研究活動の検索
研究概要(研究室ガイド)やプレスリリース・受賞・イベント情報など、マテリアルサイエンスの研究室により公開された情報の中から、興味のある情報をタグや検索機能を使って探すことができます。タンパク質分子モーターで駆動する微小機械
タンパク質分子モーターで駆動する微小機械
バイオ分子機械工学 研究室
Laboratory on Bio-Molecular Mechanical Engineering
准教授:平塚 祐一(HIRATSUKA Yuichi)
E-mail:
[研究分野]
生命分子工学、機械工学、タンパク質工学、ナノバイオテクノロジー、生物物理学
[キーワード]
分子ロボティクス、MEMS/マイクロマシン、分子モーター、遺伝子工学
研究を始めるのに必要な知識・能力
平塚研究室ではタンパク質を使って人工の機械を作るという全く新しい研究分野を開拓しています。そのため分野を超えた幅広い知識が必要となりますが最も重要なことは「新しいものを作りたい!」という強い意識と「科学的な思考」です。専門的な知識は研究室で学ぶことができます。
この研究で身につく能力
本研究室では、バイオ・化学・微細加工技術・機械工学などを組み合わせた融合的な研究を進めています。融合研究を行うためには異なった専門分野を学んでいく必要があり、多くの学生は躊躇するかもしれません。しかし本研究室での研究開発の経験を通し融合領域では新しい発見や新しい可能性がたくさんあることを学び、専門分野間の垣根が低く感じることになるでしょう。もちろん基礎的な知識なくして融合分野に取り組むことはできません。本研究室では大きさ数ナノメータのタンパク質を人類が利用できるマイクロまたはミリメータサイズの機械として組み立てる研究をしています。そのためにタンパク質や化学物質の分子レベルの構造やナノメータ空間での挙動を理解し、分子レベルから設計できる能力を身につけます。
【就職先企業・職種】 化学メーカー、機械メーカー、IT企業、公務員など
研究内容

図1.光造形可能な人工筋肉で動く微小機械

図2.モータータンパク質で駆動する世界初のディスプレイ

図3.バクテリアで駆動する回転モーター
細胞は、大きさ数ナノメートルのタンパク質がその内部で働くことでさまざまな生命現象を生み出しています。タンパク質は一般に知られているような単なる栄養素の一つではなく「非常に精巧な分子機械」であり「細胞を構成する多彩な部品」です。本研究室では、タンパク質を分子部品として使うことによって、これまで人類が作り出してきた人工機械とは全く異なる夢の微小機械(マイクロマシン、微小ロボット)の創製に挑んでいます。本研究室ではタンパク質の中でも特に「動く」という機能をもった面白いタンパク質「モータータンパク質」に注目し、モータータンパク質で駆動するさまざまな微小な機械の開発に取り組んでいます。
1)光で自在に作製可能な生体分子モーターで動く人工筋肉
筋肉のような収縮性のファイバー(人工筋肉)を、光照射した場所に自在に形成させることに成功しました。光の照射形状を変えることで自由な形状・大きさの人工筋肉が造形でき、ミリメートルスケールの微小機械の動力に利用できます。将来、マイクロロボットやソフトロボットの3Dプリンタによる製造への応用が期待されます。
2)タンパク質により駆動するバイオディスプレイ
生き物には周囲の環境に合わせて体色を変化させる「保護色機能」を持つものがいます。これらの現象はモータータンパク質によって引き起こされています。本研究では微細加工技術とタンパク質工学を組み合わせ、保護色の分子機構を模倣した人工細胞を生体外に作り、世界初のタンパク質で駆動するディスプレイの開発に成功しました。
3) モータータンパク質・バクテリアで動く回転モーター
大きさ数十μmの微小な回転モーターもモータータンパク質やバクテリアを使って作製することに成功しています。これらは従来の人工モーターとは異なり糖や ATP といった化学物質を燃料として動くユニークなモーターとして注目を集めています。
主な研究業績
- Takahiro Nitta, Yingzhe Wang, Zhao Du, Keisuke Morishima & Yuichi Hiratsuka A printable active network actuator built from an engineered biomolecular motor Nature Materials 20, 1149–1155 (2021)
- Susumu Aoyama, Masahiko Shimoike, and Yuichi Hiratsuka Self-organized optical device driven by motor proteins Proc. Nati. Acad. Sci. (PNAS) 110, 16408-16413 (2013).
- Y. Hiratsuaka, M. Miyata, T. Tada and T. Q.P. Uyeda, Micro-rotary motor powered by bacteria, Proc. Nati. Acad. Sci. (PNAS) 103, 13618-13623 (2006).
使用装置
レーザー直接描画装置フォトリソグラフィ装置
タンパク質精製および解析装置高感度
蛍光顕微鏡
細胞培養装置
研究室の指導方針
本研究室の学生には誰もが見たことがない・驚かれるような研究に挑戦してもらいたいと考えています。しかし、そのような研究を成功させるためには基礎的な知識はもちろんのこと論文による学習が必須となります。また自分自身で考え失敗にめげず何度も挑戦し、そして何よりも研究を楽しんでもらいたいと考えています。
[研究室HP] URL:https://www.jaist.ac.jp/ms/labs/hiratsuka/
エレクトロニクスの機能的多様化を目指す化合物半導体デバイス技術
エレクトロニクスの機能的多様化を目指す
化合物半導体デバイス技術
化合物半導体エレクトロニクス研究室
Laboratory on Compound Semiconductor Electronics
教授:鈴木 寿一(SUZUKI Toshi-kazu)
E-mail:
[研究分野]
化合物半導体エレクトロニクス
[キーワード]
化合物半導体デバイス、異種材料融合技術、超高速デバイス、省エネルギーデバイス、デバイス計測技術
研究を始めるのに必要な知識・能力
必要な知識・能力ということではありませんが、ものごとの本質を理解したいという意欲、数学や物理学の基礎力とそれを支える論理性は、研究を進める際に重要であると考えています。
この研究で身につく能力
化合物半導体電子デバイスの作製技術および測定解析技術を身に付けながら、デバイス内の電子の挙動を物理的に考察して理解することができるようになると思います。こうした能力は、将来エレクトロニクスの広い分野で活躍するための素地となると考えています。また、産学連携を通じて産業界の問題意識を感じてもらうことも期待しています。さらに、日本語および英語によるプレゼンテーション能力の向上も目指します。
【就職先企業・職種】 総合電機、半導体・電子部品、半導体製造装置、通信機器、輸送機器、自動車
研究内容

化合物半導体高速トランジスタ

デバイスの周波数応答特性

異種材料基板上化合物半導体デバイス

異種材料閉じ込めによる二次元電子状態
<エレクトロニクスの機能的多様化に向けて>
現在のディジタルエレクトロニクスの主役であるSiデバイスは、微細化による性能向上を続けてきました。しかし、こうした「More Moore」の軸に沿った進歩の限界が意識されるようになっています。今後のエレクトロニクスの発展のためには、「More than Moore」の視点に基づく機能的多様化が必要であり、それに向けて重要な役割を果たすのが化合物半導体デバイスです。
<化合物半導体とは?>
III-V 族を中心とした化合物半導体は多彩な材料系であり、これまでもSi では不可能な様々な機能を有するデバイスに応用されてきました。特に、高い電子移動度と高い電子飽和速度を有する化合物半導体は高速電子デバイス応用に、また、直接遷移型の化合物半導体は光デバイス応用に好適であるため、化合物半導体を用いたデバイスは、高速アナログ・ミックスドシグナルエレクトロニクス、光エレクトロニクス分野で利用されてきました。これまで、GaAs 基板上格子整合材料が化合物半導体の第一世代として、InP 基板上格子整合材料が第二世代として大きな役割を果たしてきましたが、今後は、高In 組成InGaAs、InAs、Sb 系材料などのナローギャップ化合物半導体と、GaN、AlN などのワイドギャップ化合物半導体の重要性が高まると考えられます。これらナローギャップ半導体は中赤外光に対応するエネルギーギャップを、ワイドギャップ半導体は紫外光に対応するエネルギーギャップを有しており、それぞれの波長域における光デバイス応用に重要です。また、電子有効質量は概ねエネルギーギャップと比例関係にあり、ナローギャップ化合物半導体は小さい電子有効質量を有しています。電子有効質量が小さければ、高い電子移動度と高い電子飽和速度が得易いため、ナローギャップ半導体は超高速デバイス応用に有用です。ただし、高耐圧化に適したワイドギャップ半導体に対し、ナローギャップ半導体の耐圧は低く、充分なパワー性能を得ることが困難です。一方、GaN は電子有効質量が大きく、この点ではデバイス高速化に有利ではないように思われますが、大きい光学フォノンエネルギーと特有のバンド構造により、電子移動度こそ低いものの、高い電子飽和速度を有しているため、高速性能とパワー性能を併せ持ったデバイスへの応用が期待されます。
<本研究室の取り組み>
こうした特長を有する化合物半導体を適材適所にデバイス応用することは、エレクトロニクスの機能的多様化に向けて極めて重要です。さらに、化合物半導体と異種材料を融合集積する技術によって、より高度な機能的多様化の可能性も期待できます。こうした背景のもと、本研究室では、ナローギャップ/ ワイドギャップ化合物半導体エレクトロニクスの研究に取り組んでいます。次世代の超高速デバイスや省エネルギーデバイスを目指し、ナロー/ ワイドギャップ化合物半導体デバイス技術とそれらの異種材料融合技術の研究を進めながら、デバイス動作を深く理解するためのデバイス計測技術も開拓しています。
主な研究業績
- Low-frequency noise in AlTiO/AlGaN/GaN metal-insulator-semiconductor field-effect transistors with non-gate-recessed or partially-gate-recessed structures, D. D. Nguyen, Y. Deng, and T. Suzuki, Semicond. Sci. Technol. 38, 095010 (2023).
- Mechanism of low-temperature-annealed Ohmic contacts to Al-GaN/GaN heterostructures: A study via formation and removal of Ta-based Ohmic-metals, K. Uryu, S. Kiuchi, T. Sato, and T. Suzuki, Appl. Phys. Lett. 120, 052104 (2022).
- Electron mobility anisotropy in InAs/GaAs(001) heterostructures, S. P. Le and T. Suzuki, Appl. Phys. Lett. 118, 182101 (2021).
使用装置
分子線エピタキシー装置
電子線・紫外線リソグラフィー装置
パラメータアナライザ
ネットワークアナライザ
ダイナミックシグナルアナライザ
研究室の指導方針
・理学の心で工学を。ものごとの本質を理解することを大切にします。
・少しづつであっても、自分でよく考え、納得しながら前進することが重要であると考えています。
・学生と教員がよき共同研究者となり、お互いに成長することを目指します。
・毎週行う研究報告会・日本語輪講・英語輪講を通じ、エレクトロニクス分野で活躍するための基礎を固めます。
[研究室HP] URL:https://www.jaist.ac.jp/nmcenter/labs/suzuki-www/
高分子材料の機能化、高性能化をレオロジー的な手法で行います
高分子材料の機能化、高性能化を
レオロジー的な手法で行います
材料レオロジー研究室 Laboratory on Materials Rheology
教授:山口 政之(YAMAGUCHI Masayuki)
E-mail:
[研究分野]
高分子レオロジー、成形加工
[キーワード]
インテリジェントポリマー、バイオマスポリマー、マテリアルリサイクル
研究を始めるのに必要な知識・能力
マテリアルサイエンス(材料科学)系分野に関する基礎知識があれば、これまでの専門は気にせずとも結構です。むしろ意欲ある学生を希望します。
この研究で身につく能力
高分子はひとつの分子が線状で長いことが最大の特徴です。このような分子形状であるため、高分子は“からみ合い”相互作用を示します。その結果、例えば液体状態でも弾性を示し、さまざまな成形加工が適用できるようになります。からみ合いは高分子らしさを表す最も適切な特性であると言え、レオロジーではその「からみ合い」により示される特性や、それによって形成される構造を取り扱います。当研究室ではレオロジー的な考え方や成形加工の技術を取り入れることで、新しい機能材料や、ポリマー系材料の高性能化へ取り組み、世の中の役に立つ新規材料を創出しています。これらの研究で身につく材料設計に対する考え方は、企業における研究でも大いに役立ちます。
【就職先企業・職種】 高分子材料を扱う樹脂メーカー、加工メーカー、ユーザーなど(詳細はHPに記載)
研究内容
当研究室では、レオロジー特性の新しい制御技術、成形加工技術、ブレンド・アロイやコンポジットなどの樹脂複合化の独自技術を「武器」として、新しい材料設計を化学反応に頼ることなく創出しています。
対象とする材料は、ポリ乳酸やセルロースなどのバイオマス系ポリマー、ポリエチレンやポリプロピレンなどの汎用高分子、ポリメタクリル酸メチルやポリカーボネートなどの光学ポリマー、各種エラストマーなど、ほとんどの高分子材料であり、さらにカーボンナノチューブなどのナノ粒子、各種樹脂添加剤を幅広く取り扱っています。また、高分子以外にも、化粧品や食品などを研究対象とすることがあります。これらの材料の組み合わせや改質、さらには成形により、さまざまな機能を付与し、また、高性能化を行っています。
応用分野はさまざまですが、自動車関係の材料や次世代のディスプレイなど、日本の技術力が強い分野を中心にした研究開発が多くなっております。得られた研究成果の一部は既に工業的にも応用されています。また、成形加工のトラブルや高速成形に対する研究も進め、高分子加工を技術的にサポートしております。以下、研究例の一部を紹介します。
【高分子系複合材料の研究開発】
分子レベルで異種物質の凝集状態を高度に制御することにより、ポリマー系複合材料の高性能化を目指す研究です。次世代気自動車などへの用途展開が期待できる透明樹脂や内装材向け樹脂、透明かつフレキシブルな導電性ポリマーフィルム、植物由来の原料を用いた革新的な光学デバイスなどの開発に取り組んでいます。また、ポリ乳酸の革新的な高性能化など低環境負荷材料を用いた研究も積極的に推進しています。
【レオロジー制御による機能性ソフトマテリアルの材料設計】
レオロジーの考え方はポリマーのみならず、さまざまな分野で必要とされます。特に、ソフトマテリアルである食品や生体材料、化粧品などではレオロジー特性の把握が必要不可欠です。本テーマでは、これら機能性ソフトマテリアルの材料設計をレオロジーの観点から進めています。切断しても再び元通りに治癒する自己修復性材料、形状記憶材料などの設計指針をこれまでに提案しています。
【成形加工技術の深化・構築】
優れた高分子材料でも、成形加工できなければ世の中で使用されません。そのため高分子産業では、成形加工に必要不可欠なレオロジーの専門家を常に必要としています。その基礎となる研究を実施すると共に、新材料のレオロジー特性を明らかにすることで実用化へ貢献しています。
主な研究業績
- 環境問題に立ち向かうポリオレフィンの成形加工技術,山口政之, 成形加工, 32(9), 301 (2020).
- 低分子添加による複屈折制御,山口政之,工業材料,66(4), 33-37 (2018).
- 成形加工性向上のための高分子レオロジー制御技術,山口政之,機能材料,38(4), 4-12 (2018).
使用装置
レオロジー測定装置
成形加工機
分光分析装置
力学特性評価装置
研究室の指導方針
当研究室では、主として高分子物性に関する知見に基づいて、材料の設計から成形技術に至るまで、さまざまな研究テーマを設定し活動しています。また、実際に役立つ研究を行うために、企業との共同研究を積極的に進めています。私自身の企業経験も活かしながら就職活動へのサポートも行い、総合的な力を伸ばしてもらいたいと考えています。
ポリマー材料の研究開発に興味をお持ちの方は、是非、当研究室を訪問してください。
[研究室HP] URL:https://www.jaist.ac.jp/ms/labs/yamaguchi/
光を知り、光で分析する ~分光学への誘い~
光を知り、光で分析する ~分光学への誘い~
基礎物理化学・超微量ラマン分光分析研究室
Physical Chemistry, Ultrasensitive Raman Spectroscopy Laboratory
准教授:山本 裕子(YAMAMOTO Yuko S.)
E-mail:
[研究分野]
物理化学境界領域・超微量ラマン分光、量子光学
[キーワード]
ラマン分光学、表面増強ラマン散乱、ナノマテリアル
研究を始めるのに必要な知識・能力
「光について学びたい」「光について詳しくなりたい」「光を使った分析手法を身につけたい」など、「光」あるいは「分光学」に興味を持ち学ぶ意欲があること。これが当研究室で研究を始めるにあたって必要な能力(意欲) です。実現に必要な知識や、技術の修得の仕方は教えます。
大発見したい・ノーベル賞を取りたい・大きな成果を上げたいなどの大きな野望を持つ学生さん・社会人学生さんも大歓迎です。
この研究で身につく能力
光を使った各種分析手法について、基礎~応用までが一貫して身につきます。特に、①ラマン分光法・超微量ラマン分光法(表面増強ラマン散乱, Surface-enhanced Raman scattering)、②紫外可視吸収分光法などの各種吸収分光法。また、可視光レーザーの取り扱いや、光学顕微鏡やミラー・レンズなど各種光学部品の取り扱い・装置の組み立て、分光器の基礎知識や取り扱い方も身につけることができます。
【就職先企業・職種】 化学系企業、起業等
研究内容
私たちは、光を使った検出方法を軸としながら世界最先端の研究を進めています。光検出は、マテリアル研究を行う上で最も基本的かつ重要な手法のひとつです。

