真逆な応答挙動? ガス検知選択性の新しい定義を提案 ─ ヘルスケア分野への展開も視野に、排便と排尿を区別できるおむつも試作 ─
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真逆な応答挙動? ガス検知選択性の新しい定義を提案
─ ヘルスケア分野への展開も視野に、排便と排尿を区別できるおむつも試作 ─
【ポイント】
- 混合ガス中の特定ガスを、より直感的に検出することを可能とする革新的な「ガス検知選択性」のコンセプトを提唱し、異常なセンシング挙動の予測手法を提案・検証しました。
- 「おむつ」のようなウェアラブルヘルスケアデバイスへ応用可能であり、フレキシブルで異物感がなく、室温で作動し、小型化を実現でき、かつ、高感度で異なる排泄物の同時計測・アラートが実現できます。
ガスセンサーは、工業生産や環境モニタリング、人間の健康リスクの早期発見において重要な役割を果たしており、人間の社会活動に不可欠なデバイスの一つとなっています。 東北大学多元物質科学研究所の殷澍(イン シュウ)教授(同大 材料科学高等研究所(WPI-AIMR)連携教授 兼務)が率いる研究チームおよび北陸先端科学技術大学院大学サスティナブルイノベーション研究領域の前園涼教授、大阪大学産業科学研究所の関野徹教授らは、異常なガス応答挙動の発生メカニズムとその応用に関する研究で大きな進歩を遂げました。単斜晶二酸化バナジウムVO2(M1相)(注1)における同類性質ガスに対する同じ温度での真逆なセンシング応答挙動とセンシング挙動が温度によって逆転する現象に基づき、これまでにない新しいガス検知選択性の仕組みを提唱しました。また異常なセンシング挙動の予測手法を提案・検証し、便と尿という異なる種類のヒト代謝排泄物の同時検出に成功しました。 本研究成果は、2024年12月19日(現地時間)に科学誌Advanced Materialsにオンラインで公開されました。研究結果は2024年10月31日に発明特許として出願されました(特願2024-191987)。 |
【研究の背景】
ガスセンサーは、工業生産や環境モニタリング、人間の健康リスクの早期発見において重要な役割を果たしており、人間の社会活動に不可欠なデバイスの一つとなっています。ガスセンサーの構成要素には、センシング材料、電極、制御プログラムがありますが、中でもセンシング材料の創製はガス検知能力とセンサー作動効率の向上に最も重要な役割を果たします。
ガスセンサーのうち、半導体式ガスセンサーには、高い応答効率と応答速度を実現するため、ガスの吸着に伴う物質の抵抗変化を利用したガス識別手法が幅広く使用されています。半導体にはp型半導体(注2)とn型半導体(注3)があり、p型半導体では、酸素や二酸化炭素などの酸化性ガスを吸着すると電気抵抗が減少し、水素や一酸化炭素などの還元性ガスを吸着すると電気抵抗が増加します。n型半導体は、p型半導体とまったく逆の挙動を示します。
従来、どのガスに対して選択的応答するかを示すガスセンサーの選択性は、吸着した際の電気抵抗の変化の大きいガス(応答値の大きいガス)により定義されてきました。しかし混合ガス中では同種ガス同士の干渉が起きるため、ガスセンサーの応答が同種ガスすべてに反応し、ガスの種類を詳細に判別できない可能性があります。
本研究チームは、同種の性質を持つガスにおける異常なガスセンシング反転挙動に着目しました。このような上向き応答、下向き応答の2つの挙動を利用することで、標的となるガスを区別でき、優れた「ガス検知選択性」を実現することが可能です。また異常なセンシング挙動のメカニズムを解明することは、その挙動を応用する上で極めて重要です。そこで、「上向き応答」および「下向き応答」の反転という異常なセンシング挙動を示す単一相二酸化バナジウム(M1相)を対象に、ガスセンシング挙動の機能評価および理論的予測を行い、さらにヘルスケアデバイスへ応用の可能性について研究を進めました。
【今回の取り組み】
単一相の単斜晶二酸化バナジウムの作製は合成条件が複雑で、副生成物が得られることが多いことがわかっていましたので、最適な合成条件を求めるため、機械学習を取り入れました。合成プロセスにおいて酸素分圧を増加させることで、不純物生成が抑制されることを明らかにし、単一相の二酸化バナジウムの合成に成功しました(図1)。
