熱電研究の3つの柱

ペルチェ効果などを利用した『熱電変換技術』は,電子冷却や温冷庫に応用されています。この技術を使うと電気エネルギーと熱エネルギーの相互変換が可能となるため,廃熱を利用した次世代のエネルギー技術としても注目を集めています。

私たちの研究室では,「さがす」「はかる」「つくる」という3本の柱で熱電変換の研究を行っています.それぞれについて順を追ってご紹介しましょう.

「さがす」 第一原理計算と実験の融合による新規熱電材料のマテリアルデザイン

京コンピューターに代表される大規模計算機の性能向上に伴い計算科学が目覚ましい発展を遂げています.日本でも有数の計算資源を持つJAISTの恵まれた環境を活用し,私たちは第一原理計算による熱電材料の性能予測を行っております.また,計算から高い熱電性能を示すことが予測された候補材料について,実験により実際に試料を合成し物性測定まで行うことで,実験と理論の両面から材料の熱電物性を明らかにし,新規熱電材料のマテリアルデザインを行っています.

本研究で合成した3d遷移金属硫化物ウルマナイトNiSbSは室温で1.9 mWK-2m-1もの非常に高い出力因子(= S2 / ρ)を示し,これはn型硫化物熱電材料(多結晶)の中でも最高値です.この巨大な出力因子の起源を明らかにするため,第一原理計算と実験の両面からNiSbSの熱電物性を調べ,化学ポテンシャルμ近傍における擬ギャップ構造が巨大な出力因子の起源であることを明らかにしました.


参考文献:

「さがす」 新しい硫化物熱電材料の開発と探索

現在実用化されている多くの熱電材料は,テルルなど希少で高価な元素を含んでおり,これがより広範な分野への熱電変換技術の応用の妨げとなっています.私たちは,テルル化物にかわる代替材料として,周期表で同じ族のイオウを含む硫化物に注目して,全く新しいタイプの熱電材料を世界に先駆けて報告しました.

本研究で開発したテトラヘドライトCu12Sb4S13は,立方対称で複雑な構造を有する硫化物です.私たちはその熱電物性を明らかにするとともに,Cuサイトの一部をNiで置換することにより,テルルを含まないp型熱電材料の中で世界最高の熱電変換性能を得ることに成功しました.この高い性能は再現性は世界中の研究グループで確認され,米国グループが置換元素を変えることによりZT>1を実現するなど,その関連研究は世界的な広がりを見せています.この研究において私たちが提唱した「熱電鉱物 thermoelectric minerals」という新概念は,世界の熱電研究に一つの潮流を形作りました.

参考文献:

  • Thermoelectric Properties of Mineral Tetrahedrites Cu10Tr2Sb4S13 with Low Thermal Conductivity,
    Koichiro Suekuni, Kojiro Tsuruta, Tomoki Ariga, Mikio Koyano, Applied Physics Express, Vol. 5 (5) (2012), 051201.
  • High-performance thermoelectric mineral Cu12-xNixSb4S13 tetrahedrite,
    K. Suekuni, K. Tsuruta, M. Kunii, H. Nishiate, E. Nishibori, S. Maki, M. Ohta, A. Yamamoto, and M. Koyano,
    Journal of Applied Physics 113, 043712 (2013).
  • Detection of large thermal vibration for Cu atoms in tetrahedrite by high-angle annular dark-field imaging,
    Tara Prasad Mishra, Mikio Koyano and Yoshifumi Oshima
    Applied Physics Express, Volume 10, Number 4, 045601 (2017).

「はかる」 微小スケール熱電材料の性能測定

「はかる」とは熱電材料の特性をはかるための評価手法の開発という意味です。近年,微細な構造を持った新規熱電素子が開発されていますが,その評価は,システム自体が小さく測定が難しいため,新しい手法の開発が望まれています。

本研究は,薄膜の熱測定に用いられていた熱伝導率測定法「3ω法」を改良し,熱電材料のナノ粒子凝集体の熱伝導率計測手法を開発したものです.半導体加工技術を用いて作製した温度センサに交流電流を印可し,誘起電圧の高調波成分(3ω成分)を検出する.3ω成分の強度はセンサからの熱リーク量の関数であるため,センサをナノ粒子凝集体に圧着した際の3ω成分の強度を計測することにより,試料の熱伝導率を正確に計ることが出来ます.この方法を代表的な熱電材料(Bi1−xSbx)2Te3 ナノ粒子凝集体に適用し,初めて熱処理前の熱電ナノ材料の熱伝導率を観測することに成功しました.

