研究活動の検索
研究概要(研究室ガイド)やプレスリリース・受賞・イベント情報など、マテリアルサイエンスの研究室により公開された情報の中から、興味のある情報をタグや検索機能を使って探すことができます。「大学見本市2024~イノベーション・ジャパン」に出展
8月22日(木)、23日(金)の2日間、東京ビッグサイト(東京都江東区有明)で国内最大規模の産学マッチングイベントである「大学見本市2024~イノベーション・ジャパン」が開催され、本学からは以下の2件が出展しました。
【大学等シーズ展示】
・融合科学共同専攻 松見 紀佳 教授
(展示タイトル)高容量な急速充電用電池を実現する負極活物質
【JST採択課題出展ブース(A-STEP)】
・物質化学フロンティア研究領域 栗澤 元一 教授
(展示タイトル)安全ながん治療を実現する緑茶カテキン・ナノ粒子・薬物送達システム
初日には、尾身 朝子 衆議院議員が松見教授の出展ブースに来訪し、松見教授の説明に熱心に耳を傾けられ、研究内容に大きな関心を寄せられた様子でした。その他、本学ブースには企業関係者をはじめ大学や公的機関の関係者等、2日間で延べ191名もの方々が来訪され、研究シーズの実用化に向けた検討等、活発な情報交換の場となりました。


本学出展ブースの様子
令和6年9月6日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2024/09/06-1.htmlダイヤモンド結晶中の色中心から飛び出す準粒子を発見
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| 国立大学法人筑波大学 国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 慶應義塾大学 国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) |
ダイヤモンド結晶中の色中心から飛び出す準粒子を発見
電子と結晶格子の振動をまとめて一つの粒子とみなしたものをポーラロン準粒子と呼びます。色中心と呼ばれる不純物を導入したダイヤモンド結晶に超短パルスレーザー光を照射し、その反射率の変化を精密測定した結果、ポーラロンが色中心の周りに飛び出して協力しあうことを発見しました。
| ダイヤモンドの結晶中に不純物として窒素(Nitrogen)が存在すると、すぐ隣に炭素原子の抜け穴(空孔:Vacancy)ができることがあります。この窒素と空孔が対になったNitrogen- Vacancy(NV)中心はダイヤモンドの着色にも寄与し、色中心と呼ばれる格子欠陥となります。NV中心には周辺環境の温度や磁場の変化を極めて敏感に検知して量子状態が変わる特性があり、この特性を高空間分解能・高感度なセンサー機能として利用することが期待されています。NV中心の周りの結晶格子の歪み(ひずみ)により、NV中心の電子のエネルギー準位が分裂することが分かっていますが、電子と格子歪みの相互作用メカニズムなど詳細については、ほとんど解明されていませんでした。 本研究では、純度の高いダイヤモンド結晶の表面近傍に、密度を制御したNV中心を極めて薄いシート(ナノシート)状に導入しました。そのシートにパルスレーザーを照射し、ダイヤモンドの格子振動の様子を調べた結果、NV中心の密度が比較的低いにもかかわらず、格子振動の振幅が約13倍に増強されることが分かりました。そこで、量子力学に基づく計算手法(第一原理計算)でNV中心の周りの電荷状態を計算したところ、正負の電荷が偏った状態になっていることが分かりました。 電子と結晶格子の振動をまとめて一つの粒子とみなしたものをポーラロン準粒子と呼び、これにはいくつかのタイプがあります。ダイヤモンドでは、約70年前にフレーリッヒが提案したタイプは形成されないと考えられていましたが、今回の解析結果は、フレーリッヒ型のポーラロンがNV中心から飛び出してナノシート全体に広がっていることを示しています。本研究成果は、ポーラロンを利用したNV中心に基づく量子センシング技術の新たな戦略への道筋を開くものです。 |
【研究代表者】
筑波大学 数理物質系
長谷 宗明 教授
市川 卓人 大学院生(当時)
北陸先端科学技術大学院大学 ナノマテリアル・デバイス研究領域
安 東秀 准教授
慶應義塾大学 電気情報工学科
ポール フォンス 教授
【研究の背景】
ダイヤモンドは炭素原子のみからなる結晶で、高い硬度や熱伝導率を持っています。その特性を生かし、研磨材や放熱材料などさまざまな分野で応用されています。
そして、最近注目されているのが量子センサー注1)としての働きです。ダイヤモンド中の不純物には窒素やホウ素などさまざまなものがあります。その中でも、不純物原子で置換された点欠陥注2)に電子や正孔が捕捉され発光を伴う種類のものは、ダイヤモンドを着色させるため「色中心」と呼ばれ、量子準位の変化で温度や電場を読み取る量子センサーとして用いられています。量子センサーの中でも、ダイヤモンドに導入した窒素―空孔(NV)中心注3)と呼ばれる複合欠陥を用いたセンサーは、高空間分解能・高感度を必要とする細胞内計測やデバイス評価装置のセンサーへの応用が期待されています。
NV中心の周りの炭素原子の格子にはヤーン・テラー効果注4)により歪みが生じていることが分かっており、この格子歪みに伴いNV中心の電子状態が分裂し、NV中心からの発光強度などに影響を与えることが知られています。しかし、その格子歪みに関しては、ポーラロン注5)の存在が示唆されるものの、電子と格子振動の相互作用の観点からは十分な解明がなされていませんでした。
【研究内容と成果】
本研究では、極めて不純物が少ない高品質のダイヤモンド結晶に窒素イオン(14N+)を4種類の線量(ドーズ)で注入することで、NV中心の密度を制御しながら表面近傍40ナノメートルの深さに導入し、そのナノシートにおける炭素原子の集団運動(格子振動:フォノン注6))の様子を調べました。
フェムト秒(1000兆分の1秒、fs)の時間だけ近赤外域の波長で瞬く超短パルスレーザー注7)を、NV中心を導入した高純度ダイヤモンド単結晶に照射し、ポンプ・プローブ分光法注8)によりダイヤモンド試料表面における反射率の変化を精密に計測しました。その結果、ポンプパルス照射直後(時間ゼロ)に見られる超高速に応答する電気・光学効果注9)の信号に加え、結晶中に発生した40テラヘルツ(1012 Hz)の極めて高い周波数を持つ位相がそろった格子振動を検出することに成功しました(図1)。さらにNV中心の密度を変化させて計測を行ったところ、14N+ドーズ量が1x1012/cm2のときに、格子振動の振幅(波形の縦軸方向の幅)が約13倍にも増強されることが分かりました(図2)。
通常の固体結晶では、格子欠陥を導入すると欠陥による格子振動の減衰が大きくなるため、格子振動の振幅は小さくなることが知られており、約13倍もの増強は固体物理学の範疇では説明できません。そこで第一原理計算注10)を用いて、NV中心の周りの電荷状態を計算したところ、正負の電荷が偏った状態になっていることが分かりました。これは、NV中心の周りに分極が発生しており、ヤーン・テラー効果によるポーラロンとは全く異なるフレーリッヒ型ポーラロン注11)がNV中心の周りに存在していることを示唆しています。また、約13倍もの格子振動の増強は、フレーリッヒ型ポーラロンがNV中心近傍から飛び出してナノシート全体に広がり、互いに協力し合っていることを示しています(図3)。一方、さらにドーズ量が増加すると、今度は欠陥による減衰により格子振動の振幅が小さくなることも分かりました(図2)。よって、ドーズ量が1x1012/cm2の時に増強と減衰がつり合い、最も協力現象が起こりやすいことが示されました。
【今後の展開】
本研究グループではこれまで、ダイヤモンド結晶にNV中心を人工的に導入し、ダイヤモンド結晶の反転対称性を破ることで、2次の非線形光学効果である第二高調波発生(SHG)が発現することを報告しました。SHGは結晶にレーザー光を照射した際に、そのレーザー周波数の2倍の周波数の光が発生する現象です。今回の成果は、これらの先行研究に基づいたものです。
今回明らかにした物理的メカニズムは、レーザーパルスの強い電場下で起こるNV中心近傍のフレーリッヒ相互作用による協力的ポーラロンの生成と、それによるダイヤモンド格子振動の増強を示唆しています。また、今回観測したダイヤモンドの格子振動は、固体材料の中で最も高い周波数を持っています。つまり、これらの結果は、40テラヘルツという極めて高い周波数の格子歪み場による電子と格子振動の相互作用(ポーラロン準粒子)を利用したNV中心に基づく量子センシング技術の開発に向けた新たな戦略への道筋を開くものと言えます。
【参考図】

図1 本研究で行なった実験の概要図
NV中心なし、およびNV中心ありのダイヤモンド試料で得られた時間分解反射率信号。挿入図はNV中心の局所構造(楕円)およびポンプ・プローブ分光法の概要を示している。挿入図中の紫色の球が窒素(Nitrogen)を、点線で描かれた円が空孔(Vacancy)を示す。ポンプパルスを照射したのち、プローブパルスを照射するまでの時間を遅延時間(単位はfs)と呼ぶ。

図2 実験で得られた位相がそろった格子振動信号のドーズ依存性
NV中心なし、および4種類の窒素イオン(14N+)のドーズ量におけるダイヤモンド試料の時間分解反射率変化信号。黒線は、位相がそろった格子振動の信号を減衰型の正弦波(sin関数)によりフィットした結果である。ドーズ量が1x1012 N+cm-2の時に、位相がそろった格子振動の振幅がNV中心なしの場合と比較して約13倍に増強されていることが分かった。

