センシング材料のガス応答パターンを逆転させることに成功 ─ 元素ドープでガスセンシングの挙動を制御できることを発見 ─
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センシング材料のガス応答パターンを逆転させることに成功
─ 元素ドープでガスセンシングの挙動を制御できることを発見 ─
【ポイント】
- 理論計算により、センサーに用いる材料がガスに応答するパターン(センシング挙動)を予測することに成功しました。
- 材料に不純物となる元素を添加すること(元素ドーピング)により、ガス応答パターンを精密制御し、逆転させることに成功しました。
- ガスセンシング挙動によって「ガス応答選択性」を判定できる学術コンセプトを提案し、その有効性を実証しました。さまざまな材料におけるさらなるガスセンシング選択性制御が可能であることが明らかになりました。
ガスセンサーは、私たち人間の社会活動に不可欠なデバイスの一つとなっています。しかしガスセンシング材料の応答パターン(センシング挙動)のメカニズムは解明されていませんでした。 東北大学多元物質科学研究所の殷澍教授(同 材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 連携教授 兼務)が率いる研究チームおよび北陸先端科学技術大学院大学サスティナブルイノベーション研究領域の前園涼教授、大阪大学産業科学研究所の関野徹教授らは、単相二酸化バナジウムVO2(M1相)(注1)のフェルミ準位(注2)を元素ドーピングにより制御し、電気抵抗の変化(増加、または減少)およびガス応答パターンを逆転(本来のn型半導体的な性質に由来する「下向き応答パターン」と異なり、逆の「上向き応答パターン」に変化)させることに成功しました。また、タングステン元素を添加(ドープ)したVO2を例として、そのガスセンシング挙動に及ぼす要因や制御パラメーターの影響を詳細に検証しました。 本研究成果は、2025年1月9日(現地時間)に米国化学会の科学誌ACS Sensorsにてオンライン公開されました。 |
【研究の背景】
従来のガスセンシング原理では、センシング材料は半導体の種類によって分類されています。長年、一つのセンシング材料は同じ特性の複数ガスに対して同じパターンのセンシング挙動(抵抗の上昇だけ、または低下だけ)を持つと考えられてきました。ところが、一つのセンシング材料が同じ特性のガス(または同じガス)に対して反対のセンシング挙動を表す異常なセンシング挙動が多く報告されるようになりました。そのメカニズムは未だ解明されていません。ガスセンシングパラメーターを調整することにより、ガスセンシング挙動の制御を実現する戦略も提唱されていますが、これらの方法ではセンシング材料自体の制御による応答挙動の制御を達成することはできませんでした。
一方、センシング材料と電極は密接な関係にあり、ガスセンシングデバイスの中心的な役割を果たしています。ところがガスセンシング材料の通常の評価では、材料自体のセンシング特性のみに焦点が当てられることが多く、センシングシステム全体における電極の重要な役割には注目されていませんでした。
本研究チームは、「応答パターン」に基づいて新たに定義された「ガス検知選択性」に関する最近の研究結果(参考文献1)によって、異常なセンシング挙動の本質は、センシング材料と電極間の接触モードの変化に由来することを明らかにしました。センシング材料のフェルミ準位に干渉を与えると、センシング材料と電極の間の接触モードが変化し、センシング材料のガス選択性にさらなる影響を与えることが期待されますが、その有効性を示す更なる検証が求められています。
【今回の取り組み】
上記背景に基づいて、研究チームはVO2を研究対象としました。そのフェルミ準位に干渉を与え、元素ドーピングによるセンシング挙動の制御に関する研究を推進しました。
まず、第一原理計算を用いて元素ドーピングによるフェルミ準位の変化を予測しました。元素周期表のバナジウムの原子番号に隣接するスカンジウム(Sc)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、タングステン(W)をそれぞれドープすることにより、VO2のフェルミ準位を下げることができる計算結果が得られました。特に構造的に安定性の高い第6族元素のMo、W、Crを選択し、その「ガスセンシング挙動制御」を研究対象としてフォーカスしました。