私たちはこの3ω法を,幅と厚さがマイクロメートルオーダーの非常に細いTiS3単結晶に適用し,正確に熱伝導率を測定することに成功しました.同時に測定した電気抵抗率と熱電能をもとに,マイクロリボン単結晶の熱電性能を評価することに成功しました.


参考文献:

「はかる」 光を用いた実用熱電材料のマイクロ評価

現在市販の熱電モジュールに使用されているBi-Sb-Te系の実用熱電材料は,組成制御に加えて微細構造を制御することによって,より良い性能を実現する時代に入ってきています。この状況の中で,マイクロオーダーでの微細構造観察の重要性が増大しています.私たちは顕微レーザーラマン装置を用いて,実用材料の評価を行う手法を確立しようと頑張っています。ラマンスペクトルは材料の結晶方位や内包する歪みに敏感なうえ,レーザースポットは 1 μmまで絞ることが可能なため,十分小さな領域の分析が可能になると期待しています。

光を用いた熱物性測定については,さらに新しい手法を開発中です.

「つくる」 Bi-Sb-Te系熱電インクの開発

現在市販されている熱電モジュールには,ビスマス・アンチモン・テルル(Bi-Sb-Te)化合物が使用されています.このモジュールを作製するためには,p型とn型のBi-Sb-Teのインゴットをスライシング・ダイシングした後,規則正しく整列させ電極で接合するという,複雑なプロセスが必要です.この困難を一挙に解決する手段として,LCD用カラーフィルターや有機ELの製造に利用されているプリンティング技術を導入することが考えられており,そのために必要な熱電材料インクの開発が期待されていました.

私たちは,常温付近で最も性能が良い熱電材料Bi-Sb-Te化合物のナノ粒子を作製し,これを有機溶媒に分散させることによって,高性能の熱電素子を形成することが出来る『熱電インク』を開発しました.実際にこの熱電インクから作製した熱電ナノバルクインゴットは,市販品と遜色ないZT≒1を達成することができました.これにより,インクジェット印刷をはじめとするプリンティング技術の導入が可能となり,熱電変換技術の応用範囲が広がります.

参考文献:

「つくる」 インクジェット技術を用いたプリンティング熱電モジュールの開発

私たちは,熱電インクとインクジェット印刷技術を組み合わせることにより,印刷技術の導入による新しい熱電モジュール作製プロセスを開発しました.この研究では,モジュール作製に不可欠なp型とn型両方の熱電インクの開発に成功したため,市販の銀電極インクとあわせることにより自由な形状の熱電モジュールの作製が可能となりました.たとえば,従来作製が難しかった微小サイズモジュールの作製や,ポリイミドをはじめとするフレキシブルな基板を用いたモジュールへ適用できることも確かめました.

実際に作製したプレーナー型インクジェット熱電モジュールの発電性能を計測すると、pn一対のモジュールあたり約340 μV/K の熱電能を持つことが確かめられました.この値は従来品モジュールに匹敵する値であり、12 ℃ の温度差を与えると,5対のモジュールでは20 mV の起電力を発生することが実証できました.この起電力は微小電力用DC-DCコンバータを駆動させるのに十分なものであり,未利用熱を活用するエネルギーハーベスティングへの道を開拓したものと考えています.

