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偽なはずなのに真?「偶然的真理」が真理の常識を覆す

偽なはずなのに真?「偶然的真理」が真理の常識を覆す

ポイント

  • 文脈依存的な発話は、現実にはその内容の通りのことが成立していないのに真だと判断されることがあり得る。
  • 哲学的議論における真理の理論において、アリストテレス以来2千年以上広く受け入れられてきた原理に反例があることを示した。
  • 真理は「「雪が白い」が真であるのは雪が白い時、そのときのみである」といった形の文だけでは捉えることができない。
  • 真理と意味の間にはギャップがあり、「偶然的真理」を介して知識の理論と言語の哲学との間に生産的な繋がりを構築することが可能になる。
 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野 稔、石川県能美市) 先端科学技術研究科共創インテリジェンス研究領域の水本 正晴准教授は、認識論において使用されてきた「偶然的真理」を用いて、真理とは何かを巡る議論において長年広く受け入れられてきた原理に反例があることを示しました。この証明はまた、特定の真理の理論への反例を示しただけでなく、これまで多くの哲学者が前提としてきた真理と意味の間の繋がりにも見直しを迫る可能性も示唆した点で大きな意義があります。

【研究の内容と背景】

 意図せず単にたまたま真であった、という「偶然的真理」は、20世紀中ごろから知識とは何かを巡る哲学的考察の中で重要な役割を演じてきました。ところが、疑いなく真理の一種であるにもかかわらず、真理とは何かを巡る哲学的議論の中で、この偶然的真理はほとんど無視されてきました。
 それに対し、水本准教授は、国際学術誌Inquiry : An Interdisciplinary Journal of Philosophyに掲載された論文の中で、偶然的真理が真理の理論において決定的に重要な役割を果たすということを示しました。

 真理の理論においては、

 「空が青い」は空が青い時、その時に限り真である

 という形の文(T-文*1)が、アリストテレス以来2千年以上自明の原理として受け入れられてきました。特に、真理の「デフレ主義(deflationism)*2」と呼ばれる立場は、真理の理解や説明にとってこの形の文の集合のみが重要であると主張してきました。
 他方、近年、哲学と言語学においては、文は「それ」や「私」などの明示的に文脈依存的な語が全く含まれずとも、文脈によって大きく異なる内容を表すということが広く認められるようになってきました。こうした文脈依存性は、上述の形のT-文の真理を脅かすため、H. FieldやP. Horwichといったデフレ主義者は、T-文を改良することで発話の真理を文や命題(文や発話の内容)に還元しようとしました。具体的には[※以下の例は、論文中の例とは異なります]、ある文脈の発話u が「青いインクの瓶がある」で、その文脈におけるuの意味が「青い文字が書けるインクの瓶がある」であるならば、

 uは、青い文字が書けるインクの瓶があるとき、その時に限り真である

 といった改良された形のT-文で文脈依存的な発話の真理を説明しようとしてきました。
 ところがそれでも、そのタイプの発話の文脈において、例えばもし青い文字が書けるインクがなく、代わりに青い瓶に入った(別の色の)インクがあるときに、本来uは偽であるにもかかわらず多くの人が直観的にuを「(偶然的)真」であると判断することを、今回水本准教授は示しました(図の右)。
 結果として上述のT-文(「uは、青い文字が書けるインクの瓶があるとき、その時に限り真である」)は偽となります。こうした反例は、極めて一般的なものであり、一旦理解すれば、誰でも容易に構築することができます。このことはT-文の集合だけでは発話の真理を捉えられないということ、また発話の真理は文や命題の真理に還元できないこと、よってデフレ主義の真理の捉え方では説明できない真理があることを示しています。
 今回の反例の提示はまた、多くの哲学者が前提としてきた意味と真理の間の内在的繋がりには反例があること、さらには偶然的真理を介して、知識の理論と言語の哲学との間に生産的な繋がりを構築することが可能であることも示唆した点で大きな意義があります。

 本研究成果は、2022年10月11日に、Inquiry : An Interdisciplinary Journal of Philosophyのオンライン版に掲載されました。
 なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費基盤研究(C) (18K00010)の支援を受けて実施しました。

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【論文情報】

雑誌名 Inquiry : An Interdisciplinary Journal of Philosophy
(英国Taylor & Francis Group発行)
題目 The argument from accidental truth against deflationism
著者 Masaharu Mizumoto
WEB掲載日 2022年10月11日
DOI 10.1080/0020174X.2022.2129441

【用語説明】

1. T-文:
「「雪が白い」が真であるのは雪が白い時、そのときのみである」といった形の文
2. デフレ主義:
(様々な立場があるが、最も典型的なものは)真理には、深淵な性質などなく、すべてのT-文を集めれば、それのみで真理は自ずと理解・説明される、とする立場

令和4年10月14日

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