図. 表面増強ラマン散乱法測定の概略図
1.強結合 新しい光学現象を生み出すナノスケール創成場
1970年代に、表面増強ラマン散乱 (Surface-enhanced Raman scattering,SERS) という現象が発見されました。これは、物質に光を当てたときにごくわずかに現れる「ラマン散乱光」が飛躍的に増強する現象のことです。SERS効果は当初、銀のナノ構造体表面で発見されました。そして、発見から50年経ち、なぜラマン散乱効果が飛躍的に増強するのか、そのメカニズムがおおよそ明らかになりました。
私たちは2014年に、ラマン散乱効果が飛躍的に増強する「ホットスポット」では「強結合」という現象が起きており、この「強結合」状態が別の新しい光学現象をも生み出していることを発見しました。
ホットスポットは、ナノ世界の光が作り出す未知のフロンティアの一つです。その発見以来、私たちは銀ナノ粒子がつくるホットスポットでの強結合をさらに深く、詳しく調べ、数々の新現象を発見し続けています。
2.超微量ラマン分光(表面増強ラマン散乱, SERS)
上記の通り、SERSは1970年代に発見され既に50年経っています。しかし未だ目立った実用化例がないことから「Sleeping Giant (眠れる巨人)」と呼ばれています。一方で SERSは人のこころをどこか魅了するのでしょう、巨人を眠りから覚まそうと SERS研究へ新規参入してくる研究者は後を絶ちません。
私たちの研究グルーブでは、銀ナノコロイド粒子を使って SERSを研究しています。銀ナノコロイド粒子は1997年に初めて1分子だけのSERS測定に成功した、極めて重要な実験系です。
その銀ナノコロイド粒子を使って、私たちの研究グループメンバーの一人が2024年に「希土類元素のSERS」という新しい研究分野の開拓に成功したので、次に説明します。
3.希土類元素とSERS
希土類元素(レアアース) は原子番号57番~71番に位置する非常に重い元素で、地球上にほとんど存在しないことから希土類元素と呼ばれています。希土類元素は最外殻の電子配置が互いに似通っているため、化学的な手法でその種類を同定することが難しい問題があります。
当研究室では2024年、希土類元素を含むキレート分子の SERSを測定することで、間接的に希土類元素であるLa(ランタン) とGd(ガドリニウム) を互いに識別することに成功しました。これは世界的に見て非常にユニークかつ重要な研究成果です。とても難しい研究ですが、研究に新たに参画する挑戦者をお待ちしています。
4.金属材料と電気化学
当研究室ではまた、物理化学分野、特に金属材料科学と電気化学の境界領域での研究もスタートしています。まだ詳しくお伝えすることができませんが、世界に大きなインパクトを与える大きな研究成果を期待しながら日々研究を続けています。
参考文献・これまでの研究業績や論文にご興味がある方は、お気軽に指導教員までメール(
)または指導教員室M4-40へお越しください。論文の別刷(論文のコピーのこと)を差し上げます。
主な研究業績
- Jin Hao, Tamitake Itoh and Yuko S. Yamamoto, “Classification of La3+ and Gd3+ rare earth ions using surface-enhanced Raman scattering”, Journal of Physical Chemistry C, 128, 5611 (2024)
- Tamitake Itoh and Yuko S. Yamamoto, “Basics and Frontiers of Electromagnetic Mechanism of SERS Hotspots” In Book: Procházka, M., Kneipp, J., Zhao, B., Ozaki, Y. (eds) “Surface- and Tip-Enhanced Raman Scattering Spectroscopy” Springer, Singapore (2024)
- 山本裕子 , “ プラズモンと分子の電磁相互作用の基礎 ”, 応用物理学会フォトニクスニュース , 9(2), 68-72 (2023)
使用装置
表面増強ラマン顕微鏡(自作)
ラマン顕微鏡
紫外可視吸収測定器
密度汎関数(DFT)計算装置
研究室の指導方針
世界トップレベルで基礎研究を行うための、自由闊達な研究環境を提供しています。当研究室にはコアタイムがありません。各自が自由な時間で研究を組み立てており、そのスタイルを奨励しています。研究室内のメンバーとの情報交換・互いの進捗の確認は、週一回の全体ミーティングおよび輪講セミナーにて行います。そのため、自律的にしっかりと研究生活を組み立てられるタイプの学生の方に適した環境です。
自らの研究成果を世に発信するため、年1回程度の学会発表を推奨しています。研究テーマの設定は、指導教員が提示する研究テーマを参考に、個々の学生さんの興味範囲・方向性を取り入れつつ最大限希望に添う形で行います。基本的に、研究成果は国際論文(英語)という形で世に広く発表することを目指していきます。プロの研究者を志望する方にお勧めです。
もちろん、指導教員による個別指導を随時行います。指導教員の持つ知識や経験をどんどん活用してください。
次世代の細胞計測技術を創り、ニューロン情報処理の秘密に迫る
次世代の細胞計測技術を創り、
ニューロン情報処理の秘密に迫る
神経情報生理学研究室
Laboratory for Neural Information Physiology
准教授:筒井 秀和(TSUTSUI Hidekazu)
E-mail:
[研究分野]
分子生物学、生理学、生物物理学、細胞計測
[キーワード]
神経細胞、分子センサー、次世代計測技術
研究を始めるのに必要な知識・能力
予備知識:分子・細胞生物学や電気回路の基礎などを理解しているとスムーズに研究を開始できますが、初学者にも丁寧に指導します。
求める人材:新しい技術を創出したい人。実験が好きで、試行錯誤や寄り道の楽しさを理解している方。
この研究で身につく能力
分子・細胞生物学、基礎生理学、生物物理学に関する基本的な研究方法や実験手技を理解し、体得します。さまざまな生命現象の仕組みや分子的基礎が詳細に解明されてきましたが、その一方で、広大な領域が未だに謎に包まれたまま残されています。本研究室では、新しい技術を創出し、今までアクセス不可能だった領域に踏み入る意義や楽しさを学びます。こうした新規技術を創り出すための創意工夫、粘り強い探求や試行錯誤を通じて身に付く能力は、学術の世界のみならず、社会や産業の発展を牽引する上で大いに役に立ちます。
【就職先企業・職種】学術、医工学・電気、情報・バイオなど
研究内容
【ニューロン回路の不思議】
柔軟さ、堅牢さ、緻密さを兼ね備えていることが細胞・組織・器官の機能の特徴の一つです。生き物の仕組みを知りたい!そんな素朴な疑問を大切に研究を行っています。具体的には、ニューロン回路における情報処理の秘密に迫るための、新しい細胞計測技術の創出に取り組んでいます。ニューロン回路は究極の生体組織です。0.1ボルト、1ミリ秒程度の電圧信号が回路網を高速に流れ、情報の表現や処理を司っています。この過程を詳細に理解することができれば、疾患の理解や新しい情報処理様式の発見のほか、想像もできない展開も期待できます。しかし、この挑戦は、数多くの障壁に阻まれています。例えば、既存の細胞計測技術では、複雑なニューロン回路の中を伝播する電気信号を十分に詳細に追跡することは困難で、実験的な立場における大きな課題の一つです。研究室では、主に二つの異なるアプローチでこの課題に取り組んでいます。
【次世代の電気生理計測法の探求】

(上)ニューロンの配線メカニズムを用いて作成した微小電極との接合構造
電気生理計測とは、金属やガラス管の微小電極を用いて、細胞の電気的現象を調べる手法の総称です。長い歴史のある計測法ですが、今日の最先端研究でも欠かすことのできない、強力な手法です。しかしながら、細胞認識能を原理的に備えていない、などの本質的な欠点が残されています。研究室では、脳内でニューロンが配線される分子メカニズムと微細加工技術を融合させることで、この課題の解決に取り組んでいます。これまでに、分子生物学的に人工設計したシナプス誘導因子を用いて、特定種のニューロンを特定の電極に接続する基本原理の実証など成功しています。ニューロン活動を読み取る次世代の電気生理技術の創出に向けて、皆さんと様々な工夫をこらし、探求をしていきます。
また、思いもよらぬ方向から、研究の突破口が開けることも多くあります。既成概念にとらわれず、不思議・楽しい!を大切にし、色々な技術や考え方を学際的に学び、日々の研究に活かしていくことを心掛けています。
【ニューロン活動を可視化する分子センサー】

(左)分子センサーの性能試験の様子
(中央)分子センサーを発現した神経細胞
(右)試作した次世代電気生理技術の原理実証用の微小電極
ある種の細胞には膜電位の変化(電圧信号)を感知するための分子が備わり、電圧信号を増幅し、細胞外環境に応じて細胞内の環境を変化させています。こうした分子を部品として使うことで、電圧信号を光の信号として可視化するセンサー分子を創ることが出来ます。研究室ではこれまでに単一細胞の単一スパイクを可視化することなどに成功してきています。皆さんといろいろなアイディアを持ち寄り、センサーのさらなる高速・高感度化を目指したいと考えています。また、細胞に備わるそうした分子が、そもそもどのような仕組みで電圧信号を感知しているのか?といった基礎的な問題にも興味を持って研究を進めています。
主な研究業績
- K. Sekine, et al., Neuron-microelectrode junction induced by an engineered synapse organizer, Biochem. Biophys. Res. Commun. p149935, 2024.
- W. Haga, et al., Development of artificial synapse organizers liganded with a peptide tag for molecularly inducible neuron-microelectrode interface, Biochem. Biophys. Res. Commun., vol. 699, 2024.
- S. Kim, et al., Formation of neuron-microelectrode junction mediated by a synapse organizer, Appl. Phys. Express, vol. 16, 2023.
使用装置
各種光学顕微鏡・走査型電子顕微鏡
電気生理・電気化学計測関連機器
薄膜作成・微細加工装置
細胞・組織培養関連機器
分子生物学関連機器
研究室の指導方針
研究は自由で楽しいものであるべきと考えますが、それもバックグラウンドの正しい理解や確かな実験技術に基づくはずです。まずは正確な実験や観察が行えるようになる事に努めます。研究結果の定期的な発表(プログレスレポート)および論文紹介(ジャーナルクラブ)を通じてプレゼンテーション力を身につけます。英語専門書を一つ選定して、輪読を行い、研究の背後にある概念や文化を理解する事にも重点を置きます。
[研究室HP] URL:https://www.jaist.ac.jp/ms/labs/tsutsui/wordpress/
エネルギー変換の最先端 ―未利用廃熱の高効率回収―
エネルギー変換の最先端 ―未利用廃熱の高効率回収―
R7年10月以降に入学する学生の受け入れは行いません
小矢野研究室 KOYANO Laboratory
教授:小矢野 幹夫(KOYANO Mikio)
E-mail:
[研究分野]
固体物性、熱電変換
[キーワード]
物理・実験系、低次元伝導体、熱電変換の物理、熱電材料、エネルギーの有効利用、エネルギーハーベスティング
研究を始めるのに必要な知識・能力
物理の実験系の研究室ですが、出身分野にはこだわりません。今までにも物理系、電子・電気系、機械系、化学系の学生が本研究室に来て活躍しています。JAISTに入学してから、応用物性数学、量子力学、固体物理学など自然科学系の講義を受講してもらうことをお願いしています。
この研究で身につく能力
物理系のみならず多様な分野から来た学生が、総合的な科学技術としての熱電変換の研究を行うことにより、修了後に企業や研究機関で社会に貢献することを目指しています。私たちの研究室で身につけられる能力は、具体的には以下のとおりです。
- 実際に手を動かしてものを作る面白さを知ること。
- 先端的な実験機器を用いた物理研究と実験手法の習得。
- 物理的または科学的な考え方の習得、ものごとを定量的に捉える力の獲得。
- プレゼンテーション能力、科学的な論文(主として日本語)の作成の方法。
【就職先企業・職種】 製造業ほか
研究内容

