著者:ルーディ・
ラッカー
出版社:、ハヤカワSF文庫
出版年度:
Karl Svozilは、数学に は二つの行き方があると主張する。 それは、 Go-Go 原理と No-Go 原理[*注]。No-Go 原理っていうのは、物理的にあるいはアルゴリ ズム的に実現可能なものだけを認めるという構成論的数学に典型の態度で、 Go-Go 原理は考えられることが可能なものは、公理から外れてない限りOKとす る態度。前者は「認められてないものはすべて禁じられている」と考えるわけ で、後者は「禁じられてないものはすべて認められている」と考える。
この二つの行き方をむりやりSFに当てはめると、ハードSF はNo-Go的。なぜな ら、ハードSFは本来、物理的実現可能性を重んじ、現在の科学やテクノロジー から想像力を駆使して外挿した未来世界を描こうとするから。一方、僕の好き なP.K.ディックやスタニスラフ・レムなんかのスペキュレイティブなSFだと、 実現可能性よりも考えつくものをうまくアイディアに入れて人間性の深い洞察 をするってわけで、 Go-Go原理なわけです。もちろん、ハードSFが人間性への 深い洞察がないと言っているわけではない。
この作品は、無限の濃度は可算(アレフ・ヌル)と連続(アレフ・ワン)意外 にあるのかという連続体問題を題材にしたSF小説。さすが数学者のルーディー・ ラッカー。卓抜したアイディアである。カントール、ヒルベルトといった無限 に関する大数学者、 選択公理や、 以前にも解説書を読んだバナッハ=タルス キのパラドックス、 ヒルベルトの無限に部屋があるホテルといった無限に関 する話題が登場し話が進んでいきます。
主人公は星気体(アストラル・ボディー)になって、絶対無限を目指す旅をす る。星気体になるなんて、心身二元論なんだけど、解説によると、数学的には ハードSFなんだって。
この作品は、現在の科学的知識に基づいているのでハードっぽいということで No-Go だけど、基づいている数学は無限(many)を一つのもの(one)として扱っ たりでGo-Goなんですね。 ハードとスペキュレイティブの両方の性質を兼ね備 えてるところがこの作品の魅力なのかもしれません。
[注] Go-Go原理とNo-Go原理に関しては、"Set Theory and Physics", Foundations of Physics, 25, 1541-1560, 1995. "を参照。この中には、バナッハ=タル スキ分割を使って、linea なのに chaos だ、っていうような 変なアイデアも出て来ていて、 その発展は、 `` `Linear' chaos via paradoxical set decompositions'', Chaos, Solitons & Fractals, 7(5), 785-793 (1996). を参照しましょう。
著者:田坂広志
出版社:講談社
出版年度:1997年
最近「複雑系」と名打った本が沢山出ているが、いい加減なも のが多いですね。これもその一つ。著者は工学博士で、どこか のコンサルティング会社に勤めていた人なんですが、まあ、いわ ゆるビジネスマン向きの啓蒙書なんですね。装丁がちょっと良 いだけで、ビジネス街の書店に溢れている新書版の、人生語っ ちゃったり、経営語っちゃったり、歴史上の人物をいっぱい出 して来てリーダー論ぶっちゃったりしているのと全く変わらな い。
内容は、カオスとか自己組織化とかの科学用語を持って来て、 いい加減なこといっぱい書いてる。下でも 書いたように、カオ スのエッセンスの一つは初期値(摂動)敏感性なんですが、「人 生こそ摂動敏感!」そりゃまあそうなんですけど、厳密に定義 された力学系の用語をそういう風に当てはめちゃったらなー。
ビジネスマン、管理職や経営者はこういうのをありがたく読ん じゃうのかな。
著者:藤原正彦
出版社:新潮社
出版年度:1997年
三人の数学者、Newton、Hamilton、Ramanujanの生涯を追っ たエッセイです。著者は藤原正彦という数学者です。 それぞれに天才的な数学者ですが、やっぱり変人でも あるし、天才なりの苦労、孤独があったようです。
これは伝記ではなくエッセイなので、著者がそれぞれの生誕の 地などを尋ね、資料を見せてもらった時の交流、現地のホテル で苦労したり(特にインドで)したときのエピソードなどが沢山書 かれていて、不思議な臨場感というか共感があります。
ちなみに、著者も数学者で新田次郎と藤原ていの次男らしいで す。
もうちょっと3人の業績について書いて欲しかった。業績自体 の解説(そういう本は他にも多いから著者はそこを書かなかっ たらしいが)、および、それが世に出たときの状況や当時の受 け取られ方、それがどういう経緯を経て今我々が受け取ってい るようなものに変わったのかなど。でも、そういうのは科学史 の分野になるのかな。
Newtonはもちろん力学で、Hamiltonは解析力学、量子力学などで 物理でも有名です。Ramanujanはあまりに純粋数学すぎて物理 にはあんまり出てこないですが、最近Ramanujanが見つけた公 式と実世界との対応が研究されているとか。 これからの発展 が楽しみですね。Ramanujanがもっと長く生きていれば、もっ ともっと謎の公式をつくり出したのかな。残念です。
最後に、藤原氏が新田次郎と藤原ていの次男ではなく長男であ ることをご指摘くださった坂ノ上様、ありがとうございます。
著者:E.N.Lorenz
出版社:共立出版
出版年度:1997年
カオスを最初に発見した科学者のひとりローレンツが、一般向き の講演を元に、やさしいカオスの解説書として記した本の翻訳 です。一般向きと言っても流石にローレンツ、本当に数式をほ とんど使わず、まさにカオスのエッセンスが書かれています。 ローレンズはカオスに関する最初の論文え、最近の発展を含むカ オスのエッセンスを見通していたとよく言われるんですが、僕 はまだその論文を読んでいません。
ローレンツは気象学者なんですが、カオスが見つかるまでの気 象学における経緯も面白く語られています。グリックの『カオ ス』(新潮文庫)に、カオス発見のサクセスストーリーが書か れているのですが、気象学の部分はあんまり書かれてないから、 相補的でいいですね。 付録では本文で使っているモデルの簡単な数学的解説もあり、 学部向きのカオスの授業に使えるネタもあります。
ローレンツの述べるカオスのエッセンスの一つとは「初期値敏 感性」のことだと思うのですが、最近は準周期とカオスの間の 複雑な運動とか、トランジェントの示すダイナミクスに興味が あるのですが、そういった動的なシステムのエッセンスへと 研究が進んでほしいです。(って、自分でやらなきゃな)