今回、合成した単一相二酸化バナジウムのセンシング機能を調べたところ、二つの異常なセンシング挙動が存在することがわかりました。一つ目は、単一相二酸化バナジウムはn型半導体であることにも関わらず20℃の環境下でアンモニアに対して常に電気抵抗が増加するという特異な応答を示すことです(図2a)。二つ目は、トルエン、エタノール、硫化水素の応答挙動が特定の温度で逆転することです(図2d)。
図1. 単一相二酸化バナジウム合成における機械学習・最適化に関するフローチャート
図2 . 二酸化バナジウムのガス応答特性(アンモニアは「上向き」応答挙動、他の同種性質を持つガスは「下向き」応答挙動を示しました)。(a)20℃におけるさまざまなガス応答、(b)混合ガス中でのアンモニアガスの選択的検出、(c),(d)さまざまなガス応答の動作温度依存性。 |
この真逆な相反するセンシング挙動により、二酸化バナジウムはアンモニアを容易に検出でき、優れた「ガス検知選択性」を持つことが示されました。さらに、さまざまな混合ガス中においても、このセンシング挙動に基づいてアンモニアの存在を迅速に判定できることが明らかとなりました(図2b)。
ガスセンシングにおける「ガス検知選択性」は、このように、材料が特定のガスに対して特異的な挙動、すなわち他のガスとは異なるセンシング挙動を示すこととして新たに定義することができます。この新しい「ガス検知選択性」の定義により、ガスをセンシング挙動からより直感的に識別することが可能となると考えられます(図3)。
図3. 新しい「ガス検知選択性」の定義に関するコンセプト図:センシング挙動に基づいた判断の結果、目標とするガスは矢が的に命中するようにターゲットとして識別され、一方で他のガスは的から外れる結果となります。 |
第一原理計算の結果、アンモニアに対する異常なセンシング挙動を引き起こしているのは、二酸化バナジウムがアンモニアを吸着した後に電極間で形成されるショットキー接合(注4)であることが示されました(図4)。ショットキー接合の形成により、二酸化バナジウムと電極間の接触方式が変化した結果、アンモニアに対して電気抵抗が増加する上向きセンシング挙動が生じたと考えられます。第一原理計算に基づいた理論的発見により、下の式に示されるようなガス検知選択性係数(S)をセンシング挙動評価の指標として提案しました。
ここでは、ΔφabはZ軸に沿ったポテンシャルエネルギー変動(ガス吸着前後の仕事関数変化)、(Evacuum-Ec) は電子親和エネルギー、φmはシルバー電極の仕事関数です。この式で表すように、S>1とS<1の場合(例:図4右図)では、ガスはまったく逆のセンシング挙動を示すことになります。
また研究チームは、作動温度の上昇に伴ってトルエン、エタノール、硫化水素のセンシング挙動が反転する現象は、これらのガスが作動温度下で分解されることに起因すると結論づけました。
研究チームは、ガス検知選択性係数(S)を用いてトルエン、エタノール、硫化水素のガスの分解生成物によるセンシング挙動を評価し、ガスの分解生成物が上記エタノール等と異なるセンシング挙動を示すことを確認し、ガス検知選択性係数(S)を用いたセンシング挙動評価の信頼性をさらに裏付けました。
図4 .(左図)第一原理計算も用い、ガスの化学吸着による電子状態の変化(Z軸に沿ったポテンシャルエネルギー変動Δφab)および二酸化バナジウムとアンモニアや硫化水素ガス間の電荷移動を予測しました(黄色と青色の領域はそれぞれ電荷の蓄積と空乏を示します)。(右図)アンモニアガスの異常センシング挙動メカニズム:ショットキー接合の形成によって、センシング材料と電極間の接触モードが変化し、それに伴い抵抗(応答)が増加することが明らかになりました。 |
本研究における進展は、ガスセンシングのメカニズムをより深く理解するための新たな視点を提供しました。本研究成果は、多種類ガスにおける優れた「ガス検知選択性」を実現し、さまざまな新規ガスセンシング材料のさらなる開発や、ガスセンシング材料の適用シナリオの拡大に大きなポテンシャルを引き出しました。
