「経営学における知識創造理論のインパクトと日本社会変革への示唆」
平田 透 (金沢大学・名誉教授)

日本の経営学には、ドイツ経営学とアメリカ経営学という大きな二つの流れがあります。 その多くは、海外において構築された理論枠組みを日本に導入する形で学問体系が形成され、日本から発信されたものは稀でした。 日本人による数少ない経営理論であり、国際的に受け入れられたのが野中・竹内による「知識創造理論」です。

今でこそ「暗黙知」「形式知」という言葉が一般化しており、その相互作用により新たな知識が生まれるという考え方が受け入れられていますが、 経営学としての「知識創造理論」の本質はそこではありません。 欧米型の経営理論との違いは「人」をどう位置付けているのかにあります。 知識創造理論では、人は単なる管理すべき経営資源ではなく、多様な価値観や意識・経験を持つ能動的な存在として捉え、 哲学におけるポランニーや西田幾多郎の成果を取り入れています。

また、もともと日本企業の新製品開発の事例研究から導き出された知識創造の考え方は、企業の経営戦略にも大きな影響を与えました。 知識創造を促進することにより、イノベーションの可能性を高め、市場での持続的競争優位を確立する要因となりえるからです。 現在では、非営利組織や教育の分野においてもその考え方が応用され、社会全体においても重要性が高まっています。

環境、エネルギー、食糧、地域紛争と、社会は複雑に絡み合った問題を抱え、めまぐるしく変化しています。 経営学の枠を超えて、知識創造理論の可能性を理解し、 人が持つ知をどう引き出し実践に活かすのかという視点を持つことが今後の社会的課題解決の鍵になるでしょう。