博士前期課程 修士論文題目一覧   ()内は卒業年度

  • 坪原 真旺:ボールミルと通電加熱焼結法を用いた遷移金属硫化物
    Zn1-xMxCr2S4の置換物質と熱電特性 (2023)
  • 原田 直貴:メカニカルアロイング法による格子熱伝導率の低減を狙った
    ウルマナイトNiSbSの合成とBi置換効果 (2023)
  • 清見 渓:メカニカルアロイングによる低い格子熱伝導率を持つリン化物AgP2の合成と元素置換 (2022)
  • LIU Ruian:ラマン分光法を用いた遷移金属硫化物TS2の温度測定と
    熱緩和解析 (2021)
  • YE, Yuanxin:磁性層間化合物Fe0.33TX2における異常ホール効果と
    外部磁場効果 (2021)
  • 水野真衣:遷移金属リン化物NiSi3-xInxP4の輸送物性と結晶対称性を
    考慮した構造安定性の検討 (2021)
  • 阿部大介:フラックス法により合成した安四面銅鉱Ag3P6Si3Sn2単結晶の成長メカニズムと電子・フォノン輸送の第一原理解析 (2020)
  • 浅井渉:ラマン分光法を用いた微小領域のエネルギーダイナミクスの研究 (2018)
  • 荷村毅:Bi2Te3熱電インクを用いた薄膜作製とその性能評価 (2018)
  • 福嶋匠:ファマチナイト型遷移金属リン化物NiSi3P4の熱電物性とGa置換効果  (2018)
  • 大滝健悟:Bi2Te3熱電インクを用いたモジュール作製のためのインクへの微粒子添加と新規プリンティングプロセスの開発 (2017)
  • 山川拓真:遷移金属硫化物(Fe2GeS4,MnPS3,CuGaS2)における元素置換及び組成変調による電子物性 (2017)
  • Lu, Xin:Effect of carrier doping on thermoelectric properties of complex structure sulfide material TaPS6 and ZnCr2S4 (2017)
  • 秋山拓海:単結晶SnSeの熱電物性と元素置換効果 (2016)
  • 佐久間佑:単一の擬一次元伝導体のマイクロリボンの熱電特性評価 (2016)
  • 林 祐司:有機保護剤を用いたBi2Te3系熱電材料の室温配向制御 (2016)
  • 水谷慎吾:Bi2Te3系化合物ナノバルクを用いた熱電素子の配向制御 (2016)
  • 土田貴之:ゲルマン鉱Cu26Fe4Ge4S32のSe置換による熱伝導率の低減 (2015)
  • 大熊高光:Bi2Te3微粒子を用いた熱電素子の密度向上と性能評価 (2015)
  • 宮田全展:遷移金属硫化物Ni1-xTrxSb1-yBiySの電子物性と第一原理電子状態計算 (2015)
  • 百井龍也:第一原理計算による窒化鉄系磁性材料の磁気特性の解析 (2015)
  • 山内 圭:結晶場解析による希土類磁性材料の磁気特性の予測 (2015)
  • 亀井勇人:四端子法を用いた3ω法による擬一次元物質の熱伝導率測定 (2014)
  • 管 純一:液体窒素温度から室温領域における熱電物性測定装置の開発 (2014)
  • 西村太輔:硫化鉱物ボーナイトCu5FeS4の熱電物性と元素置換効果 (2014)
  • 小菅なつみ:層状構造を持つ遷移金属二硫化物MS2の作製とキャリア密度制御 (2014)
  • 山越宏樹:Bi2Te3微粒子を用いた熱電素子の組織制御による性能評価 (2014)
  • 富澤雄基:Zn置換系テトラヘドライトCu12-xZnxSb4S13の熱電物性と一次相転移 (2013)
  • 西野俊佑:3ω法を用いた熱伝導率測定装置の開発とBi-Te系熱電微粒子への応用 (2013)
  • 大津顕裕:Bi-Te系熱電材料への3d元素添加効果 (2012)
  • 鶴田光次郎:複雑な結晶構造を持つ多元系カルコゲナイト化合物の熱電物性 (2012)
  • 高橋孝平:Bi2Te3系化合物微粒子を用いた熱電素子の作製と物性評価 (2012)
  • 牧田賢枝:中温領域における熱電能・電気抵抗率測定小型装置の開発 (2012)
  • Nguyen Tang van:Thermoelectric properties in hybrids of Bi0.88Sb0.12 and Nd2Fe14B hard magnets (2012)
  • 酒井健吾:巨大熱電能を持つ強相関物質FeSb2へのMn元素置換効果 (2011)
  • 清水瑛史:ナノスケール微細粉末を用いたBi-Sb-Te系熱電変換材料の測定法の確立及び性能評価 (2011)
  • 田中淳也:化学気相輸送法を用いたBi-Sb-Te系熱電材料単結晶の育成と熱電物性 (2011)
