消化酵素で分解するナイロンを開発 ―プラスチック誤飲事故の軽減、海洋生態系維持へ―
国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学 独立行政法人 環境再生保全機構 |
消化酵素で分解するナイロンを開発
―プラスチック誤飲事故の軽減、海洋生態系維持へ―
ポイント
- 海洋プラスチックごみは誤飲するなど海洋生物への悪影響がある
- 従来の生分解性プラスチックは性能が低い問題がある
- 植物由来分子であるイタコン酸とアミノ酸からナイロンの開発に成功
- 従来ナイロンよりも高性能かつ人工胃液で分解・崩壊する性質を発見
環境再生保全機構(ERCA)が実施する環境研究総合推進費の一環として、北陸先端科学技術大学院大学・先端科学技術研究科 環境・エネルギー領域の金子 達雄教授らは、植物由来分子であるイタコン酸とアミノ酸であるロイシンからバイオナイロンを合成する手法を見出し、従来のナイロンよりも高耐熱・高力学強度であり、かつ胃に含まれる消化酵素であるペプシンで分解するバイオナイロンを開発しました。 海洋プラスチックごみ問題が深刻化する中、鳥類やクジラ類などの海洋生物が誤ってプラスチックごみを飲み込むことによる生態系への被害が問題視されています。生分解性プラスチックの中には海洋環境で分解するものがあり、中には消化酵素で分解するものも開発されているため本問題を解決するために重要であると考えられています。しかし、そのほとんどは柔軟なポリエステルであり耐熱性や力学強度の点で問題があります。このため用途は限られ、主に使い捨て分野で使用されているのが現状です。今回、金子教授らは、麹菌などが糖を変換して生産するイタコン酸および天然分子として有名なロイシンなどを原料にして、一般的なナイロンの原料の一つであるヘキサメチレンジアミンなどを反応させることでバイオナイロンを合成する条件を見出しました。得られたバイオナイロンはガラス転移温度が100℃を超え、力学強度が85MPaを超える高性能ナイロンであることも確認されました。これはナイロン中に硬い構造であるヘテロ環が含まれることに起因します。 また、アミノ酸には右手と左手の関係のような鏡像体が存在することが知られていますが、この鏡像関係にある一対のアミノ酸を混合するとナイロンの物性が向上することも見出されました。特に、L-ロイシンから得られるナイロン樹脂は胃中の消化酵素であるペプシンの存在下で崩壊し分子量も低下することが分かりました。今後、海洋ごみの中でも被害の多い釣り糸や漁網などへの応用を目指し、さらには自動車エンジン周りなどで使用されているナイロンを代替する物質として設計する予定です。将来的には海洋ごみ問題解決への道しるべを提供するだけでなく、大気中二酸化炭素削減などへの波及効果も考えられます。 本成果は2021年4月30日に独国科学誌「Advanced Sustainable Systems」(インパクトファクター4.87(2019-2020))のオンライン版で公開されました。 |
本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。 研究開発期間:令和2年度~4年度(予定) 事業名 :環境再生保全機構(ERCA)環境研究総合推進費 開発課題名 :「バイオマス廃棄物由来イタコン酸からの海洋分解性バイオナイロンの開発」 チームリーダー:金子達雄(北陸先端科学技術大学院大学 教授) ERCA環境研究総合推進費は、気候変動問題への適応、循環型社会の実現、自然環境との共生、環境リスク管理等による安全の確保など、持続可能な社会構築のための環境政策の推進にとって不可欠な科学的知見の集積及び技術開発の促進を目的として、環境分野のほぼ全領域にわたる研究開発を推進しています。 |
<開発の背景と経緯>
植物などの生体に含まれる分子を用いて得られるバイオマスプラスチックは材料中に二酸化炭素を固定することにより、二酸化炭素濃度を削減し、低炭素社会構築に有効であるとされています。その中でも生分解性を有するものは、昨今深刻化する海洋プラスチックごみ問題の解決の糸口を与えるものと注目されています。特に、鳥類やクジラ類などの死骸の胃の中を調査するとプラスチックごみが蓄積している場合があり、それが原因で死に至った可能性が指摘されています。つまり、プラスチックごみの誤飲による生態系への被害が問題視されています。生分解性プラスチックの中には海洋環境で分解するものがあり、中には消化酵素で分解するものも開発されているため本問題を解決するためのキー材料となると考えられています。しかし、生分解性プラスチックのほとんどは柔軟なポリエステルで耐熱性や力学強度の点で問題があります。このため用途は限られ、主に使い捨て分野で使用されているのが現状です。たとえばPHBHと呼ばれる脂肪族ポリエステルは代表的な海洋分解性プラスチックを与えますが、その主骨格は一般的な工業用プラスチックに用いられる高分子に比べて柔軟であり、そのガラス転移温度は0℃付近であり室温での使用のためには高結晶化が余儀なくされます。また力学強度も20-30MPa付近です。(参考:ポリエチレン、塩ビ、ポリプロピレンなどの汎用プラスチックは20-70 MPa程度)
