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災害時の多種多様な情報から、迅速な意思決定を支援する /創造社会デザイン研究領域 郷右近英臣准教授

創造社会デザイン研究領域の郷右近英臣准教授は、社会をデザインする知識科学の観点から、自然災害が社会に与えるインパクトを最小化するための意思決定支援の研究を行なっています。リモートセンシング、GPS、SNSなどから災害に関するデータを取得し、そこから最適解を導くための推定理論についての要素研究、さらにはその研究をベースに実際の災害現場で迅速な意思決定を可能にするITシステムの開発など、要素研究を社会実装させるための取り組みにも力を入れています。

災害時に集まる多種多様な情報、その活用のリアルとは

― 災害時の意思決定支援についてご研究されていると伺いましたが、被災地では実際どのような問題が起こっているのでしょうか。

情報収集に関していえば、発災直後は情報通信手段の途絶や交通網の遮断によって被災地が孤立することで被害情報を取得することが困難となり、それが災害対応に関わる迅速な意思決定の障害となっています。また、情報伝達が可能になったとしても、災害時にSNS上などで拡散されるデマ情報など信憑性に欠ける情報が多く出回ることで、重要な意思決定をする人が判断を誤ったり、地域の人たちが混乱に陥ったりする危険性があります。そのような背景から、その時々で入手可能なデータから適切かつ正確な情報を取得し、それをもとに最適な判断を迅速に下すことが課題となっています。

― 災害時の意思決定を導くために、どのようなデータが活用されるのでしょうか。

人工衛星やドローンなどのリモートセンシングによって得られた画像データ、スマホのGPSなどから得られる位置情報や人流データ、SNSプラットフォームから得られるリアルタイムな情報などのデータを組み合わせることで、広域の被害状況を把握することが可能です。そのデータ群から必要な情報を抽出し、被災状況の全体像を把握するためには、何かしらの工夫が必要になります。

迅速かつ確実に、災害時の意思決定を支援する

― 災害時の意思決定やその支援とはどのようなイメージなのでしょうか。

災害発生後の現場において、人命救助に関わるものから、復旧や支援、交通インフラに関するものまでさまざまな意思決定が求められ、そしてステークホルダーも多岐にわたります。たとえば自衛隊の救助・捜索活動では、どこから捜索していけば良いのか、どこを重点的に捜索すれば良いのか、どれだけの人員を送り込めば良いのかなどの意思決定が必要となります。自治体などの行政の災害対応や、ボランティアが支援物資を送る場合などもそうです。そうした多岐にわたる意思決定が迅速に行われるよう支援することが本研究の目的です。

― 具体的にどのような研究が進められているのでしょうか。

意思決定の際に必要な推定手法の基礎理論の構築を軸に研究を進めています。例えば、激甚被災地を特定する方法、どこでどのような物資が必要なのか、その内容や場所、量を推定する物資ニーズの推定方法、さらにどの道路が致命的に被災地支援に遅れを与えていて、どこをいち早く復旧するべきかを判断する輸送経路の推定方法などを研究で明らかにしたいと思っています。このような場面において、先ほど申し上げた様々なデータから必要な情報を抽出し、それぞれの意思決定の場面で最適な意思決定ができるモデルを数理的に解析し、最適解を導き出していく必要があります。

上の写真:ドローンによる津波被災地の空撮画像
下の写真:津波の痕跡調査時の写真

―研究を進めるにあたってクリアしなければならない課題について教えてください。

現在、災害時のデータを数理的に解析する技術の開発は日進月歩で進められており、データ解析の結果をもとに被災状況の把握を即時的に行う技術が整備されるまでそう時間がかかるものではないと想定しています。一方で、状況把握の次の段階で、人間が合理的な意思決定を行う際に必要なデータが不足していることが課題です。今回の能登半島地震でも話題となったSNSでの情報発信についていえば、災害直後はSNSで発信する余裕がなく、また発信できたとしても年齢層が限られており、その結果としてデータ群の中に取得不可能な値の領域、いわゆる「空白域」がどうしても生まれてしまいます。その「空白域」をどう推定し、分析に含めていくかが今後の課題です。また、先ほど信憑性に欠ける情報が被災地の意思決定を妨げると言いましたが、生成AIを活用した技術開発や社会全体の意識の醸成を通じて、発信される情報の質そのものを向上させていく取り組みも必要かもしれませんね。

また、推定理論の検証にも課題があります。数理モデル上では簡単に予測を示すことはできますが、実データを基にそれが正しいかを検証するためには、何十年分の社会データが必要になってきます。そこで、地域社会との共創を通じたモデル構築が必要です。たとえばどこか対象エリアを決めて、小さなスケールと短いサイクルで行われる意思決定をベースに検証を進めるといった、地域コミュニティを巻き込んだ取り組みを行えたならば、モデルの良さというのは検証できるのではないかと考えています。

地域との共創によって災害に強い社会づくりを目指す

― 理論構築の先に目指している社会実装はどのようなイメージでしょうか。
推定手法を応用した意思決定支援ツールの開発を目指しています。具体的には、被害の全体像を集められたデータをもとに迅速に解析し、限られた人的リソースや物的リソースを、早急に適切な場所に配分するためのサジェストシステムとして統合していくことを想定しています。普段IT技術に不慣れな方でも、緊急時にシステムを活用しやすいように、GISなどの空間情報を活用したり、人の行動パターンから傾向を汲み取りそれに合わせた判断をしたりするなど、社会に浸透しやすい工夫も大切だと考えています。

さらに、能登半島地震を受けて、「自助」「共助」というキーワードが改めて注目されてきていますが、被災した人や地域コミュニティが公的な支援を待つのではなく、IT技術などを活用して自分から能動的に情報発信し支援を受けやすくしたり、的確な意思決定を基に地域コミュニティの復旧に向けて協力し合ったりといった「防災文化」を地域に浸透させていく取り組みも続けていきたいですね。

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「災害に強い社会」を創るために、推定手法の基礎理論に基づいた意思決定支援ツールの開発とともに、社会システムの在り方も研究されている郷右近准教授。JAIST-NETでは、郷右近准教授をお招きしたオンライン対談をメルマガ会員限定で生配信します。本記事では伝えきれなかった研究内容に加え、能登半島地震を受けて新たに浮き彫りとなった課題などについてお聞きします。ぜひ、メルマガ会員登録をお願いいたします!