高性能蓄電材料の充電特性をスーパーコンピュータを用いたシミュレーションで解明
高性能蓄電材料の充電特性を
スーパーコンピュータを用いたシミュレーションで解明
ポイント
- 発電した電力をロスなく内部に備蓄できる固体素材の研究開発が盛んに進められている。
- これまで、高い備蓄効率を示す材料が発見されているが、なぜ高効率が実現されるのかというメカニズムが不明であった。これは、そのメカニズムを解析するための根本情報である固体素材の内部構造を実験的に解明することが困難なことによるものである。
- スーパーコンピュータによるシミュレーションを用いて、この素材の内部構造を明らかにし、高い備蓄効率が実現する理由を解明した。これにより、更なる備蓄効率の高効率化に向けた改良につながることが期待される。
【背景と経緯】
電力も、燃料や通貨のように「いざという時のため」の余剰を備蓄することが出来れば、昨今問題となっている電力需給の逼迫を回避することができます。しかし、このような電力貯蔵システムを実現するためには、現在用いられている蓄電材料(キャパシタ材料)では性能がまだ十分ではなく、「より多くの電荷を効率的に貯蔵できる」、「より素早く充放電できる」といった特性改善を実現するための材料開発が盛んに進められています(擬キャパシタ材料の開発)。
これまで、コバルト水酸化物と呼ばれる固体材料が、擬キャパシタ材料として優れた特性を示すことが指摘されてきましたが、その内部で、どのようなメカニズムによって高い備蓄効率を実現しているのかは未解明となっていました。そのため、この材料をさらに改良できないか、あるいは、より高効率な材料を見出せないかといった、次の開発に繋げることができない状況にありました。
また、この備蓄効率メカニズムを解析するには、この材料が、どのような原子配列で固体を形成しているかという情報が必要となります。充電特性を担うのは電子であり、「どのような原子配列の中を電子が運動するか」によって材料の特性は大きく変化します。通常、固体の原子配列はX線を用いた実験を用いて明確にされます。しかし、当該系については、長年広く知られていた最も基本的な情報が近年になって修正されるといった混乱がありました。充電特性を解明するのに必要な詳細な配列位置情報を実験的に同定するのは原理的にも難しい問題として知られており、こういったことからも、当該系における当該物質の充電特性メカニズムの解明が進んでいませんでした。
一方、近年では大型のスーパーコンピュータを用いたシミュレーション技術によって量子力学の方程式に基づいた理論計算が大きく実用性を伸ばしています。当該系のように原子配列を実験的に同定することが難しいケースに、スーパーコンピュータを用いて、問題解決を図る研究が盛んに進められています。
【研究の内容】
今回、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)サスティナブルイノベーション研究領域の本郷研太准教授は、奥村健司大学院生(博士後期課程2年)、東間崇洋元大学院生、前園涼教授との共同研究により、密度汎関数法第一原理計算[用語解説1]と呼ばれる手法を用いて、当該系の充電特性にかかる原子配列情報の完全な同定に成功しました(図1)。
当該物質の充電特性を解明するためには、結晶の基本構造のみならず、電流の担い手になる水素原子(プロトン)が構造中の何処に配置されるのかという膨大な可能性を比較して解を探す必要がありますが、こうした膨大な可能性を探るためには、スーパーコンピュータによる大量の計算が非常に効果的となります。この同定により当該系が優れた充電特性を実現するメカニズムを解明しました。具体的には、高い充電性能を担う相と、充放電の繰り返しで構造が脆くなるのを防ぐ骨格となる相が協奏して優れた物質系を実現していることが示されました。
本研究成果は、2023年2月21日にアメリカ化学会発行の科学雑誌「ACS Omega」に掲載されました。
【今後の展開】
以上のように、スーパーコンピュータの計算機パワーを活用して原子配列情報が同定されると、電子レベルでの充電メカニズムが解明され、今後、どのような方針で原子配列をチューニングすれば望ましい電力備蓄素材を設計できるかを知ることができます。更なる備蓄効率の高効率化に向けた改良につながることが期待されます。
図1 本シミュレーションによって完全に同定されたコバルト水酸化物中の水素位置(H1~H10まで付番)。
その他、青丸はコバルト原子、赤丸は酸素原子、茶丸は炭素原子を表している。
【用語解説】
「電子レベルのミクロな世界」を記述する非常に多くの基礎方程式を解くことで、分子や固体の構造やエネルギーなどを計算する、スーパーコンピュータを活用する高性能計算分野を代表するシミュレーション技術の一つ。物理学の基本法則に基づくため、物質の種類には依らずに、全ての物質を同一の方程式で記述できるため、様々な問題を同一プログラムで解析できる高い汎用性を持つ。
【論文情報】
掲載誌 | ACS Omega(Volume 8, Issue 7, 6743-6752) |
論文題目 | First-Principles-Based Insight into Electrochemical Reactivity in a Cobalt-Carbonate-Hydroxide Pseudocapacitor (炭酸コバルト水酸化物擬キャパシタの電気化学反応に関する第一原理計算) |
著者 | Kenji Oqmhula, Takahiro Toma, Ryo Maezono, Kenta Hongo |
掲載日 | 2023年2月21日 |
DOI | 10.1021/acsomega.2c07362 |
【リンク】
研究室 [https://www.jaist.ac.jp/english/laboratory/si/hongo.html]
令和5年3月31日