手で粉砕するだけで相転移する超セラミックスを開発 ~新規圧力・応力センサーの開発に期待~
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手で粉砕するだけで相転移する超セラミックスを開発
~新規圧力・応力センサーの開発に期待~
【ポイント】
- カルボジイミド化合物の高圧相転移を初めて観察。
- 乳鉢と乳棒を用いた粉砕でも相転移が進行することを実証。
- 新規圧力・応力センサーの開発に期待。
北海道大学大学院工学研究院の鱒渕 友治准教授、樋口 幹雄准教授(研究当時)、同大学大学院総合化学院修士課程の山本 侑瑞樹氏、久米 和樹氏、宮崎 涼花氏(研究当時)、同大学大学院理学研究院の篠崎 彩子助教、北陸先端科学技術大学院大学サスティナブルイノベーション研究領域の宋 鵬氏(現東北大学助教)、本郷 研太准教授、前園 涼教授、同大学先端科学技術研究科博士前期課程のサイード・サリア・ハサン氏、京都大学の生方 宏樹氏、陰山 洋教授らの研究グループは、カルボジイミドイオン*1で構成される超セラミックス*2について、乳鉢と乳棒を用いた手粉砕で相転移*3が起きることを世界で初めて実証しました。 本研究では、鱒渕准教授らが発見したBa0.9Sr0.1NCNカルボジイミド化合物が、0.3GPa程度の圧力で相転移することをダイヤモンドアンビルを用いた静水圧実験によって見出しました。さらに同じ相転移が乳鉢と乳棒を用いた手粉砕でも生じること、Eu2+(ユウロピウム(II)イオン)を添加した試料は相転移で赤色蛍光体に変化することを実証しました。また、VCNEB法*4を用いた計算科学手法によって、構造相転移によって原子が互いにすべるように変位することを明らかにし、Ba0.9Sr0.1NCNカルボジイミド化合物のせん断応力によって"ずれやすい"特徴が、手粉砕による構造相転移に関係することを報告しました。本成果は、せん断応力による構造変化が粉砕過程でも生じることを明らかにし、圧力や応力によって光学特性や電磁気特性が変化する新しいセンサー材料の開発が期待されます。 本研究成果は、日本時間2025年3月24日(月)公開のJournal of the American Chemical Society誌に掲載されました。 |
乳鉢と乳棒で粉砕するだけで結晶構造が変化するカルボジイミド化合物を開発
粉砕すると赤色蛍光体に変化する
【背景】
温度や圧力の変化によって化学組成を保ちつつ、結晶構造が変化する現象を構造相転移と呼びます。例えばグラファイト型の炭素は10万気圧以上の圧力でダイヤモンドに相転移して、硬度が劇的に向上することが知られています。有機化合物では、このような相転移が試料を粉砕したり、こすったりする機械的刺激で誘起されることが報告されており、刺激応答性の発光材料などへの展開が期待されています。一方で、金属酸化物などのセラミックスは有機化合物に比べて硬く、化学的に安定であることから、機械的刺激による構造相転移は知られていません。酸化物イオンや塩化物イオンなどの単原子アニオンで構成される従来のセラミックスに対して、複数の原子によって形成される分子アニオンを含むセラミックスを超セラミックスと呼び、分子アニオンの寄与による特徴的な構造相転移が期待されていました。
【研究手法】
炭素と窒素からなる分子アニオン(NCN2-)はカルボジイミドイオンと呼ばれ、研究グループはマルカサイト型構造の新しいカルボジイミド化合物Ba0.9Sr0.1NCNを合成しました。この化合物は岩塩型構造に類似の原子配置を取ることから塩化セシウム型類似構造へ相転移すると考えました。ダイヤモンドアンビルセルを用いて静水圧を印加した際の高圧相転移を確認し、さらに乳鉢と乳棒を用いた粉砕によっても同じ構造相転移が生じることを明らかにしました。また、粉砕による構造相転移のメカニズムを調べるために、VCNEB法を用いて構造相転移中の原子の動きを可視化しました。
【研究成果】
マルカサイト型Ba0.9Sr0.1NCNは、ダイヤモンドアンビルセルを用いた静水圧下で0.3 GPaの圧力で塩化セシウム型構造に相転移しました。この圧力は類似の単原子アニオン化合物と比べて約1桁小さく、カルボジイミドイオンの圧縮でなく、直線状分子の方向の変化が関係しています。乳鉢乳棒で粉砕した試料のX線回折パターンやラマン分光スペクトルが静水圧下で得られる高圧相と同じように変化したことから、粉砕によっても構造相転移することを確認しました。試料にEu2+を添加すると粉砕による相転移によって非発光性から赤色蛍光体へと変化することも明らかにしました(p1図)。VCNEB法で構造相転移中の原子の動きを調べると、各原子が互いにずれるように変位することが分かり(図1)、粉砕工程で粉末にかかる横方向の応力によって原子のずれが誘起され、高圧相への相転移が起きたと結論付けました。
【今後への期待】
酸化物やハロゲン化物などの単原子アニオンからなるセラミックスは一般的に非常に硬く安定なので、低い圧力や粉砕による応力では構造が変わることがありません。本研究では、窒素と炭素の3原子からなる直線状NCN2-アニオンを含むカルボジイミド化合物は、アニオンのサイズだけでなく向きも変わることで結晶構造が変化しやすく、非常に低い圧力や粉砕工程でも構造相転移が起きることを明らかにしました。この特徴は、セラミックスの幅広い光学特性や電磁気特性が圧力や応力で変化する新しい圧力センサーや応力センサーなどへの応用が期待されます。
【謝辞】
本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業新学術領域研究「複合アニオン」(JP16H06439)、学術変革領域研究「超セラミックス」(JP23H04611、JP23H04623、JP22H05142、JP22H05143、JP22H05146)、科学技術振興機構先端国際共同研究推進事業(JPMJAP2408)、旭硝子財団の補助を受けて行われました。また、本研究の計算は北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)情報社会基盤研究センター(RCACI)の超並列計算機システムKAGAYAKIを利用して実施されました。
【論文情報】
論文名 | Hand milling induced phase transition for marcasite-type carbodiimide(マルカサイト型カルボジイミドにおける手粉砕誘起の相転移) |
著者名 | 山本侑瑞樹1、久米和樹1、宮崎涼花1(研究当時)、篠崎彩子2、Peng Song3、4、Sayed Sahriar Hasan4、本郷研太4、前園 涼4、生方宏樹5、陰山 洋5、樋口幹雄6、鱒渕友治6(1北海道大学大学院総合化学院、2北海道大学大学院理学研究院、3東北大学多元物質科学研究所、4北陸先端科学技術大学院大学情報科学系サスティナブルイノベーション研究領域、5京都大学大学院工学研究科、6北海道大学大学院工学研究院) |
雑誌名 | Journal of the American Chemical Society(アメリカ化学会が発行する化学の専門誌) |
DOI | 10.1021/jacs.5c00962 |
公表日 | 日本時間2025年3月24日(月)午後9時(米国東部標準時夏時間2025年3月24日(月)午前8時)(オンライン公開) |
【参考図】
図1.相転移中の原子の変位を可視化した図。(a)はマルカサイト型構造のb軸方向から、(b)はc軸方向から見た図。相転移中でBaイオンの層はc軸方向にずれて変位し、カルボジイミドイオンは回転して互いに直交する。(緑の球はBa/Srイオン、茶色はC、灰色はN原子) |
【用語解説】
令和7年3月25日