図3 NVダイヤモンドにおける協力的ポーラロニック描像の模式図
図中のτは、パルスレーザー(ポンプパルス)照射後の経過時間(単位はfs)を表す。(a) 励起前のNVダイヤモンドの電荷状態を示す。NV中心は負に帯電したNV-状態(赤色の電荷分布)と電荷が中和されたNV0状態(緑色の電荷分布)が混在し、それぞれは局在している。挿入図はイオン化ポテンシャルINVを示し、rはイオン半径である。 (b) 光励起により、NV中心はポンプ電場Epumpによってイオン化される。 (c) 光励起直後、電荷は強く非局在化され、NV中心間の距離にわたって広がり、非線形分極PNLを形成する。 (d) 非線形分極PNLによりコヒーレントな(位相のそろった)格子振動が駆動される。
【用語解説】
量子化したエネルギー準位や量子もつれなどの量子効果を利用して、磁場、電場、温度などの物理量を超高感度で計測する手法のこと。
結晶格子中に原子1個程度で存在する格子欠陥を指す。原子の抜け穴である空孔や不純物原子で置換された置換型欠陥などがある。
ダイヤモンドは炭素原子から構成される結晶だが、結晶中に不純物として窒素(Nitrogen)が存在すると、すぐ隣に炭素原子の抜け穴(空孔:Vacancy)ができることがある。この窒素と空孔が対になった「NV(Nitrogen-Vacancy)中心」は、ダイヤモンドの着色にも寄与する色中心と呼ばれる格子欠陥となる。NV中心には、周辺環境の温度や磁場の変化を極めて敏感に検知して量子状態が変わる特性があり、この特性をセンサー機能として利用することができる。このため、NV中心を持つダイヤモンドは「量子センサー」と呼ばれ、次世代の超高感度センサーとして注目されている。
固体中において、電子的に縮退した基底状態を持つ場合、結晶格子は変形する(歪ませる)ことによりエネルギーが低く安定な状態になる。このような効果をヤーン・テラー効果という。1937年にイギリスのハーマン・アーサー・ヤーンとハンガリーのエドワード・テラーにより提唱された。
結晶中の格子振動と電子が相互作用すると、結合して相互作用の衣を着た素励起である準粒子、すなわちポーラロンが生成される。ポーラロンの存在は1933年にロシアの物理学者レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウによって提案された。フレーリッヒが提案したタイプのポーラロン注11)はこれまで極性をもつ半導体や誘電体など(分極を有する材料)で報告されているが、ダイヤモンドは極性材料ではないため、フレーリッヒ型ポーラロンは観測されていなかった。
原子の集団振動を格子振動と呼ぶ。格子振動を量子化したものをフォノンと呼ぶ。
パルスレーザーの中でも特にパルス幅(時間幅)がフェムト秒以下の極めて短いレーザーのこと。光電場の振幅が極めて大きいため、2次や3次の非線形光学効果を引き起こすことができる。
強い励起パルス(ポンプパルス)により試料を励起し、時間遅延をおいて弱い探索パルス(プローブパルス)を照射し、プローブ光による反射率変化などから試料内部に励起された物質の応答を計測する手法のこと。
物質に電場を印可すると、その強度に応じて屈折率が変化する効果のこと。
「もっとも基本的な原理に基づく計算」という意味で、量子力学の基本法則に基づいた電子状態理論を用いて電子状態を解く計算手法である。物質の光学特性などの物性を求めることができる。
電子と縦波光学フォノンの間の相互作用をフレーリッヒ相互作用と呼ぶ。1954年にドイツの物理学者ヘルベルト・フレーリッヒにより提唱された。この相互作用により生じたポーラロンがフレーリッヒ型ポーラロンである。
【研究資金】
本研究は、科研費による研究プロジェクト(22H01151, 22J11423, 22KJ0409, 23K22422, 24K01286)、および科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CREST「ダイヤモンドを用いた時空間極限量子センシング」(研究代表者:長谷 宗明)(JPMJCR1875)の一環として実施されました。
【掲載論文】
| 題名 | Cooperative dynamic polaronic picture of diamond color centers. (ダイヤモンド色中心の協力的な動的ポーラロニック描像) |
| 著者名 | T. Ichikawa, J. Guo, P. Fons, D. Prananto, T. An, and M. Hase |
| 掲載誌 | Nature Communications |
| 掲載日 | 2024年8月30日 |
| DOI | 10.1038/s41467-024-51366-x |
令和6年9月2日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/09/02-1.html物質化学フロンティア研究領域の都准教授らの論文がJACS Au誌の表紙に採択
物質化学フロンティア研究領域の都 英次郎准教授らの「統合失調症の認知機能障害を回復する新薬候補- 脳移行性の皮下投与型ペプチドナノ製剤を開発 -」に係る論文が、アメリカ化学会発行の生物・化学系トップジャーナルJACS Au誌の表紙に採択されました。
なお、本研究は、文部科学省科研費 基盤研究(A)(23H00551)、基盤研究(B)(20H03392)、挑戦的研究(開拓)(22K18440)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)(JPMJTR22U1)、AMED橋渡し研究プログラム(JP22ym0126809)、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(JP18am0101114、JP23ama121052、JP23ama121054)、公益財団法人発酵研究所、公益財団法人上原記念生命科学財団、ならびに本学超越バイオメディカルDX研究拠点、生体機能・感覚研究センター、広島大学トランスレーショナルリサーチセンターの支援などのもと行われたものです。
■掲載誌
JACS Au, Vol. 4, No. 8
掲載日:2024年8月26日
■著者
Kotaro Sakamoto*, Seigo Iwata, Zihao Jin, Lu Chen, Tatsunori Miyaoka, Mei Yamada, Kaiga Katahira, Rei Yokoyama, Ami Ono, Satoshi Asano, Kotaro Tanimoto, Rika Ishimura, Shinsaku Nakagawa, Takatsugu Hirokawa, Yukio Ago*, and Eijiro Miyako*
■論文タイトル
Cyclic Peptide KS-133 and KS-487 Multifunctionalized Nanoparticles Enable Efficient Brain Targeting for Treating Schizophrenia
■論文概要
統合失調症は、幻覚や妄想などの陽性症状、意欲の低下などの陰性症状、そして注意・集中力の低下や記憶力・判断力の低下といった認知機能障害などを特徴とする精神疾患で、人口の約1%に発症し、その罹患者は日本では約80万人、全世界では2000万人以上いると言われています。本研究では、統合失調症の発症に関係する神経ペプチド受容体VIPR2に対する選択的な阻害ペプチドKS-133と脳移行性のLRP1結合ペプチドKS-487を同時に搭載するナノ粒子を創製し、皮下投与型のペプチド製剤として開発に成功しました。また、本ペプチド製剤の皮下投与によって、VIPR2の過剰な活性化によって引き起こされた動物モデルの認知機能の低下を正常レベルまで回復可能なことを見出しました。本ペプチド製剤は、既存薬とは全く異なるメカニズムをもつため、統合失調症の新しい治療法の開発につながることが期待されます。
表紙詳細:https://pubs.acs.org/toc/jaaucr/4/8
論文詳細:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacsau.4c00311
プレスリリース:https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/06/27-1.html
令和6年8月28日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2024/08/28-1.htmlがんを欺くためのがん細胞の顔をしたナノ粒子の開発に成功 -マウス体内のがんを高感度検出・効果的治療が可能に!-
がんを欺くためのがん細胞の顔をしたナノ粒子の開発に成功
-マウス体内のがんを高感度検出・効果的治療が可能に!-
【ポイント】
- カーボンナノホーンにがん細胞成分と抗がん剤を吸着させた複合体の作製に成功
- 当該ナノ粒子の高い血中滞留性、腫瘍内浸潤作用、EPR効果により腫瘍に集積し、マウスに移植したがんの可視化と、免疫賦活化作用、抗がん作用、光熱変換によるがん治療が可能であることを実証
- 当該ナノ粒子と近赤外光を組み合わせた新たながん診断・治療技術の創出に期待
| 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野 稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の都 英次郎准教授らは、カーボンナノホーン*1表面にがん細胞成分と抗がん剤を被覆したナノ粒子の作製に成功した(図1)。得られたナノ粒子は、ナノ粒子特有のEPR効果*2のみならず、がん細胞成分に由来する血中滞留性、腫瘍標的能によって、大腸がんを移植したマウス体内の腫瘍内に効果的に集積し、がん細胞成分に由来する免疫賦活化効果と抗がん剤に由来する薬効に加え、生体透過性の高い近赤外レーザー光*3により、がん患部の可視化と光熱変換による多次元的な治療が可能であることを実証した。さらに、マウスを用いた生体適合性試験などを行い、いずれの検査からもナノ粒子が生体に与える影響は極めて少ないことがわかった。当該ナノ粒子と近赤外レーザー光を組み合わせた新たながん診断・治療技術の創出が期待される。 |
【研究背景と内容】
ナノ炭素材料の一つであるカーボンナノホーン(CNH)は、高い生体適合性と優れた物理化学的特性を有することが知られており、とりわけバイオメディカル分野で大きな注目を集めている。都准教授は、CNHが生体透過性の高い波長領域(650~1100 nm)のレーザー光により容易に発熱する特性(光発熱特性)を世界に先駆けて発見し、当該光発熱特性を活用したがん診断・治療技術の開発を推進している[例えば、Nature Communications 11, 4117 (2020).]。
CNHは、そのまま水などに分散させようとすると、分子間の強い相互作用により、粒状に凝集してしまう。CNHの光発熱特性を発揮させるためには、この凝集状態を解消しCNHを溶媒中にナノレベルで分散させる必要がある。従来法としては、ポリエチレングリコール(PEG)などの水溶性ポリマーをCNH表面に化学的に被覆することで水中分散性を改善させる手法がある。しかし、PEG修飾したナノ粒子を繰り返し投与した際、2回目投与時において、従来の高い血中滞留性が損なわれ、血中から速やかに消失するという現象[Accelerated blood clearance(ABC)現象]が報告されているだけでなく、PEGそのものが重篤なアレルギー反応を引き起こす可能性があるため、代替材料の開発が急務となっている。
がん細胞は、免疫細胞からの攻撃回避のために特殊な細胞膜機能を有している。また、堅牢な腫瘍構造を維持するために、がん細胞同士の癒着・親和性を高めることが可能となる特別な細胞膜成分で構成されている。さらに、がん細胞内の構成成分(遺伝子やタンパク質など)には免疫活性を高める効果があることが知られている。そこで本研究グループは、これらのがん細胞成分(細胞膜、遺伝子、タンパク質など)をCNHに搭載することができれば、CNHのマウス体内における血中滞留性、腫瘍内浸潤性、免疫活性などを高めることができるのではないかと考え、研究をスタートさせた。より具体的には、がん細胞成分と抗がん剤を被覆したCNHをがん患部に同時に送り込むことで、がん細胞成分に由来する上記の血中滞留効果、腫瘍内浸潤作用、免疫賦活化能に加え、抗がん剤に由来する薬効と共に、生体透過性の高い近赤外レーザー光を用いることで、患部の可視化やCNHに由来する光熱変換を利用した、新たながんの診断や治療の実現を目指した。
当該目標を達成するために、今回開発した技術では、簡便な超音波照射によってがん細胞成分をCNH表面に吸着させることで、CNHを水溶液中に分散できるようにした。また、がん細胞成分を活用することで、水に不溶な抗がん剤[パクリタキセル(PTX)]もCNH表面に同時に被覆することに成功した(図1)。この方法で作製したがん細胞成分-PTX-CNH複合体は、30日以上の粒径安定性を有していること、細胞に対し高い膜浸透性を有し抗がん作用を発現すること、近赤外レーザー光照射により発熱が起こることが確認できたため、がん患部の可視化と治療効果について試験を行った。なお、がん患部の可視化には、がん診断に利用可能な近赤外蛍光色素[インドシアニングリーン(ICG)]をがん細胞成分と共にCNH表面に結合させたナノ粒子(がん細胞成分-ICG-CNH複合体)を利用した。
大腸がんを移植して約10日後のマウスに、当該がん細胞成分-ICG-PTX-CNH複合体を尾静脈から投与し、24時間後に740~790 nmの近赤外光を当てたところ、がん患部が蛍光を発している画像が得られた(図2A)。また、当該ナノ粒子が、非イオン性のポリエトキシ化界面活性剤(クレモフォールEL)で被覆した従来型の水溶性ポリマーで被覆したCNH(CRE-ICG-CNH複合体)に比較して、がん組織に効果的に取り込まれていることが分かった(図2A)。そこで、当該ナノ粒子(がん細胞成分-PTX-CNH複合体)が集積した患部に対して808 nmの近赤外レーザー光を照射したところ、がん細胞成分に由来する血中滞留効果、腫瘍内浸潤作用、免疫賦活化能と抗がん剤に由来する薬効に加え、CNHの光熱変換による効果で2日後には、がんを完全に消失させることに成功した(図2B)。
一方、腫瘍内における薬効メカニズムを組織学的評価により調査したところ、とりわけレーザー照射したがん細胞成分-PTX-CNH複合体において細胞障害性の高いT細胞やナチュラルキラー細胞などの免疫細胞が活性化されていることが明らかとなった。
さらに、がん細胞成分-PTX-CNH複合体をマウスの静脈から投与し、生体適合性を血液検査(1週間調査)と体重測定(約1ヵ月調査)により評価したが、いずれの項目でもがん細胞成分-PTX-CNH複合体が生体に与える影響は極めて少ないことがわかった。
これらの成果は、今回開発したがん細胞成分のナノ粒子コーティング技術が、革新的がん診断・治療法の基礎に成り得ることを示すだけでなく、ナノテクノロジーや光学といった幅広い研究領域における材料設計の技術基盤として貢献することを十分期待させるものである。
本成果は、2024年8月19日に生物・化学系のトップジャーナル「Small Science」誌(Wiley発行)のオンライン版に掲載された。なお、本研究は、文部科学省科研費 基盤研究(A)(23H00551)、文部科学省科研費 挑戦的研究(開拓)(22K18440)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP)(JPMJTR22U1)、公益財団法人発酵研究所、公益財団法人上原記念生命科学財団、ならびに本学超越バイオメディカルDX研究拠点、本学生体機能・感覚研究センターの支援のもと行われたものである。
図1.がん細胞成分を被覆したナノ粒子の作製と本研究の概念。
CNH: カーボンナノホーン、PTX: パクリタキセル。
図2. ナノ粒子をがん患部に集積・可視化(A)し、光照射によりがんを治療(B)
(赤色の囲いは腫瘍の位置を示している)。
【論文情報】
| 掲載誌 | Small Science |
| 論文題目 | Biomimetic functional nanocomplexes for photothermal cancer chemo-immunotheranostics |
| 著者 | Nina Sang, Yun Qi, Shun Nishimura, Eijiro Miyako* |
| 掲載日 | 2024年8月19日にオンライン版に掲載 |
| DOI | 10.1002/smsc.202400324 |
【用語説明】
飯島澄男博士らのグループが1998年に発見したカーボンナノチューブの一種。直径は2~5 nm、長さ40~50 nmで不規則な形状を持つ。数千本が寄り集まって直径100 nm程度の球形集合体を形成している。とりわけ、薬品の輸送用担体として期待されており、バイオメディカル分野で注目を集めている。
100 nm以下のサイズに粒径が制御された微粒子は、正常組織へは漏れ出さず、腫瘍血管からのみ、がん組織に到達して患部に集積させることが可能である。これをEPR効果(Enhanced Permeation and Retention Effect)という。
レーザーとは、光を増幅して放射するレーザー装置、またはその光のことである。レーザー光は指向性や収束性に優れており、発生する光の波長を一定に保つことができる。とくに700~1100 nmの近赤外領域の波長の光は生体透過性が高いことが知られている。
令和6年8月22日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/08/22-1.html物質化学フロンティア研究領域の都准教授らの論文がAdvanced Functional Materials誌の表紙に採択
物質化学フロンティア研究領域の都 英次郎准教授らの「液体金属ナノ粒子を活用するがん光免疫療法の開発に成功」に係る論文が、ドイツの生物・化学系トップジャーナルAdvanced Functional Materials誌の表紙に採択されました。
なお、本研究は、科研費基盤研究(A)(23H00551)、科研費挑戦的研究(開拓)(22K18440)、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP)(JPMJTR22U1)、公益財団法人発酵研究所、公益財団法人上原記念生命科学財団、ならびに本学超越バイオメディカルDX研究拠点、本学生体機能・感覚研究センターの支援のもと行われたものです。
■掲載誌
Advanced Functional Materials, Vol. 34, No. 31
掲載日:2024年8月1日
■著者
Yun Qi, Mikako Miyahara, Seigo Iwata, Eijiro Miyako*
■論文タイトル
Light-Activatable Liquid Metal Immunostimulants for Cancer Nanotheranostics
■論文概要
ガリウム・インジウム(Ga/In)合金からなる室温で液体の金属(液体金属)は、高い生体適合性と優れた物理化学的特性を有することが知られており、とりわけナノ粒子化した液体金属をバイオメディカル分野に応用する研究に大きな注目が集まっています。本研究では、液体金属ナノ粒子を活用した新しいがん光免疫療法の開発に取り組みました。より具体的には、免疫賦活化作用のある物質を液体金属に組み合わせ、がん患部に選択的に送り込ませることで、免疫による高い抗腫瘍作用を発現させることに成功しました。また、本研究では、生体透過性の高い近赤外光を用いることで、患部の可視化や光熱変換を利用した、新たながんの診断や治療法を提案しています。
表紙詳細:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adfm.202470176
論文詳細:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adfm.202305886
プレスリリース:https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/08/04-1.html
令和6年8月9日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2024/08/09-1.html統合失調症の認知機能障害を回復する新薬候補 -脳移行性の皮下投与型ペプチドナノ製剤を開発-
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| 国立大学法人 国立大学法人広島大学 国立大学法人大阪大学 国立大学法人筑波大学 一丸ファルコス株式会社 |
統合失調症の認知機能障害を回復する新薬候補
-脳移行性の皮下投与型ペプチドナノ製剤を開発-
【ポイント】
- 統合失調症の発症に関係する神経ペプチド受容体VIPR2に対する選択的な阻害ペプチドKS-133と脳移行性のLRP1結合ペプチドKS-487を同時に搭載するナノ粒子を創製し、 皮下投与型のペプチド製剤として開発
- 本ペプチド製剤の皮下投与は、VIPR2の過剰な活性化によって引き起こされた動物モデルの認知機能の低下を正常レベルまで回復可能
- 本ペプチド製剤は、既存薬とは全く異なるメカニズムをもつため、統合失調症の新しい治療法の開発につながることが期待
| 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の都英次郎准教授、広島大学(学長・越智光夫、広島県広島市)大学院医系科学研究科の吾郷由希夫教授、大阪大学(総長・西尾章治郎、大阪府吹田市)大学院薬学研究科の中川晋作教授、筑波大学(学長・永田恭介、茨城県つくば市)医学医療系の広川貴次教授、一丸ファルコス株式会社(社長・安藤芳彦、岐阜県本巣市)の坂元孝太郎開発2課長らの研究グループは、統合失調症の認知機能障害を回復する新薬になり得る脳移行性の皮下投与型ペプチドナノ製剤の開発に成功した(図1)。 |
図1. 本研究の概念図
統合失調症は、幻覚や妄想などの陽性症状、意欲の低下などの陰性症状、そして注意・集中力の低下や記憶力・判断力の低下といった認知機能障害などを特徴とする精神疾患で、人口の約1%に発症し、その罹患者は日本では約80万人、全世界では2000万人以上いると言われている。既存薬は、神経伝達物質の調節に関わるメカニズムを有するもののみであり、その治療効果は限定的であり、特に認知機能障害に対する効果が乏しい。近年、神経ペプチド受容体VIPR2の過剰な活性化が統合失調症の発症に関与することが臨床研究および非臨床研究で明らかとなり、新たなメカニズムの統合失調症治療薬につながることが期待されている。本研究グループは、これまでにVIPR2を選択的に阻害するペプチドKS-133を見出していたものの(FrontPharmacol 2021,12:751587)、脳への移行性が低いことが課題であった。
本研究では、KS-133を脳に送り届けるためのナノ製剤化を検討した。血液脳関門に発現するLDL受容体関連タンパク質のLRP1は、物質を血中から脳組織に移行させる働きがある。本研究グループは、これまでにLRP1に結合するペプチドKS-487を見出していた(Biochem Biophys Rep 2022,32:101367)。そこで、1.LRP1とKS-487の複合体の構造解析を分子動力学シミュレーションで実施、2.その構造を元にKS-487を表面に提示するナノ粒子をデザイン、3.バイオイメージング試験で皮下投与されたKS-487提示ナノ粒子が脳に移行することを確認、4.KS-487提示ナノ粒子にKS-133を内包させたペプチド製剤を調製し、その効果を動物モデルで確認した。これらの結果、KS-133とKS-487を同時に搭載するナノ粒子が、KS-133を脳に効果的に移行させ、動物モデルの認知機能障害を健常レベルまで回復させることが分かった(図2)。

