ニュース・イベント

プレスリリース

物理法則・計測原理を組み込んだ深層学習による画期的な動的コヒーレントX線回折イメージング解析法の開発に成功

logo_jaist2021.png pr20250314-tohoku.gif 
国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
国立大学法人東北大学

物理法則・計測原理を組み込んだ深層学習による画期的な
動的コヒーレントX線回折イメージング解析法の開発に成功

【ポイント】

  • 物理法則と計測原理を組み込んだ深層学習による新たな位相回復手法を開発:X線回折像の時間的な連続性を活用し、高精度な試料構造の再構成を実現。これにより、従来の手法では困難だった動的コヒーレントX線回折イメージング(動的CXDI)データからの高精度な動画像の再構成が可能に。
  • ナノスケールの動的構造変化を高精度に可視化:動的CXDIデータを活用し、ナノスケールの試料構造の変化をリアルタイムで解析。マイクロメートルスケール領域におけるナノスケールの構造変化を、従来よりも高い空間・時間分解能で観察・解析を可能に。
  • 実証実験の成功:動いている標準試料や水溶液中のコロイド金粒子に本手法を適用し検証した結果、高い空間・時間分解能で観察・解析を確認。
  • 前例のない結果:今までの手法では見られなかった空間・時間分解能の両立の成功。
  • 材料設計への応用:次世代材料のリアルタイム変化の観察や、医療・製薬分野での生体組織のナノスケール動態解析など、幅広い分野での実用化が期待大。
 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)共創インテリジェンス研究領域のDAM Hieu-Chi(ダム ヒョウ チ)教授、HA Minh-Quyet特別研究員(日本学術振興会特別研究員PD)、VU Tien-Sinh大学院生(博士後期課程)、Adam Mukharil Bachtiar大学院生(博士後期課程)、DAO Duc-Anh大学院生(博士後期課程)、Deakin大学Applied Artificial Intelligence InstituteのTruyen Tran教授、物質・材料研究機構木野日織博士、東北大学(総長・冨永悌二、宮城県仙台市)国際放射光イノベーション・スマート研究センター高橋幸生教授、石黒志准教授、同大学院工学研究科の高澤駿太郎大学院生(博士後期課程)らの共同チームは、物理法則と計測原理を組み込んだ深層学習[用語解説1]技術の開発により動的コヒーレントX線回折イメージング(動的CXDI)[用語解説2]の回折データから、高精度に試料のナノ構造を再構成するための新たな位相回復[用語解説3]手法を確立し、動的構造変化の可視化に成功した。
 本研究では、回折像の時間的な連続性を活用することで、試料のマイクロメートルスケール領域におけるナノスケールの構造変化を、従来を大きく上回る空間・時間分解能で観察・解析できることを実証した。これにより、ナノスケールの動的現象をより詳細に捉える新たな観察技術が確立された。
 この技術の進展により、可視光が透過しない物質の内部構造解析や、高分子・生体細胞中の微粒子運動の可視化など、材料科学・バイオ研究・ナノテクノロジー分野における革新的な応用が期待される。特に、次世代エネルギー材料のリアルタイム変化の観察や、医療・製薬分野での生体組織のナノスケール動態解析など、幅広い分野での実用化が見込まれる。

【研究背景】
 持続可能な社会の実現や次世代技術の発展に向けて、新規高機能材料の開発が求められている。これに応じるためには、短期間かつ効率的に材料を設計・評価する手法が不可欠である。そのためには、材料のミクロ領域(マイクロメートル、µm)における変化を、高い空間分解能(ナノメートル、nm)および時間分解能(ミリ秒、ms)で精密に追跡できる観察技術が必要となる。
 しかし、観察技術においては、光源の強度制限により、空間分解能と時間分解能がトレードオフの関係にあるという課題が存在する。高い空間分解能を確保すると時間分解能が低下し、逆に時間分解能を向上させると空間分解能が犠牲になってしまう。この点で、CXDIは、透過力に優れたX線を用いて材料の内部構造を非破壊で観察できる顕微技術として注目されている。特に、走査型CXDIは高い空間分解能と広い視野を両立できる手法であるが、時間分解能が低いため、試料の動的現象を捉えることが困難であった。
 この課題を解決するため、試料の移動を伴わずに動的現象を観察する動的CXDI法が開発され、有望な解決策として期待されている。しかし、CXDIでは、回折像から試料の元の構造を再構成する際に、情報の損失や解析の複雑性、正確性の確保といった課題が依然として残っている。
 この問題を克服するため、本研究グループは、動的CXDI測定で得られたデータから最大限の時空間分解能を引き出し、試料の動的現象を正確に再現できる解析技術の開発に取り組んでいる。その中心となるのが、物理法則と計測原理を組み込んだ深層学習を活用した新たな位相回復手法である。

