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量子グレードの高品質・高輝度蛍光ナノ粉末ダイヤモンド ~ナノダイヤモンド量子センサの性能向上で超高感度の測定が可能に~

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岡山大学
量子科学技術研究開発機構
北陸先端科学技術大学院大学
筑波大学

量子グレードの高品質・高輝度蛍光ナノ粉末ダイヤモンド
~ナノダイヤモンド量子センサの性能向上で超高感度の測定が可能に~

【ポイント】

  • 明るい蛍光イメージングとナノ量子計測法が利用可能な品質等級(量子グレード)を実現しました。
  • 従来の蛍光ナノ粉末ダイヤモンド※1に比べて量子特性が10倍以上、温度感度が2桁向上しました。
  • ナノダイヤモンド量子センサの性能を大幅に向上させた画期的な成果です。
  • 細胞内やナノ電子デバイスの温度や磁場を超高感度で測定可能になることが期待されます。
 岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域(理)の藤原正澄研究教授、押味佳裕日本学術振興会特別研究員、同大大学院環境生命自然科学研究科の中島大夢大学院生、大学院自然科学研究科のマンディッチサラ大学院生、小林陽奈非常勤研究員(当時)は、住友電気工業株式会社の西林良樹主幹、寺本三記主席、辻拡和研究員、量子科学技術研究開発機構量子生命科学研究所の石綿整主任研究員、北陸先端科学技術大学院大学ナノマテリアル・デバイス研究領域の安東秀准教授、筑波大学システム情報系の鹿野豊教授らとの共同研究により、従来の10倍以上の優れた量子特性(量子コヒーレンス※2)を持つ高輝度の蛍光ナノ粉末ダイヤモンドを世界で初めて報告しました。この蛍光ナノ粉末ダイヤモンドは、住友電気工業株式会社との協力によって実現されたもので、高い蛍光輝度で蛍光イメージングが可能で、高品質な量子センサ特性を有しており、温度量子測定においても1桁以上の感度向上が確認されました。
 本研究成果は、2024年12月16日に「ACS Nano」のオンライン先行版に掲載されました。蛍光ナノ粉末ダイヤモンドを用いた量子センシング※3技術は、近年注目を集めている超高感度ナノセンシング技術です。しかし、これまで高い蛍光輝度と様々な量子計測法を行うのに要求される品質等級(量子グレード)の両立は困難とされてきました。本研究により、ナノダイヤモンド量子センサの性能が大幅に向上され、細胞内やナノ電子デバイスの温度や磁場を超高感度で測定できると期待されます。

【現状】

 蛍光ナノ粉末ダイヤモンドを用いた量子センシングは、ナノスケールでの温度、磁場、化学環境の変化を高感度に計測できる技術として、生命科学やナノテクノロジー分野で大きな注目を集めています。この技術は、細胞内の微小領域やデバイス内部の構造を精密に計測できることから、将来的には癌の超早期診断や極微量ウイルスの検出などの医療分野や、リチウムイオンバッテリーの状態モニタリングなどのスマートデバイス分野での応用が期待されています。しかし、量子センシングの性能は蛍光ナノ粉末ダイヤモンドの電子スピン特性に大きく依存しており、このスピン特性の向上が技術の成否を左右します。特に、従来の蛍光ナノダイヤモンドでは、蛍光強度とスピン特性の両立が難しく、測定感度が劣化するという課題がありました。

【研究成果の内容】

 本研究では、蛍光ナノ粉末ダイヤモンド中のスピン不純物(孤立窒素原子や天然炭素に含まれる約1%の13C同位体)を大幅に減少させ、スピン純度を飛躍的に向上させることに成功しました。また、窒素空孔欠陥中心(NV中心)※4を高効率で生成するためのダイヤモンド成長法およびナノ粒子粉砕法を最適化し、含有されているNV中心が約1 ppm、孤立窒素が約30 ppm、13C同位体が0.01%以下に制御され、平均粒径277 nmの大きさを有するナノ粉末ダイヤモンドを作製しました。その結果、光検出磁気共鳴※5信号(ODMR)が著しく改善され、従来の蛍光ナノ粉末ダイヤモンドと比較して量子コヒーレンス時間が10倍以上延長されました。(図1)

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図1:細胞内の量子グレード蛍光ナノ粉末ダイヤモンドとそのスピン特性

 さらに、これらの蛍光ナノ粉末ダイヤモンドを細胞内に導入し、従来の蛍光ナノ粉末ダイヤモンドに比べてより高感度にODMR信号が検出できることを実証しました。また、バルク結晶のみで実現されていた量子計測法の1つである、超高感度温度測定法「サーマルエコー」も観測することに成功しました。これにより、従来のナノダイヤモンド温度量子センシングに比べて1桁以上感度が向上することを確認しました(図2)。ナノダイヤモンド量子センサの実用に道を開く画期的な成果です。

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図2:サーマルエコー法による超高感度温度測定と従来に比べた測定感度の向上

