高分子溶液の界面が空間の有限性を自ら認識してパターン形成するメカニズムを解明
高分子溶液の界面が空間の有限性を自ら認識してパターン形成するメカニズムを解明
ポイント
- 水の蒸発界面で起こる散逸構造「界面分割現象」のメカニズムを解明
- 非平衡状態の界面が、空間有限性を自ら認識して自己組織化的にパターンを形成することを実証
- 界面分割現象を無次元数によって検証し、物質やスケールに依らない普遍的技術を示唆
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)、サスティナブルイノベーション研究領域の、博士後期課程WU, Leijie大学院生、本郷研太准教授、桶葭興資准教授らは、高分子や生体物質などのソフトマテリアルに現れる散逸構造「界面分割現象」において、空間有限性の重要性を示した。これまで、この構造理解において界面の境界条件や体積変化が曖昧に扱われてきたが、界面における物質密度の増加が空間有限性を認識し、パターン形成が導かれることが解明された。 |
桶葭准教授らの研究グループは、自然界の乾燥環境がつくる水の蒸発界面に着目し、これまでに、散逸構造[用語解説1]である『界面[用語解説2]分割現象』を報告している。これは、多糖の水溶液を乾燥環境下におくと、まるで界面から芽が出るようにセンチメートル単位で多糖が析出し界面が複数に分割される現象である。特に、高分子水分散液の粘性流体に熱エネルギーが与えられると、水の蒸発に伴って界面直下の高分子密度がゆらぎ、特異的な場所で高分子が析出して界面が分割されることが分かっている。しかしながら、この現象の制御に関する温度や蒸発速度などの物理化学的な必要条件は明らかになったものの、物質やスケールに依らない普遍的パラメータで表現できていなかった。
そこで今回の研究では、粘性流体の実モデルとして高分子多糖ペクチン[用語解説3、4]の微粒子水分散系を用い、流れの状態を理解するため、その無次元数「レイノルズ数」[用語解説5]を検証した。さらに、流体力学的アプローチのみならず、統計確率や時空間解析から分析を進めると、粘性流体の界面は、空間の有限性を自ら認識して核の数を決めていることが明らかとなった(図)。
水の蒸発界面直下では微粒子がクラスター化し、界面における物質密度が増加すると、その核前駆体の位置が時間をかけてパターン形成位置を決定する。これは、水の蒸発と微粒子析出が両立した非平衡開放系として合理的である。実際、DRYでWETな非平衡環境が整った系であり、レイノルズ数が著しく小さくなった10-6以下の、流体の粘りが極めて強い状況で分割現象が起こった。複数の核が形成する際は非同期であったことからも、界面が両端の境界を認識しながら蒸発界面を拡げるようにして再配置したと考えられる。
今回、界面分割現象を無次元数によって検証したことにより、物質やスケールに依らない普遍的技術に応用できる可能性が示唆された。この界面分割現象の理解は、流体力学、マイクロフルイディクス(マイクロ流体力学)、非平衡科学、コロイド科学、界面科学、高分子科学、材料科学、生物学など様々な分野のみならず、生命に在る散逸構造の解明に極めて有用である。
本成果は、2023年9月19日(米国東部標準時間)に科学雑誌「Advanced Materials Interfaces」誌(WILEY社)のオンライン版で公開された。
なお、本研究は、文部科学省科研費 基盤研究B(JP21H01998)、文部科学省科研費 新学術領域研究(JP22H04532)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業(JPMJFR201G)、および公益財団法人旭硝子財団 若手継続グラントの支援のもと行われた。
【参考動画】
下記のサイトにて、パターン形成の様子を動画で見ることができます。
https://onlinelibrary.wiley.com/action/downloadSupplement?doi=10.1002%2Fadmi.202300510&file=admi920-sup-0002-MovieS1.mp4
【今後の展開】
生物を含め自然界には散逸構造が多様に在る中、空間の有限性を明確に扱うことで、パターン形成初期に何が起こっているのか、詳しいメカニズムを解明することが期待できる。
【論文情報】
掲載誌 | Advanced Materials Interfaces (WILEY社) |
題目 | Recognition of Spatial Finiteness in Meniscus Splitting Based on Evaporative Interface Fluctuations |
著者 | Leijie Wu, Isamu Saito, Kenta Hongo, Kosuke Okeyoshi* |
DOI | 10.1002/admi.202300510 |
掲載日 | 2023年9月19日(米国東部標準時間) |
【用語解説】
*1 散逸構造:熱力学的に平衡でない状態にある開放系構造を指す。すなわち、エネルギーが散逸していく流れの中に自己組織化のもとが発生する、定常的な構造である。定常開放系、非平衡開放系ともいう。散逸構造系は開放系であるため、エントロピーは一定範囲に保たれ、系の内部と外部の間でエネルギーのやり取りもある。生命現象は定常開放系としてシステムが理解可能であり、注目されている。マランゴニ対流、チューリングパターン、ベローソフ・ジャボチンスキー反応などが有名。
*2 界面:ある均一な液体や固体の相が他の均一な相と接している境界のこと。
*3 多糖:グリコシド結合によって単糖分子が多数重合した物質の総称である。デンプンなどのように構成単位となる単糖とは異なる性質を示す。核酸やタンパク質と並んで、医工学に有用な生体高分子として期待されている。
*4 ペクチン:植物の細胞壁や中葉に含まれる複合多糖類で、ガラクツロン酸が α-1,4-結合したポリガラクツロン酸が主成分。食品工業では増粘安定剤として使われており、オレンジ、グレープフルーツ、シトラス、レモン、リンゴなどから酸抽出される。ジャム・ゼリーなどのゲル化剤やヨーグルト飲料などの乳タンパク安定剤として使用される。
*5 レイノルズ数:レイノルズ数は流体力学において慣性力と粘性力との比で定義される無次元数。流れの中でのこれら2つの力の相対的な重要性を定量している。無次元数を用いることで、現象を単位系やスケールなどに依存しない、一般化された尺度で整理できる利点がある。レイノルズ数が極めて小さな領域は、微生物の活動などが相当する。
令和5年9月22日