ニュース・イベント

プレスリリース

細菌成分をコーティングした酸化グラフェンナノ複合体の創出! -多機能性を発現可能ながん光免疫療法の実現に向けて-

細菌成分をコーティングした酸化グラフェンナノ複合体の創出!
-多機能性を発現可能ながん光免疫療法の実現に向けて-

【ポイント】

  • 細菌成分と酸化グラフェンから成るナノ複合体の作製に成功
  • 当該ナノ複合体のEPR効果により標的とする腫瘍内に効果的に集積し、マウスに移植したがんの可視化と、免疫賦活化、抗がん作用、光熱変換によるがん治療が可能であることを実証
  • 当該ナノ粒子と近赤外光を組み合わせた新たながん診断・治療技術の創出に期待
 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野 稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の都 英次郎教授らは、酸化グラフェン*1表面に細菌成分、近赤外蛍光色素(インドシアニングリーン*2)、抗がん剤(カンプトテシン*3)を被覆したナノ複合体の作製に成功した(図1)。得られたナノ複合体は、ナノ複合体特有のEPR効果*4に由来する腫瘍標的能によって、大腸がんを移植したマウス体内の腫瘍内に効果的に集積し、細菌成分による免疫賦活化とカンプトテシンに由来する抗がん作用に加え、生体透過性の高い近赤外レーザー光*5により、インドシアニングリーンに由来するがん患部の可視化と酸化グラフェンに由来する光熱変換による多次元的な治療が可能であることを実証した。さらに、マウスを用いた生体適合性試験などを行い、いずれの検査からもナノ複合体が生体に与える影響は極めて少ないことがわかった。当該ナノ複合体と近赤外レーザー光を組み合わせた新たながん光免疫治療技術の創出が期待される。

【研究背景と内容】

 ナノ炭素材料の一つである酸化グラフェン(GO)は、優れた物理化学的特性を有することが知られており、とりわけ素材開発の分野で注目を集めている。都教授は、ナノ炭素材料が生体透過性の高い波長領域(650~1100 nm)のレーザー光により容易に発熱する特性(光発熱特性)を活用したがん診断・治療技術の開発を推進している(※1、※2、※3、※4)。
(※1) https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2020/04/23-1.html
(※2) https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2020/08/17_2.html
(※3) https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/08/22-1.html
(※4) https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2025/03/06-1.html
 一方、腫瘍組織内に細菌が存在していることは古くから知られており、近年の研究では、腫瘍の種類ごとに独自の細菌叢が保有されていることが分かっている。また、このような腫瘍内細菌叢が抗癌剤の補助あるいは阻害の要因になっていることも明らかになっている。しかし、腫瘍内から直接細菌を取り出し、細菌そのものを癌の治療薬として活用する研究は皆無であった。このような経緯の中、都研究室では、マウス生体内の腫瘍組織から数多くの細菌の単離・同定に成功しており、これらの細菌を活用したがん診断・治療技術の開発を進めている(※5)。
(※5) https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/05/08-1.html
 本研究では、光発熱素材であるGOと超音波照射によりホモジナイズ*6した腫瘍内細菌(Cutibacterium acnes)成分を複合化した新規ナノ複合体を開発し、がん診断・治療技術への可能性を調査した(図1)。より具体的には、C. acnes(CA)成分、近赤外蛍光色素[インドシアニングリーン(ICG)]、抗がん剤[カンプトテシン(CPT)]を被覆したGO(ICG-CPT-CA-GO複合体)をがん患部に同時に送り込むことで、CAに由来する免疫賦活化作用とCPTに由来する抗がん作用に加え、生体透過性の高い近赤外レーザー光を用いることで、ICGに由来する近赤外蛍光特性を用いた患部の可視化やGOに由来する光熱変換を利用した、新たながんの診断や治療法の開発に成功した。また、ICG-CPT-CA-GO複合体をマウスの静脈から投与し、生体適合性を組織学的検査、血液検査、体重測定により評価したが、いずれの項目でもICG-CPT-CA-GO複合体が生体に与える影響は極めて少ないことがわかった。
 これらの成果は、今回開発したICG-CPT-CA-GO複合体が、革新的がん診断・治療法の基礎に成り得ることを示すだけでなく、ナノテクノロジーや光学といった幅広い研究領域における材料設計の技術基盤として貢献することを十分期待させるものである。
 本成果は、2025年3月21日に炭素系材料の国際専門トップジャーナル「Carbon」誌(Elsevier発行)のオンライン版に掲載された。なお、本研究は、文部科学省科研費 基盤研究(A)(23H00551)、文部科学省科研費 挑戦的研究(開拓)(22K18440)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP)(JPMJTR22U1)、大学発新産業創出基金事業スタートアップ・エコシステム共創プログラム(JPMJSF2318)ならびに本学超越バイオメディカルDX研究拠点、本学生体機能・感覚研究センターの支援のもと行われたものである。

pr20250327-11.png図1. 様々な機能性分子を被覆したナノ複合体の作製(超音波処理するだけで簡便に作製可能)。

【論文情報】

掲載誌 Carbon
論文題目 Hybrid Nanoarchitectonics with Bacterial Component-Integrated Graphene Oxide for Cancer Photothermo-Chemo-Immunotherapy
著者 Soudamini Sai Vimala Veera Chintalapati, Eijiro Miyako*
掲載日 2025年3月21日にオンライン版に掲載
DOI 10.1016/j.carbon.2025.120252

【用語説明】

*1 酸化グラフェン
 酸化グラフェンとは、黒鉛を酸化させることにより得られ、厚さはおよそ 1 nmのシート状の素材。高い表面積を有し、表面に存在する酸素官能基により親水性や電気絶縁性を示す。

*2 インドシアニングリーン
 肝機能検査に用いられる緑色色素のこと。近赤外レーザー光を照射すると近赤外蛍光と熱を発することができる。

*3 カンプトテシン
 植物のカンレンボク Camptotheca acuminata に含まれるアルカロイドの一種。抗がん作用を示す。

*4 EPR効果
 100nm以下のサイズに粒径が制御された微粒子は、正常組織へは漏れ出さず、腫瘍血管からのみ、がん組織に到達して患部に集積させることが可能である。これをEPR効果(Enhanced Permeation and Retention Effect)という。

*5 近赤外レーザー光
 レーザーとは、光を増幅して放射するレーザー装置、またはその光のことである。レーザー光は指向性や収束性に優れており、発生する光の波長を一定に保つことができる。とくに700~1100 nmの近赤外領域の波長の光は生体透過性が高いことが知られている。

*6 ホモジナイズ
 均質化すること。特に、生物の細胞や組織などを人工的に破砕、均質化することをさす。眼鏡の洗浄に利用される超音波照射装置が均質化に良く利用される。

令和7年3月27日

PAGETOP