図2. 統合失調症モデルマウスでの認知機能を評価する試験。マウスは新しい環境や物体を積極的に探索する習性をもつ。マウスに二つの新しい物体AとBを探索させて、記憶させる。24時間後に既知物体であるBを新しい物体Cに置き換えて、マウスが物体Cをどれだけ探索するかを計測することで、マウスの物体認知、学習・記憶能力を解析する。物体AとCの総探索時間のうち、どれだけ物体Cを探索していたかを調べる識別指数を用いて評価する。数値が高いほど認知機能が高いことを意味する。統合失調症モデルマウスの識別指数は、VIPR2選択的阻害ペプチドKS-133を内包し、中枢移行性ペプチドKS-487を提示するナノ粒子の投与によって、正常マウスと同等レベルに回復する。
本研究成果は、アメリカ化学会発行の生物・化学系のトップジャーナル「JACS Au」(アメリカ化学会発行)のオンライン版に2024年6月20日に掲載された。なお、本研究は、文部科学省科研費 基盤研究(A)(23H00551)、基盤研究(B)(20H03392)、挑戦的研究(開拓)(22K18440)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)(JPMJTR22U1)、AMED橋渡し研究プログラム(JP22ym0126809)、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(JP18am0101114、JP23ama121052、JP23ama121054)、公益財団法人発酵研究所、公益財団法人上原記念生命科学財団、ならびに北陸先端科学技術大学院大学超越バイオメディカルDX研究拠点、生体機能・感覚研究センター、広島大学トランスレーショナルリサーチセンターの支援などのもと行われたものである。
【今後の展開】
本ペプチド製剤は、VIPR2阻害という既存薬とは全く異なるメカニズムを有しており、アンメットメディカルニーズである統合失調症の認知機能障害を対象とした新薬になることが期待される。今後、細胞や動物モデルなどを用いた更なる検討、そしてヒトでの臨床試験によって、本ペプチド製剤の有効性と安全性を確認し、統合失調症の新しい治療薬として開発を進めていく。
【論文情報】
| 掲載誌 | JACS Au (アメリカ化学会誌) |
| 論文題目 | Cyclic Peptide KS-133 and KS-487 Multifunctionalized Nanoparticles Enable Efficient Brain Targeting for Treating Schizophrenia |
| 著者 | Kotaro Sakamoto*, Seigo Iwata, Zihao Jin, Lu Chen, Tatsunori Miyaoka, Mei Yamada, Kaiga Katahira, Rei Yokoyama, Ami Ono, Satoshi Asano, Kotaro Tanimoto, Rika Ishimura, Shinsaku Nakagawa, Takatsugu Hirokawa, Yukio Ago*, and Eijiro Miyako* |
| 掲載日 | 2024年6月20日 |
| DOI | https://doi.org/10.1021/jacsau.4c00311 |
令和6年6月27日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/06/27-1.html革新的ポリマーを用いたタンパク質凝集阻害メカニズムの解明 ―タンパク質医薬品製造の効率化や神経変性疾患治療への応用に期待―
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国立大学法人 国立大学法人東京工業大学 |
革新的ポリマーを用いたタンパク質凝集阻害メカニズムの解明
―タンパク質医薬品製造の効率化や神経変性疾患治療への応用に期待―
ポイント
- 双性イオンポリマー(PSPB)によるタンパク質凝集阻害の複雑な分子メカニズムを先駆的に解明した。
- PSPBは、多様なタンパク質の熱凝集に対して高い保護活性を持ち、PSPBとタンパク質の相互作用を実験及びシミュレーションにより包括的かつ詳細に検討した結果、弱く可逆的な結合の重要性を明らかにした。また、PSPBはタンパク質と弱く可逆的に相互作用することで、凝集経路を妨げ、凝集性中間体の形成を阻止することも明らかとなった。
- タンパク質治療薬の安定化と長期保存を実現する可能性を見出した。
- 将来的にはアルツハイマーなどの神経変性疾患の治療への応用も期待される。
| 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の松村和明教授、ラジャンロビン元助教及びZHAO, Dandan研究員(超越バイオメディカルDX研究拠点)は、東京工業大学(学長・益一哉、東京都目黒区)生命理工学院生命理工学系の古田忠臣助教と共同で、双性イオンポリマーによるタンパク質凝集阻害メカニズムの解明に成功した。 本研究グループが合成したスルホベタインポリマーと呼ばれる双性イオン高分子は、タンパク質と弱く可逆的に相互作用し、凝集経路を妨げることで凝集性中間体の形成を阻止し、有害な凝集を防ぐ。この画期的な発見は、タンパク質治療薬を進歩させ、タンパク質のミスフォールディングに関連する様々な症状に対する新規治療法を開発する上で、計り知れない可能性を秘めている。 本成果は、2024年5月30日11時(米国東部標準時間)にCell Press発行「Cell Reports Physical Science」オンライン版に掲載された。 |
【研究の背景】
タンパク質の凝集は、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病などの神経変性疾患の主な原因とされている。また、タンパク質医薬品の生産と保管中に凝集が発生すると、薬剤の活性と有効性が失われる可能性がある。従来の方法では、これらの凝集を防ぐことは困難であり、効果的な安定化手法の開発が求められていた。
【研究内容】
本研究グループは、双性イオン高分子注1の一種であるスルホベタインポリマー(PSPB)及びその疎水性誘導体がタンパク質凝集を抑制するメカニズムを解明した。(図1)。PSPBはタンパク質と弱く相互作用し、凝集経路を妨げることで凝集性中間体の形成を阻止する。実験により、PSPBがインスリンやリゾチームなどの複数のタンパク質を熱ストレスから効果的に保護することが示された。特に、疎水性残基を導入したPSPBは、タンパク質の凝集抑制効果が著しく向上することが確認された。この効果は分子シールディング効果注2と呼ばれ、保護対象のタンパク質と保護高分子が可逆的な相互作用を示すことにより、物理的に凝集を妨げている様子が分子動力学シミュレーション注3の結果からも確認された。
【主な結果】
- PSPBの合成と特性評価:異なる疎水性モノマー(BuMA、HxMA、OcMA)を組み込んだ種々のスルホベタインポリマー(PSPB)を合成し、その特性を評価した。
- タンパク質の保護効果:インスリン、リゾチーム、乳酸脱水素酵素(LDH)をモデルタンパク質として使用し、PSPBがこれらタンパク質の凝集繊維形成を著しく抑制することを確認。分子量と疎水性が高いPSPBは、特に効果的であることが示された(図2)。
- 分子動力学シミュレーション:PSPBが分子シールドとして機能し、タンパク質分子間の距離を保ち、凝集を防ぐ効果を持つことが確認された(図3)。
- メカニズムの解明:熱分析、分光学的手法などを駆使し、PSPBによる凝集抑制効果の解明に成功した。モデルタンパク質のインスリンを加熱すると、タンパク質の高次構造がほどけるアンフォールディングが起こる。その後、さらに加熱することで凝集性の前駆体が形成され、不可逆な凝集体となる。ここにPSPBが存在することで、アンフォールディングする温度が高温側にシフトし、凝集前駆体の形成が阻害される。冷却時にはPSPBは脱離し、元の高次構造が維持される(図4)。PSPBへの疎水基の導入は、タンパク質の疎水性残基との相互作用を高める効果があり、より凝集前駆体の形成阻害効果を高めていることが示唆される。
【今後の展望】
PSPBによるタンパク質凝集抑制効果の分子メカニズムに迫った研究は初めてであり、このメカニズムにより、PSPBがタンパク質治療薬の安定化と長期保存に貢献できる可能性が示された。
さらに、この研究は新しい診断及び治療法の開発にも応用される可能性があり、将来的には幅広い疾患に対する効果的な治療法の提供が期待される。本研究グループは、今後さらにアミロイドβタンパクの凝集抑制などの研究を進め、アルツハイマー病やパーキンソン病などのタンパク質凝集が原因とされる神経変性疾患の治療や原因解明など、実用化に向けた具体的な応用方法の開発に取り組んでいく予定である。

