JAIST 高木研究室-北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科 機能科学専攻[バイオ系]
研究内容

はじめに

  近年は、「生命現象のダイナミズムと自己組織化」をキーワードに学際的な研究を進めています(下にそれぞれの研究テーマを紹介します)。生物学専門(教授)、物理学専門(助教)、化学専門(研究員)とスタッフのバックグラウンドも多様です。 研究室はバイオ系になりますが、生物に興味がある物理系出身者の学生の方も歓迎です。

■脂質分子の電荷が引き起こす膜構造変化


生体膜は負電荷を持つ脂質を含んでおり、タンパク質の吸着・イオンチャネルを介した膜内部へのイオンの流出入・膜電位等に大きな影響を与えていることが知られています。しかし、脂質分子の電荷が膜構造自体にどのような影響を与えているのかは明らかになっていませんでした。そこで本研究では、数種類の中性脂質、荷電脂質を組み合わせてリポソームを調整し、膜表面の相状態や膜の形状を共焦点レーザー顕微鏡や蛍光顕微鏡を用いて観察・解析を行いました。荷電脂質を膜組成に加えることで、中性脂質のみの組成では形成されてなかった相分離構造が観察され(図1)、脂質分子の電荷が膜構造に大きな変化をもたらすことを明らかにしました。さらに、これらの荷電脂質が引き起こす相分離メカニズムについて理論モデルを用いて説明しました。


図1:脂質分子の電荷が引き起こす相分離構造


参考文献

"Charge-induced phase separation in lipid membranes"
H. Himeno, N. Shimokawa, S. Komura, D. Andelman, T. Hamada, M. Takagi
Soft Matter, 10, 7959-7967 (2014).

■膜ダイナミクスの計測・操作・創出


生体膜は、脂質分子が自己集合した脂質二分子膜から成ります。三次元曲率変形や二次元ミクロドメイン生成などのダイナミックな膜挙動は、細胞運動・分裂・情報伝達などの様々な生命機能と直結しています。このような膜ダイナミクスの制御メカニズム理解を目指し、人工膜(リポソーム)を用いた再構成実験を行っています。また、実験結果の熱統計力学的解析を行い、膜ダイナミクスの物理機構を明らかにします。これまでに、生細胞膜同様の脂質分子の非対称性を再現したリポソームの構築、光による膜構造の操作(図2)、非平衡場におけるリズミック膜孔生成などの成果を得ています。

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図2:光による膜小胞の開閉コントロール


参考文献

"Photochemical control of membrane raft organization"
T. Hamada, R. Sugimoto, T. Nagasaki, M. Takagi
Soft Matter, 7, 220-224 (2011).

"Membrane disc and sphere: controllable mesoscopic structures for the capture and release of a targeted object"
T. Hamada, R. Sugimoto, M. Vestergaard, T. Nagasaki, M. Takagi
J. Am. Chem. Soc., 132, 10528-10532 (2010).

"Rhythmic pore dynamics in a shrinking lipid vesicle"
T. Hamada, Y. Hirabayashi, T. Ohta, M. Takagi
Phys. Rev. E Stat. Nonlin. Soft Matter Phys., 80, 051921 (2009).

"Construction of asymmetric cell-sized lipid vesicles from lipid-coated water-in-oil micro-droplets"
T. Hamada, Y. Miura, Y. Komatsu, Y. Kishimoto, M. Vestergaard, M. Takagi
J. Phys. Chem. B, 112, 14678-14681 (2008).

