鏡とデータ科学による動的解析
■研究概要
リチウムイオン電池では、充放電に伴って電池内部をリチウムイオンが移動していきます。しかし、イオンがどのように移動していくのかは未だによく分かっていません。そこで本研究では、ナノメートル程度の空間スケール、かつ従来よりも短い時間スケールでリチウムイオンのダイナミクスを可視化することを目指します。実験手法として、電池を動作させて電気特性を測定しながら電池の構造を観察する、オペランド電子顕微鏡法を用います。オペランド電子顕微鏡像は大量の画像からなる動画として得られるため、手動での解析は困難です。そこで、動画からイオンの移動に関わる情報のみを抽出するために、データ科学の手法を活用します。リチウムイオンは電池内部でどのように動いていくのかという問いに対して、これまでにない実験的な知見を与えられると期待しています。
■採択にあたって一言
旭硝子財団、ならびに選考委員の皆様に心から感謝いたします。本研究を進めるにあたり数々のご協力を頂きました研究室の方々、ナノマテリアルテクノロジーセンターの皆様、および共同研究者の皆様方に感謝申し上げます。
「化学・生命分野 若手継続グラント」
【研究者名】環境・エネルギー領域 桶葭 興資准教授
■採択期間
令和3年4月1日~令和6年3月31日
■研究課題名
多糖の非平衡環境下における時空間マター
■研究概要
ソフトマテリアルの散逸構造はシンプルな数式で表現されるが、過渡的現象の議論にとどまっており、材料化には困難を極めています。これに対し本研究では、多糖の非平衡環境下における界面現象を時空間的に解明します。これによって、生体組織の幾何学構造形成に倣ったマテリアルデザインが拓かれると同時に、高分子科学、コロイド科学、流体科学などを背景としたバイオミメティクス戦略の展開が期待できます。
■採択にあたって一言
採択頂き大変嬉しく存じます。旭硝子財団、および本助成の選考委員会の皆様に深く感謝申し上げます。また共同研究者の皆様、および研究室の皆様に深く感謝申し上げます。科学と技術の発展に貢献できる様、誠心誠意励んで参ります。
令和3年5月14日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2021/05/14-2.html





