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ソフトロボットハンドを農業の未来に

ソフトロボットハンドを農業の未来に

【ポイント】

  • 柔軟性を持つ素材で作られたスキンが回転運動で変形することにより、大きさの異なる農作物を優しく掴んで収穫する汎用ソフトロボットハンド「ROSEハンド」に対し、有限要素解析ソフト「Abaqus」を用いて、把持動作によるスキンの変形に関する非線形解析を行いました。
  • この解析により、把持性能や材料特性、幾何学的なパラメータなど、形態学的特徴の関係性を調査しました。
  • 農作物の収穫など挑戦的な活用における「ROSEハンド」の可能性を示唆するデモンストレーションを行いました。
 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)ナノマテリアル・デバイス研究領域のHo Anh Van准教授、人間情報学研究領域のNguyen Huu Nhan助教、Nguyen Thanh Khoi大学院生(博士後期課程)らの研究グループは、実環境における様々な種類の農産物を収穫するため、座屈現象を利用した新しいソフトロボットハンドを提案しました。

【研究の内容】

 近年、産業用ロボットの導入により、ロボットハンドは様々な業界において必要不可欠となっています。特に、農業分野では包装や収穫作業等、幅広く使用されています。農業の発展に伴い、ロボットハンドが対象とする農作物は、それら特有の幾何学的な形状や物理特性に合わせて、多種多様となってきています。その複雑性は、農業特有の技術的要件と相まって、従来のロボットハンドの課題となっています。そのため、形状やサイズ、質感など様々な属性を持つ農作物に適応可能な汎用性の高いロボットハンドの需要が高まっています。
 既存の手法において、ロボットハンドは、データに基づくモデルによって生成される複雑な制御や動作計画に依存しています。これには膨大なデータベースと複雑な設計を必要とするため、既存の手法では限界になってきています。そのため、革新的な解決法の開発が急務となっています。以前、我々のグループでは、新たなソフトロボットハンドである「ROSE(ROtation-based Squeezing GrippEr)ハンド」を開発しました(※)。これは農業における実環境下の収穫作業に対し、よりシンプルで効果的な方法を提供するものです。(図1A)。
(※) https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/07/14-1.html
 「ROSEハンド」は、薄く柔らかい弾性体である内側と外側の2枚の層で形成されています。これらの層の間には空間があり、内側の層を回転させることにより層が変形し、「ROSEハンド」本体の内部に「しわ」が生じます。(図1B)。この特有な変形によって、この中央の空間は徐々に収縮し、この空間内にある対象物を優しく掴むことが可能となります。
 本研究では、「ROSEハンド」が持つ「掴む」メカニズムを最適化するため、柔らかい素材の複雑な非線形変形をシミュレーションすることができるソフトウェア「Abaqus」を使用しました。非線形性を持つ弾性体は、変形(曲げることや伸びること)しても元に戻る特性を持ちます。その力学的な挙動をモデリングすることは大きな課題となっています。「Abaqus」は、この特性に対処する高度なコンポーネントと制御モジュールを備えており、「ROSEハンド」が持つ複雑性について正確なシミュレーションを行うことができます。
 「ROSEハンド」の機能の根幹には、回転動作により発生する「しわ」が生じる「ねじり」の現象があります。「ROSEハンド」の内側の層が外部モータによって「ねじり」の運動を受けると、外側の層と内側の層で「ずれ」が生じます。(図1A)。この「ずれ」は、「ROSEハンド」の縁周辺に不均一な「ひずみ」をもたらし、この「ひずみ」がある点から力が加わると「しわ」の形成に繋がります。この「しわ」によって、「ROSEハンド」の縁が狭まることにより、把持動作が可能となっています。「Abaqus」によるシミュレーションの結果、形態学的な特徴(高さ、直径、厚さ)と把持機能の相関関係が明らかになりました。この発見により、「ROSEハンド」の形状設計を最適化することで、全体的な性能を向上させることができ、これにより改良された「ROSEハンド」で、従来のロボットハンドでは困難であった様々なタスクを検証しました。
 本研究では、農業での「ROSEハンド」の実用化が収穫作業における画期的な変化となり得ることを見出しました。農作物のようなデリケートなものを扱うには、従来のロボットハンドでは様々なハードルがありましたが、改良後の「ROSEハンド」は様々な形状や質感に適応可能なため、収穫のような作業に非常に効果的です。

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図1. ROSE Design and Wrinkles formation mechanism.

 本実験では、「ROSEハンド」でキノコ(図2A)やイチゴ(図2B)のような作物の収穫を行いました。これらのように柔らかい・硬いに関わらず確実に把持することができ、収穫作業の高い成功率を保証することができました。この「ROSEハンド」による収穫機能は、収穫作業の効率を向上させるだけでなく、高齢化に直面している地域での労働力不足にも効果があります。収穫作業を自動化することにより、「ROSEハンド」は農業の持続可能な効率化に貢献し、農業の未来に不可欠なツールとなります。

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図2. A) ROSE harvesting mushroom and B) ROSE harvesting strawberry

【今後の展開】
 この研究成果がもたらすインパクトは、科学的な研究とその応用の両方から述べることができます。まず、科学的なインパクトは、世界で初めて弾性体の持つ「しわ」の現象を把持機能へ応用したことです。「ROSEハンド」は、通常のロボット設計者が持つ弾性体に現れる「しわ」を引き起こす「たわみ」が望ましくないという一般的な考えを変えることができます。次に、応用面では、「ROSEハンド」の実用性は様々な分野の用途で有望視されています。例えば、「ROSEハンド」の持つ特性により、食品工場などにおける食品のハンドリングや本研究で示した農業の収穫だけでなく、箱詰めのような他の農作業へも利用することが可能です。
 本研究では、「ROSEハンド」が農作業の自動化に貢献できることを明らかにしました。また、「ROSEハンド」の活用を他分野に応用することを視野に入れ、日本が直面している労働力不足解消に重要な役割を担うことが期待されます。

 本研究成果は、2024年9月23日に、ロボティクス分野の主要ジャーナル「International Journal of Robotics Research」(米国SAGE Publications社)に掲載されました。

【論文情報】

雑誌名 International Journal of Robotics Research
論文題目 Soft yet secure: Exploring membrane buckling for achieving a versatile grasp with a rotation-driven squeezing gripper
著者 Khoi Thanh Nguyen, Nhan Huu Nguyen, and Van Anh Ho
DOI 10.1177/02783649241272120

令和6年9月26日

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