【社会的な意義】

 本研究は、生命科学やナノテクノロジー分野におけるナノスケールセンシング技術の大きな進展をもたらす可能性を秘めています。蛍光ナノ粉末ダイヤモンドは、優れた光安定性と生体適合性を持ち、既に一部で商用化が始まっている有望な蛍光イメージング材料です。ナノダイヤモンド量子センサの応用が進展すれば、癌などの超早期診断や極微量ウイルス検出といった新しい診断技術の開発が期待されます。また、ナノメートルからマイクロメートルの微小領域で温度や磁場を検出する技術は、リチウムイオンバッテリー内部の状態モニタリングなど、スマートデバイスの革新的な性能向上にも貢献すると期待されています。本研究を通じて量子センシング技術が進展することで、蛍光ナノ粉末ダイヤモンドのバイオ医療やスマート電子技術分野での幅広い商用化が期待されます。

【論文情報】

論文名 Bright quantum-grade fluorescent nanodiamonds
邦題名 「高輝度量子グレード蛍光ナノ粉末ダイヤモンド」
掲載紙 ACS Nano
著者 Keisuke Oshimi, Hitoshi Ishiwata, Hiromu Nakashima, Sara Mandić, Hina Kobayashi, Minori Teramoto, Hirokazu Tsuji, Yoshiki Nishibayashi, Yutaka Shikano, Toshu An, Masazumi Fujiwara
DOI 10.1021/acsnano.4c03424
URL https://doi.org/10.1021/acsnano.4c03424

【研究資金】

  • 独立行政法人日本学術振興会「科学研究費助成事業」
    ‣基盤A・24H00406,研究代表:藤原正澄
    ‣基盤A・20H00335,研究代表:藤原正澄
    ‣国際共同研究強化(A)・20KK0317,研究代表:藤原正澄
    ‣特別研究員奨励費・23KJ1607,研究代表:押味佳裕
  • 国立研究開発法人科学技術振興機構
    「先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)次世代のためのASPIRE」
    (JPMJAP2339,研究代表:鹿野豊(筑波大学)
  • 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構
    「官民による若手研究者発掘支援事業」
    (JPNP20004,研究代表:藤原正澄)
  • 国立研究開発法人日本医療研究開発機構「ムーンショット型研究開発事業」
    (JP23zf0127004,研究代表:村上正晃(北海道大学))
  • 国立研究開発法人科学技術振興機構 未来社会創造事業 「共通基盤」領域 本格研究
    (JPMJMI21G1,研究代表:飯田琢也(大阪公立大学))
  • 国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業さきがけ
    (JPMJPR20M4,研究代表:鹿野豊(筑波大学))
  • 国立研究開発法人科学技術振興機構 科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業
    (JPMJFS2128, 研究代表:押味佳裕(岡山大学))
    (JPMJFS2126, 研究代表:マンディッチサラ(岡山大学))
  • 公益財団法人 山陽放送学術文化・スポーツ振興財団「研究助成」(研究代表:藤原正澄)
  • 公益財団法人 旭硝子財団「研究助成」(研究代表:藤原正澄)
  • 文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」(JPMXP09F21OS0055)
  • 国立研究開発法人科学技術振興機構 創発的研究支援事業
    (JPMJFR224K,研究代表:石綿整(QST))
  • 公益財団法人 村田学術振興・教育財団「研究助成」(研究代表:石綿整(QST))

【補足・用語説明】

※1 蛍光ナノ粉末ダイヤモンド:
ダイヤモンド中に存在する窒素欠陥中心によって赤い発光を示す、ナノメートルサイズのダイヤモンド粉末粒子。褪色がなく安定した蛍光を半永久的に示す蛍光材料。生体毒性も低く、バイオイメージングなどに利用されている。

※2 量子コヒーレンス:
量子力学において量子状態が外部からの影響を受けずに一貫性を保ちながら情報を保持できる性質。温度測定の場合、ダイヤモンド窒素欠陥中心の電子スピン状態が温度情報を感じることのできる時間であり、コヒーレンスが失われると温度測定の精度が低下する。

※3 量子センシング:
量子力学の原理に基づいてさまざまな物理量を超高感度に計測することができる。特に蛍光ナノ粉末ダイヤモンドでは、窒素欠陥中心が有する電子スピン状態を、量子力学の原理に基づいて操作・検出することで、さまざまな物理量(磁気・温度・電気)を超高感度に計測することができる。

※4 窒素空孔欠陥中心(NV中心):
ダイヤモンドの炭素格子中に含まれる結晶欠陥の1つ。窒素原子と隣接する空孔から構成され、緑色の光を吸収して赤い蛍光を示す。この蛍光は、光検出磁気共鳴を示し※5、これが磁場や温度によって影響されるため、蛍光を通したセンシングが可能。超高感度計測が可能な量子センサとして注目され、生体内での温度や磁場の計測、量子情報技術などで注目されている。

※5 光検出磁気共鳴:
光検出を通して電子スピンとマイクロ波の共鳴を観測する手法。蛍光ナノ粉末ダイヤモンドの場合、2.87 GHz付近のマイクロ波を照射すると、電子スピン共鳴が生じ、それが蛍光輝度の減少に表れる。

令和6年12月23日

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