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「長い記憶」を有する環境変動に対する新たなリスク評価方法論を構築 ~オーリッチ空間の包含関係が導く数理と環境の融合~

「長い記憶」を有する環境変動に対する新たなリスク評価方法論を構築
~オーリッチ空間の包含関係が導く数理と環境の融合~

ポイント

  • 「長い記憶」を有する環境変動の不確実性を定量化するための系統的な数理的枠組みを新たに構築しました。とくに、オーリッチ空間と呼ばれる関数空間の間の包含関係に着目し、どのような環境変動データに対してどのようなリスク指標に適用できるのかを解明しました。
  • 環境変動を評価・予測する際に生じる意思決定の支援が期待できます。また、提案手法を石川県を流れる一級河川手取川(てどりがわ)の河川流量データに応用しました。
 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)トランスフォーマティブ知識経営研究領域の吉岡秀和准教授及び岐阜大学応用生物科学部の吉岡有美准教授は、「長い記憶」を有する環境変動の不確実性を評価するための様々なリスク指標について、応用数学的な視座から系統的に整理する新しい方法論の構築に成功しました。また、提案手法の応用事例として、石川県を流れる一級河川手取川の河川流量データを検討しました。本研究の成果によってどのような環境変動に対してどのようなリスク指標を適用できるのかが整理されたことで、環境や資源の管理に関係する様々な場面で生じる意思決定を支援できると期待されます。

【研究の背景】

 環境と人間の持続的共存が重要課題であることは言うまでもありません。持続的共存を実現していくためには、身の回りにある様々な環境の変化を定量化し、日々の営みが環境に与える影響を調査する必要があります。環境はダイナミックに変化していくことから、その変遷すなわち環境変動を評価・予測できる方法論について世界中で盛んに研究されています。その中でも、現象を数式で表現する数理モデリングという方法が広く用いられています。近年では環境変動を長記憶過程[用語説明]とし、実データと整合するフレキシブルな数理モデリングが研究されています。

 私たちが観測できる環境変動のデータには、量と質の双方について限界があります。例えば、技術や費用の制約から観測の頻度を一定以上に密にすることができず、データの量が制約される場合があります。分析に時間を要する水質項目の測定等がこれに該当します。大量のデータを取得できたとしても、観測の機器や手法に起因して誤差の混入を避けられず、データの質が制約される場合もあります。量と質の双方が制約されることがほとんどです。そのため、環境変動の数理モデリングではデータの量と質が完全ではないという認識が重要です。こうした不完全性の問題は洪水や渇水、熱波や豪雪などの極端な事象、すなわちリスクの評価を数理モデリングに基づいて行う際の障壁となり得ます。長記憶過程に対しては、その数学的な複雑さからこの問題がより顕著となります。既往研究では数多くのリスク指標が提案されていますが、それらの適用性と限界についての知見は十分ではありません。「どのような現象に対してどのようなリスク指標を適用できるのか」という疑問に答える意義は極めて大きいと考えられます。

【研究の内容】

 本研究は理論と応用の双方に渡ります。

理論面
 本研究では、重ね合わせオルンシュタイン=ウーレンベック過程(Superposition of Ornstein-Uhlenbeck processes。以下「supOU過程」という。)と呼ばれる長記憶過程のシンプルな数理モデルに着目しました。supOU過程は様々な種類の変動及び記憶の長さを持つデータを表現することができ、なおかつ解析的な取扱いが比較的容易なモデルです。本研究では、「どのような現象に対してどのようなリスク指標を適用できるのか」という疑問に回答すべく、オーリッチ(Orlicz)空間[用語説明]と呼ばれる数学概念を用いることを提案しました。ひとつのリスク指標にはひとつのオーリッチ空間が付随するという対応関係に着目し、オーリッチ空間の間の包含関係がリスク指標の適用性の広さを表現すると解釈できることを見出しました。より具体的には、より大きなオーリッチ空間が付随するリスク指標はより記憶が長いsupOU過程のリスク評価に適用可能であることを解明しました(図1)。すなわち、数学概念を環境変動という実現象と結びつける、新しい視座を得たと言えます。
 以上の他にも、不確実性下でモデルの予測がどのようにずれ得るのかを理論的に検討しました。

応用面
 提案手法を、石川県を流れる一級河川手取川の鶴来(つるぎ)地点における1時間毎河川流量データに適用しました(図2)。データの期間は2003年5月1日から2022年12月31日の約20年間です。手取川流域が記録的な洪水(2022年)と渇水(2023年)に見舞われたことは記憶に新しく、この河川の環境変動を分析することは工学的に重要であると考えられます。オーリッチ空間に基づくリスク指標の整理により、鶴来における河川流量データにどのようなリスク指標を適用できるのかを詳細な分析に先立って明らかにすることができました。解析結果の一例として、2003年5月1日~2020年12月31日(記録的な洪水を含まない)のデータから同定したsupOU過程は、2021年1月1日~2022年12月31日(記録的な洪水を含む)のデータを再現する際に平均、分散、歪度、尖度について21~36%の相対誤差を含むことを示しました。複数のリスク指標に基づく、鶴来の河川流量に対する洪水側・渇水側の多角的評価も行いました。こうした研究結果は、環境変動を評価・予測していくに際して広く応用できることが期待されます。

 本研究成果は、2024年3月26日に学術雑誌「Chaos, solitons & Fractals」(Elsevier社発行)のオンライン版で公開されました。

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図1 提案手法の概念図。より大きいオーリッチ空間が付随するリスク指標はより広範な長記憶過程に適用することができる。図は3つの空間の包含関係の例。

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図2 鶴来地点の概要:(a)鶴来地点と本学の位置、(b)鶴来(2024年2月21日)、(c)鶴来の河川流量。

【論文情報】

掲載誌 Chaos, Solitons & Fractals
論文題目 Generalized divergences for statistical evaluation of uncertainty in long-memory processes
著者 Hidekazu Yoshioka, Yumi Yoshioka
掲載日 2024年3月26日
DOI doi.org/10.1016/j.chaos.2024.114627

【研究助成】

 本研究は、日本学術振興会の科研費若手研究(22K14441)の支援を受けて実施しました。

【用語説明】

長記憶過程:
過去の出来事が未来に与える影響が指数関数よりも遅く減衰する(長い記憶を持つ)データのこと。自己相関係数と呼ばれる、過去の影響の減衰を数値化した指標を用いて評価することが多い。このような現象は私たちの身の回りに数多く存在する。

オーリッチ(Orlicz)空間:
関数が増加するスピードを詳細に評価するために解析学の分野で導入された概念。

令和6年3月28日

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