図1 各種合成した双性イオンポリマー
スルホベタインポリマー(PSPB)にブチルメタクリレート(BuMA)、ヘキシルメタクリレート(HxMA)、オクチルメタクリレート(OcMA)を共重合したポリマーの構造を示す。

図2 インスリン溶液の凝集抑制の様子。i)加熱前、ii)加熱後、iii)PSPB添加後に加熱。
加熱することで凝集により白濁していることが確認される。一方、PSPBを添加することで白濁は抑えられる。

図3 P(SPB-r-BuMA)のモデルとしたスルホベタイン2量体にブチルメタクリレートを結合した化合物(SPB2_BuMA)とインスリンのMDシミュレーションによるスナップショット。インスリン二分子の間にモデル化合物が分子シールドとして可逆的にサンドイッチされ、凝集を妨げている様子が見られた。

図4 凝集抑制メカニズムの模式図。インスリン二量体(天然構造)が加熱により単量体に変性し、さらにアンフォールディングして立体構造が解消される。その際にポリマーがあると、分子シールディング効果により、凝集前駆体の形成を抑制し、繊維状凝集前駆体(prefibrillar aggregates)から繊維凝集体(mature fibrils)の形成を阻害する。
なお、本研究は、科研費基盤研究(B)20H04532、若手研究20K20197、23K17211、学術変革領域研究(A)21H05516、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)JPMJTR20UN、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業JPMXP09S21MS1051、JPMXP09S21MS1051b、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業JPMXP1222MS1007、ならびに北陸先端科学技術大学院大学超越バイオメディカルDX研究拠点、生体機能・感覚研究センターの支援のもと行われた。
【論文情報】
| 雑誌名 | Cell Reports Physical Science |
| 題目 | Molecular mechanism of protein aggregation inhibition with sulfobetaine polymers and their hydrophobic derivatives |
| 著者 | Robin Rajan, Tadaomi Furuta, Dandan Zhao, Kazuaki Matsumura |
| 掲載日 | 2024年5月30日11時(米国東部標準時間) |
| DOI | 10.1016/j.xcrp.2024.102012 |
【用語説明】
同一分子内に正電荷と負電荷を持つ全体としては中性の高分子で、高い水和性と低い非特異的タンパク質吸着性を持つ。これにより、生体適合性が高く、医療分野やバイオテクノロジー分野で広く研究、応用されている。
Tunaccliffeらの報告によると、ある種の天然変性タンパク質が乾燥時に他のタンパク質の周りに保護相を形成し、物理的に凝集を抑制する効果のことを分子シールディング(molecular shielding)効果として説明している。
Chakrabortee S, et al., Mol. Biosys. 2012, 8, 210-219
分子系の運動を時間的に解析する手法。具体的には、原子や分子の初期位置と速度を設定し、相互作用ポテンシャルを用いてニュートンの運動方程式を解くことで、分子系の時間発展を追跡し、構造変化、相転移、拡散などの現象を解析する。例えば、タンパク質のフォールディング過程や薬物分子の結合動態、材料の熱物性などを詳細に調べることができ、生物学、化学、材料科学に広く応用されている。
令和6年5月31日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/05/31-1.htmlポリビニルホスホン酸を用いたリチウムイオン2次電池におけるマイクロシリコンオキシド負極の安定化に成功
ポリビニルホスホン酸を用いたリチウムイオン2次電池における
マイクロシリコンオキシド負極の安定化に成功
ポイント
- ポリビニルホスホン酸をリチウムイオン2次電池のマイクロシリコンオキシド負極のバインダーとして適用することにより、その優れた接着性を活かして負極を安定化させることに成功した。
- 作製したアノード型ハーフセルは1000 mAg-1の電流密度において200サイクル後に650 mAhgSiO+C-1(1300 mAhgSiO-1)を維持した。
- ポリビニルホスホン酸は銅箔への接着において、ポリアクリル酸(2.03 N/m)と比較して大幅に高い接着力(3.44 N/m)を要した。
- ポリビニルホスホン酸をバインダーとした場合には、ポリアクリル酸やポリフッ化ビニリデンをバインダーとした場合とは異なり、200回の充放電サイクル後においてもSEM像において集電体からの剥離は観測されなかった。
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)の先端科学技術研究科 松見紀佳教授(物質化学フロンティア研究領域)、高森紀行大学院生(博士後期課程)、テジキランピンディ ジャヤクマール元大学院生、ラージャシェーカル バダム元講師(物質化学フロンティア研究領域)、丸善石油化学株式会社らのグループは、リチウムイオン2次電池*1における負極バインダーとしてのポリビニルホスホン酸がマイクロシリコンオキシド負極を高度に安定化することを見出した。 |
【研究内容と背景】
リチウムイオン2次電池の負極材開発において、マイクロシリコンオキシドはシリコンと比較して比較的穏やかな体積変化を示すため、活用が広範に検討されている。しかし、なお体積変化による負極性能の劣化を抑制できるバインダーの開発が望まれている。
本研究においては、ポリビニルホスホン酸をマイクロシリコンオキシド負極のバインダーとして活用することにより、ポリアクリル酸の場合と比較して顕著に電池のサイクル特性が向上することを見出した。
ポリビニルホスホン酸に関してDFT計算で電子構造を計算すると、LUMOレベルは-1.92 eVであり、ポリアクリル酸(-1.16 eV)やエチレンカーボネート(-0.31 eV)のそれよりも大幅に低い。負極側近傍においてエチレンカーボネートの還元分解に先立ってポリビニルホスホン酸の還元が起こることが想定され、エチレンカーボネートの過剰な分解の抑制、すなわち被膜形成の抑制と界面抵抗の抑制につながると考えられる。
ポリビニルホスホン酸(PVPA)を銅箔でサンドイッチした系の引き剥がしに要する応力を評価したところ3.44 N/mであり、ポリアクリル酸(PAA)(2.03 N/m)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)(0.439 N/m)と比較して大幅に高い接着力を示した(図1)。

