特異な最小化原理に基づき、新しい確率論的「橋」の数理モデリングに成功 -環境・資源・エネルギー問題等の研究に寄与する新たな方法論-
特異な最小化原理に基づき、新しい確率論的「橋」の数理モデリングに成功
-環境・資源・エネルギー問題等の研究に寄与する新たな方法論-
ポイント
- 環境・資源・エネルギーなどに関わる様々な問題を研究するうえで、"ランダムでありながら規則性を持って時間変動する"システムの数理モデル化が極めて重要です。
- 特に、システムが開始時刻と終了時刻の双方で必ず指定された状態に至る「橋」(Stochastic bridge)と呼ばれるクラスのモデルは、保険や金融、計算科学などの多様な分野の問題においても広く現れるため、盛んに研究が行われてきました。
- しかしながら、ジャンプ(データの不連続性)を伴う「橋」については、構造の複雑さからシンプルなモデル化が困難であるとされており、これまで知見の蓄積がごく限定的でした。
- 本研究では、特異な最小化原理に基づき、ジャンプを伴い、なおかつ厳密解が求まるという著しいシンプルさを有する「橋」の数理モデル導出に成功しました。
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)トランスフォーマティブ知識経営研究領域の吉岡秀和准教授、およびUniversity of Queensland School of Mathematics and Physics(オーストラリア)の山崎和俊Senior Lecturerは、特異な最小化原理に基づいて、ジャンプ(データの不連続性)を伴い、なおかつ厳密解が求まる「橋」と呼ばれるクラス内の新しい数理モデル導出に成功しました。これにより、環境、資源、エネルギー、経済を含む極めて広範な研究分野において現れる、ランダムネスを伴う様々な現象の解析や制御に対する新しい数理的方法論を与えることができたといえます。 |
【研究の背景】
気温や水温、水位、水質、空に見える雲の量など、私たちの身の回りにある自然環境を表す様々な指標は、ランダムに時間変動するデータ、すなわち確率過程(Stochastic process)[用語説明]として数学的に記述することができます。同様に、エネルギーや経済、保険や金融といった分野における株価や資産価値などの時間変動や、太陽の黒点数の推移、プラズマの挙動など、私たちの世界を取り巻く様々な現象も確率過程として捉えることができます。このように、確率過程はごく身近に、普遍的に存在しているものです。こうしたことから、数理科学をはじめとした研究分野では、現象の最適化や将来予測などを目指して、確率過程の基礎から応用にわたる多種多様な研究が行われてきました。
なかでも、豪雨による突発的な洪水や株価の暴落など、ごく短時間で劇的な変化を伴う確率過程はジャンプ過程と呼ばれます。ジャンプ過程の制御において、いかに費用対効果を高めるかという問題は、数理的にはもちろん、人類の持続可能な発展とも関わる重要な課題です。しかしながら、所定の時刻に所定の状態になっているべき(例:〇〇時に河川の水位が△△メートルとなるように流況を制御する、等)、すなわち始点と終点が固定された確率過程である「橋」というクラスについては、ジャンプがある場合の構造の複雑さから、これまで知見の蓄積が限定的でした。
【研究の内容】
こうした問題背景のもと、吉岡准教授らは確率制御理論[用語説明]に依拠して、ジャンプを伴い、なおかつ厳密解が求まるという著しいシンプルさを有する新しい「橋」の数理モデルの導出に成功しました(図1)。具体的にはまず、オルンシュタイン・ウーレンベック過程と呼ばれる最もシンプルなジャンプ過程のひとつを考え、その制御に必要なエネルギー汎関数を最小化しつつ、終点を固定まではせず緩くだけ制約する確率制御問題を考えました。この緩く制約された確率制御問題については、厳密解を求めることができます。そのうえで、終点の緩い制約を終点の固定へと、すなわち制約の強さを無限大に飛ばすことで、厳密に解けるという有用な性質を失うことなく「橋」を構成できることを示しました。数学的には、有限時間で解が爆発する特異な確率制御問題によりジャンプを伴う新しい「橋」を構成した、といえます。さらに本研究では、オルンシュタイン・ウーレンベック過程を発展させた自己興奮型ジャンプ過程(Self-exciting jump process)[用語説明]についても、近似の意味で同手法が通用することを示しました。
以上の理論的な結果については、モンテカルロ法による数値シミュレーションによって妥当性を確認しました。さらには、実社会への応用として、広島県江の川における河川流量の時系列データをオルンシュタイン・ウーレンベック過程としてモデル化することで、「橋」による河川流況の制御に関する数値計算の萌芽的な結果を得ました。
本研究成果は、2023年5月15日(現地時間)にIEEE(米国電気電子学会)が発行する学術雑誌「IEEE Control systems Letters」で公開されました。
図1:本研究で構成した「橋」X*の数値シミュレーション結果です。横軸tは時刻を表しています。この図の計算例では、時刻0と時刻1においてX*がちょうど0という値をとるように構成しています。異なる線の色や太さは、異なる「橋」X*を表しています。この図では、各X*が互いに異なるランダムな挙動をしているにも関わらず、1という決められた時間に0という決められた状態に、いずれも数値計算誤差の範囲内で到達しています。
【今後の展開】
本研究による「橋」の数理モデルに基づいて、環境、資源、エネルギー、経済、物理などを含む極めて広範な研究分野において現れる、ランダムネスを伴う数多の現象の解析や制御に対する新しい数理的方法論を与えることができたと考えられます。
【論文情報】
掲載誌 | IEEE Control systems Letters(Volume: 7, Pages: 1536 - 1541) |
論文題目 | A Jump Ornstein-Uhlenbeck Bridge Based on Energy-Optimal Control and Its Self-Exciting Extension (エネルギー最小化制御に基づいた跳躍型オルンシュタイン・ウーレンベック橋と、その自己興奮版への拡張) |
著者 | Hidekazu Yoshioka, Kazutoshi Yamazaki |
掲載日 | 2023年5月15日(現地時間) |
DOI | 10.1109/LCSYS.2023.3271422 |
【研究助成】
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費基盤研究(B)(22H02456)および若手研究(22K14441)、ならびにThe start-up grant by the School of Mathematics and Physics of the University of Queenslandの助成を受けて実施しました。
【用語説明】
ランダムに変動する時系列データのこと。
確率過程を望ましい状態に遷移させることを目的とした制御理論のこと。
ジャンプの発生頻度に粗密性がある時系列データを表現する確率過程のこと。クラスター的に密にジャンプが発生しやすい一方で、ジャンプが発生しない時間がしばらく続くこともあるという、メリハリがある性質を持つ。例えば、日本では梅雨の時期にまとまった雨が降り、河川の流量がジャンプ的に増大しやすい。
令和5年5月17日