固体中のイオン拡散に対する量子アニーリング法によるアプローチ
固体中のイオン拡散に対する量子アニーリング法によるアプローチ
ポイント
- 量子コンピューティング分野で進展の速い量子アニーリング法を用いた、数少ない「材料科学分野への応用事例」を確立
北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長:寺野 稔、石川県能美市)、先端科学技術研究科 環境・エネルギー領域の前園 涼教授らの研究グループは、材料科学分野の重要な課題の一つである「固体中のイオン拡散」の問題に対し、量子アニーリングによる計算法の有効性を示した。本成果は、科学雑誌「Scientific Reports」に3月31日付けで掲載された。
●量子アニーリングとは 材料科学分野をはじめとする様々な分野における最適化問題を効率よく解くことは困難で、現在広く使われているコンピュータ技術(古典コンピュータ)でも原理的な限界があることがわかっている。この限界を克服するのが、量子コンピューティングの一種である量子アニーリング技術である。 量子アニーリング技術は、当然、幅広い応用が期待されるものの、現実世界に遍く存在する色々な最適化問題を、「量子アニーリングでの言葉」に翻訳しないと適用することができないという課題がある(「スピンモデルによる定式化」にマップすることの難しさ)。 量子アニーリングが直接扱うのは、「この箇所に黒が並ぶと5円の罰金、この箇所は白黒のペアになれば10円の利益」といった「配置の損得が指定された碁盤」の上に、どのようなパターンで白黒を並べれば一番損金が少ないかという問題である(イジングスピン系としての定式化)。 量子アニーリングで問題を解くには、例えば「なるべく最短距離での運搬経路を見つける」といった現実の最適化問題を、「碁盤上での配置の損得」という言葉に翻訳してやる必要がある(スピン系へのマッピング)。 この翻訳スキームが確立されている問題群は数少なく、したがって、量子アニーリング技術は、威力は絶大といえども適用範囲はまだまだ狭く、個別の翻訳スキームを確立すること自体が挑戦的な研究課題になっている。 |
【研究成果と手法】
材料科学分野には、組合せ最適化問題が大量に存在するが、上記のような「碁盤問題への翻訳」が未確立で、量子アニーリング技術の適用は殆ど見当たらない。
前園教授らの研究グループは、この度、材料科学分野でも重要な課題の一つである「固体中のイオン拡散」の問題に対し、「碁盤問題への翻訳」を確立させ、現在のコンピュータを用いた他の計算法(古典コンピューティング)よりも、量子アニーリングによる計算法の方が有効であることを示した(量子コンピューティングの優位性)。
モバイルバッテリーを小型化/高容量化したり、金属の破壊強度を向上させようとするとき、材料科学者は、固体中で原子やイオンがホッピング移動する過程を解析する。それが、電気伝導や破壊の素過程だからである。
ホッピングが一段生じるのに、どのような方向に、どのような頻度で生じやすいかは、現代のシミュレーション技術で、かなり分かるようになってきた(図1の(a))。
一方、そのような「一段ホッピング」を、どう多段に組み合わせ、原子やイオンが、どのような経路を構成して物質中を移動するのかを知ることは「解くことが困難な組合せ最適化問題」となり、材料科学者の更なる解析を阻んできた。
この組合せ問題に対し「碁盤問題への翻訳」を確立させ、可能な経路の数え上げをやってみせたというのが、この研究の内容である(図1の(b))。
図1 (a) ホッピングの一段分にどのような方向が可能で、どのような頻度で生じるかはよくわかるようになってきた。(b) この一段ホッピングをどう組み合わせて、実際の経路が取られるのかを知るのは「解くことが困難な組合せ最適化問題」であり、量子アニーリングの威力が最も発揮される問題となる。 |
【今後の展開】
現代のコンピュータを「完成された算盤」に例えれば、量子アニーリングマシンは、まだまだ「二桁の足し算がようやくできる」程度の珠(たま)しか組み上がっていない状況にある。今回の論文で示したのは「今の珠数の何倍もが今後実現されれば、現在のコンピュータではギブアップとなる問題も解ける」という可能性である。
数少ない「量子アニーリング技術の材料科学への応用」事例が確立されたことで、今後、この方面での応用開拓が刺激される可能性がある。
【論文情報】
掲載誌 | Scientific Reports |
題目 | "A quantum annealing approach to ionic siffusion in solids" |
著者 | Keishu Utimula, Tom Ichibha, Genki I. Prayogo, Kenta Hongo, Kousuke Nakano, Ryo Maezono |
掲載日 | 2021年3月31日にオンライン版に掲載 |
DOI | 10.1038/s41598-021-86274-3 |
【リンク】
令和3年4月5日