図1.(a)ポリビニルホスホン酸、(b)ポリアクリル酸、(c) ポリフッ化ビニリデンの構造式
負極の組成をマイクロサイズSiO:グラファイト:ポリビニルホスホン酸:アセチレンブラック:カルボキシメチルセルロース=30:30:20:15:5とし、EC:DEC = 1:1(v/v)LiPF6溶液を電解液としてアノード型ハーフセル*2を構築した。
アノード型ハーフセルのサイクリックボルタモグラムでは、ポリビニルホスホン酸バインダーを用いた場合にのみ第一サイクルにおいてバインダーの還元ピークが観測された。また、本系ではLi挿入・脱挿入の可逆的な両ピークが他のバインダー系(PAA、PVDF)以上に明瞭に観測された(図2b-d)。
アノード型ハーフセルの充放電特性評価を行ったところ、ポリビニルホスホン酸バインダー系では1000 mAg-1の電流密度において200サイクル後に650 mAhgSiO+C-1以上の放電容量(1300 mAhgSiO-1以上の放電容量)を維持した(図2e)。一方、ポリアクリル酸バインダー系では、200サイクル後には300 mAhgSiO+C-1まで放電容量が低下した。また、ポリフッ化ビニリデンバインダー系の耐久性はさらに低く、200サイクル後には初期容量の20%の容量を維持するにとどまった。
グラファイトを用いずに負極におけるSiO組成を増加させた系についても検討したところ(SiO:ポリビニルホスホン酸:アセチレンブラック:カルボキシメチルセルロース=60:20:15:5)、0.21 mgSiOcm-2、0.85 mgSiOcm-2、1.84 mgSiOcm-2の活物質の塗布量においてそれぞれ100サイクル後に92.2%、90.9%、60.8%の容量維持率を示した(図2g)。

図2.(a)各アノード型ハーフセルの充放電曲線、(b)(c)(d)各アノード型ハーフセルのサイクリックボルタモグラム、(e)各アノード型ハーフセルの充放電サイクル特性、(f) 各アノード型ハーフセルの充放電レート特性、(g)各アノード型ハーフセルにおける活物質担持量の影響
200サイクルの充放電サイクル後、電池セルを分解して負極をSEM観察したところ、ポリビニルホスホン酸バインダー系においては集電体からの剥離は観測されなかった。一方、比較対象のポリアクリル酸バインダー系、ポリフッ化ビニリデンバインダー系では集電体からの剥離が観察された(図3)。

図3.各バインダーを用いた系の充放電前後の負極のSEM像及び充電後の膨張率
ポリビニルホスホン酸バインダーを用いたSiO負極とLiFePO4正極を組み合わせたフルセルも構築し、1.5 mAh以上の放電を150サイクルにわたって観測した。
本成果は、ACS Applied Energy Materials (米国化学会)のオンライン版に2024年2月8日に掲載された。
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)の次世代研究者挑戦的研究プログラムJPMJSP2102の支援を受けて実施した。
【今後の展開】
ポリビニルホルホン酸の優れた結着性を活用し、さらに様々なエネルギーデバイスへの適用範囲の拡充が期待される。
本材料はすでに丸善石油化学株式会社が生産技術を保有しており、国内特許、外国特許共に出願済みである(北陸先端科学技術大学院大学、丸善石油化学株式会社の共同出願)。
今後は、さらに電池製造に直接的に関わる企業との協同的取り組みへの展開を期待しており、電池製造技術を保有しつつ北陸先端科学技術大学院大学、丸善石油化学株式会社と三極的に連携できる企業の実用研究への参画を求めたい。
【論文情報】
| 雑誌名 | ACS Applied Energy Materials (米国化学会) |
| 題目 | Facile Stabilization of Microsilicon Oxide Based Li-Ion Battery Anode Using Poly(vinylphosphonic acid) |
| 著者 | Noriyuki Takamori, Tadashi Yamazaki, Takuro Furukawa, Tejkiran Pindi Jayakumar, Rajashekar Badam, Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2024年2月8日 |
| DOI | 10.1021/acsaem.3c02127 |
【用語説明】
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
令和6年2月14日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/02/14-1.html触媒シーズ創出に向けた自動特徴量設計技術を開発 ~事前知識なしで未知材料の機能を高精度に予測~
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北陸先端科学技術 北海道大学 科学技術振興機構 |
触媒シーズ創出に向けた自動特徴量設計技術を開発
~事前知識なしで未知材料の機能を高精度に予測~
ポイント
- 機械学習を用いた材料の機能予測において、経験的な側面を排除した特徴量設計技術を開発
- 事前知識を必要とせず、様々な触媒系のスモールデータに対して圧倒的な予測精度
- 機械学習を用いた材料探索の裾野を大きく広げ、材料シーズ創出を飛躍的に効率化
| 北陸先端科学技術大学院大学 物質化学フロンティア研究領域の谷池 俊明教授らは、北海道大学大学院理学研究院の髙橋 啓介教授らと共同で、機械学習を用いた材料の機能予測において、事前知識[注1]を必要とすることなく高精度な予測を実現する、特徴量設計技術を開発しました。 最近、AIやその他の機械学習技術を利用して、触媒などの実用材料に関する研究開発を加速させる取り組みが注目されています。これには、機械を訓練するためのデータと、材料を記述し機能を予測するための変数(記述子)が必要です。中でも、未知材料の機能を高精度に予測するには、機能に影響する因子を効率的かつ網羅的に取り入れた、材料記述子[注2]の存在が必要不可欠です。従来、この記述子は、対象に関する高度な専門知識(事前知識)に基づいて研究者が手ずから設計してきました。しかし、これは裏を返せば、真新しい、ないしは、非常に複雑などの事由により、知識の蓄積が十分でない対象に対しては、本来最も望まれるにも関わらず、機械学習の活用には大きな制限がありました。 本研究では、対象に対する事前知識を一切必要とせず、数十点程度の訓練データに対して機能する汎用的な特徴量設計技術を開発しました。これは、考え得る大量の記述子候補、すなわち仮説を生成し、目的にかなった記述子を機械に選ばせる、いわば仮説スクリーニング技術です。本研究では、この開発技術が、対象とする触媒反応によらず、従来技術を圧倒する予測精度を与えることや、ハイスループット実験[注3]と再帰的に組み合わせることで、膨大な候補材料から多様なシーズをピンポイントで見つけられることを示しました。本研究の成果は、機械学習を用いた材料探索の裾野を大きく拡大し、材料シーズ創出の飛躍的な効率化に役立つことが期待されます。 本研究成果は、2024年1月12日10時(英国時間)に英国の科学誌「Communications Chemistry」のオンライン版で公開されました。 本研究は、科学技術振興機構(JST)「未来社会創造事業 探索加速型(No.JPMJMI22G4)」、「戦略的創造研究推進事業 CREST(No.JPMJCR17P2)」の支援を受けたものです。 |
【研究の背景と経緯】
従来、自然科学研究は、個々の研究者の洞察に基づく仮説検証に導かれてきました。しかし、データ駆動型アプローチの隆盛により、このパラダイムは変化しつつあり、触媒を含む様々な材料分野で成功を収め始めています。このような背景の中、効果的な機械学習に適した、十分な規模を備えた材料データの欠如が大きな課題となっています。データの限界は、精巧な機械学習モデルの応用を困難にし、それでも高精度な予測を得るためには、材料の本質を捉えた記述子の存在が必要不可欠です。しかし、このような記述子設計は、関連要因を網羅するために、対象材料の高度な事前知識を必要とし、一般的に大変困難です。何より、未知の領域に踏み込むためにその事前知識が必要となることは論理的に矛盾しており、この記述子設計の経験的な側面は、データ駆動型アプローチの適用対象を、比較的良く知られた材料系に限定せざるを得ない主要因となってきました。
【研究の内容】
今回、本研究グループは、対象材料の事前知識を必要とせず、効果的な記述子を自動的に設計可能な汎用技術を開発しました。開発技術は、材料データが小規模であることを前提とし、元素などに関する一般的な物理量から演算を通して大量の記述子候補を生成し、目的に関連する記述子を機械に選択させる技術です。記述子候補を、材料の機能を説明し得る"仮説"と捉えると、開発技術は、コンピュータ上で大量の仮説を生成し重要な仮説を抽出する、いわば、仮説スクリーニング技術です。本研究では、メタンの酸化カップリング、エタノールのブタジエンへの転換、三元触媒のライトオフ温度という全く異なる対象に対して、開発技術が、触媒組成を記述子とする従来法と比較して、はるかに優れた予測精度を与えることを明らかにしました(図1)。さらに、ハイスループット実験と当該技術を組み合わせて用いる能動学習[注4]を通じて、機械が触媒設計を捉える認識の精度と汎化能力を改善していき(図2)、最終的に、類似性の低い多様な高性能触媒を、83%もの高精度[注5]でピンポイント予測することに成功しました。
このような成功の裏には、谷池教授らのグループが開発したハイスループット実験技術と、これによって創出した高品質な触媒データの存在が不可欠でした。