テトラヘドライト

硫化物熱電材料

ポストグラフェン材料
ゼーベック効果やペルチェ効果などを利用した『熱電変換技術』を使うと、熱エネルギーと電気エネルギーの相互変換が出来るため、廃熱から直接発電を行う『熱電発電』が可能となります。私たちの研究室では、【はかる】【つくる】【さがす】という3本の柱で熱電変換に関する研究を行っています。
【はかる】微小スケールの熱電性能の測定
「はかる」とは熱電材料の特性をはかるための評価手法の開発という意味です。近年、微細な構造を持った新規熱電素子が開発されていますが、システム自体が小さく測定が難しいため、新しい評価手法の開発が望まれています。
私たちの研究室では、3ω法(スリーオメガ法)と呼ばれる熱伝導率測定法を改良して、Bi-Te 系熱電ナノ粒子凝集体の熱伝導率を測定することに成功しました。さらにこの3ω法を改良することにより、遷移金属トリカルコゲナイドナノワイヤーの熱伝導率測定にもチャレンジしています。またポイントコンタクト型局所熱電性能測定法も開発しており、将来的にはグラフェンやポストグラフェンなど先端材料のフォノン物性を解明することを目指しています。
【つくる】インクジェット技術を用いた新規熱電モジュールの開発
実際に熱電発電を行うためには、Bi-Te 系熱電素子を多数配列させた熱電モジュールを作製しなければなりません。われわれは、LCD 用カラーフィルターの製造に利用されているインクジェット技術を熱電モジュール作製に応用するという、新たな製造プロセスの開発を行いました。
インクジェット印刷を用いることにより、従来作製が難しかった微小サイズモジュールや、ポリイミドをはじめとするフレキシブルな基板を用いたモジュールの試作に成功しました。今後は、焼成後の素子の密度と粒子配向性の向上といった課題を解決し、既存の分野およびエネルギーハーベスティングなど新しい分野への応用展開を図ることを予定しています。
【さがす】新しい熱電変換材料の創製
現在実用化されている熱電材料(Bi-Te 系材料)は、構成元素のTe が希少・高価であるという問題を抱えています。この問題を解決するため、私たちはTe の代替元素として硫黄(S)を用いた化合物、すなわち新しい硫化物熱電材料の開発を行っています。
最近、私たちはテトラヘドライトと呼ばれる熱電鉱物Cu12Sb4S13が、実用化されている材料と比べても遜色ない性能を示すことを発見しました。この材料は母体のままでも良好な熱電性能を示しますが、さらに、Cu サイトをNi で置換することにより熱電性能を約1.4倍向上させることに成功しました。
これ以外にも、多様な硫化物の低次元伝導体や、熱電材料と磁性体のハイブリッド材料の合成・開発を行い、その基礎物性や熱電性能を調査しています。
主な研究業績
- Development of thermal conductivity measurement system using the 3ω method and application to thermoelectric particles, S. Nishino, K. Suekuni, K. Ohdaira, and M. Koyano, Journal of Electronic Materials (2014), DOI: 10.1007/s11664-014-2993-9.
- High-performance thermoelectric mineral Cu12-xNixSb4S13 tetrahedrite, K. Suekuni, K. Tsuruta, M. Kunii, H. Nishiate, E. Nishibori, S. Maki, M. Ohta, A. Yamamoto, and M. Koyano, Journal of Applied Physics 113, 043712 (2013)
- 廃熱も電気に変える熱電発電,小矢野幹夫,Ohm Bulletin, 2014年 VOL.49 冬号(通巻200号)pp. 02.
使用装置
物理特性測定装置 PPMS(熱電性能、電気伝導の測定)
ラマン散乱分光装置(固体中の素励起のエネルギー分析)
管状電気炉・マッフル炉(無機材料の合成)
ホットプレス装置(粉体試料の加圧焼結・配向制御)
研究室の指導方針
『多様な物性に多様な価値観で挑む』をモットーに、今まで誰も知らなかった新しい現象を発見したり、新規材料を創製することを目指しています。小矢野研は『エネルギーに興味がある人』『無機材料を自分で作ってみたい人』『科学や物理が好きな人』 を歓迎します!
[研究室HP] URL:https://www.jaist.ac.jp/ms/labs/kotai/koyano/index.html
自然環境と生体物質の歴史に学ぶー高分子の世界に挑戦!ー
自然環境と生体物質の歴史に学ぶ
ー高分子の世界に挑戦!ー
DRY & WET ソフトマテリアル研究室
Laboratory on DRY & WET Soft Materials
准教授:桶葭 興資(OKEYOSHI Kosuke)
E-mail:
[研究分野]
高分子科学、光化学、ソフトマター
[キーワード]
ゲル、水、ソフトマテリアルの幾何学、光機能材料、エネルギー変換材料、バイオミメティクス
研究を始めるのに必要な知識・能力
高分子科学、物理化学、材料科学、光化学、ソフトマターの基礎知識や経験を持っていると望ましいでしょう。そして何より、チャレンジングスピリットを強く持っている人、好奇心の強い人、思考の持久力を高めたい人と研究を始めたいと考えています。
この研究で身につく能力
論理説明能力・解釈能力、科学的な仮説検証・立案力、高精度なディスカッション能力、発表能力、英語コミュニケーション力
学問分野:高分子科学、光化学、コロイド科学、界面化学、幾何学、非線形科学など
【就職先企業・職種】 化学メーカー、医療機器メーカー、自動車関連、材料全般、食品関連、化粧品関連など
研究内容
自然界を見渡すと、目に見えるレベルで綺麗なパターンがたくさんあります。たとえば生体組織は小さな分子から「自己組織化」 によって創り上げられています。これは、物質そのものにだけ由来している訳ではなく、外的な環境が強く作用した結果です。変化する環境に適応できるように生命が進化した結果、多様な空間 パターンやリズムが生まれています。
一方、人工的に合成された分子から物理環境を制御してパターンを創り出す研究は歴史的に長くなされています。しかし、合成分子のままでは医療や工業的に材料化する上で困難を極め、生体組織との調和や自然との共生には幾つものハードルがあります。これに対して我々は直近の研究で、天然分子の多糖が自らパターンを再構築する現象を発見しました。ここで、「なぜ」「どのように」パターンをつくるのかを解明できれば、生体適合性と環境適応性を合わせ持つマテリアルを手に入れることができます。
1.DRY でWET な天然多糖の自己組織化
天然から抽出された多糖は、どのようにcmスケールの幾何学パターンを生み出すのか、特に、乾燥環境下で多糖が見せる「空間認識」の法則性を検証しています。DRY でWET な非平衡環境下、ミクロにもマクロにも高分子が組織化して析出してきます。実際の生体組織が常に乾燥環境におかれながらもWETなからだを維持していることを振り返ってみれば、水中から陸上進出した生体高分子の進化を紐解く鍵があるはずです。
2.ソフトマテリアルのパターン制御
生体高分子、合成高分子に関わらず多くのソフトマテリアルは、界面の応力制御によって形態の制御が可能です。ほんの小さな環境の違いや僅かな力学的エネルギー負荷によって、多様な構造や形態を見せます(自己集積、自己相似、フラクタルなど:図参照)。これを利用してDRY でWET な環境に適応した医療用材料の設計法を見出したいと考えています。
これら「自然美の追求」を基に現象の法則性を導くことが究極目標です。そして、生物がなぜパターンを創るようになったのか?自然科学の大命題に挑戦しています。

主な研究業績
- Bioinspired gels: polymeric designs towards artificial photosynthesis. Hagiwara R, Yoshida R, Okeyoshi K, Chemical Communications 60, 13314-13324 (2024).
- Recognition of spatial finiteness in meniscus splitting through evaporative interface fluctuations. Wu L, Saito I, Hongo K, Okeyoshi K, Advanced Materials Interfaces 10, 2300510 (2023).
- DRY & WET: meniscus splitting from a mixture of polysaccharides and water. Okeyoshi K, Polymer Journal 52, 1185 (2020).
使用装置
各種光学顕微鏡、各種光学装置(偏光、蛍光など)、画像解析装置、粘度計、密度計、動的光散乱、電子顕微鏡
研究室の指導方針
社会で働くトレーニング期間として、個人個人の能力を最大限に発揮できるようにサポートします。我々のグループは研究・文化の両面で多様な環境に在り、多角的な視野を構築する上で日本でも稀に見る貴重なチャンスです。突出した先端研究をみなさんと進めたいと考えています。そのためにも以下1−3の基礎を実践していきます。
1. 実験とディスカッションを通して論理的思考力と先見性の能力を養う。
2. 仮説と検証を繰り返し大目標にアプローチする。
3. 学会発表、学術論文発表を念頭に科学的言語を使う。
これらの積み重ねを自信にして創造力を高めていきたいと考えています。熱いハートのみなさん、ぜひ21世紀のパイオニアを目指して一緒にチャレンジしましょう!
[研究室HP] URL:https://sites.google.com/oke-acgroup.com/web/home-j
結晶が成長する様子を観察してメカニズムを探る
結晶が成長する様子を観察してメカニズムを探る
次世代シリコン太陽電池研究室
Laboratory on Next-Generation Silicon Photovoltaics
講師:前田 健作(MAEDA Kensaku)
E-mail:
[研究分野]
結晶成長、太陽電池、非線形光学
[キーワード]
その場観察、結晶粒界、双晶
研究を始めるのに必要な知識・能力
学部や高専で習う基礎的な物理や数学の知識
思い込みで実験結果を判断せず、公平な視点で研究に取り組む姿勢
この研究で身につく能力
研究活動を通して、実験装置(ガス制御機構、加熱機構、顕微鏡など)の使い方やデータの収集と解析方法が身につきます。
また、定期的なゼミ活動や随時のディスカッションを通して、コミュニケーション能力や問題解決能力が鍛えられます。
失敗と思えるような実験から新しい発見が生まれることはよくあります。普通は気付けないような特徴を注意深く読み取る力や俯瞰的かつ合理的に考察する力など、修了後に社会で活躍する際にも役立つ能力を鍛えて欲しいと願っています。
【就職先企業・職種】 製造業など
研究内容
エレクトロニクス、オプトエレクトロニクスの発展を進めるには、材料となる結晶の高品質化や高性能化が不可欠です。結晶とは原子が規則正しく整列した固体であり、融液や溶液などの環境相から徐々に大きく成長することで形成されます。「成長」という言葉は主に生物に対して使われますが、立派な人間に成るには成長過程が重要であることと同様に、高性能な結晶を得るには成長過程が重要となります。この成長過程を注意深く観察することでメカニズムを解明し、高機能結晶を育てる技術を開発します。
1.薄膜多結晶シリコンの形成過程のその場観察
太陽電池の基板材料には半導体のシリコンが広く用いられています。薄膜多結晶シリコンはガラス基板上の非晶質シリコンにパルス光(フラッシュランプアニール光)を当てることで作ることができ、インゴットを薄くスライスして作る結晶基板よりも生産性とコスト面で優れています。非晶質シリコンが多結晶化する過程を観察することで、太陽電池の劣化の原因となる組織の形成機構を解明し、その形成を抑制する技術を開発します。
2.レーザー波長変換素子(周期双晶結晶)の作製

Li2B4O7の双晶成長過程(左)、顕微鏡観察炉(右)
半導体リソグラフィの極微細化やレーザー加工の超高精度化に伴い、高エネルギー効率で小型の全固体レーザー光源の短波長化が求められています。全固体レーザーは固体レーザーを非線形光学結晶により波長変換することで実現でき、光源にガスを用いるよりも安定で小型な装置となります。
非線形光学結晶の分極を周期的に反転することで変換効率を向上でき、強誘電体に電界印加することで生産されています。本研究では非強誘電体においても周期構造を導入するために、双晶形成を用いた反転技術の開発に取り組んでいます。
3.化合物半導体の融液成長過程の観察
シリコンSiは地殻中で酸素に次いで2番目に多い元素であり、単結晶シリコンは半導体デバイスの基板材料として世界中で広く生産されています。化合物半導体(InSb, GaSb, GaAsなど)の生産量は少ないですが、これからのエレクトロニクスの発展に無くてはならない結晶であり、単結晶育成技術の開発は重要です。結晶が成長する様子を観察して、双晶や粒界などの欠陥がどのように形成されるのか、そのメカニズムを解明することを目指しています。
主な研究業績
- K. Hu, K. Maeda, H. Morito, K. Shiga, K. Fujiwara, In situ observation of grain-boundary development from a facet-facet groove during solidification of silicon, Acta Materialia, 153, 186(2018).
- K. Maeda, A. Niitsu, H. Morito, K. Shiga, K. Fujiwara, In situ observation of grain boundary groove at the crystal/melt interface in Cu, Scripta Materialia, 146, 169(2018).
- K. Maeda, S. Uda, K. Fujiwara, J. Nozawa, H. Koizumi, S. Sato, Y. Kozawa, T. Nakamura, Fabrication of Quasi-Phase-Matching Structure during Paraelectric Borate Crystal Growth, Applied Physics Express, 6, 15501(2013).
研究室の指導方針
研究活動は自主性を重んじる方針で、学生自身の発想が研究に活かせます。毎朝一度、研究室メンバー全員が集まるミーティングを行い、その日の各自の活動を報告します。ミーティングでは、簡単な研究の相談もでき、メンバー間のコミュニケーションも十分行えるシステムです。当番の学生が文献紹介を行う勉強会では、細部にわたる質問への回答が求められ、しっかりとした基礎学力が身につきます。学術会議などでの外部発表は、積極的に行います。また、博士前期課程期間中に、英語の論文を執筆し投稿できるよう指導します。
[研究室HP] URL:https://www.jaist.ac.jp/ms/labs/ohdaira/
新しいプロセス技術を駆使してシリコン系次世代太陽電池を開発しよう
新しいプロセス技術を駆使して
シリコン系次世代太陽電池を開発しよう
次世代シリコン太陽電池研究室
Laboratory on Next-Generation Silicon Photovoltaics
教授:大平 圭介(OHDAIRA Keisuke)
E-mail:
[研究分野]
太陽電池、半導体工学、薄膜形成
[キーワード]
結晶化、パッシベーション、モジュール耐久性
研究を始めるのに必要な知識・能力
学部もしくは高専で習う固体物理、半導体の基礎知識がある方が望ましい。
地球環境問題、エネルギー問題への関心は研究を進める原動力となる。
この研究で身につく能力
各学生の研究テーマを遂行することで、真空装置の取扱いの他、薄膜形成およびその物性評価技術、デバイス作製・評価技術が身につきます。また、データの解析や日々のディスカッション、ゼミ活動などを通じて、特に半導体や太陽電池に関する基礎学力を習得できます。さらに、学生の自主性を重んじる研究室の方針から、いわゆる「指示待ち人間」にならない、問題解決能力の高い人間に成長できます。国内・国際学会での発表や、展示会でのブース展示などを通して、プレゼンテーション能力や、英語も含めたコミュニケーション能力も鍛えられます。
【就職先企業・職種】 大学研究教育職、企業研究職(電機、精密機器メーカー)など
研究内容
地球上に豊富に存在するシリコンを用いた太陽電池は、現在でも市場の大部分を占めており、また今後も、太陽光発電技術の主役であり続けることが期待されています。一方で、さらなる低コスト化、高効率化、長寿命化が求められており、より一層の技術的なブレークスルーが必要です。当研究室では、以下の新技術に着目し、シリコン系高性能太陽電池実現のための基盤技術の確立を目指します。
1.瞬間熱処理による太陽電池用多結晶シリコン薄膜形成
キセノンランプにおけるミリ秒台の瞬間放電を利用したフラッシュランプアニール(FLA)は、数十J/㎠という、瞬間的には地上における太陽光の数万倍の強度のパルス光を照射できます。当研究室では、この手法を、安価なガラス基板上への多結晶シリコン薄膜の形成に応用する検討を行っています。非晶質シリコン膜をガラス基板上に形成し、一度のFLA光照射を行うだけで、膜厚4µm以上の多結晶シリコン膜が形成できます。水素を含有した非晶質シリコン膜を前駆体に用いると、結晶化後も膜内に多量の水素原子が残留し、シリコンの未結合手が終端されるため、低欠陥の多結晶シリコン膜が形成でき、高効率薄膜太陽電池用材料としての利用が期待されます。このFLAによる非晶質シリコン膜の結晶化の現象解明および制御と、形成される多結晶シリコン薄膜の太陽電池応用について研究を行っています。