研究チームは、麹菌などが糖を変換して生産するイタコン酸を用いてバイオナイロンを開発することを目的として研究を進めていますが、アミノ酸であるロイシンなどを導入した新たなモノマーを合成し、一般的なナイロンの原料の一つであるヘキサメチレンジアミンなどを反応させることでバイオナイロンを合成する条件を見出しました(図1)。得られたバイオナイロンはガラス転移温度が100℃を超え、力学強度が85MPaを超える高性能ナイロンであることも確認されました(表1)。この高性能発現はナイロン中に硬い構造であるヘテロ環が含まれることに由来します。
最後に、L-ロイシンから得られるナイロン樹脂を合成し、これが胃中の消化酵素であるペプシンの存在下で崩壊(図2)し分子量も低下することが見いだされました(図3)。今後、海洋ごみの中でも被害の多い釣り糸や漁網などへの応用を目指し、さらには自動車エンジン周りなどで使用されているナイロンを代替する物質として設計する予定です。将来的には海洋ごみ問題解決への道しるべを提供するだけでなく、大気中二酸化炭素削減などへの波及効果も考えられます。
<代表的作成方法>
ロイシン由来のジカルボン酸1-((S)-1-カルボキシ-3-メチルブチル)-5-オキソピロリジン-3-カルボン酸とヘキサメチレンジアミン(1.3g、10mol)をそれぞれアセトニトリルに溶解させた後に溶液を混合することでナイロン塩を析出させました(収率96%)。白色のナイロン塩を真空乾燥後170-180℃、50-60 rpmで激しく攪拌しバルクで重合しました。6時間後、粘性のあるポリマー溶融物が形成されました。これをDMFに溶解しアセトンに再沈殿することで精製を行いました。
<今回の成果>
今回の成果は大きく分けて2つ示すことができます。
1)鏡像関係にあるアミノ酸を分子鎖で混合したナイロンを合成することで、結晶化度および熱的力学的物性が向上することを発見
一般に再生可能な原料から得られる高分子は、熱的力学的性能が低く製造コストも高くなります。したがって、化石ベースのリソースと比較してパフォーマンスを向上させることができる合成アプローチを開発し、バイオベースのモノマーを利用することが重要です。ここでは、再生可能なイタコン酸とアミノ酸(D-またはL-ロイシン)から派生した新規な光学活性ジカルボン酸の生産に成功しました。まず、イタコン酸由来のイタコン酸ジメチルを出発物質として、剛直な不斉中心を持つ複素環式ジカルボン酸モノマーを高純度で得ました。これらのモノマーからアモルファスでありホモキラリティーを有するD-またはL-ロイシン由来のポリアミドを合成し、かつこれらをモノマー段階で混合したもの、オリゴマー段階で混合し追重合を行ったものを対象として研究を進めました(図1)。その結果、D-ロイシン由来のポリマー鎖とL-ロイシン由来のポリマー鎖との複合体は結晶化し、その結晶化度は36%に達しました。これは、キラル相互作用に由来するものと考えられます。得られた樹脂は、ガラス転移温度Tgが約117°C、溶融温度Tmが約213°Cであり、ポリアミド11などの従来のポリアミド(Tg約57°C)よりも高い値を示しました。さらに2.2〜3.8 GPaの高いヤング率および86〜108 MPaの高い力学強度を示しました(表1)。
2)バイオナイロン樹脂がペプシンの作用により崩壊し分解することを発見
バイオナイロンの酵素分解を、哺乳類の胃の消化酵素であるペプシンを使用して調べました。少量(150 mg)のポリアミド樹脂(Mw; 24,300-26,400 g / mol)と1 wt%のペプシン(5 ml)をpH 4.0のバッファーに入れて分解試験を行いました(対照実験はペプシンなし)。サンプルをインキュベーター内で37°Cで6週間振とうした結果、時間の経過に伴い平均分子量が24,300〜26,400 g / molから14,600〜16,500 g / molに減少することがわかりました(図3)。ペプシンによるナイロンの分解中の視覚的変化も崩壊現象として確認されました(図2)。研究チームは以前に、イタコン酸由来ポリアミドのピロリドンの開環反応を報告しましたが、今回発見した酵素分解はピロリドンの開環を誘発したと考えられます。ここで発見したペプシン分解は、哺乳類が当該ナイロン系プラスチックを誤飲した場合でも、哺乳類の消化管の安全性を維持することにつながる可能性があります。
<今後の展開>
本成果によりイタコン酸由来バイオナイロンの構造的な広がりが提案できました。今後、海洋ごみの中でも被害の多い釣り糸や漁網などへの応用を目指し、さらには自動車エンジン周りなどで使用されているナイロンを代替する物質として設計する予定です。将来的には海洋ごみ問題解決への道しるべを提供するだけでなく、大気中二酸化炭素削減などへの波及効果も考えられます。
<参考図> 図1 (A)イタコン酸とアミノ酸からなるジカルボン酸モノマーの合成
(B)(A)のジカルボン酸とヘキサメチレンジアミンからのバイオナイロンの重合反応式
表1 バイオナイロンの物性表
図2 バイオナイロンがペプシン存在下で崩壊していく様子
図3 ペプシンを作用させたD-ロイシン由来バイオナイロンのGPC
【論文情報】
雑誌名 | Advanced Sustainable Systems |
題名 | High-performance BioNylons from Itaconic and Amino Acids with Pepsin Degradability (ペプシン分解性を示すイタコン酸とアミノ酸からの高性能バイオナイロン) |
著者名 | Mohammad Asif Ali,Tatsuo Kaneko* |
掲載日 | 2021年4月30日にオンライン版に掲載 |
DOI | 10.1002/adsu.202100052 |
令和3年5月10日