| 図1 開発技術を用いた触媒性能の予測。(上部)開発技術が異なる触媒反応に対して高精度な回帰を与えること、(下部)従来技術(元素組成のみ、元素組成+特徴量選択、特徴量付与のみ)と比較して極めて高い精度を与えることが示されています。1~3次は合成特徴量の次数を指し、次数が増加するほど、より複雑な特徴量をより大量に生成します。 |

| 図2 能動学習を用いた機械の改善。汎性を有さないモデル(対立仮説)の予測精度は能動学習に伴い悪化するが、汎性を有するモデル(真の仮説)の予測精度は悪化しない。 |
【今後の展開】
開発技術は汎用性が高く、触媒に限らず、訓練データを差し替えるだけで様々な材料対象へ即座に展開可能です。本研究グループは、開発技術とハイスループット実験、計画的なサンプリングを組み合わせて用いることで、数十億種もの材料を含むような極めて広大な空間から、事前知識や仮定を一切必要とすることなく、効率的に材料シーズを発見することができるようになると考えています。今後は、開発技術をソフトウェア化し、広く社会実装していく予定です。
【参考図】

| 自動特徴量設計技術: AIや機械学習を用いた材料機能の予測において、材料機能を説明し得る材料の特徴、すなわち材料記述子の質は機械学習の精度に直結します。今回開発した汎用技術は、材料記述子の設計を自動化・非専任化する技術です。対象の事前知識を必要とせず、数十点のデータから高精度な学習を可能にします。 |
【用語解説】
特定材料系の構造や機能などに関する専門知識を指す。従来のデータ駆動型アプローチでは、事前知識に基づき材料記述子を設計することが専らであった。よって、事前知識が十分に存在しない、複雑ないし未知の材料系では材料記述子の設計が困難であった。
組成や構造、物理特性といった材料を特徴付ける量の中で、目的とする材料機能と関連するものを材料記述子と呼ぶ。材料機能が単一の材料記述子によって説明できることは稀である。一方、材料記述子の数を増やすほど規模の大きなデータが求められるため、データが小さくなりがちな材料分野においては、機能を十全に説明可能な最小数の記述子を入手することが肝要である。
自動化・並列化・効率化などの手段に基づき単位時間当たりの実験数を飛躍的に増大させた実験を指す。材料分野では、研究者間にデータ取得・報告に関する統一性が存在しないことがほとんどであり、均質なデータを効率的に生成できるハイスループット実験は、データ駆動型アプローチと親和性が高い。
データを追加し繰り返し学習させることで機械の精度や汎化能力を高める方法を指す。
予測した触媒(36種)の内、エタンとエチレンの合計収率が15%以上を達成した触媒(30種)の比率を示す。
【論文情報】
| 掲載誌 | Communications Chemistry |
| 論文タイトル | "Automatic feature engineering for catalyst design using small data without prior knowledge of target catalysis" (対象の事前知識を必要としない触媒設計のための自動特徴量設計技術) |
| 著者 | Toshiaki Taniike*、Aya Fujiwara、Sunao Nakanowatari、Fernando García-Escobar、Keisuke Takahashi |
| DOI | 10.1038/s42004-023-01086-y |
令和6年1月15日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/01/15-1.htmlがん治療のための多機能性アミノ酸ナノ粒子の開発に成功
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国立大学法人 フランス国立科学研究センター |
がん治療のための多機能性アミノ酸ナノ粒子の開発に成功
【ポイント】
- 3種類のペプチドと光開始剤が溶解した水溶液に紫外線を照射すると球状のナノ粒子が生成することを発見
- 合成したアミノ酸ナノ粒子に抗がん剤が封入可能であり、タンニン酸-鉄複合体をナノ粒子表面にコーティングできることを発見
- 多機能性アミノ酸ナノ粒子の複合的な分子設計によって生体内外の効果的ながん細胞死を誘導することに成功
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の都英次郎准教授らはフランス国立科学研究センター(所長・アントワーヌ・プチ、フランス・パリ)のアルベルト・ビアンコ博士ら(同センター細胞分子生物学研究所、フランス・ストラスブール)と共同で、多機能性のアミノ酸*1から構成されるナノ粒子を活用した新しいがん治療技術の開発に成功した(図1)。
ペプチドやタンパク質の構成要素であるアミノ酸は、高い生体適合性を有するため、とりわけナノ粒子化したアミノ酸をバイオメディカル分野に応用する研究に大きな注目が集まっている。都准教授の研究チームでも、光を使った簡便な手法によりアミノ酸ナノ粒子を合成できれば、新しいがん治療技術が実現できるのではないかと考え、研究をスタートさせた。
研究チームは、N末端*2を9-フルオレニルメチルオキシカルボニル基(Fmoc)*3で保護した3種類のペプチド*4(Fmoc保護トリプトファン- Fmoc保護トリプトファン、Fmoc保護チロシン-Fmoc保護トリプトファン、Fmoc保護チロシン- Fmoc保護チロシン)と光開始剤(リボフラビン*5)が溶解した水溶液に紫外線*6を照射するとアミノ酸分子間における共有結合*7を介した光架橋*8と非共有結合*9を介した自己組織化現象*10が誘起され、約100 nmの直径の球状ナノ粒子が形成されることを見出した(図1)。また、合成したアミノ酸ナノ粒子は、抗がん剤(ドキソルビシン*11)が容易に封入可能であり、生体透過性の高い近赤外レーザー*12に応答して発熱するタンニン酸-鉄複合体*13をナノ粒子表面にコーティングできることも明らかとなった。さらに、研究チームは、細胞やマウスを用いた実験によって、これらの複合的な分子設計に基づいた多機能性アミノ酸ナノ粒子が効果的ながん光治療技術に応用可能であることを示した。
本成果は、2023年12月28日にWiley-VCH発行「Small」のオンライン版に掲載された。なお、本研究は、文部科学省科研費 基盤研究(A)(23H00551)、文部科学省科研費 挑戦的研究(開拓)(22K18440)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP)(JPMJTR22U1)、公益財団法人発酵研究所、公益財団法人上原記念生命科学財団、ならびに本学超越バイオメディカルDX研究拠点、本学生体機能・感覚研究センターの支援のもと行われたものである。
図1. 多機能性アミノ酸ナノ粒子の構造
【論文情報】
| 掲載誌 | Small (Wiley-VCH) |
| 論文題目 | Photocrosslinked co-assembled amino acid nanoparticles for controlled chemo/photothermal combined anticancer therapy |
| 著者 | Tengfei Wang, Yun Qi, Eijiro Miyako,* Alberto Bianco,* Cécilia Ménard-Moyon* |
| 掲載日 | 2023年12月28日にオンライン版に掲載 |
| DOI | 10.1002/smll.202307337 |
【用語説明】
アミノ基(-NH2)とカルボキシ基(-COOH)の両方を持つ有機化合物の総称。天然には約500種類のアミノ酸が見つかっており、そのうち22種類が、鎖状に多数連結(重合)して高分子を形成しタンパク質となる。ヒトのタンパク質は約20種類のアミノ酸から構成されている。
タンパク質またはペプチドにおいてフリーなアミノ基で終端している側の末端のこと。
有機合成で用いられる、アミノ基の保護基の1つ。Fmoc(エフモック)基と略される。
アミノ酸が結合したもの。アミノ酸とアミノ酸がペプチド結合(-CONH-)して、2個以上つながった構造のものをペプチドという。
光開始剤とは主に可視光や紫外光を吸収し、この光エネルギーをフリーラジカルに変換する化学物質のこと。リボフラビンは、紫外線の存在下、光還元反応によりフリーラジカルを生成する。この性質を利用して、分子間の架橋が可能となり、光開始剤として合成反応によく利用される。
波長が可視光よりも短い10nm~400nmの光。
原子同士の間で電子を共有することで生じる化学結合で、結合力が強い。
光で化学結合を形成することにより、分子中の特定原子間にできる三次元的な化学結合のこと。
共有結合以外の原子同士を結びつける力を表し、水素結合やπ-π(パイ-パイ)相互作用などが知られている。共有結合に比べて結合力は弱いが、複数の力が協同的に働くことで原子・分子はあたかも共有結合のように連結される。
分子や原子などの物質が自発的に秩序を持つ大きな構造を作り出す現象。
抗ガン剤の一種である。腫瘍細胞の核内の遺伝子に結合することで、DNAやRNAを合成する酵素の働きを阻害することで抗腫瘍効果を示す。
レーザーとは、光を増幅して放射するレーザー装置、またはその光のことである。レーザー光は指向性や収束性に優れており、発生する光の波長を一定に保つことができる。とくに700~1100 nmの近赤外領域の波長の光は生体透過性が高いことが知られている。
タンニン酸はタンパク質を変性させることにより組織や血管を縮める作用を有する渋味を示す化学物質。鉄イオンと反応し強く結合して難溶性の塩(タンニン酸-鉄複合体)を形成することが知られている。
令和6年1月9日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/01/09-1.html可視光応答型光触媒を用いた環境水浄化:研究開発の飛躍的加速へ
可視光応答型光触媒を用いた環境水浄化:研究開発の飛躍的加速へ
ポイント
- 光触媒試験を飛躍的に加速する技術の開発
- 環境水浄化のための光触媒の一括スクリーニング
- 環境水中で高活性を発揮する可視光応答型光触媒を開発
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の谷池俊明教授らは、可視光応答型光触媒を利用した環境水浄化に関するハイスループット実験[*1]技術を開発しました。 水質汚染は、現代社会における重要な問題の一つです。有機汚染物質の中でも染料は、その多様性や濃度の高さから環境への影響が大きく、発展途上国を中心に深刻な問題となっています。これらの有機汚染物質を効果的に除去する方法として、可視光応答型の光触媒反応が注目されています。しかし、現在の光触媒は高濃度の汚染物質に対して十分な活性を示すことができず、また実用的な環境下での研究や応用に関する知見も不足しています。特に、環境水中に含まれるさまざまな無機イオンが光触媒反応に影響を与えることが知られており、これらの環境条件を考慮した効果的な触媒の開発が急務となっています。 本研究では、光触媒反応を132並列で実施可能なハイスループット実験技術を新たに開発し、大規模な実験から、可視光応答型光触媒を用いた環境水浄化[*2]に関する有用な知見を導くことに成功しました。また、環境水中の特定のイオンが触媒の活性を有意に低下させることを明らかにしました。さらに、工業廃水において効果的な触媒を開発するため、15種類の貴金属ナノ粒子を光触媒に担持した結果、AuやPtなどの高仕事関数と酸化耐性を併せ持つ金属ナノ粒子が、環境イオンを活性種に変換し、高活性を示すことを明らかにしました。 この研究は、開発されたハイスループット実験技術の有効性を示すものです。今後は、この技術を改良することで、水分解や二酸化炭素還元など他の光触媒反応の研究を可能にする見通しです。 本成果は、2023年11月17日に学術雑誌「Environmental Pollution」(Elsevier社)のオンライン版に掲載されました。なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(探索加速型)「超広域材料探索を実現する材料イノベーション創出システム(JPMJMI22G4)」(研究代表:谷池俊明)の支援を受けて行われました。 |
開発ハイスループットスクリーニング装置 (a)とスクリーニング結果 (b)
【論文情報】
| 掲載誌 | Environmental Pollution (Elsevier) |
| 論文題目 | High-throughput experimentation for photocatalytic water purification in practical environments |
| 著者 | Kyo Yanagiyama, Ken Takimoto, Son Dinh Le, Nhan Nu Thanh Ton, Toshiaki Taniike |
| 掲載日 | 2023年11月17日にオンライン版に掲載 |
| DOI | 10.1016/j.envpol.2023.122974 |
【用語解説】
実験の回転速度をスループットと呼ぶ。ハイスループット実験技術とは高度な並列化や自動化によって実験のスループットを劇的に改善する技術を指す。
太陽光や人工光を利用して水中の汚染物質を分解する技術で、環境に優しく持続可能な水浄化の方法として注目されている。光触媒はこのプロセスで重要な役割を果たす。
令和5年12月8日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/12/08-1.html物質化学フロンティア研究領域の都准教授らの論文がNano Today誌の表紙に採択
物質化学フロンティア研究領域の都 英次郎准教授らの「化学修飾細菌を利用するがん光免疫療法の開発に成功」に係る論文が、Nano Today誌の表紙に採択されました。
なお、本研究は、科研費基盤研究(A)(23H00551)、科研費挑戦的研究(開拓)(22K18440)、科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP)(JPMJTR22U1)、公益財団法人発酵研究所、公益財団法人上原記念生命科学財団、ならびに本学超越バイオメディカルDX研究拠点、本学生体機能・感覚研究センターの支援のもと行われたものです。
■掲載誌
Nano Today, October, 2023, Volume 52
掲載日:2023年10月
■著者
Sheethal Reghu, Seigo Iwata, Satoru Komatsu, Takafumi Nakajo, Eijiro Miyako*
■論文タイトル
Cancer immunotheranostics using bioactive nanocoated photosynthetic bacterial complexes
■論文概要
本研究では、低酸素状態の腫瘍環境内で高選択的に集積・生育・増殖が可能で、かつ生体透過性の高い近赤外レーザー光によって様々な機能を発現する非病原性かつ天然の紅色光合成細菌の表面化学修飾法を開発しました。また、当該化学修飾細菌の特性を活用することで体内の腫瘍を高選択的に検出し、効果的な免疫細胞(特にT細胞)の賦活化、ならびに標的部位のみを効果的に排除することが可能ながん光免疫療法を開発することに成功しました。
論文詳細:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1748013223002153