FLA装置の発光の様子(左)と
Cat-CVD装置の触媒体(右)
2.触媒化学気相堆積(Cat-CVD)の太陽電池応用
加熱触媒体線での接触分解反応により原料ガスを分解して薄膜を形成するCat-CVD法は、膜堆積時の基板材料への損傷を低減でき、結晶シリコン表面でのキャリアの再結合を大幅に抑制可能な高品質パッシベーション膜を形成できます。触媒分解により生成するラジカルを用いたCatドーピングとともに、高効率バルク結晶シリコン太陽電池への応用を目指しています。
3.結晶シリコン太陽電池モジュールの耐久性と新構造開発
多数のモジュールが直列に接続される大規模太陽光発電所などで、モジュールのフレームとセルの間にかかる高電圧が原因で発電特性が低下する、いわゆる電圧誘起劣化(PID) の問題が顕在化しています。当研究室では、結晶シリコン太陽電池モジュールのPIDの機構を解明し、抑止技術を開発する研究を行っています。また、現行の太陽電池モジュールは、各部材が封止材で固められています。そのため、封止材由来の各種劣化が発生し、モジュールを廃棄する際の部材分別やリサイクルも困難です。この問題を解決するため、封止材を用いない新概念モジュールの開発にも取り組んでいます。
主な研究業績
- K. Ohdaira, M. Akitomi, Y. Chiba, and A. Masuda, Potential-induced degradation of n-type front-emitter crystalline silicon photovoltaic modules — comparison between indoor and outdoor test results, Sol. Energy Mater. Sol. Cells 249, 112038 (2023).
- R. Ohashi, K. Kutsukake, H. T. C. Tu, K. Higashimine, and K. Ohdaira, High passivation performance of Cat-CVD i‑a-Si:H derived from bayesian optimization with practical constraints, ACS Appl. Mater. Interf. 16, 9428 (2024).
- Z. Wang, H. T. C. Tu, and K. Ohdaira, Formation of n-type polycrystalline silicon with controlled doping concentration by flash lamp annealing of catalytic CVD amorphous silicon films, Jpn. J. Appl. Phys. 63, 105501 (2024).
使用装置
フラッシュランプアニール装置
触媒化学気相堆積(Cat-CVD)装置
太陽電池特性評価装置
太陽電池モジュール作製および信頼性評価装置
各種薄膜物性評価装置
研究室の指導方針
研究活動は自主性を重んじる方針で、学生自身の発想が研究に活かせます。毎朝一度、研究室メンバー全員が集まるミーティングを行い、その日の各自の活動を報告します。ミーティングでは、簡単な研究の相談もでき、メンバー間のコミュニケーションも十分行えるシステムです。当番の学生が文献紹介を行う勉強会では、細部にわたる質問への回答が求められ、しっかりとした基礎学力が身につきます。学術会議などでの外部発表は、積極的に行います。また、博士前期課程期間中に、英語の論文を執筆し投稿できるよう指導します。
[研究室HP] URL:https://www.jaist.ac.jp/ms/labs/ohdaira/
リチウムイオン電池の負極を守り、耐久性を大幅に向上させる新しい電解液添加剤を開発
リチウムイオン電池の負極を守り、耐久性を
大幅に向上させる新しい電解液添加剤を開発
【ポイント】
- リチウムイオン電池で広く使われているグラファイト負極を保護し、耐久性を大幅に向上させる新しい電解液添加剤(FPTI)を開発しました。
- FPTIは、電解液の成分よりも先に反応し、グラファイト表面に丈夫で安定した保護膜を形成します。これにより、電池内部で起こる不要な副反応を抑えます。
- FPTIを添加することで、負極と電解液の界面における抵抗が低下するとともに、リチウムイオンが移動しやすくなることを確認しました。
- 試験用のグラファイト/リチウムハーフセルでは、FPTIを4 mg/mL添加した場合、1,000回の充放電後も、約200回時点で得られた最大容量の95.6%を維持しました。
- 今回確認したのは主に試験用セルにおける負極の耐久性向上です。今後、実用電池に近い条件での検証を進めることで、リチウムイオン電池の長寿命化への応用が期待されます。
【概要】
| 北陸先端科学技術大学院大学物質化学フロンティア研究領域の松見紀佳教授、MANTRIPRAGADA, Bharat Sri Mitra助教、REDDI, Uday Sai大学院生(博士後期課程)の研究グループは、リチウムイオン二次電池*1で広く使用されているグラファイト負極を保護し、その耐久性を大幅に向上させる新しい電解液添加剤を開発しました。 スマートフォンや電気自動車(EV)、定置型蓄電池など広く利用されるリチウムイオン電池をより長く安定して使用するためには、充放電を繰り返しても性能が低下しにくい電極の実現が重要です。 開発した添加剤「FPTI」は、フッ素を高密度に含む分子構造を持ち、通常の電解液成分よりも先に反応して、グラファイト負極の表面に安定した保護膜を形成します。これにより、不要な副反応を抑えるとともに、負極と電解液の界面の抵抗を低減し、リチウムイオンが移動しやすくなることを確認しました。試験用のグラファイト/リチウムハーフセルでは、FPTIを4 mg/mL添加した場合、1,000回の充放電後も、約200回時点で得られた最大放電容量の95.6%を維持しました。 本研究で実証したのは、主に試験用セルにおけるグラファイト負極の耐久性向上であり、実用電池そのものの耐用年数の向上を直接示したものではありません。今後、実用電池に近い条件での検証を進めることで、リチウムイオン電池の長寿命化への応用が期待されます。 本成果は、米国化学会の学術誌「Energy and Fuels」に掲載されました。 |
1.背景
リチウムイオン電池は、高い電圧とエネルギー密度を持つことから、スマートフォンやノートパソコンなどの携帯機器だけでなく、電気自動車(EV)や定置型蓄電池などにも広く利用されています。これらの用途が拡大するなか、電池を長期間にわたって安定して使用できるようにすることは、利便性やコストの面だけでなく、資源を有効に利用するという観点からも重要な課題です。
現在広く利用されているリチウムイオン電池では、負極材料として主にグラファイトが使われています。グラファイトは充放電を安定して行える優れた材料ですが、電池を使い始める際に、負極表面で電解液の一部が分解して「固体電解質界面(SEI:Solid Electrolyte Interphase)*2」と呼ばれる薄い膜が形成されます。この膜は、負極を電解液から守りながらリチウムイオンを通す、いわば負極表面の保護膜として重要な役割を果たします。
一方、この保護膜が不安定で、充放電のたびに壊れたり作り直されたりすると、その過程でリチウムや電解液が消費され、電池の内部抵抗が増加して容量低下につながります。そのため、グラファイト表面に薄く安定した保護膜を形成し、それを長期間維持することが、負極の耐久性を高めるうえで重要です。
これまで、リチウムイオン電池の性能を改善するためにはさまざまな電解液添加剤が研究されてきました。特に正極を安定化させる添加剤については多くの研究が進められている一方、グラファイト負極を安定化させる添加剤は相対的に限られています。
これは、炭素材料自体の耐久性が一般的に低く、グラファイト負極を安定化するための効果的な添加剤の設計戦略が十分に確立されていないことが原因と考えられます。
そこで研究グループは、負極表面で電解液よりも先に反応し、安定した保護膜を形成できる分子の開発に取り組みました。
2.研究内容
研究グループは、グラファイト負極の表面に安定した保護膜を形成する新しい電解液添加剤として、フッ素を高密度に含むイミン化合物「FPTI(pentafluorophenyl thiophene imine)」を設計しました。FPTIは、3-チオフェンカルボアルデヒドとペンタフルオロフェニルアミンとの反応により、94%の収率で合成しました。
FPTIは、フッ素を多く含むペンタフルオロフェニル基と、硫黄を含むチオフェン構造を併せ持つことが特徴です。研究グループは、この特徴的な分子構造によって、FPTIがグラファイト負極の表面で通常の電解液成分よりも先に反応し、負極を保護する安定した膜を形成することを狙いました。
研究グループは、FPTIを電解液に添加し、グラファイトを負極、金属リチウムを対極とした試験用のCR2025型コインセル(グラファイト/リチウムハーフセル)を用いて、その効果を調べました。
計算化学(DFT計算)による解析の結果、FPTIは一般的な電解液成分やバインダーよりも低いLUMO*3準位を持ち、グラファイト負極上で通常の電解液成分よりも先に還元されやすいことが分かりました。このため、充電時にFPTIが先に反応することで、グラファイト負極の表面にSEIと呼ばれる保護膜を形成し、電解液の不要な分解を抑えることができます。
実際にFPTIを添加したセルでは、添加していないセルと比べて、負極表面のSEI抵抗と、負極と電解液の間でリチウムイオンが移動する際の抵抗がいずれも低下しました。4 mg/mL添加した場合、SEI抵抗は7.6 Ωから2.2 Ωへ、電荷移動抵抗は41.8 Ωから19.8 Ωへ低下しました。
また、リチウムイオンの移動しやすさを示す拡散係数は、非添加系の3.45±4.71×10⁻14cm²s⁻¹に対し、2 mg/mL添加系では2.92±3.96×10⁻13cm²s⁻¹、4 mg/mL添加系では3.58±3.74×10-13cm²s⁻¹となり、FPTIの添加によってリチウムイオンが移動しやすくなることが確認されました。
さらに、負極表面を分析したところ、FPTIを添加したセルでは、フッ化リチウム(LiF)を多く含む安定したSEIが形成されていることが分かりました。FPTIに含まれるフッ素や硫黄などが保護膜の形成に寄与することで、グラファイト負極と電解液の界面が安定化したと考えられます。
長時間の充放電試験では、最初の3サイクルを0.1C、その後0.5Cで評価しました。その結果、約200サイクル時の最大容量を基準とした1,000サイクル時点の容量維持率は、FPTIを添加しないセルでは62.7%だったのに対し、2 mg/mL添加したセルでは89.4%、4 mg/mL添加したセルでは95.6%となりました。FPTIを添加することで、繰り返し充放電した際のグラファイト負極の容量低下が大きく抑えられることが示されました。
また、研究グループは、実際のリチウムイオン電池により近い構成として、NMC811正極とグラファイト負極を組み合わせたフルセルについても評価しました。FPTIを用いてあらかじめグラファイト負極表面にSEIを形成した後、FPTIを含まない電解液を用いてフルセルを構成したところ、4 mg/mLのFPTIで処理した負極を用いたセルで約233 Wh kg⁻¹のエネルギー密度が得られました。
なお、このフルセル試験は、FPTIを実用電池の電解液に直接添加して性能を評価したものではなく、FPTIによってあらかじめ形成した負極側の保護膜の効果を検証したものです。
3.今後の展開
今回の研究により、FPTIを用いてグラファイト負極表面に安定した保護膜を形成することで、試験用セルにおける負極の耐久性を大幅に向上できることが示されました。
一方、今回の成果は、実際に市販されているリチウムイオン電池の耐用年数が延びることを直接実証したものではありません。社会実装に向けては、実用サイズ・実用条件に近いフルセルでの長期試験をはじめ、温度条件、安全性、添加剤の最適な使用方法、製造工程への適合性、量産性などについて、さらに検証する必要があります。
本技術は、電解質や電極活物質そのものを新たな材料に置き換えるものではなく、少量のFPTIを既存の電解液に添加することでグラファイト負極の耐久性向上を図るものです。そのため、既存の電池製造設備や工程を大きく変更することなく導入できる可能性があり、研究グループでは、社会実装に向けたハードルが相対的に低い技術になると考えています。今後、実用電池に近い条件での検証・実証を進めていくことを希望しています。
今後、こうした検証を進め、実用電池でも長寿命化が実現できれば、スマートフォンや電気自動車、定置型蓄電池などの交換頻度を減らし、ユーザーの利便性向上やコスト低減につながる可能性があります。また、電池をより長く使用できるようになれば、電池の製造・交換に伴う資源消費や環境負荷の低減にもつながることが期待されます。
松見教授は、「本研究成果についてはすでに国内特許を出願しています。今後は企業との共同研究などを通じて実用化に向けた研究開発を進め、耐久性の高いリチウムイオン電池の実現と、将来的な低炭素社会への貢献を目指します。現在、開発パートナーを募集しており、サンプル提供についてもご相談に応じます」と話しています。

