共創賞
『 ページ送りの時間間隔に基づく読書の認知処理の分析 』
The Analysis of Cognitive Processing on Reading Based on Time Interval of Paging
布山 美慕1),日高 昇平2),諏訪 正樹1)
1) 慶應義塾大学, 2) 北陸先端科学技術大学院大学
2015年度知識共創フォーラム「共創賞」は,編集委員会が定めた複数の評価者による厳正なる論文評価のもと,上記論文に対して与えることを決定致しました.本賞は知識共創フォーラムにおける知識共創を促進させ,論考の質向上はもとより,参加者とともに知識科学を深化させることに大いに寄与したと評価される報告に対し与えられるものです.
本論文は,読書時の認知処理の質的変化を実験的に論証しようとする意欲的な研究成果を提示している.本研究の独創性は,これまで理論的な研究が主であった読解活動に関する研究において,読解には二つのモードの認知活動があり,それを読解時間のデータから推定可能であるということを示した点にある.具体的には,実験1で146〜498ページの20作品を1名の被験者が読解する過程でページ送りする時間の統計的な分布の推定を行い,2つのガンマ分布の混合分布が最適にフィットし,それが質問紙による熱中度の自己評価データと相関することを示した.実験2では,この結果の再現性を,6名の被験者の短小説の読解のデータで検証し,実験1の結果の再現性と一般性を示している.
著者は,読書を作品と読者の相互作用によってなされる美的行為であるという立場から,読者の行っている認知処理の変化を分析し,「読者が自身の知識と作品情報を用いて新しく物語り構造を構築しており,その知識共創の内容には読者の固有性が表れている」ことを実験的に示すこと目指しており,その研究目標の追求は知識科学の展開に大いに貢献するものと言え,本論文はその研究活動の学術的基礎となるものとして高く評価できる.著者は,さらに,今後の展望として,被験者を増やし,作品依存性・読者の個別特性依存性を明らかにしつつ本研究で示した推定手法の改善・モデルの洗練を目指すこと,視線計測等によって文語との読解時間を観測し,より詳細な認知処理の変化を分析する可能性を示している.この方向性は知識科学的研究として魅力的であり,今後の展開に大いに期待できる.
また,フォーラムでの議論をもとに,研究アプローチの独創性と限界の吟味がなされ,それを踏まえて新しい展望が導かれるなど,知識共創フォーラムの趣旨が,論文の洗練に十分に反映されていることも高く評価できる.
本研究の最終的な目標に至るためには,読解活動の質的変化をより精密に定義すること,個人の知識に依存した知識共創活動を実験データから推定する手法を確立すること,既存の理論との概念レベルの対応関係の整理など,克服するべき課題は多いが,知識科学の新しい領域を拓く研究として優れた論文と認め,共創賞を授与するものである.