都市部における街路の配置と行ける目的地が歩行行動に影響
都市部における街路の配置と行ける目的地が歩行行動に影響
ポイント
- 小売店、教育機関、レクリエーション施設に容易にアクセスできるよう良好に連結された街路の配置が、これらの目的地への歩行を促すことを調査・分析しました。
- 統一化された街路の配置に沿って戦略的に目的地を置くことが、より活動しやすい都市環境につながることを示しました。
- 交通手段としての歩行を対象とした公衆衛生の分野において、街路の連結性の向上と目的地の利用可能性の向上に焦点を当てる介入に向けた示唆となりました。
北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)創造社会デザイン研究領域のクサリ・モハマドジャバッド(KOOHSARI MohammadJavad)准教授らの研究グループは、都市部における「街路の配置」と人々の「歩行行動」の関連を調査し、目的地がこれらの関連を仲介するかについて考察しました。これまで歩行行動が街路の連結性と関連することはわかっていましたが、今回は、目的地に行ける可能性が特定の街路配置における歩行行動に影響するという仮説を立て、これを検証することにより、都市設計と健康科学を前進させることを目指しました。 分析結果により、街路の統一が、交通手段としての歩行に影響することが判明し、将来的に住民の生活を改善するための都市部の(再)設計につながることが期待できます。 |
【研究の背景と具体的な研究の内容】
体を動かすことが心身の健康に効果的であることはよく知られていますが、残念ながら、都市部に住む多くの人は、これらの効果を享受するのに十分な身体活動を行っていません。この身体活動の不足に寄与する要因としては、生物学的、家庭的、政治的のほか「建築環境」の可変要素があります。これまでの研究によれば、都市住民にとって、歩行が無意識の選択肢、または望ましい選択肢となるような機会を提供することで、「建築環境」はより多くの身体活動を促進できます。現在、近所での歩行行動が、街路の連結性や目的地に行ける可能性と関連することが示されていますが、この関係を定量化するための経験的証拠が少なく、かつ、これまで入手できた知見のほとんどが比較不可であることが課題となっています。
北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)のMohammad Javad Koohsari准教授(早稲田大学の研究員を兼任)は、アルバータ州のAlberta's Tomorrow Project (ATP) [用語説明]と提携したチームを率いて、目的地へ行ける可能性が街路の配置と歩行行動の関連性をいかに高めるかを理解するため、スペースシンタックス[用語説明]の重要な理論に焦点を当てました。本研究は、早稲田大学の岡浩一朗教授、東北大学の中谷友樹教授、カルガリー大学のGavin R. McCormack准教授と共同で実施しました。
これまでの研究から、歩行行動が街路の連結性と関連することがわかっていましたが、今回は、目的地に行ける可能性が特定の街路配置における歩行行動(レジャーまたは交通手段)に影響するという仮説を立て、これを検証することにより、都市設計と健康科学を前進させることを目指しました。スペースシンタックス理論は、空間と社会を結ぶ理論を取り入れた、科学に基づく人間中心の技術です。スペースシンタックス理論を用いることで、連結された街路の目的地が歩行行動にいかなる影響を与えるかについての客観的検討が容易になります。
街路の連結性の定量化を行う際、研究チームは従来のツールより有用な方法としてこのスペースシンタックス理論を活用しました。交差点の密度や街区の大きさに依存する他のアプローチでは、街路の連結性を正確に定量化することはできません。スペースシンタックス理論では、特定の街路配置が歩行者の流れを誘導する能力についても計測することができます。研究チームは、目的地が歩行行動にいかに影響するかを理解するため、これら目的地に関する計測を分析に含め、歩行(レジャーまたは交通手段)の性質に関するデータ収集のためにアンケートを用いました。このデータにより、歩行の目的がどのように街路の統一や歩行時間に関連するかを理解することが可能となりました。
分析の結果により、街路の統一が、交通手段としての歩行に影響することが判明しました。重要な点は、この関係を強化したのが「目的地に行ける可能性」であったということです。なお、レジャーとしての歩行に限っていえば、歩く距離と街路の統一度の間には、重要な関係がありました。
これらの結果は、目的地や異なるタイプの歩行行動の客観的計測値に基づき、街路の連結性や歩行に関する従前の知見をさらに詳しく述べたものであるという点で、興味深いものです。また、調査対象の人数の多さ(12,378人の成人)も結果の信用度を高めています。
本研究成果は、住民の生活を改善するための都市部の設計・再設計につながるものと期待されます。具体的に、小売店、教育機関、レクリエーション施設に容易にアクセスできるよう良好に連結された街路の配置が、これらの目的地への歩行を促します。また、統一化された街路の配置に沿って戦略的に目的地を置くことが、より活動しやすい都市環境につながります。
本研究成果は、2023年8月15日に、学術雑誌「Journal of Urban Health」(Springer Nature社発行)に掲載されました。
なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費基盤研究(C)(23K09701)、基盤研究(B)(20H04113)および基盤研究(A)(20H00040)、並びにCanadian Institutes of Health Research Foundations Scheme Grant(FDN-154331)の助成を受けて実施しました。
【今後の展開】
今回の研究では、街路の統一と交通手段としての歩行に関連があることが判明しましたが、レジャーウォーキングとの間には、有意な関連は認められませんでした。この結果は、建築環境要素とレジャーウォーキングとの関連が示されないという一部の先行研究と一致しています。このことから、歩行行動の相関要因は、歩行の目的により異なる可能性も示唆されました。
余暇の活動としてのウォーキングは、建築環境要素に依存する可能性が交通歩行のそれよりも低いかもしれません。一方で、美観、ならびに交通事故や犯罪からの安全性など、いくつかの建物環境属性は、レジャーウォーキングにとって重要かもしれません。将来、歩行の目的に応じて層別化された歩行の相関要因をさらに探求することが求められます。
イメージ図. 歩行を促進するための建造環境への介入
目的地へ行ける可能性が、都市部における街路の配置と歩行行動の関連に影響を与える。
[flickrより引用]
【論文情報】
雑誌名 | Journal of Urban Health |
題 目 | Urban Form Metrics for Promoting Walking: Street Layouts and Destinations |
著 者 | Mohammad Javad Koohsari*, Koichiro Oka, Tomoki Nakaya, Gavin R. McCormack |
掲載日 | 2023年8月15日 |
DOI | 10.1007/s11524-023-00775-2 |
【用語説明】
がんや慢性疾患の原因や予防策を明らかにすることを目的とした、カナダ・アルバータ州最大の長期的健康調査。
空間構造を定量的に解析するための理論。空間の捉え方によって様々な対象を解析できるスペースシンタックス理論は、建築内部空間から都市などの外部空間まで、幅広い領域で適応することができる。特に本研究では、道路間の接続の度合い(道路ネットワーク)に着目し、道路の統合と特定の道路がエリア内の他の道路とどの程度接続されているかを数値化している。
令和5年8月31日