| 図1.イミン型負極添加剤の設計コンセプト FPTIがグラファイト負極表面で電解液より先に反応し、LiFなどを含む安定した保護膜(SEI)を形成することで、不要な副反応を抑え、リチウムイオンが移動しやすい界面を形成する考え方を示しています。 |

| 図2.FPTIの合成と分子設計 (a) FPTIの合成法、(b) FPTIの1H NMRスペクトル、(c)FPTI、電解液及びバインダーのHOMO-LUMOエネルギーレベル。 |

| 図3.FPTI添加による充放電特性 (a)グラファイト/リチウムハーフセルの長期充放電サイクル特性、(b)第一サイクルにおけるdQ/dVプロット、(c)NMC811/グラファイトフルセルの充放電レート特性、(d)フルセルの充放電サイクル特性。 |
【用語説明】
リチウムイオンが正極と負極の間を移動することで充電・放電を行う二次電池。高い電圧とエネルギー密度を持ち、スマートフォンやノートパソコン、電気自動車(EV)、定置型蓄電池などに広く利用される。
主にリチウムイオン電池の負極表面に形成される薄い膜。リチウムイオンを通す一方で、電解液のさらなる分解を抑える「負極表面の保護膜」として働き、その性質が電池の性能や耐久性に大きく影響する。
電子が入っていない分子軌道のうち、最もエネルギーが低い軌道。一般にLUMOのエネルギーが低い分子ほど電子を受け取りやすく、還元されやすい。本研究では、FPTIが電解液成分よりも先に還元され、負極表面に保護膜を形成する性質を説明する指標として用いた。
【論文情報】
| 論文タイトル | Enhancing the Cycling Stability of Graphite Anodes Using a Dense Fluorine Containing Thiophene-Based Electrolyte Additive |
| 日本語タイトル | 高密度フッ素含有チオフェン系電解液添加剤によるグラファイト負極のサイクル安定性向上 |
| 著者 | Uday Sai Reddi, Bharat Srimitra Mantripragada and Noriyoshi Matsumi* (*責任著者) |
| 掲載誌 | Energy and Fuels |
| 掲載日 | 2026年8月31日 |
| DOI | 10.1021/acs.energyfuels.6c02613 |
令和8年9月7日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2026/09/07-1.htmlAI設計の次世代ステルス材料と極細硬性内視鏡を開発 ―光熱がん治療の新たな可能性を切り拓く―
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| 国立大学法人東北大学 国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 エア・ウォーター株式会社 帝京大学先端総合研究機構 |
AI設計の次世代ステルス材料と極細硬性内視鏡を開発
―光熱がん治療の新たな可能性を切り拓く―
【発表のポイント】
- 血中滞留時間が従来のPEG(注1)の4倍以上で生分解性(注2)を持つ新しい人工タンパク質「IDP1(注3)」を人工知能(AI)を用いて開発しました。
- IDP1でコーティングした光熱変換ナノ粒子(注4)は静脈投与だけで腫瘍に効率よく集積し、正常臓器への分布が少ないことを定量的に確認しました。
- 標準的な注射針に挿入できる極細硬性内視鏡(注5)を開発し、腫瘍内部から直接レーザを照射する「接触型照射システム」を実現しました。
- マウスの大腸がんモデルにおいて、1回の薬剤投与と1回のレーザ照射の組み合わせで腫瘍が14日以内に消失し、40日以上再発しないことを確認しました。
- 観察期間中、明らかな全身毒性は認められませんでした。
【概要】
| 近赤外線レーザでがん細胞を熱で破壊する「光熱療法」は、手術や放射線治療に比べて体への負担が少ない次世代のがん治療として期待されています。しかし、治療薬を運ぶナノ粒子が免疫細胞に排除されて腫瘍へ届きにくいことや、体外からのレーザ照射では深部腫瘍に十分な熱を届けられないことが課題でした。 東北大学 多元物質科学研究所の都 英次郎教授(北陸先端科学技術大学院大学 客員教授)らと、エア・ウォーター株式会社の山下 紘正グループリーダー(帝京大学先端総合研究機構 特任准教授)らは、共同研究によりこれら2つの課題を同時に解決しました。タンパク質構造予測AI「AlphaFold(注6)」を活用して設計した人工タンパク質「IDP1」をナノ粒子にコーティングすることで腫瘍への集積性を高めるとともに、注射針に挿入可能な極細硬性内視鏡を用いた接触型レーザ照射システムを開発し、低出力で高い加熱効果を実現しました。マウス大腸がんモデルでは、1回の治療で腫瘍の消失と長期的な再発抑制を確認しました。 本研究成果は、ナノサイエンス・材料科学分野の専門誌Small Scienceに、2026年7月14日付で掲載されました。 |
【詳細な説明】
研究の背景
光熱療法はがん細胞を近赤外線レーザで選択的に加熱・破壊する治療法で、低侵襲性・繰り返し治療の可能性・免疫活性化効果などから次世代がん治療として世界中で研究が進んでいます。治療薬はナノ粒子に封入して静脈投与されますが、体内の免疫細胞(主にマクロファージ)がナノ粒子を異物として認識し、肝臓や脾臓で回収してしまうため、腫瘍への到達効率が低下するという課題があります。
これを防ぐためにPEGというプラスチック由来の分子でナノ粒子を覆うことが広く行われてきましたが、繰り返し投与によって体がPEGへの抗体を産生し2回目以降の投与では薬剤が急速に排除される「加速血中消失現象(注7)」が起こること、またPEGが体内で分解されず長期的な安全性に懸念が残ることが問題でした。
レーザ照射については、体の外から照射する従来法では皮膚・皮下組織・筋肉などがレーザを吸収・散乱するため、深部の腫瘍に十分な熱を届けるには1 W以上の高出力が必要となり、皮膚熱傷などの副作用リスクが高まります。光ファイバを腫瘍内に挿入する方法も存在しますが、これまでのシステムはファイバが太く、小動物実験への適用や最小侵襲性の観点で課題がありました。
今回の取り組み
研究グループはこれらの課題を以下の2つの独自技術で解決しました。
1つ目は、コンピュータ設計による人工ステルスタンパク質「IDP1」の開発です。血液中に豊富に存在する「ヒト血清アルブミン(HSA)(注8)」は表面に親水性アミノ酸を多く持ち、ナノ粒子への非特異的タンパク吸着を防ぐ性質を持っています。研究グループはまずHSAの立体構造データを解析して水との接触面積が大きいアミノ酸だけを選び出し、得られた改変HSAの立体構造をノーベル賞受賞技術にも貢献したタンパク質構造予測AI「AlphaFold」で予測することで、固有の立体構造を持たない柔軟な領域(固有無秩序領域)を特定しました。この候補配列の中から最も高い親水性と適切な電荷バランスを持つ配列をIDP1として選定しました。AlphaFoldの高精度な構造予測能力があってこそ、従来は困難だった「無秩序な領域の同定」が可能になりました。これらを評価した結果、弱いマイナス電荷を持ち最も高い親水性を示す候補をIDP1として選定しました。IDP1は大腸菌を使って生産でき、マウスへの投与実験では血中滞留時間がPEGの4倍以上(半減期150.5分対17.8分)を達成しました。
2つ目は、エア・ウォーター株式会社との共同研究による注射針サイズの極細硬性内視鏡です。エア・ウォーター株式会社が培ってきたグレーデッドインデックス型プラスチック光ファイバ(GI-POF)のレンズ応用技術を医療応用に展開し、直径0.5 mmのレンズを持つ極細硬性内視鏡を実現しました。この内視鏡は標準的な16ゲージ注射針の内腔に収まり、腫瘍内に直接挿入して808 nmのレーザを照射できます。レーザが皮膚や周囲組織を通過しないため光の減衰がなく、腫瘍全体に均一に熱を届けられます。実験では従来の外部照射(700 mW、ΔT≈40°C)と比べて28%低い出力(500 mW)で同等の温度上昇(ΔT=36.3°C)を達成しました。さらに励起波長785 nm・検出波長810〜860 nmの蛍光観察モジュールを搭載し、薬剤集積のリアルタイム確認と最適照射位置の決定を同一デバイスで行えるシステムを実現しました。
実験結果
細胞実験では、IDP1でコーティングしたナノ粒子(IDP1-CNH/ICG)は免疫細胞であるRAW264.7マクロファージへの取り込みが従来のコーティングなし粒子と比べて大幅に抑制されました。がん細胞(Colon26)に対しては接触型レーザ照射によって濃度依存的な細胞死が誘導され、正常細胞(MRC5)への影響は最小限に留まりました。
マウスを使ったin vivo実験では、投与24時間後に腫瘍部位への強い蛍光集積が確認されました。蛍光解析では腫瘍への集積量が肝臓、腎臓、心臓、脾臓、肺を大幅に上回り、正常臓器への分布が少ないことが定量的に示されました。
がんの治療実験では、IDP1-CNH/ICG投与+接触型レーザ照射群において14日以内に全マウスで腫瘍が消失しました。40日以上の観察期間中に再発は認められませんでした。体重に変化はなく血液検査でも異常は見られず、安全性が示唆されました。腫瘍組織の病理解析ではアポトーシス(細胞の自然死)とネクローシス(壊死)の強い誘導が確認されました。なお薬剤投与なしで接触型レーザのみを照射した群、および薬剤投与+従来の外部レーザ照射群ではいずれも腫瘍の消失には至らず、IDP1-CNH/ICGと接触型照射の組み合わせが治療成功に重要な要素であることが示されました。
今後の展開
IDP1の設計手法はがん治療薬の運搬だけでなく、さまざまなバイオ医薬品の体内での安定性向上(半減期延長)にも広く応用できると期待されます。また接触型光ファイバ内視鏡システムについては、エア・ウォーター株式会社と連携しながら内視鏡が届くさまざまながん種(頭頚部がん、食道がん・乳がん・大腸がんなど)への展開を進める予定です。今後は非臨床安全性試験の実施と早期臨床応用に向けた研究開発を推進します。

| 図1. 本研究の概要。ヒト血清アルブミンからコンピュータで設計した人工タンパク質IDP1でコーティングした光熱変換ナノ粒子(IDP1-CNH/ICG)を静脈投与し、注射針サイズの極細硬性内視鏡を腫瘍内に挿入して直接レーザを照射することで、効率的な光熱がん治療を実現した。 |

| 図2. IDP1の優れたステルス性能。(左)静脈投与後の血中濃度の変化。IDP1(赤線)は従来のPEG(水色線)と比べて4倍以上長く血液中に留まることが示された。(右)がん細胞(Colon26)および免疫細胞(RAW264.7マクロファージ)へのナノ粒子の取り込み量の比較。IDP1でコーティングしたナノ粒子(薄紫)は、コーティングなし(濃紺)と比べて取り込みが大幅に抑制された。 |