  • 鬼頭大地:低温熱電材料Bi0.88Sb0.12への強磁性体添加における熱電物性と外部磁場効果 (2010)
  • 元古隆博:Bi2Te3系熱電材料のラマン顕微分光法観察 (2010)
  • 畑山健治:ポイントコンタクト法を用いた局所熱電性能測定 (2010)
  • Tran Pham Thuy Linh:Raman scattering from thermoeleectric nanoparticles (2010)
  • Tran Min Hoang:Ferromagnetism and Superconductivity of the inhomogeneous Bi0.88Sb0.12Niy (0.50≦y≦1.00) composite alloys (2010)
  • 山ノ内政徳:Bi-Sb-Ni系複合合金材料における熱電物性と磁性 (2008)
  • 明石直也:ナノコンタクト型熱電物性測定装置の作製と熱電変換過程 (2008)
  • 高安寛宗:Bi-Sb合金における熱電物性と磁性のMn添加効果 (2008)
  • 有賀智紀:Bi0.88Sb0.12Px (0≦x≦0.09)における熱電性能と不純物散乱 (2007)
  • 帆角良平:Bi1-xSbxSey (0≦x≦0.3 ,0≦y≦0.1)の熱電性能と電子物性 (2006)
  • 繻エ 剛:TlxPb1-xTeの電子状態変化と熱電特性 (2005)
  • 吉田陽一:Ge-Pb-Se系多結晶体におけるキャリアの粒界散乱と熱電物性 (2005)
  • 黒田康博:電子相関が熱電性能に与える影響 -強相関物質TaS2の熱電性能 - (2004)
  • 加藤素文:電荷密度波状態における擬一次元伝導体TaS3への光照射効果 (2003)
  • 木田孝則:Mn-MoO2同時スパッタリング薄膜の作製と磁気的性質 (2003)
  • 國井 勝:アニオンサイト置換した層状物質TiS2の熱電特性 (2003)
  • 中野直人:ハーマン法を改良した熱電性能指数測定装置の開発 (2003)
  • 西当弘隆:化学気相輸送法によるTiS2多結晶体の作製と熱電特性の研究 (2003)
  • 石井大介:Fe-MoO3-x (0≦x≦1)グラニュラー薄膜の作成と磁気的・電気的性質 (2001)
  • 江本 寛:層状物質TiS2焼結体の熱電気的性質 (2001)
  • 深瀬 健:遷移金属ダイカルコゲナイトにおける電子ドーピングの影響 (2001)
  • 吉元伸夫:酸素量を制御したMoO3-xアモルファス薄膜の光学的性質 (2001)
  • 木村匡志:Fe/MoO3/Fe薄膜の作成と磁気的・電気的特性 (2000)
  • 長尾克彦:層間化合物FexNbS2のラマン散乱 (2000)
  • 溝尾数雅:層間化合物FexNbS2における伝導キャリアの磁気散乱 (2000)
  • 北河憲一:バナジウム-モリブテン複合酸化物VOMoO4の低温高圧ラマン散乱 (1999)
  • 田村太郎:擬二次元伝導体η-Mo4-xTxO11 (T=W, Re, V)の電子物性 (1999)
  • 桝井直継:擬一次元伝導体TiS3の単結晶の育成と電子構造の解明 (1999)
  • 佐藤 淳:ヘリコンスパッタ法によるMoO3-x結晶性薄膜の作成と物性 (1998)
  • 宮田 篤:Montgomery 法によるη-Mo4O11の抵抗率測定と電子構造の異方性 (1998)
  • 山本 太:モリブテン酸化物薄膜の酸素比制御 (1998)
  • 勝部康之:擬二次元伝導体η-Mo4O11の非線形電気伝導 (1997)
  • 栗田 亮:モリブデン酸化物薄膜作製と物性評価 (1996)
  • 先本昌也:熱電能測定装置の作成とGe薄膜の熱電特性 (1996)
  • 原 博之:擬二次元伝導体η-Mo4O11における電荷密度波のスライディング (1996)
  • 橋本光生:モリブテンブロンズの単結晶育成と光学的性質 (1996)

博士後期課程 博士論文題目一覧

  • Pham Xuan Thi:Fabrication and Thermoelectric Properties of Ultrathin Layer of Mo1-xNbxS2 (2018)
  • 宮田全展:第一原理電子状態計算による新奇硫化物熱電材料のマテリアルデザインと電子輸送現象の研究 (2017)
  • 西野俊佑:熱マネジメントシステムへの応用に向けた低次元ナノ構造材料の熱伝導解析 (2016)
  • 有賀智紀:PbTe系化合物におけるネルンスト効果に関する研究 (2012)
  • 木田孝則:反強磁性-非磁性ナノ複合系の交換バイアス効果の研究 (2006)
  • 栗田 亮:電荷密度波電界効果トランジスタにおける電流変調の研究 (2000)