令和5年10月11日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2023/10/11-1.html学生の中島さんが日本太陽光発電学会第20回「次世代の太陽光発電システム」シンポジウムにおいてInnovative PV奨励賞を受賞
学生の中島寛記さん(博士後期課程3年、サスティナブルイノベーション研究領域、大平研究室)が第20回「次世代の太陽光発電システム」シンポジウム(第3回日本太陽光発電学会学術講演会)においてInnovative PV奨励賞を受賞しました。
日本太陽光発電学会は、太陽光発電に関連する学術分野の研究の促進ならびに成果の普及に関する事業を行い、将来の脱炭素社会の実現とその発展に寄与することを目的としています。
同シンポジウムは、国内の太陽光発電にかかわる研究者や技術者が一堂に会し、分野の垣根なく議論する場として開催されています。
Innovative PV奨励賞は、同シンポジウムにおいて発表された、太陽光発電ならびにその関連分野の発展に貢献しうる優秀な講演論文を発表した35歳以下の同会若手会員に対し授与されるものです。
※参考:日本太陽光発電学会ホームページ
■受賞年月日
令和5年8月31日
■論文タイトル
硝酸アルミニウム酸化処理により形成した p+反転層のピラミッドテクスチャ n 型結晶 Si 表面での有効性
■研究者、著者
中島 寛記、Huynh Thi Cam Tu、大平 圭介
■受賞対象となった研究の内容
n型結晶Si太陽電池のp+エミッタ層に利用されているB拡散層の形成には、1000 °C程度の高温加熱処理が必要となり、これが太陽電池製造のスループットを低下させている。さらに、Si中に拡散したBは、欠陥準位を形成し、太陽電池特性の劣化を引き起こす。そこで、本研究では、Si基板を硝酸アルミニウムの水溶液に浸漬するだけという非常に簡便なプロセスで、Si基板表面に超極薄のAlドープSiOx膜を形成し、その膜によって誘起されるp+反転層が、n型結晶Si太陽電池のエミッタ層として機能することを実証した。本公演では、AlドープSiOx膜に誘起された負の固定電荷がピラミッドテクスチャ形状を有するSi表面で増強され、良好な表面パッシベーション性能と太陽電池セル特性が得られたことについて報告し、簡便な湿式処理だけで、高効率・低コストの結晶Si太陽電池を製造できる可能性を示した。
■受賞にあたって一言
この度は、日本太陽光発電学会Innovative PV奨励賞に選定いただきましたこと大変光栄なことと感じております。今後も本技術の実用化を目指し、研究に邁進する所存です。日頃よりご指導いただいております大平圭介教授、HUYNH, Tu Thi Cam特任助教をはじめとした大平研究室の皆様に心より感謝申し上げます。なお、本研究は、JST次世代研究者挑戦的研究プログラムの助成を受けて実施されたものです。この場をお借りして御礼申し上げます。
令和5年9月22日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2023/09/22-1.htmlハイスループット実験と触媒インフォマティクスが実現するゼロからの触媒設計
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北陸先端科学技術大学院大学 北海道大学 科学技術振興機構 |
ハイスループット実験と触媒インフォマティクスが実現する
ゼロからの触媒設計
ポイント
- 物質空間からの無作為なサンプリング
- ハイスループット実験による触媒ビッグデータの取得
- バイアスを含まないデータからの触媒設計指針の抽出
| 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)、先端科学技術研究科物質化学領域の谷池俊明教授らは北海道大学(総長・寳金清博、北海道札幌市)の髙橋啓介准教授らと共同で、ハイスループット実験と触媒インフォマティクスを駆使して前知見に依らないゼロからの触媒設計を実現する道を示した。 ある化合物を別の化合物へと変換する化学反応は、式上では単純に見えても多くの素反応によって構成されているケースが多い。化学反応の制御とは、これらの素反応を同時に制御することであり、複数の有効成分を組み合わせる多元的な触媒の設計が鍵を握っている。しかし、組み合わせ効果の予測は非常に難しく、トライアンドエラーを通して偶発的に発見した組み合わせを段階的に発展させる経験的な方法論が、固体触媒の研究開発における常套手段であった。 谷池教授らは、日に4,000点もの触媒データを自動取得可能なハイスループット実験装置*1 と触媒インフォマティクスを用いて、前知見に依らないゼロからの触媒設計を実現した。具体的には、36,540通りもの組み合わせ(=触媒)を含む広大な物質空間から300通りの組み合わせを無作為に抽出し、これらのメタンの酸化カップリング反応(OCM)*2 における性能をハイスループット実験により評価することで、前知見や作業仮説などのバイアスを含まない触媒ビッグデータを取得した。このデータを機械学習によって分析することで、触媒の設計指針をモデル化し、高性能触媒を80%の精度で予測することに成功した(試験した80%の触媒が高性能と見做し得る収率を示した)。 本研究が見出した高性能触媒の大半は、OCMに関する過去40年の研究開発史に照らして未知とみなされる組み合わせであった。ハイスループット実験と触媒インフォマティクスは、広大な物質空間を現実的な時間単位で効率的に探索する強力な手段である。本研究が用いた方法論は多くの材料分野に適用可能であり、前知見に縛られない物質探索は予期せぬ発見を多く生み出すだろう。
|
【論文情報】
| 掲載誌 | ACS Catalysis (ACS Publications) |
| 論文題目 | Learning Catalyst Design Based on Bias-Free Data Set for Oxidative Coupling of Methane |
| 著者 | Thanh Nhat Nguyen, Sunao Nakanowatari, Thuy Phuong Nhat Tran, Ashutosh Thakur, Lauren Takahashi, Keisuke Takahashi, Toshiaki Taniike |
| 掲載日 | 2021年1月22日付(米国東部標準時間)にオンライン版に掲載 |
| DOI | 10.1021/acscatal.0c04629 |
【用語解説】
*1 ハイスループット実験装置
実験の回転速度をスループットと呼ぶ。ハイスループット実験装置とは高度な並列化や自動化によってスループットを劇的に改善する装置を指す。
*2 メタンの酸化カップリング反応(OCM)
普遍的に存在するメタンはそのままでは化学的な有用性が低く、これを触媒によって別の有用化合物へ変換することが望ましい。メタンの酸化的カップリングとは、メタンと酸素分子の反応を通してエタンやエチレンを直接合成する高難度反応である。
令和3年1月27日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2021/01/27-1.html化学修飾細菌を利用するがん光免疫療法の開発に成功
化学修飾細菌を利用するがん光免疫療法の開発に成功
ポイント
- 天然の紅色光合成細菌の細胞表面を簡便に化学修飾可能な手法を開発
- 作製した化学修飾細菌は、免疫細胞の効果的な賦活化のみならず、高い腫瘍標的能を有し、近赤外光によって様々な機能を発現可能
- 当該化学修飾細菌の特性と近赤外レーザー光を組み合わせた、新たながん光免疫療法を開発
| 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野 稔、石川県能美市)、先端科学技術研究科 物質化学フロンティア研究領域の都 英次郎准教授の研究グループは、光と化学修飾細菌を使ってマウス体内のがん診断・治療を可能にする技術の開発に成功した(図1)。 |
図1. 化学修飾細菌を利用するがん光免疫療法の概念
近年、低酸素状態の腫瘍内部で選択的に集積・生育・増殖が可能な細菌を利用したがん標的治療に注目が集まっている。しかし、従来のがん細菌療法は、基本的には抗がん剤の運搬という、いわゆる従来型のドラッグデリバリーシステムの概念を出ない。また、薬効も十分であるとはいえない。さらに、従来のがん細菌療法は、抗がん活性を発現するためには、遺伝子工学を用いた微生物の操作・改変が必須である。米国や欧州ではヒトへの臨床試験が行われ第3相試験に進んでいる例もあるが、使用される細菌は、多くの場合、遺伝子組換えによって弱毒化したサルモネラ菌やリステリア菌であり、体内で再び強毒化するリスクを常に伴っている。
本研究では、低酸素状態の腫瘍環境内で高選択的に集積・生育・増殖が可能で、かつ生体透過性の高い近赤外レーザー光*1によって様々な機能を発現する非病原性かつ天然の紅色光合成細菌*2の表面化学修飾法を開発した。また、当該化学修飾細菌の特性を活用することで体内の腫瘍を高選択的に検出し、効果的な免疫細胞(特にT細胞*3)の賦活化、および標的部位のみを効果的に排除することが可能ながん光免疫療法を開発することに成功した。
本研究を実現するために、がん細胞に対する傷害性の高いT細胞を賦活化可能な免疫チェックポイント阻害剤(抗PD-L1抗体*4)および生体適合性の高いポリエチレングルコール(PEG)脂質から成る機能性高分子複合体と、紅色光合成細菌を生理食塩水中で30分間混合し、洗浄するだけで、免疫賦活化作用と腫瘍標的能を有し、かつ生体透過性の高い近赤外レーザー光によって近赤外蛍光と熱を発現する化学修飾細菌を開発した(図2A)。また、当該細菌のこれらの特性を活用し、近赤外レーザー光照射と組み合わせることで、体内の腫瘍(大腸がん由来)を高選択的に検出し、光発熱作用と免疫の力によって標的部位を効果的に排除することが可能ながん光免疫療法を構築した(図2B、2C)。さらに、マウス大腸がん細胞、マウスマクロファージ細胞、ヒト正常肺細胞を用いた細胞毒性試験、ならびにマウスを用いた生体適合性試験(血液学的検査、組織学的検査など)を行った結果、いずれの検査からも化学修飾細菌そのものが生体に与える影響は極めて少ないことがわかった。
これらの成果は、今回開発した簡便な細菌の表面化学修飾法が、がん光診断・治療法の基礎に成り得ることを示すだけでなく、界面化学、ナノ・マイクロテクノロジー、光学、微生物工学といった幅広い研究領域における材料設計の技術基盤として貢献することを期待させるものである。
本成果は、2023年8月14日(現地時間)にナノテクノロジー分野の世界最高峰「Nano Today」誌(エルゼビア社発行)のオンライン版に掲載された。なお、本研究は、文部科学省科研費 基盤研究(A)(23H00551)、文部科学省科研費 挑戦的研究(開拓)(22K18440)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP)(JPMJTR22U1)、公益財団法人発酵研究所、公益財団法人上原記念生命科学財団、ならびに本学超越バイオメディカルDX研究拠点、本学生体機能・感覚研究センターの支援のもと行われたものである。