| 図3. マウスを用いた光熱療法の治療効果。(左)近赤外線サーモグラフィによる腫瘍部位の温度分布。注射針サイズの極細硬性内視鏡を用いた接触型レーザ照射(右下)では、照射開始から5分後に腫瘍内温度が約67.7°Cに達した。体外からの従来照射(右上)では温度上昇が限定的であった。(右)各治療群における腫瘍体積の経時変化。IDP1-CNH/ICGの投与と接触型レーザ照射を組み合わせた群(黒丸)でのみ、マウスの腫瘍がレーザ照射の14日以内に消失した。他の治療群では腫瘍の増大が確認された。データはマウス5匹の平均値±標準偏差を示す。 |
【謝辞】
本研究は、科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(JPMJSF2318)、JSPS科研費(JP23K17209、JP23H00551、JP25K21827)同 地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(JPJS00420230006)、文部科学省先端研究基盤共用促進事業(JPMXS0440200021)の支援を受けて実施されました。また、極細硬性内視鏡の開発にあたってはエア・ウォーター株式会社、帝京大学先端総合研究機構から実験的・技術的サポートをいただきました。
【用語説明】
石油由来の水溶性ポリマーで、ナノ粒子を免疫細胞から守るため医薬品分野で広く使われてきた材料です。しかし繰り返し投与によって体が抗体を産生し薬剤が急速に排除される問題や、体内で分解されないという長期安全性の課題が知られています。(ポリエチレングリコール)
体内の酵素や化学反応によって自然に分解される性質のことです。IDP1はアミノ酸から構成されており、体内のタンパク質分解酵素によって最終的に無害なアミノ酸に分解されます。プラスチック由来のPEGが体内で分解されないことと対照的な特長です。
本研究で新たに開発した人工タンパク質です。通常のタンパク質は決まった立体構造を持ちますが、IDP1(内在性無秩序ポリペプチド1)は形が決まらず水の中で柔軟に揺らめく「無秩序な」構造を持ちます。この柔軟性と水との強い親和性が、免疫細胞から認識されにくいステルス効果の源となっています。約100個のアミノ酸から構成される比較的小さなタンパク質で、大腸菌による大量生産も可能です。
本研究で開発したナノ粒子の正式名称です。直径約200 nmの脂質ナノ粒子の内部にカーボンナノホーン(CNH、炭素製の光熱変換材料)とインドシアニングリーン(ICG、FDA承認の蛍光色素)を封入し、表面をIDP1でコーティングしたものです。近赤外線レーザを照射すると効率よく熱に変換され、がん細胞を破壊します。(IDP1-CNH/ICG)
エア・ウォーター株式会社と共同開発した極細の硬性内視鏡です。グレーデッドインデックス型プラスチック光ファイバ(GI-POF)という、光を効率よく伝える特殊な素材を活用したレンズを使用しています。レンズ径わずか0.5 mm、標準的な注射針(16ゲージ)の内腔に挿入して腫瘍内に刺し込むことができ、腫瘍内部から直接レーザを照射できます。同時に腫瘍内の蛍光画像をリアルタイムで観察できる機能も搭載可能なデバイスです。
英国のDeepMind社(現Google DeepMind)が開発したタンパク質の立体構造を予測する人工知能(AI)プログラムです。アミノ酸の配列情報だけから、タンパク質がどのような三次元構造を取るかを高精度で予測できます。この技術は生命科学に革命をもたらしたとして、2024年のノーベル化学賞の受賞対象となった研究に深く関連しており、世界中の研究者が無償で利用できます。本研究では、ヒト血清アルブミンの改変配列がどのような構造を取るかを予測し、形が決まらない「無秩序な」領域を特定するために使用しました。(アルファフォールド)
PEGでコーティングしたナノ粒子を繰り返し投与した際に、免疫系がPEGに対する抗体を産生することで2回目以降の投与では薬剤が急速に排除される現象です。がん治療では複数回投与が必要な場合が多く、PEGベースの薬剤送達システムの重大な課題として広く認識されています。IDP1はタンパク質由来であるため、この問題が起きにくいと考えられます。(ABC現象)
血液中に最も多く含まれる主要タンパク質で、体重60 kgの成人では血液中に約200 gが存在します。脂肪酸・ホルモン・薬物を全身に運ぶ輸送役を担うほか、表面に親水性アミノ酸を多数持ち免疫細胞からの認識を受けにくい性質があります。本研究ではHSA全体ではなく、そのステルス性に寄与する部分の配列だけをコンピュータで特定・抽出しました。
【論文情報】
| タイトル | Intrinsically Disordered Polypeptides-Based Stealth Materials Enable Enhanced Photothermal Cancer Therapy Using an In Situ Fiber-Based Penetrating Laser System |
| 著者 | Kei Nishida, Hiromasa Yamashita, Akira Takahashi, and Eijiro Miyako* *責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 都 英次郎 |
| 掲載誌 | Small Science |
| DOI | 10.1002/smsc.70342 |
| URL | https://doi.org/10.1002/smsc.70342 |
令和8年7月21日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2026/07/21-1.htmlやさしくつかみ、触って感じるロボットハンドを開発 ―ゾウの鼻先に着想を得たソフトグリッパ「EleTac」―
やさしくつかみ、触って感じるロボットハンドを開発
―ゾウの鼻先に着想を得たソフトグリッパ「EleTac」―
【ポイント】
- 把持機能と触覚センシング機能を一体化したソフトロボットグリッパ「EleTac」を開発しました。
- 物体をやさしくつかみながら、接触位置、接触程度、自身の姿勢を同時に認識できます。
- 包括的な把持・知覚実験により、EleTacが有効に機能する物体や条件を明らかにしました。
- 視覚情報が得にくい環境での探索や繊細な物体操作など、人と協働するロボットへの応用可能性を実証しました。
- CADデータやシミュレーション環境、学習済みモデルなどを公開し、研究の再現性と技術発展に貢献します。
| 北陸先端科学技術大学院大学 AI知性研究領域のHo Anh Van(ホ アン ヴァン)教授と、英国キングス・カレッジ・ロンドンのShan Luo准教授が共同で主導する研究グループは、北陸先端科学技術大学院大学のNguyen Tai Tuan博士研究員、キングス・カレッジ・ロンドンのXuyang Zhang大学院生(博士後期課程)、米国パデュー大学のLuu Khanh Quan博士研究員とともに、把持機能と触覚センシング機能を一体化したソフトロボットグリッパ「EleTac」を開発しました。 ソフトロボットは、人や壊れやすい物体に安全に触れられることから、家庭や医療、サービス分野での活躍が期待されています。しかし、物体をやさしくつかみながら、接触位置や力、自身の形状変化を同時に把握することは難しく、より器用なロボットの実現に向けた課題となっていました。 今回開発したEleTacは、ゾウの鼻先に着想を得た柔軟な構造と、視覚ベースの触覚センシング技術を組み合わせることで、この課題を解決しました。EleTacは、多様な物体を傷つけずに把持するとともに、接触位置や力、物体形状、自身の姿勢を単一のカメラで推定できます。砂の中から物体を探し出す作業や食器洗いなどの家庭内作業でも高い把持・知覚性能を実証しており、家庭や病院、食品ハンドリングなど、人と協働するロボットへの応用が期待されます。 |
【1.研究の背景】
ソフトグリッパは、柔軟な材料や構造、駆動機構を利用した新しいロボットハンドです。硬いロボットハンドと比べて、周囲の環境や人と安全に接触できるため、食品や壊れやすい物体を扱う用途で注目されています。
一方で、ロボットが器用に作業するためには、物体をつかむだけでなく、「どこに触れているか」「どのくらいの力が加わっているか」「物体の形状はどうなっているか」といった情報を取得する触覚センシング機能が重要です。
しかし、柔らかい材料は大きく変形するため、グリッパ全体に触覚センサーを組み込みながら、高い把持性能を維持することは容易ではありませんでした。
【2.研究内容】
研究グループは、この課題を解決するため、視覚ベース触覚センシング機能を備えた空気圧駆動型ソフトグリッパ「EleTac」を開発しました(図1)。
EleTacは、ゾウの鼻に着想を得た柔軟な構造を採用し、空気圧によって閉じることで、多様な形状の物体をやさしく把持できます。また、内部に配置した単一のカメラにより、エラストマー全体の変形を観察し、接触位置や接触程度、物体形状、自身の姿勢など複数の触覚情報を同時に取得できます。
包括的な把持・知覚実験の結果、EleTacは物体操作と触覚センシングを一つの設計で高いレベルで両立できることが確認されました。著者らの知る限り、視覚ベース触覚スキンで全面を覆い、自己受容感覚[*1]と外受容感覚[*2]、さらに把持機能を統合したソフトロボットグリッパはEleTacが初めてです。

| 図1 EleTacグリッパの概念図。(a)ゾウの鼻に着想を得た構造。(b)空気圧によってソフトグリッパが閉じることで、やさしく多様な把持を実現します。(c)視覚ベースセンシングにより、外部物体との接触と自己形状の両方を知覚できます。 |
【3.応用例と今後の展開】
EleTacは、やさしい物体操作と触覚知覚の両方が求められるさまざまな場面で有効性を示しました(図2)。
柔軟な構造により、豆腐や果物など壊れやすい物体を傷つけることなく安全に把持できます。また、触覚フィードバックを活用することで、食器との接触状態を確認しながら行う食器洗いなどの家庭内作業や、視覚情報が得られにくい砂の中から物体を探し出す作業にも応用できます。
今後は、家庭、病院、公共空間など、人と近い距離で安全に協働するロボットへの応用が期待されます。接触を感じながら適切な力で作業できることで、高齢者支援や介護、サービスロボット、これまで自動化が難しかった繊細な作業への活用も期待されます。
また、本研究ではCADデータ、シミュレーション環境、開発パイプライン、データサンプル、学習済みモデルを公開し、研究コミュニティ全体での技術発展や再現性向上にも貢献します。

| 図2 EleTacの応用例。柔軟なソフトグリッパにより壊れやすい物体を安全に把持できるほか、統合されたセンシング機能によって自動食器洗いや視覚情報が限られる環境での探索作業を支援します。 |
【用語説明】
ロボットが自分自身の形状、位置、動きなどを把握する能力。
ロボットが外部の物体との接触や相互作用を通じて、周囲の環境を把握する能力。
【論文情報】
| 論文タイトル | EleTac: Elephant Trunk Tip-Inspired Soft Gripper with Vision-Based Tactile Sensing and Proprioception |
| 日本語タイトル | ss視覚ベース触覚センシングと自己受容機能を備えたゾウの鼻先着想型ソフトグリッパ「EleTac」 |
| 著者 | Tuan Tai Nguyen, Xuyang Zhang, Quan Khanh Luu, Shan Luo, and Van Anh Ho |
| 掲載誌 | IEEE Transactions on Robotics (T-RO) |
| 掲載日 | 2026年6月26日 |
| DOI | 10.1109/TRO.2026.3706568 |
【研究資金】
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)(課題番号:JPMJCR2554)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 特別研究員奨励費(課題番号:25KJ1365)、および英国UKRI EPSRC Open Fellowship UKRI3438の支援を受けて実施されました。
令和8年7月7日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2026/07/07-1.htmlベタレイン色素の新たな生合成経路を解明 ― ゴムフレニンI合成酵素 cDOPA6GT を世界で初めて発見 ―
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石川県公立大学法人 石川県立大学 国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学 |
ベタレイン色素の新たな生合成経路を解明
― ゴムフレニンI合成酵素 cDOPA6GT を世界で初めて発見 ―
ポイント
- ツルムラサキおよびセンニチコウから、ゴムフレニンI生合成に関わる新規糖転移酵素cDOPA6GTを発見
- タバコ培養細胞を用いたゴムフレニンIの人為的大量生産系の構築に成功
- ゴムフレニンIが、ベタニンより高い熱安定性を示すことを発見
| 石川県立大学の重久亮太 修士課程学生、森正之 教授、今村智弘 准教授、高木宏樹 教授、北陸先端科学技術大学院大学 大木進野 教授、山口拓実 准教授らの研究グループは、ベタレイン色素を生産するツルムラサキ(Basella alba)およびセンニチコウ(Gomphrena globosa)を用いて、ゴムフレニンI生合成に関わる新規糖転移酵素cDOPA6GTを発見し、ベタレイン色素の新たな生合成経路を明らかにしました。 本研究成果は、植物科学分野の国際研究誌「New Phytologist」に掲載されました。 |
研究背景と概要
ナデシコ目植物の多くがベタレイン色素*1 を生産し、赤色系のベタシアニン*2 と黄色系のベタキサンチンに大別されます。ベタシアニンは、基本骨格であるベタニジンにグルコースが付加されることで形成されます。この修飾では、分子内の5位または6位にグルコースが付加されることが知られており、5位に付加したものをベタニン型、6位のものをゴムフレニン型と呼んでいます(図1)。ベタレイン生産植物の多くはベタニン型ベタシアニンを生産しますが、ゴムフレニン型を生産する植物は限られています。
それぞれのタイプを決定する酵素について、ベタニン型では、ベタニジンの5位にグルコースを付加する酵素(Betanidin 5-O-glucosyltransferase、B5GT)と、ベタニジンの前駆体であるシクロドーパの5位にグルコースを付加する酵素(cyclo-DOPA 5-O-glucosyltransf-erase、cDOPA5GT)が報告されています(図1右)。一方、ゴムフレニン型については、ベタニジンの6位にグルコースを付加する酵素(Betanidin 6-O-glucosyltransferase、B6GT)は、これまでに1例しか報告されていませんでした(図1左下)。そのため、ゴムフレニン型ベタシアニンの生合成機構の全体像は未解明のままであり、20年以上にわたり未解決の課題となっていました。
本研究では、ゴムフレニン型ベタシアニンを生産していることが知られているツルムラサキ*3 とセンニチコウ*4 を対象として、ゴムフレニンI*5 の生合成に関わる酵素遺伝子の探索を行いました。両植物はゲノム情報が公開されていなかったため、RNA-seq*6 解析によって取得した遺伝子発現情報から転写産物の配列を再構築し、候補遺伝子を抽出しました。まず、これまでに報告されているB6GTのアミノ酸配列を手がかりに候補遺伝子を選抜し、ベンサミアナタバコを用いたアグロインフィルトレーション法*7 によって機能解析を行いました。しかし、ゴムフレニンIを合成する酵素は見いだせませんでした。この結果は、ツルムラサキとセンニチコウにおいて、ゴムフレニンIの生合成に未知の酵素が関与している可能性を示していました。
そこで、私たちは、これまで報告のなかったベタニジンの前駆体であるシクロドーパの6位にグルコースを付加してゴムフレニンIを合成する新たな経路の存在を想定し、その反応を担う酵素(cyclo-DOPA 6-O-glucosyltransferase、cDOPA6GT)の探索を行いました(図1左上)。ベタニン型ベタシアニンでは、複数の植物種でcDOPA5GTが報告されていることから、キヌアのcDOPA5GTのアミノ酸配列を手がかりに、相同性解析を行いました。その結果、ツルムラサキから2つ、センニチコウから1つの有力な候補遺伝子を見いだしました。これらの候補について、機能解析を行った結果、ツルムラサキ由来のBacDOPA5/6GT1およびBacDOPA5/6GT2は、ベタニンとゴムフレニンIの両方を生産すること、一方でセンニチコウ由来のGgcDOPA6GTはゴムフレニンIのみを生産することが明らかとなりました(図2)。これにより、長年未解明であったゴムフレニン型ベタシアニンの生合成において、世界で初めてcDOPA6GT経路の存在を実証しました。
次に、ゴムフレニンI合成活性を示した遺伝子を、他のベタシアニン生合成遺伝子とともにタバコ培養細胞(BY-2細胞)へ導入し、ゴムフレニンIの人為的生産系の構築を行いました。その結果、遺伝子を導入した培養細胞は赤色を呈し、蓄積した色素を精製し、NMR*8 による構造解析を行ったところ、ゴムフレニンIであることが確認されました(図3)。さらに BacDOPA5/6GT1、BacDOPA5/6GT2およびGgcDOPA6GTを導入した培養細胞では、ゴムフレニンIが高濃度で蓄積していることが確認されました。これらの結果から、ゴムフレニンIの人為的生産系の構築に成功しました。
さらに、タバコ培養細胞で生産したゴムフレニンIとベタニンを用いて、それぞれの熱安定性を評価しました。その結果、ゴムフレニンIは、ベタニンに比べて有意に高い熱安定性を示しました(図4)。そこで、両色素の分子構造シミュレーション*9 解析を行った結果、ゴムフレニンIではグルコース部分と色素骨格との間に、ベタニンには見られない分子内水素結合が形成される可能性が示されました(図4)。この分子内水素結合が、ゴムフレニンIの高い熱安定性に寄与していると考えられます。
本研究により、長年未解明であったゴムフレニン型ベタシアニンの生合成機構が明らかとなり、世界で初めてcDOPA6GT経路の存在が実証されました。本成果は、ベタレイン色素の生合成機構の理解に貢献するとともに、熱に強い天然色素の開発や利用技術の高度化、新たな機能性天然色素の創出につながることが期待されます。
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)の支援を受けて実施されました。また、本研究の一部は、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業(ARIM)の支援を受けて実施されました。

