研究概要 |
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複雑系の科学が扱う対象である生命,組織,社会,言語などは,自律的に進化・発展するシステムです.これらは,システムの振る舞いを決めるルール自体が変化するというダイナミックな特徴を持っています.私たちは,このような性質をルールダイナミクスと呼び,対象となるシステムを作って動かすことにより理解する構成的手法を用いて研究しています.
ルールダイナミクスのような複雑で動的な特徴は,複雑系がもつ三つの分離不可能性(図1)から現れてきます. |
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図1 複雑系の三つの分離不可能性 |
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現在私たちは,言語・認知・社会制度のダイナミクスと,ルールダイナミクスのモデル化について研究を行っています.以下,各項目について説明します.各項目タイトルをクリックすると,具体的なテーマ名を見ることができます. |
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言語のダイナミクス |
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人間の言語はどのように生まれ,変化・複雑化してきたのか.この言語の起源と進化という問いに,簡単な認識能力や発話能力を持つエージェント達の相互作用と発達をモデル化することで迫ろうとしています.この研究は、言語使用者が意味を生成するダイナミックな活動として言語をとらえる「動的言語観」に基づいています。
現在は,語彙の中に助動詞や接続詞のような文法的機能を持った単語が現れてくる「文法化」という普遍的な言語変化現象をモデル化し,言語が複雑化する機構と過程,そのための認知能力を明らかにする試みを進めています.この研究では,
- 文法化が起きるには意味の関連性と単語の意味領域の構造を認識する能力が重要であること,
また,
- 人間言語だけが持つ「いま,ここ,わたし」から離れたコミュニケーションを行う超越性と呼ばれる性質が,学習により獲得した言語ルールを拡大適用する汎化能力により可能になること
が示唆されています.
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図2 生物進化と文化進化のダブルループ |
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認知のダイナミクス |
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人間が他の動物と異質である特徴の1つに,人間が他者の意図を理解するという性質があります.この能力は他者の心を理解できるという人間性の獲得をもたらすのではないかと考えられます.
そこで私たちは,乳幼児の発達過程に観察される交互凝視というコミュニケーション行動(図3)に注目し,この行動を獲得する計算モデルを構築しています.この構築を通して,交互凝視行動が視線というシグナルに対する単純な反射的応答ではなく,相手の意図するものを自ら想起して,それを見ようとする意図的主体性を獲得した結果として表出する行動であることを示しています.
私たちはこの研究を通じて,他者の意図を理解するコミュニケーションがいかに実現され得るのかを明らかにしようとしています.また,意図理解を基盤とする欺き行動や以心伝心といった現象に着目し,社会の複雑化とそれに伴う知能の進化・発達の研究に展開しています.
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図3 交互凝視に見る他者の意図理解 |
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制度のダイナミクス |
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社会には様々な制度があり,そのおかげで人々の生活が営まれます.制度は人々の活動と,複数の制度間の相互作用を通して変化していきます.私たちは,このような制度の生成・維持・変化の機構,および,制度のデザインに関する知見を得ようとしています.
人間は、自律的に内部状態や構造が変化する「内部ダイナミクス」を持った認知エージェントです(図4)。このようなエージェントがゲーム的相互作用を行うモデルにより、社会構造が生成し変化する様子を構築しています。この研究で、個人と社会全体の循環的な相互依存関係という「ミクロマクロ・ループ」が、社会構造の変化に重要であることが示唆されました。
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図4 エージェントの内部構造 |
市場を律する制度の分析・デザインには,市場参加者の行動,市場の振る舞い,制度が互いにどのように影響するかを考える必要があります(図5).しかし,実際の市場で新しい制度を試すことは困難です.私たちは,シミュレーションによって社会の望むべき方向性を組み立ててテストすることで,現実の制度デザインに寄与することを目指しています.
例えば,人工市場シミュレーションを援用した市場制度の研究では,株価が大きく変動した時に取引を一時的に停止させるサーキットブレーカーという制度を扱っています.この研究では,取引を停止する期間がこの制度のデザインにおける重要なパラメータであることを示唆しました. |
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図5 ミクロ・マクロループと市場制度 |
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ルールダイナミクスのモデル化 |
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私たち人間は,社会制度や言葉の用法といった振る舞いのルールを学習を通じて獲得します.一方,獲得したルールに制約された行動の中から、社会における制度や言葉づかいの変化といったルール変化が生じてきます。これは、個人の学習と社会のルールの間に生じるフィードバックループを通じた変化です.このように,あるシステムにおけるルールが,そのルールに基づいたシステムの作動によって変化することをルールダイナミクスと呼びます.
ルールダイナミクスをこのように抽象的に定義するのであれば、ルール は必ずしも社会的なものに限る必要はなくなります.例えば、発達は個体の行動ルールが,その個体の行動を通じて変化していく現象です.また,生物進化は生化学反応やシグナルネットワークといったある種のルールが世代を経て変化していく現象と捉えることが可能です.
このようなルールダイナミクスという目で複雑な世界のダイナミクスを見るというのが,橋本研の研究を通じて流れる考え方です.そして,このルールダイナミクスそのものを理解するために,数理的なモデルを構築する試みも続けています.
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