我々は、超臨界流体反応を用いて、0.5at.%のW/Mo/CrをそれぞれドープしたVO2を合成し、これらの試料のセンシング挙動を評価し、フェルミ準位を下げることによってセンシング挙動を制御できることを検証しました(図1)。20℃ では、Wのドーピングにより、VO2は目標ガスに対する電気抵抗が減少する「下向き」センシング挙動を示しますが、MoかCrをドープすると、計測目標ガスに対するVO2のセンシング挙動が「下向き」から「上向き」に転じ、電気抵抗が増加する挙動を示しました。
図1.(a)タングステン(W)、(b)モリブデン(Mo)、および(c)クロム(Cr)をドープした二酸化バナジウム(VO2)の20℃におけるガスセンシング挙動変化。元素ドーピングにより、応答パターンを制御できることが明らかになりました。 |
元素ドーピングされたVO2のセンシング挙動は不変なものではなく、材料のフェルミ準位に干渉を与えることにより、センシング材料と電極間のショットキー接合(注3)の形成条件を間接的に制御し、それによって「応答パターン」を逆転させることができたと考えられます(図2)。
図2.元素ドーピングによるVO2のセンシング挙動制御メカニズム。
本研究では、さまざまな作動温度でこれら3つの材料のセンシング特性評価を行い、センシング挙動に及ぼす影響として、ドーピング元素の種類、作動温度およびターゲットガス濃度が要因であることを明らかにしました(図3)。
図3.被測定ガス濃度と作動温度の変化によって、0.5at.%WドープしたVO2のガスセンシング挙動が逆転することがわかりました。 |
【今後の展開】
本研究チームが提唱したガスセンシングにおける「ガス検知選択性」の新しい定義は、ガス検知メカニズムの解明において重要な役割を果たします。センシング挙動の制御に関する今回の研究成果は、従来の半導体型ガスセンシング原理に基づくセンシング材料への理解を超え、ガス「応答パターン」で定義された新しい「ガス検知選択性」を支持し裏付けるものであり、高選択性センシング材料の開発に重要な指針となります。同時に、「応答パターン」が調整可能となったことは、ガスセンシングの理論に新たな研究視点をもたらし、提案したガスセンシングメカニズムの適応範囲のさらなる拡大が期待されます。
【謝辞】
本研究の一部はJSPS科研費基盤研究A(JP20H00297)、公益財団法人日本板硝子材料工学助成会 令和6年度研究助成、JST 科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業 JPMJFS2102、および「人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」(文部科学省)の支援を受けたものです。本研究に関連する論文は「東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。
(DOI: 10.1021/acssensors.4c03006)
【用語説明】
【参考文献】
- Advanced Materials, 2024,2413023, DOI: 10.1002/adma.202413023
(2024年12月25日プレスリリース)
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2024/12/press20241225-01-gas.html
【論文情報】
タイトル | W/Mo/Cr Doping Modulates the Negative-Positive Inversion Gas Sensing Behavior of VO2(M1) |
著者 | Lei Miao, Yibei Xue, Peng Song, Takuya Hasegawa, Ayahisa Okawa, Ryo Maezono, Tohru Sekino, Shu Yin* |
*責任著者 | 東北大学多元物質科学研究所 教授 殷澍 (同大 材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 連携教授 兼務) |
掲載誌 | ACS Sensors |
DOI | 10.1021/acssensors.4c03006 |
URL | https://doi.org/10.1021/acssensors.4c03006 |
【研究チーム】
殷 澍 教授(同大 材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 連携教授 兼務)、
苗 磊(ミョウ ライ) 大学院生、薛 羿貝 特任助教、宋 鵬 特任助教、
長谷川 拓哉 講師、大川 采久 助教
前園 涼 教授
関野 徹 教授
令和7年1月16日