新たに定義された「ガス検知選択性」の応用として、研究チームは二酸化バナジウムのガスセンシングにおける「ガス検知選択性」をヒト代謝排泄物の主要な気体成分と関連付け、ヘルスケア用途のガスセンサーを開発しました。「ガス検知選択性」をセンシング挙動に基づいて定義することで、異なる種類の排泄物を同時に識別できるフレキシブルなおむつセンサーを発明し、特許出願しました(図5)。
このおむつセンサーは、高い透明性と柔軟性を備えており、ウェアラブルデバイスとして装着可能である点が特長です。尿と便に由来するガス成分が示す異なるセンシング挙動を利用することで、便と尿を同時に識別して検出するだけでなく、人間の代謝状態をモニタリングすることも可能です。この発明により、従来のおむつセンサーが一種類の排泄物しか検出できなかったという欠点を克服するとともに、大型で厚みのある基板や硬い素材による不快感といった課題も解消し、要介護者の日常的なケアにも大きな恩恵をもたらします。
図5. フレキシブルなセンサーチップを調製することで、「センシング挙動」を利用し、排便と排尿を同時に識別しながら、ヘルスケアおむつの使用状態をモニタリングすることができます。(透明性と柔軟性に優れたおむつセンサーは、人間の代謝状態を監視し、ガス応答挙動に基づいて排泄物の種類を瞬時に判別し、「おむつ交換」の必要性を知らせるアラートを発信することができます。) |
【今後の展開】
ガス検知における「ガス検知選択性」の新しい定義は、ガス検知メカニズムの解明において重要な役割を果たしています。「ガス検知選択性係数」の提案により、特定の使用条件に応じてセンシング材料のカスタマイズされたスクリーニングを実行することもできます。理論レベルでは、「ガスセンシング挙動」に関する研究と学理は、ガス検知メカニズムをより深く理解し、より多くのガス検知材料を開発するのに役立ちます。実生活では、「異常なセンシング挙動」を応用することで、将来的には複数のガスのより効率的な同時識別、人間の健康状態予測デバイス開発など、より充実したガスセンシングシナリオを実現できることが期待されます。
【謝辞】
本研究の一部はJSPS科研費基盤研究A (JP20H00297)、公益財団法人日本板硝子材料工学助成会 令和6年度研究助成、JST 科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業 JPMJFS2102、および「人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」(文部科学省)の支援を受けたものです。また、掲載論文は『東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています。
(DOI: 10.1002/adma.202413023)
【用語説明】
【論文情報】
タイトル | Novel Selectivity: Target of Gas Sensing Defined by Behavior |
著者 | Lei Miao, Peng Song, Yibei Xue, Zhufeng Hou, Takuya Hasegawa, Ayahisa Okawa, Tomoyo Goto, Yeongjun Seo, Ryo Maezono, Tohru Sekino, Shu Yin* |
*責任著者 | 東北大学多元物質科学研究所 教授 殷澍(同大 材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 連携教授 兼務) |
掲載誌 | Advanced Materials, 2024,2413023 |
DOI | 10.1002/adma.202413023 |
URL | https://doi.org/10.1002/adma.202413023 |
【研究チーム】
苗 磊(ミョウ ライ) 大学院生、宋 鵬 特任助教、薛 羿貝 特任助教、長谷川 拓哉 講師、大川 采久 助教
【特許情報】
出願番号:特願2024-191987
出願日:R6年10月31日(2024.10.31)
発明の名称:半導体式ガスセンサー、おむつ、ガス検知方法、尿及び/又は便の検知方法、おむつ交換時期の決定方法、並びにガス応答性材料
発明者:殷 シュウ、苗 ライ、薛 ゲイカイ、大川 采久、長谷川 拓哉
令和6年12月25日