運動制御の計算理論 -第一次運動野の情報表現について-(セミナー・シンポジウム)
日 時 平成24年 5月 7日(月)15:30〜17:00
場 所 情報科学研究科講義棟 大講義室
講演者 田中宏和(本学情報科学研究科准教授)
本講演では、第一次運動野(M1)がどのように身体を制御するかについて、計算論
的立場から議論する。M1は身体との体部位対応を持ち、錐体路繊 維を通して脊
髄中の運動ニューロンに投射するが、どのようにしてM1が身体運動を制御するか
については完全には理解されていない。ダイナミクスの 立場では、M1は身体座
標系における筋張力や関節トルクを制御すると主張するが、キネマティクスの立
場では、M1は外部座標系における運動軌道を 表現しているとする。この論争は
19世紀から続いているが今日に至るまで結論がついていない。本講演では、外部
座標系を用いると到達運動を記述す る運動方程式が単純になることを示し、開
n-リンク系の一般式を導出する。この式は左辺のダイナミカル量である関節トル
クと右辺のキネマティカル 量である空間運動を直接関係づける式であり、M1に
関する対立する見解を統合することができる。また、関節角表現を明示的に必要
としないため、逆 キネマティクス計算や不良設定性問題を回避できる。右辺に
現れる空間ベクトル外積の各項をM1ニューロンの発火頻度と同一視すれば、(1)
運動方 向に関するコサイン・チューニング、(2)最適方位の作業空間依存性、
(3)複数座標系の混在、(4)運動適応後の活動変化、そして (5)ポピュレーション
ベクトルの時空間的性質といった、M1ニューロンの実験結果を自然に説明でき
る。また、ヒト心理物理実験で調べられている運動適応 の汎化パターンも、ベ
クトル外積の幾何学的性質から再現できる。モデルニューロンから、キネマティ
カル量である運動方向とダイナミカル量である筋 張力が同時に再構成できるこ
とを示し、キネマティクスとダイナミクスの立場が統合されることを議論する。
これらの結果より、M1はベクトル外積表 現を用いて運動軌道を到達運動のダイ
ナミクスへと変換しているという計算理論を提案する。