日本語話者と英語話者の真理観の大きな違いが明らかに ~真偽判断に道徳・政治的要因の影響を強く受ける日本人~
日本語話者と英語話者の真理観の大きな違いが明らかに
~真偽判断に道徳・政治的要因の影響を強く受ける日本人~
ポイント
- 真理述語としての日本語の「真」と英語の「true」 には、その使用に大きな違いがあることが実験により示された。
- 両者の差は、道徳・政治的に不適切な文脈のみにおいて見られた。
- 日本人は、言明の真偽判断においても道徳・政治的要因の影響を強く受けるが、英語話者にはそのような影響は見られなかった。
- 真理についての交言語的(cross-linguistic)な実験哲学の可能性を切り開いた。
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)共創インテリジェンス研究領域の水本正晴准教授は、日本語話者と英語話者の真理述語の使用の大きな違いを実験によって発見しました。特に、両者の差は、道徳・政治的に不適切な文脈のみに見られ、またその影響は日本人にのみ見られました。この実験結果は日本人の真理についての考え方の特殊性を示すと言え、一つの解釈では、日本人は真理よりも道徳を重視すると言うこともできます。本研究は、真理についての初めての交言語的(cross-linguistic)な観点からの経験的研究であり、実験哲学の新たな領域を切り開くものと言えます。また、今回の結果は、言語学や哲学で広く使用されている、真理によって意味を説明する真理条件的意味論というものについて、再考を促すことにも繋がります。 |
【研究の内容と背景】
英語で「A but B」の形の文は、AもBも真であれば、文全体も真であると、ポール・グライス[用語説明1]以来広く認められています。本研究では、以下の説明文1に基づき、太郎の言明の真偽について日本語話者と英語話者に判断してもらう実験を行いました。(日本語には真理述語として「真である」と「本当である」の少なくとも二つがあり、日本語話者はそれぞれの述語の調査のため二つに分けました。)
結果は、英語の「true」 と日本語の「真」の間に極めて大きな違いが見られました。
英語話者では「true」と判断したのが91%だったのに対し、日本語話者では「本当」と判断したのは73%、「真」と判断したのは42%にとどまった。
また、日本語の「本当」と「真」の間にも有意な差がありました。これは「会話の含み」[用語説明2]で説明できるものではなく、質問への選択肢を「不適切な言い方だが、真である/本当である」とした場合でも、若干「真/本当」の判断が増えたのみで、有意な差が残りました。
さらに、一部の哲学者は「正しい」も真理述語の一つに数えるため、同じ説明文について、英語の「correct」と日本語の「正しい」で調査したところ(発話行為の判断と区別するため、「太郎の発話の内容は正しいですか?」と問い方を変え調査しています)、両者の間には、さらに大きな違いが見出だされました。
英語話者では「correct」と判断したのが64%だったのに対し、日本語話者では「正しい」と判断したのは8%にとどまった。
興味深いのは、内容の道徳・政治的側面を制御するために、そうした要素を含まない以下のような説明文2で調査したところ、日本語話者と英語話者の大きな違いは全く消滅したことです。
このことは、日本語話者の真理述語の使用は道徳・政治的要因に強く影響を受けるが、英語話者のそれは影響を受けない、ということを示しています。
真理は哲学において最も客観的で規範的な概念であり、それについての経験的探究は意味をなさないとほとんどの哲学者は考えてきましたが、それに対し本研究は、真理についての交言語的(cross-linguistic)な観点からの実験哲学の可能性を切り開くものと言えます。
今回の結果は一見(概念でなく)心理的な違いのように見えますが、近年、道徳・政治的要因やその他の様々な「外的」要因が意味に影響を与えると考える哲学者も多く、日本語における真理概念がこの点で英語における真理概念と大きく違うのかどうかは今後の研究に委ねられています。
また今回の結果は、言語学や哲学で広く使用されている、真理によって意味を説明する真理条件的意味論[用語説明3]というものについて、再考を促すことにも繋がります。さらに、日本人の真理判断が道徳・政治的要因に影響を受けるということ自体の是非は置いておくとしても、近年のフェイクニュースの問題に対する一つの示唆として、少なくとも日本人はこの事実を自覚しておくべきであると言えるでしょう。
本研究成果は、2022年11月1日に、Theoriaのオンライン版に掲載されました。
なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費基盤研究(C) (18K00010)の支援を受けて実施しました。
【論文情報】
雑誌名 | Theoria(wiley社発行) |
題目 | A prolegomenon to the empirical cross-linguistic study of truth |
著者 | Masaharu Mizumoto |
WEB掲載日 | 2022年11月1日 |
DOI | 10.1111/theo.12438 |
【用語説明】
イギリスの哲学者。言語の働きについての理論的考察(特に「含みimplicature」の理論)により、現代の言語の哲学および言語学の意味論的研究における基礎を築いた。代表的著作としてStudies in the Way of Words (1989) (邦訳『論理と会話』)がある。
発話の文字通りの意味とは別に意味された内容であり、文字通りの意味の真理条件には影響を与えない。But の意味のような慣習的含み(conventional implicature)や、会話の文脈に依存し、打ち消すことも可能な会話の含み(conventional implicature)など、様々な種類がある。
どのようなときに当の文や発話が真になるか、という条件によって意味を説明する理論。例えば(どんな言語の文であれ)雨が降っているとき、そのときにのみ真であるような文の意味は、「雨が降っている」であると考えられる。
令和4年11月8日