「わかった」とは?
「知識」とは?
「知識」とは問題の状況(視点)に応じて意味が表出し, 問題解決に役立つもの.
言い換えれば,
視点を変えれば別の柔軟で適切な対応ができるもの
で, その際,
シンボル(形式化された情報)を読みかえたり異なる意味を重ね合わせたりして,
新しい意味の創造や発見ができるものである.
また, 過去の知識と新しい知識との新しい視点による融合, すなわち, 知識構造
の変容が「学習」で,
学習において視点を変えながら内容を吟
味する過程そのものが創造的な思考活動だと言える.
つまり, 「知識」は形式的に存在するものではなく,
実感としての意味づけ(状況)
に応じてお互いの関係構造が柔軟に変化する情報の集まり
ということである.
情報の意味を明らかにするには, ものごとの背後の理由や豊かな状況のなかでの意
義や必然性を考えねばならず, そうした深い理解, すなわち「わかる」ことが重要
となる.
「わかる」とか「わかりやすい」とは?
それでは, 「わかる」とか「わかりやすい」とは,
一体どういうことなのだろうか ?
(例: 数学を理解する場合の「わかった」)
数学のみならずより一般的な場合で我々がものごとを理解しようとする際, 頭の
中のイメージを略図
として表現することが多い.
以上, 「わかる」ということをまとめると,
図のような
根源的表象系の記号, 略図, モデル, 現実の4つが流動的かつ有機的に結び付き,
絶えずその書きか
え(記号), 描き直し(略図), 再構成(全体), 選び直し(部分)
が行なわれてはじめて,
「なるほど, たしかにわかった」と実感できるわけである
(1つのことが多くを意味し, 多くのことが結局は1つであるという「一即多」
を実感).
また, 「わかろうとする」根源的な動機としての論理性, 機能性, 社会性の3つが,
もっと深く, もっと広く, 「わかりたい」と私たちを駆り立てるのである.
[佐伯86]より
林 幸雄
(yhayashi@jaist.ac.jp)
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