図1 ゴムフレニン型およびベタニン型ベタシアニンの生合成経路
・本研究により、世界で初めてcDOPA6GT(黄色)の経路を実証した。

| 図2 ベンサミアナタバコを用いたアグロインフィルトレーション法による候補遺伝子の機能解析 (a,b)ツルムラサキ由来のBacDOPA5/6GTsの活性評価(c, d)センニチコウ由来のGgcDOPA6GTの活性評価 ・BacDOPA5/6GTsおよびGgcDOPA6GTがゴムフレニンIの合成に関与することが明らかとなった。 |

| 図3 タバコ培養細胞によるゴムフレニンIの人為的生産系の構築 (a,b)ツルムラサキ由来のBacDOPA5/6GTsを用いた生産系の構築(c,d)センニチコウ由来のGgcDOPA6GTを用いた生産系の構築 ・タバコ培養細胞を用いたゴムフレニンIの安定的な人為的生産系を構築することに成功した。 |

| 図4 ゴムフレニンIの熱安定性評価(a)熱処理前のゴムフレニンIおよびベタニン (b)熱処理後のゴムフレニンIおよびベタニン(c)熱処理後のゴムフレニンIおよびベタニンの残存率(%)(d, e)分子構造シミュレーションによるゴムフレニンIとベタニンの構造解析。黄矢印は分子内水素結合を示す。 ・ゴムフレニンIはベタニンに比べて熱安定性が高いことが示された。また、ゴムフレニンIでは、ベタニンには見られない分子内水素結合が形成される可能性が示された。 |
【用語の説明】
ナデシコ目植物に含まれる水溶性の植物色素。赤紫色のベタシアニンと黄色のベタキサンチンに大別される。
ベタレイン色素の一種で、赤色から赤紫色を示す色素群。ビートやツルムラサキ、センニチコウなどに含まれる。
熱帯アジア原産のつる性野菜。若葉や茎が食用として利用され、赤紫色のベタレイン色素を蓄積する。
熱帯アメリカ原産の観賞植物。色鮮やかな苞を長期間維持することから広く利用されている。ベタレイン色素を蓄積する代表的な花卉である。
ベタシアニンの一種。ベタニンと同じ分子式を持つが、グルコースの結合位置が異なる位置異性体。本研究の中心となった色素であり、ベタニンより高い熱安定性を示す。
次世代シークエンサーを用いて、細胞内で発現しているmRNAを網羅的に解析し、どの遺伝子が働いているかを調べる技術。
植物細胞に遺伝子を導入する性質を持つ土壌細菌であるアグロバクテリウムを利用して、植物葉内に目的遺伝子を一時的に導入し、その機能を評価する実験手法。
原子核スピンの共鳴現象を利用して、分子構造を高精度に解析する分析手法。化合物の構造決定に広く利用されている。
コンピューター上で分子の立体構造や分子内の相互作用を予測・解析する手法。本研究では、ゴムフレニンIとベタニンの構造を比較し、熱安定性の違いに関与する可能性のある分子内水素結合を解析した。
【発表論文】
| 論文タイトル | A cyclo-DOPA 6-O-glucosyltransferase-mediated route for gomphrenin I biosynthesis in Basella alba and Gomphrena globosa |
| 論文著者 | Tomohiro Imamura*,†, Ryouta Shigehisa†, Akio Miyazato, Nami Matsumura, Kaisei Miyaki, Tenta Segawa, Masahide Yoshizumi, Hiroki Takagi, Takumi Yamaguchi, Shinya Ohki, and Masashi Mori* (*:責任著者、†:共同筆頭著者) |
| 雑誌 | New Phytologist |
| DOI | 10.1111/nph.71340 |
| 掲載日 | 2026年6月7日 |
令和8年6月19日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2026/06/19-1.html生命の「代謝」を真似た機能性ハイドロゲル材料を開発 ―自律運動や光エネルギー変換を実現する人工材料―
生命の「代謝」を真似た機能性ハイドロゲル材料を開発
―自律運動や光エネルギー変換を実現する人工材料―
ポイント
- 心拍や呼吸(異化)、光合成(同化)といった生体代謝を模倣した機能性の高分子ハイドロゲル材料「代謝模倣ハイドロゲル」開発に成功
- 高分子ゲルが、化学反応の単なる「入れ物」ではなく、化学反応と一体となって機能を生み出す能動的主体として働くことを初めて提示
- ソフトロボティクスや人工光合成によるエネルギー技術など応用に期待
| 北陸先端科学技術大学院大学 物質化学フロンティア研究領域の桶葭興資准教授と、東京大学大学院工学系研究科の吉田亮教授の研究グループは、生体の「代謝」機能に着想を得て、化学反応回路と高分子ネットワークを統合した新しい機能性ハイドロゲル*1材料「代謝模倣ハイドロゲル」を開発しました。 生体は外界と物質・エネルギーを交換する「開放系」であり、体内では複数の化学反応が連携して進行することで生命活動が維持されています。こうした代謝は、エネルギーを取り出し心拍や呼吸のように自律的な運動を引き起こす「異化」と、光合成のように外部エネルギーを利用して物質を合成する「同化」に大別されます。本研究では、この2つの機能を高分子ハイドロゲルを用いて、人工材料として再現しました。 具体的には、外部刺激なしに周期的な膨潤・収縮を示す「自励振動*2ゲル」と、光エネルギーを化学エネルギーへ変換する「人工光合成*3ゲル」を開発しました。前者は、異化反応を模したもので、化学振動反応(BZ反応)を利用し、化学エネルギーを機械運動へと変換します。後者は、水分解に関わる反応系を高分子ネットワーク内に組み込むことで、光合成のような同化反応で見られる効率的な電子移動を実現しています。 本研究は、高分子ゲルを単なる反応の場ではなく、反応と一体化して機能を発現する材料として位置づけ、「化学反応回路×高分子ネットワーク」という新たな材料設計指針を提示するものです。今後は、自律して動く人工筋肉などのソフトロボティクスや、人工光合成によるエネルギー変換、さらには環境応答型スマート材料などへの応用が期待されます。 本成果は2026年5月5日、英国王立化学会の学術誌「Chemical Communications」に掲載されました。 |
【研究の背景】
生体は外界と隔絶された閉じた系ではなく、物質やエネルギーを外界と交換しながら機能する「開放系」です。このような開放系において、生体内では多数の化学反応が同時かつ協調的に進行し、それによって生命活動が維持されています。こうした一連の反応の体系は「代謝」と呼ばれます。
代謝機能は大きく二つに分類されます。第一に、物質を分解してエネルギーを取り出す異化反応(例:呼吸)、第二に、外部エネルギーを利用して物質を合成・蓄積する同化反応(例:光合成)です。例えば、異化反応ではTCA回路に代表される循環型の反応ネットワークによってエネルギーが生成され、心拍や呼吸といった周期的な生命現象が支えられています。一方、同化反応では、植物の葉緑体において光エネルギーが捕集され、カルビン・ベンソン回路を通じてブドウ糖などの高エネルギー物質へと変換されます。
これらの代謝機能は、単なる分子反応の集合ではなく、それらを取り囲む生体膜や高分子ネットワークといった「柔軟で動的な媒体(ソフトメディエーター)」と一体となって実現されています。
一方、材料科学においても刺激応答性を有する高分子ゲルが広く研究されてきましたが、化学反応回路と高分子ネットワークが一体となって機能を発現する材料設計は、これまで十分に検討されていませんでした。
【本研究の成果】
本研究では、生体の代謝機能に着想を得て、化学反応回路と高分子ネットワークを統合した新しい機能性ハイドロゲル材料を開発しました。具体的には、以下の2種類の材料を実現しています。
① 自励振動ゲル(異化反応の模倣)
本材料は、生体の異化反応に対応し、外部刺激なしに周期的な膨潤・収縮を繰り返す自律振動挙動を示します。これは、BZ(Belousov-Zhabotinsky)反応と呼ばれる化学振動反応を高分子ゲル内部に組み込み、化学エネルギーを力学的運動へと変換することで実現されました。
② 人工光合成ゲル(同化反応の模倣)
本材料は、生体の同化反応に対応し、光エネルギーを化学エネルギーへ変換する機能を有します。水分解反応に関わる複数の機能分子や触媒を高分子ネットワーク内に組み込むことで、電子移動を効率的に促進し、光合成に類似したエネルギー変換を実現しました。
これらの材料は、生体の代謝機能を「反応回路 × 柔軟媒体」という観点から再構成し、人工材料として実装したものです。
【社会的意義・今後の展開】
本研究の意義は、従来の材料設計の枠組みを拡張し、「化学反応回路 × 高分子ネットワーク」を一体化するという新しい設計指針を提示した点にあります。
高分子ゲルは単なる反応の場ではなく、反応と一体化して機能を発現する材料であり、その構造変化(相転移など)を通じて、化学反応や電子移動を能動的に制御・加速できることが示されました。また、分子レベルからマクロスケールに至る階層的な設計が可能であり、複数の機能が相互作用する「創発的機能」を持つ材料としての可能性が示されています。
こうした特性を踏まえ、本研究で開発された「代謝模倣ハイドロゲル」は、以下のような展開が期待されます。
(1)自律駆動型ソフトロボティクス
自励振動ゲルは外部電源なしで動作する人工筋肉やソフトアクチュエータとして利用可能であり、柔軟なロボットへの応用が期待されます
(2)人工光合成によるエネルギー・環境技術
人工光合成ゲルは、水素生成などのエネルギー変換に応用可能であり、カーボンニュートラル技術への貢献が見込まれます。
(3)環境応答型スマート材料
環境に応じて機能を変えるスマート材料として、高機能センサーへの展開が期待されます。
本研究は、材料を受動的な存在から、エネルギー変換・運動・応答を内包した動的システムへと拡張するものであり、次世代材料科学の基盤となる可能性を有します。
今後は、精密重合や自己組織化と組み合わせることで、より高度な機能材料の創製が期待されます。さらに、精密重合や自己組織化技術と組み合わせることで、より高度で進化的な機能を持つ材料の創製が期待されます。また、生体の代謝機能の理解にも新たな視点を提供するものです。

図 「代謝機能」をまねたハイドロゲル材料
【論文情報】
| 掲載誌 | Chemical Communications (The Royal Society of Chemistry) |
| 論文タイトル | Design of metabolism inspired hydrogels driven by emergence of function |
| 著者 | Kosuke Okeyoshi, Ryo Yoshida |
| DOI | 10.1039/d5cc06562c |
| 掲載日 | 2026年5月5日付、オンライン版(オープンアクセス) |
【関連情報】
高分子ネットワークで人工光合成(2024.11.6 プレスリリース)
https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/11/06-1.html
精密な高分子設計による能動的電子輸送が終始可能に
-高分子が触手のように電子を授受-(2023.12.14 プレスリリース)
https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/12/14-1.html
高分子の"伸び縮み"で「人工光合成」を加速する!
-電子伝達を制御する高分子の相転移(2019.6.12 Academist Journal)
https://academist-cf.com/journal/?p=11128
高分子の相転移を利用した人工光合成に成功
-可視光エネルギーによる高効率な水素生成を達成-(2019.5.15 プレスリリース)
https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2019/05/15-1.html
【用語解説】
水を含んで膨潤した三次元網目構造の総称。天然または合成ポリマーの三次元ネットワークであり、大量の水または生体液を吸収する。特に、高分子ゲルの構造や機能は多種多様で、天然のハイドロゲルの身近な例として、コンニャク、寒天、ゼラチンなどがある。合成のハイドロゲルでは、その高分子主鎖だけでなく多様な架橋構造が開拓されている。
その系自体の特性により系内部で非振動入力が振動に変換されて引き起こされる振動現象のこと。例えば、生体のTCA回路を模したベロウソフ・ジャボチンスキー反応(BZ反応)と呼ばれる化学振動反応系がある。
光合成を人為的に行う技術のこと。自然界での光合成は、水・二酸化炭素と、太陽光などの光エネルギーから化学エネルギーとして炭水化物などを合成するものであるが、広義の人工光合成には太陽電池を含むことがある。自然界での光合成を完全に模倣することは実現していないが、部分的には技術が確立している。可視光エネルギーによる水の分解もその代表例である。
令和8年5月12日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2026/05/12-1.html電池材料の電極界面ごとの"イオンの流れ"を初めて分離 ―電池材料の性能向上に新たな指針―
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北陸先端科学技術大学院大学 東京理科大学 |
電池材料の電極界面ごとの"イオンの流れ"を初めて分離
―電池材料の性能向上に新たな指針―
ポイント
- 電池材料の電極界面ごとに、イオン(プロトン)の流れを分離・定量する手法を開発
- 酸化物界面と金属・炭素界面の輸送特性を定量化することに初めて成功
- 電池材料の性能向上に新たな設計指針を提示し、燃料電池や水電解などの性能向上に貢献
| 北陸先端科学技術大学院大学 物質化学フロンティア研究領域の阿部雄介大学院生(博士前期課程)(研究当時)、青木健太郎助教、Athchaya SUWANSOONTORN研究員(研究当時)、長尾祐樹教授らは、カナダ・カルガリー大学および東京理科大学 創域理工学部の四反田功准教授らとの共同研究により、電池材料の電極を構成する高分子電解質*1薄膜における「イオン(プロトン)」*2輸送を、界面*3ごとに分離・定量する新たな計測手法を開発しました。電池材料の性能向上に新たな指針を与える成果です。 燃料電池や水電解などの電池材料では、電極と高分子電解質が接する「界面」における「プロトン」の流れが性能を大きく左右します。しかし実際の電極では、酸化物、白金、炭素など複数の界面が混在しており、従来の測定ではそれらの輸送が重なって観測されるため、どの界面がどの程度プロトン輸送に寄与しているのか、プロトン伝導度*4を直接測定することができませんでした。このため、電池材料の性能向上に向けた界面設計の指針が得られないという課題がありました。 そこで本研究では、電極構造(くし形のインターディジテッド電極*5)の設計と低周波領域まで拡張したインピーダンス測定*6を組み合わせることで、これまで分離できなかった界面ごとのプロトン輸送を初めて分離・定量する手法を開発しました。その結果、電池材料の電極における酸化物界面と白金・炭素界面で最大で2倍程度異なるプロトン輸送特性を示すことを明らかにし、それぞれの役割を個別に評価できることを実証しました。本成果により、電極界面ごとのプロトン輸送の律速要因を明確に把握することが可能となり、電池材料の選択や界面設計をより合理的に進めることができるようになります。燃料電池に加え、水電解や二次電池、センサなど、さまざまな電気化学デバイスの性能向上に貢献することが期待されます。 |
【研究の背景】
燃料電池や水電解など、次世代エネルギー技術の高効率化に向けて、電極と電解質が接する「界面」におけるプロトンの流れの理解が重要となっています。特に近年、脱炭素社会の実現に向けて、燃料電池や水電解装置の性能向上への期待が高まっており、その鍵を握る界面設計の高度化が求められています。
燃料電池や水電解では、高分子電解質(アイオノマー)が電極表面を覆い、その界面を通じてプロトンが移動しています。しかし、実際の材料では、白金、炭素など複数の界面が混在しており、従来の測定ではそれらすべての寄与が一つに重なって観測されていました。そのため、どの界面でプロトンがどの程度流れているのかを区別することができず、界面設計の指針が得られないという課題がありました。
このように、界面ごとのプロトン輸送を分けて評価する手法が存在しないことが、電極材料や界面構造の最適設計を進める上で大きなボトルネックとなっていました。
【本研究の成果】
本研究では、電極構造(くし形のインターディジテッド電極)の形状を精密に制御するとともに、低周波まで拡張したインピーダンス測定を組み合わせることで、これまで一つに重なって観測されていたプロトン輸送の成分を分離・定量する新たな手法を開発しました。これにより、電極界面ごとのプロトンの流れを個別に評価することに初めて成功しました。その結果、測定信号に含まれる複数の抵抗成分が、それぞれ異なる界面に由来することを明確にし、
・高周波側の抵抗成分は酸化物(SiO2)界面のプロトン伝導
・低周波側の抵抗成分は白金および炭素界面のプロトン伝導
に対応することを明らかにしました。