■膜局在・膜挙動から明らかにするAβの毒性メカニズム


認知症アルツハイマー病の原因物質の一つにアミロイドβペプチド(Aβ)があります。 Aβは生体膜上で重合し、細胞に対して毒性を示すことが報告されています。しかし、その毒性機構はさまざまな仮説が挙げられておりますが詳細には解明されていません。生体膜上には飽和脂質とコレステロールが多く含まれたドメイン構造(脂質ラフト)が存在します。私たちは生体膜モデルであるリポソームを用い、Aβとの相互作用によって引き起こされる膜挙動や、ラフト含有膜におけるAβの膜局在を明らかにし、 Aβの毒性メカニズムを探ることを目的としています。図3はAβによって誘起されたリポソーム膜の形態変化の経路を表しています。また、図4はラフト含有膜を再現し、Aβがラフト以外の領域に局在していることを明らかにしたものです。


図3:Aβによる膜ダイナミクス


図4:ラフト含有膜におけるAβの局在


参考文献

"Real-time observation of model-membrane dynamics induced by Alzheimer's amyloid beta."
M. Morita, M. Vestergaard, T. Hamada, M. Takagi
Biophysical Chemistry,147, 81-86 (2010).

"Biomimetic microdroplet membrane interface: detection of the lateral localization of amyloid beta peptides."
T. Hamada, M. Morita, Y. Kishimoto, Y. Komatsu, M. Vestergaard, M. Takagi
J. Phys. Chem. Lett.,1, 170-173 (2010).

"Cholesterol, Lipids, Amyloid Beta, and Alzheimer's."
M. Vestergaard, T. Hamada, M. Morita, M. Takagi
Current Alzheimer Research,7, 262-270 (2010).

"Using Model Membranes for the Study of Amyloid beta:Lipid Interactions and Neurotoxicity."
M. Vestergaard, T. Hamada, M. Takagi
Biotechnology and Bioengineering, 99, 753-763 (2008).

■膜の酸化ストレス応答


種々の環境ストレスや老化によって生体内で発生する活性酸素種は、生活習慣病のリスクファクターと知られています。シグナル機能発現の場であるラフトドメインの主要成分であるコレステロールは、酵素的、非酵素的に酸化を受けるターゲットとして注目されています。人工膜(リポソーム)を用いた研究では、細胞とは異なり代謝系等を考慮せずに、脂質に対する酸化ストレスの影響を光学顕微鏡で直接測定できる利点があります。そこで、酸化ストレスによる膜ダイナミクスや、酸化コレステロール含有膜の物理化学的性質の研究を行っています。これまでに、脂質のみからなる膜に比べてコレステロール含有膜が酸化ストレスに対する膜ダイナミクスを引き起こしやすいということを発見しました(図5)。

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図5:酸化ストレスによる膜ゆらぎ挙動


参考文献

"Dynamic response of a cholesterol-containing model membrane to oxidative stress"
T. Yoda, M. C. Vestergaard, Y. Akazawa-Ogawa, Y. Yoshida, T. Hamada, M. Takagi
Chem. Lett., 39, 1273-1274 (2010).

■細胞膜ダイナミクスとシグナル伝達


 ヒトは約60兆個の細胞からできており、各部位を構成する細胞の種類によって、それぞれ固有の機能をもっています。これらの機能を発揮するために、細胞にはそれぞれ特有な生体膜からなる細胞小器官 (オルガネラ) が備わっています。細胞質を包む細胞膜も生体膜の一種です。細胞内のすべての膜系は、リン脂質の二分子膜構造を基本としており、数百種類以上のリン脂質分子によって構成されています。細胞膜は、透過性をもつ障壁として機能すると同時に、細胞の形の決定、機械的な強度の付与、細胞の保護など、生命維持に必須の機能をもっています。  細胞膜の構造に関しては、近年になり、飽和脂質やコレステロールが豊富な秩序相からなるミクロドメイン構造の存在が発表され、“ラフト”と呼ばれています。 我々はこのラフトに注目し、その動的構造変化、および・サれがもたらす細胞内シグナルへの影響を明らかにすることを目的としています。図6は我々が撮影した細胞膜上に存在するラフトの顕微鏡画像です。図7は我々が撮影した細胞内部のラフトの様子です。


図6:ヒト白血病性T細胞Jurkatの顕微鏡画像


図7:細胞内のラフトの3D観察