【研究内容】
 CXDIは、ナノスケールの構造を可視化する強力な技術であり、材料科学、生命科学、半導体デバイスの研究など幅広い分野で活用されている。しかし、測定で得られるのはX線の散乱強度パターン(回折像)であり、試料の内部構造を直接示すものではない。そのため、失われた「位相情報」を補完し、元の構造を正確に再構成する位相回復と呼ばれる解析が不可欠となる。
 従来の位相回復手法では、特に時間的に変化する試料を高精度で観察することが難しく、高い空間分解能と時間分解能を両立させることが困難であるだけでなく、計算コストが大きいという課題があった。
 本研究では、これらの課題を解決するために、動的CXDI測定で得られる回折像に対し、物理法則と計測原理を組み込んだ深層学習を活用した新たな位相回復手法「PID3Net」を開発した。本手法は、CXDI測定の原理、計測システムの特徴、および物理法則を組み込んだ教師なし学習を採用し、動的CXDIで取得された連続的な回折パターンから高精度な動的像を再構成する。
 特に、時間方向の情報の重複性に着目し、従来の走査型手法が空間的な重複を利用して位相回復を行っていたのと同様に、時間領域におけるデータの連続性を活用することで、高い空間・時間分解能を両立することに成功した。
 開発した手法では、時間畳み込み[用語解説4]を用いた時空間相関の学習機構により、動的な変化を高精度に捉えることができるだけでなく、全変動正則化[用語解説5]を適用することで、ノイズを抑えながら滑らかで高精度な画像の再構成を可能にしている。これにより、従来手法と比較して計算負荷を低減しながら、高精度な動的像の再構成を実現し、短時間露光でも高い分解能を維持しながら、ナノスケールの高速な構造変化を正確に観察することが可能となった。
 この手法の有効性を検証するため、数値シミュレーションおよび高輝度放射光施設の硬X線を用いた実験を実施し、動かされる標準試料や水溶液中のコロイド金粒子の動的イメージングを行った。その結果、従来手法を大きく上回る精度での再構成が可能であることを確認し、ナノスケールの動的観察における新たな可能性を開拓した。

pr20250314-11.png

【図1】物理法則と計測原理を組み込んだ深層学習(PID3Net)を用いた動的コヒーレントX線回折イメージングの概略図。
(A) 動的CXDI計測の概要と時間発展する回折パターンのデータ。
(B) 物理法則と計測原理を組み込んだ深層学習PID3Netモデルによる時間方向の重複情報を活用して、高精度な動的像の復元のフロー。

 本成果は、2025年3月12日に科学雑誌「npj Computational Materials」誌(Springer Nature社発行)のオンライン版で公開された。

【付記】
 本研究は、科研費 基盤研究C(20K05301)、科研費 新学術領域研究(19H05815領域代表者:入山恭寿)、科研費 基盤研究C(20K05068)、科研費 特別推進研究(23H05403 研究代表者:高橋幸生)及び科学技術振興機構(JST) CREST[革新的計測解析] 反応リマスターによるエコ材料開発のフロンティア共創(研究代表者: 唯美津木、JPMJCR2235)の支援のもと行われた。

【今後の展開】
 本研究で開発した手法は、従来困難であったナノ構造の高速動的観察を可能にするものであり、今後、さらに高次の空間・時間分解能や異なる物質系への適用が期待される。また、深層学習、物理法則、計測原理の統合によるデータ駆動型の計測手法の開発を進めることで、新しい材料・物質の理解を深め、次世代の計測技術の確立につながると考えられる。

【論文情報】

掲載誌 npj Computational Materials (Springer Nature社)
論文題目 PID3Net: A Deep Learning Approach for Single-Shot Coherent X-ray Diffraction Imaging of Dynamic Phenomena
著者 Tien-Sinh Vu, Minh-Quyet Ha, Adam Mukharil Bachtiar, Duc-Anh Dao, Truyen Tran, Hiori Kino, Shuntaro Takazawa, Nozomu Ishiguro, Yuhei Sasaki, Masaki Abe, Hideshi Uematsu, Naru Okawa, Kyosuke Ozaki, Kazuo Kobayashi, Yoshiaki Honjo, Haruki Nishino, Yasumasa Joti, Takaki Hatsui,
Yukio Takahashi, Hieu-Chi Dam
DOI 10.1038/s41524-025-01549-x
掲載日 2025年3月12日

【用語解説】
※1 深層学習:人工知能(AI)の一分野であり、複数の隠れ層を持つニューラルネットワークを使用してデータから特徴を学習する技術である。特に、大量のデータから高度なパターンや構造を自動的に捉える能力が特徴として挙げられる。

※2 動的コヒーレントX線回折イメージング(動的CXDI):回折強度パターンに位相回復計算を実行し、試料像を取得するイメージング法。重要な特長として、X線領域において光学素子の性能に制限されない高い空間分解能を有する。CXDI はCoherent X-ray Diffraction Imaging の略称。

※3 位相回復:X線回折イメージングでは、試料にX線を照射すると「回折パターン」が得られるが、このデータには試料の構造を正確に再現するために必要な「位相情報」が欠落している。位相回復とは、この失われた情報を数学的手法で推定し、試料の本来の構造を復元する技術である。

※4 畳み込み:深層学習における「畳み込み」とは、画像などのデータに対して、特徴を抽出するために適用される数学的な処理のこと。データ内の局所的なパターンを効率的に捉えるために用いられる。

※5 全変動正則化:画像処理において、「全変動正則化」とは、画像のノイズを抑えつつ、画像の重要な部分を保持するための手法である。平滑な領域は滑らかにしながらも、急激な変化がある部分は維持することで、高精度な画像再構成が可能になる。

令和7年3月14日

PAGETOP