| 図1 本研究の概念図と結果の概要。左図は、ナフィオン薄膜中をプロトンが電極界面に沿って移動する様子を示しています。SiO2基板界面(σ1)と、炭素または白金電極界面(σ2)で異なる輸送経路が存在します。従来はσ2を正確に得ることができていませんでした。右図は、電極パッド長(Long / Short)を変えても、それぞれの界面に対応する伝導度(σ1, σ2)がほぼ一致することを示しています。これは、測定された伝導度が電極構造の影響ではなく界面固有の値であり、σ2が高い精度で定量できていることを示します。 |
さらに、電極パッドの長さを変えても同じ伝導度が得られることから、これらの抵抗成分が電極構造ではなく「界面そのもの」の性質に由来することを実証しました。これにより、従来は一つの値としてしか評価できなかったプロトン伝導度を、界面ごとに分けて定量できることを初めて示しました。
本成果は、これまで"混ざって見えていたプロトンの流れ"を界面ごとに分解して捉えることを可能にした点で、電極界面におけるプロトン輸送の理解を大きく前進させるものです。

| 図2 本研究のまとめ。電池内部では、プロトンが複数の「電極界面」を通って移動していますが、従来はそれらが重なって観測されるため、どこが性能のボトルネックか分かりませんでした。本研究では、櫛のような電極構造を用いてプロトンの流れを界面ごとに「仕分け」して測定することに成功しました。その結果、酸化物と金属・炭素の界面でプロトンの進みやすさが最大で2倍程度異なることを明らかにしました。これにより、電池内部の「渋滞箇所」を特定でき、燃料電池や次世代電池の性能向上に向けた設計が可能になります。(本ポンチ絵は、AIにより作成) |
【社会への還元として期待できる内容、今後の展望】
本研究により、電極と高分子電解質が接する界面におけるプロトン輸送を、界面ごとに分離して評価できる手法が確立されました。これにより、どの界面がイオン輸送のボトルネックとなっているのかを明確に特定できるようになり、電極材料の選択や界面構造の最適化を、従来よりも科学的根拠に基づいて設計することが可能となります。特に、燃料電池や水電解装置の開発においては、エネルギー変換効率の向上やコスト低減が重要な課題であり、本手法はその設計指針を与える基盤技術として、材料開発やデバイス設計に直接的に貢献することが期待されます。また、本手法は、燃料電池に限らず、水電解、二次電池、センサなど、電極界面でのイオン輸送が重要となるさまざまな電気化学デバイスに適用可能であり、それらの性能向上に貢献すると考えられます。
今後は、実際の複雑な電極構造への展開や、界面構造とイオン輸送の関係の解明を進め、より高効率で高機能なエネルギー・デバイスの実現を目指します。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR21B3)、日本学術振興会(JSPS) 科研費 新学術研究領域「ハイドロジェノミクス」(JP21H00020)、公益財団法人 村田学術振興・教育財団 研究助成による財政的支援を受けて実施されました。
【論文情報】
| 掲載誌 | ACS Applied Materials & Interfaces |
| 論文タイトル | Decoupling Interfacial Proton Conductivity in Ionomer Thin Films on Pt and Carbon Electrodes |
| 著者 | Yusuke Abe, Kentaro Aoki, Athchaya Suwansoontorn, Kunal Karan, Isao Shitanda, Yuki Nagao* |
| 掲載日 | 2026年5月1日 |
| DOI | 10.1021/acsami.6c04425 |
【用語説明】
イオンを運ぶ機能を持つ高分子材料です。燃料電池などでは、プロトン*2を選択的に輸送する役割を担います。本研究では代表的な高分子電解質であるナフィオンを使用しています。ナフィオンは、プロトンを効率よく輸送できるため、燃料電池などで広く利用されています。
水素原子が電子を失った粒子(H+)で、電気を運ぶ役割を持つイオンです。燃料電池や水電解などは、このプロトンを電子と別々に流すことで動きます。
異なる材料が接している境界のことです。本研究では、ナフィオンとSiO2(酸化物)、白金、炭素との接触部分を指します。
プロトンがどれだけ流れやすいかを表す指標です。値が大きいほど、プロトンが移動しやすいことを意味します。
櫛(くし)の歯のように電極が交互に並んだ構造を持つ電極です。電極間を横方向に流れるイオンの動きを測定するのに適しています。
交流電圧を加えて材料の応答を調べる測定手法で、イオンの動きや電気的な抵抗を周波数ごとに解析することができます。
令和8年5月11日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2026/05/11-1.htmlリチウムイオン電池の劣化原因をナノスケールで可視化 ― 新手法「ケプストラム照合解析」で電池現象の解明に貢献 ―
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北陸先端科学技術大学院大学 東京科学大学 |
リチウムイオン電池の劣化原因をナノスケールで可視化
― 新手法「ケプストラム照合解析」で電池現象の解明に貢献 ―
【ポイント】
- リチウムイオン電池の劣化につながる正極の結晶構造変化をナノメートルスケールで可視化
- 新開発の「ケプストラム照合解析」により、高空間分解能・広視野・低損傷を同時に実現
- 電池劣化の原因となる界面での構造変化を解明し、高性能電池開発への貢献に期待
| 北陸先端科学技術大学院大学 ナノマテリアル・デバイス研究領域の麻生浩平講師、掛谷尚史大学院生(博士後期課程)、土田拓夢大学院生(博士前期課程)、大島義文教授、東京科学大学 物質理工学院応用化学系の伊藤広貴大学院生(博士前期課程)(研究当時)、淺野翔大学院生(博士後期課程)(研究当時)、渡邊健太助教、平山雅章教授、物質・材料研究機構 マテリアル基盤研究センターの三石和貴副センター長、木本浩司センター長、蓄電池基盤プラットフォームの篠田啓介エンジニア、エネルギー・環境材料研究センターの増田卓也センター長の研究グループは、リチウムイオン電池の結晶構造変化をナノメートル (nm:10億分の1メートル)スケールで可視化する新手法「ケプストラム照合解析」を確立しました。 新手法によって、従来の分析手法では困難だった、高空間分解能(約1 nm)・広視野(数百nm)・試料低損傷の三点を同時に実現しました。そして、この手法をエピタキシャル薄膜*1として作製したコバルト酸リチウム(LiCoO2)正極に応用することで、電解質との界面付近において、電池劣化の原因となるナノスケールの構造変化を可視化することに成功しました。今回、開発された手法は、電池における構造変化の理解を加速することで、電池の劣化原因解明や高性能化に役立つと期待されます。 本研究成果は、2025年10月21日(米国東部標準時間)に科学雑誌「Nano Letters」誌のオンライン版で公開されました。 |
【研究概要】
スマートフォンや電気自動車にはリチウムイオン電池(LIB)が欠かせません。その正極として広く用いられている材料が、層状の結晶構造(原子の並び方)を有するリチウム遷移金属酸化物(以下、層状正極)です。LIBの長時間稼働を実現するには、より高電圧で動かすことが重要となります。一方、高電圧で充放電を繰り返すと、液体電解質と接する界面において、層状正極がスピネル構造や岩塩構造*2に変化して、LIBの劣化を引き起こします。界面を起点として数nm のスケールで進行する構造変化を理解するために、解析が求められてきました。
従来の光やX線を使った観察では、空間分解能が数十〜数百nmに限られます。電子顕微鏡なら原子スケールで観察できますが、観察視野が約50×50 nm2に制限される課題と、多量の電子照射によって観察中に試料が損傷する課題がありました。つまり、「ナノ空間分解能」「広視野」「低試料損傷」の三つを両立して、層状正極の構造を解析できる手法がありませんでした。
本研究グループでは、層状正極の代表例であるコバルト酸リチウム(LiCoO2)の構造(図1a)を調べるために、先進的な電子顕微鏡手法の一つである走査ナノビーム電子回折*3に注目しました (図1b)。これは、直径約1 nmの電子線をスキャンさせながら試料に照射し、結晶構造を反映する電子回折図形を得て、高速カメラに記録する手法です。高電圧で100サイクル充放電させたエピタキシャルLiCoO2について、あるスキャン位置での回折図形(図1c)と、結晶構造モデルから計算した回折図形(図1d)とで差異が認められます。電子回折図形には、結晶構造の情報に加えて、試料の厚さや僅かな傾きに依存するスポットの強度変化が含まれるため、比較が困難です。
そこで、音声信号処理で用いられるケプストラム解析*4に着目しました。ケプストラムは、回折図形の強度を対数変換してフーリエ変換し、その振幅を得ることで求められます。実験と計算のケプストラム(図1e、f)では、試料の厚さや傾きを反映する成分は中心スポットに、結晶構造の周期性を反映する成分は周囲のスポットにそれぞれ分離されます。構造由来のスポットは実験と計算でよく一致するため、この領域が層状構造だと分かります。この一致度は、相互相関関数(2つの画像が似ているほど高い値を示す関数)を用いることで、数値として評価できます。層状構造に加えて、スピネルや岩塩構造についても同様の解析を行い、試料各位置での構造を調べました。独自に開発した一連の解析を「ケプストラム照合解析」と名付けました。
結晶構造の合成マップ(図1g)では、LiCoO2正極の大部分はもとの層状構造を保持していましたが、電解質との界面から正極側へ約3 nmにかけてスピネル・岩塩構造が観察されました。本手法は、約1 nmの高空間分解能と、正極の内部と界面の両方をカバーする約300×100 nm2の広視野を同時に達成しました。さらに、原子分解能電子顕微鏡など電子線を多用する他の手法と比べ、本手法の照射量は2ケタ以上低いことが分かりました。観察中の試料損傷を低減でき、従来手法よりも信頼性の高い結果が得られます。
界面での構造変化に対して、LiCoO2正極を別の物質でコーティングして保護する対策や、異なる元素をわずかに添加する対策が提案されています。さらに、次世代デバイスとして注目を集めている全固体LIBでも、ナノスケールの構造変化が生じると報告されています。今後、本手法を活用することで、劣化メカニズムの詳細な解明や、コーティングや添加などの効果の検証を計画しています。本成果は、LIBの現象解明を目指す学術研究や、高性能LIB開発に広く貢献すると期待されます。

| 図1(a)[100]方位から見た層状LiCoO2の結晶構造モデル。(b)走査ナノビーム電子回折の模式図。(c)実験と(d)計算の電子回折図形。(e)実験と(f)計算のケプストラム。中心以外の明るいスポットが結晶構造に由来します。(g)結晶構造の合成マップ。青、緑、赤色が強いほど、層状、岩塩、スピネル構造であることを示します。 |
【研究資金】
本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS) 科研費(JP22K14473、JP25K18108、JP24H00042)、科学技術振興機構(JST) 革新的GX技術創出事業(GteX)プログラム(JPMJGX23S5、JPMJGX23S6)、同 戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)、物質・材料研究機構(NIMS) 連携拠点推進制度、三谷研究開発財団、澁谷学術文化スポーツ財団、池谷科学技術振興財団、中部電気利用基礎研究振興財団、旭硝子財団、北陸先端科学技術大学院大学 研究拠点形成支援事業の支援を受けて実施されました。本研究の一部は、NIMS蓄電池基盤プラットフォーム、マテリアル先端リサーチインフラ(JPMXP1222JI0007、JPMXP1223JI0012、JPMXP1224JI0005)にて実施されました。
【論文情報】
| 雑誌名 | Nano Letters |
| 論文名 | Low-Dose Nanoscale Visualization of Crystal Phases in Epitaxial Cathodes via Cepstral Matching of Scanning Nanobeam Electron Diffraction |
| 著者 | Kohei Aso, Takafumi Kakeya, Takumu Tsuchida, Hiroki Ito, Sho Asano, Kenta Watanabe, Kazutaka Mitsuishi, Koji Kimoto, Keisuke Shinoda, Takuya Masuda, Masaaki Hirayama, and Yoshifumi Oshima |
| 掲載日 | 2025年10月21日 |
| DOI | 10.1021/acs.nanolett.5c03692 |
【用語説明】
目的の物質を、基板の結晶構造に合わせて成長させた薄膜。本研究ではチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)(111)基板上に成長させたLiCoO2薄膜を用いています。結晶方位や露出表面を制御できるため、通常の粉末多結晶正極よりも観察が容易になります。
おおむね、層状LiCoO2からリチウム(Li)が抜けて、そこに一部のコバルトが入り込んだ構造。層状構造ではLiイオンが(003)面内を2次元的に移動できますが、スピネル構造や岩塩構造ではその経路が失われるため、Liイオン伝導性が低下します。さらに、一度これらの構造に変化すると層状構造には戻りにくくなります。そのため、高電圧で充放電を繰り返すとLIBの劣化につながります。特に、充電の最大電圧が4.2V(vs Li/Li+)超えたときに現れやすいです。
細く絞った電子線を試料上で走査し、各位置で電子回折図形を記録する手法。回折波の配置を解析することで、試料の結晶構造を求めることができます。実空間2次元と逆空間2次元に対する強度を示す、複雑かつ膨大な4次元データが得られるため、適切なデータ処理を施して情報を抽出する必要があります。
音声を解析するために開発された、信号の細かく変化する成分となだらかに変化する成分を分離する信号処理手法。音声分野では、声帯での原音成分と、口や鼻での共鳴によって原音から変化した成分とを分離する目的で用いられます。
令和7年10月28日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2025/10/28-2.html