|
図2.(A) 化学修飾細菌の調製方法
(B) がん患部における化学修飾細菌の可視化(近赤外蛍光を検出) (C) 化学修飾細菌の抗腫瘍効果 |
【論文情報】
| 掲載誌 | Nano Today(エルゼビア社発行) |
| 論文題目 | Cancer immunotheranostics using bioactive nanocoated photosynthetic bacterial complexes |
| 著者 | Sheethal Reghu, Seigo Iwata, Satoru Komatsu, Takafumi Nakajo, Eijiro Miyako* |
| 掲載日 | 2023年8月14日 |
| DOI | 10.1016/j.nantod.2023.101966 |
【用語説明】
レーザーとは、光を増幅して放射するレーザー装置、またはその光のことである。レーザー光は指向性や収束性に優れており、発生する光の波長を一定に保つことができる。とくに700~1100 nmの近赤外領域の波長の光は生体透過性が高いことが知られている。
近赤外光を利用して光合成を行う細菌。水の分解による酸素発生は行わない。
免疫を担うリンパ球の一種。活性化したT細胞は、サイトカイン(細胞同士の情報伝達を行うタンパク質の総称)を分泌するヘルパー細胞や、がんや感染細胞を殺傷するキラー細胞などのエフェクター細胞に分化する。
細胞上のPD-1に結合してPD-1とPD-L1あるいはPD-L2との結合を阻害し、T細胞の活性化を維持する抗体のこと。
令和5年8月29日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/08/29-1.html液体金属ナノ粒子を活用するがん光免疫療法の開発に成功
液体金属ナノ粒子を活用するがん光免疫療法の開発に成功
ポイント
- 免疫賦活化作用を有する多機能性の液体金属ナノ粒子の開発に成功
- 当該液体金属ナノ粒子がEPR効果により腫瘍に集積し、マウスに移植したがんの可視化と、免疫賦活化ならびに光熱変換によるがん治療が可能であることを実証
- 当該ナノ粒子と近赤外光を組み合わせた新たながん診断・治療技術の創出に期待
| 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野 稔、石川県能美市)、先端科学技術研究科 物質化学フロンティア研究領域の都 英次郎准教授の研究グループは、液体金属ナノ粒子*1を活用した新しいがん光免疫療法の開発に成功した(図1)。 |
ガリウム・インジウム(Ga/In)合金からなる室温で液体の金属(液体金属)は、高い生体適合性と優れた物理化学的特性を有することが知られており、とりわけナノ粒子化した液体金属をバイオメディカル分野に応用する研究に大きな注目が集まっている。都准教授の研究チームでも、免疫賦活化作用のある物質を液体金属に組み合わせ、がん患部に選択的に送り込むことができれば、免疫による高い抗腫瘍作用の発現が期待できるだけでなく、生体透過性の高い近赤外光*2を用いることで、患部の可視化や光熱変換を利用した、新たながんの診断や治療が実現できるのではないかと考え、研究をスタートさせた。
図1. 近赤外光が液体金属ナノ粒子に当たり、免疫細胞
(T細胞と樹状細胞)を活性化している様子(イメージ)
研究チームは、液体金属をがん患部まで送り、免疫細胞を賦活化させるために、液体金属表面に免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-L1抗体*3)、免疫調整薬(イミキミド*4)、蛍光試薬(インドシアニングリーン*5)、ポリエチレングリコール-リン脂質複合体*6を吸着させたナノ粒子の作製を試みた。Ga/In液体金属、イミキミド、インドシアニングリーン、ポリエチレングリコール-リン脂質複合体の混合物に超音波照射後、抗PD-L1抗体を添加し、一晩培養するだけで、球状ナノ粒子の構造を水中で安定的に維持可能な簡便なナノ粒子を形成できることを見出した。この方法で調製した液体金属ナノ粒子は、10日以上の粒径安定性を有していること、細胞に対し高い膜浸透性を有し毒性が無いこと、近赤外光照射により発熱が起こることが確認できたため、がん患部の可視化と治療効果について試験を行った。
大腸がんを移植して1週間後のマウスに、液体金属ナノ粒子を投与し、24時間後に740~790 nmの近赤外光を当てたところ、がん患部だけが蛍光を発している画像が得られ、当該ナノ粒子がEPR効果*7によりがん組織に取り込まれていることが分かった(図2A)。そこで、当該ナノ粒子が集積した患部に対して808 nmの近赤外光を照射したところ、免疫賦活化と光熱変換による効果で14日後には、がんを完全に消失させることに成功した(図2B)。

|
図2.(A) 液体金属ナノ粒子の標的腫瘍内における蛍光特性
(B) 液体金属ナノ粒子による抗腫瘍効果(腫瘍は完全消失) |
さらに、液体金属ナノ粒子の細胞毒性と生体適合性を評価した。2種類の細胞[マウス大腸がん由来細胞(Colon-26)、ヒト胎児肺由来正常線維芽細胞(MRC5)]を培養する培養液中に、液体金属ナノ粒子を、添加量を変えて投与・分散させ、24時間後に細胞内小器官であるミトコンドリアの活性を指標として細胞生存率を測定した結果、細胞生存率の低下は見られず、細胞毒性はなかった。また、液体金属ナノ粒子をマウスの静脈から投与し、生体適合性を血液検査(1週間調査)と体重測定(約1ヵ月調査)により評価したが、いずれの項目でも液体金属ナノ粒子が生体に与える影響は極めて少ないことがわかった。
これらの成果は、今回開発した液体金属ナノ粒子が、がん診断・免疫療法の基礎に成り得ることを示すだけでなく、ナノテクノロジー、光学、免疫学といった幅広い研究領域における材料設計の技術基盤として貢献することを十分期待させるものである。
本成果は、ドイツの化学・生物系トップジャーナル「Advanced Functional Materials」誌(Wiley社発行)に7月28日(現地時間)に掲載された。なお、本研究は、文部科学省科研費 基盤研究(A)(23H00551)、文部科学省科研費 挑戦的研究(開拓)(22K18440)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP)(JPMJTR22U1)、公益財団法人発酵研究所、公益財団法人上原記念生命科学財団、ならびに本学超越バイオメディカルDX研究拠点、本学生体機能・感覚研究センターの支援のもと行われたものである。
【論文情報】
| 掲載誌 | Advanced Functional Materials(Wiley社発行) |
| 論文題目 | Light-Activatable Liquid Metal Immunostimulants for Cancer Nanotheranostics |
| 著者 | Yun Qi, Mikako Miyahara, Seigo Iwata, Eijiro Miyako* |
| 掲載日 | 2023年7月28日 |
| DOI | 10.1002/adfm.202305886 |
【用語解説】
室温以下あるいは室温付近で液体状態を示す金属のこと。例えば、水銀(融点マイナス約39℃)、ガリウム(融点約30℃)、ガリウム-インジウム合金(融点約15℃)がある。
800~2500 nmの波長の光。とくに700~1100 nmの近赤外領域の波長の光は生体透過性が高いことが知られている。
免疫チェックポイント阻害剤の一つ。がん細胞や抗原提示細胞が発現するPD-L1に結合することによりT細胞上のPD-1との相互作用を阻害する。この結果、T細胞への抑制シグナル伝達が阻害され、T細胞の活性化が維持され、抗腫瘍作用が発現される。
樹状細胞を活性化させることが知られており、早期の基底細胞皮膚がんや特定の皮膚疾患の治療に用いられる薬物。
肝機能検査に用いられる緑色色素のこと。近赤外光を照射すると近赤外蛍光を発することができる。
ポリエチレングリコールとリンを含有する脂質(脂肪)が結合した化学物質。脂溶性の薬剤を可溶化させる効果があり、ドラッグデリバリーシステムによく利用される化合物の一つ。
100nm以下のサイズに粒径が制御された微粒子は、正常組織へは漏れ出さず、腫瘍血管からのみがん組織に到達して患部に集積させることが可能である。これをEPR効果(Enhanced Permeation and Retention Effect)という。
令和5年8月4日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/08/04-1.html












