最先端装置を駆使し、学域融合的なアプローチから、
タンパク質を鍵に社会課題の解決に資する研究を
バイオ機能医工学研究領域 教授 大木進野
私たちの身体を構成する生命分子の1つであるタンパク質の立体構造・ダイナミクス・相互作用の解明に精力的に取り組む大木進野教授の研究は、化学や物理の知識を応用して生命現象を説明することを目標としています。基礎研究の発展に資するだけではなく、医療や食料、環境など幅広い社会課題を解決する手がかりとなりうる大木先生の研究には、NMRやスーパーコンピュータなどJAISTが保有する最先端装置が駆使されています。今回のコラムでは、より高度なタンパク質研究を通じて、科学技術の発展への道を拓く研究の一端を紹介します。
植物培養細胞をタンパク質試料の作成に利用する調整技術を開発
私たちの身体は核酸やタンパク質、糖など様々な物質が組み合わさってできています。なかでも、大木教授はタンパク質の構造や動きに着目し、それらの相互作用を解明する研究に取り組んでいます。「いまメインで取り組んでいるのは植物の病気に関する研究です。植物のうどんこ病やいもち病などは、細菌が分泌するタンパク質が悪さをして病気になります。病原体となる細菌が分泌するタンパク質が、植物が本来持っているタンパク質にどのように付着して、悪さをするのかを調べています。この研究が、遺伝子組み換え植物の作出や農薬開発の指針策定のベースとなることで、将来的に食糧問題や環境問題の解決につながることを期待しています」と大木教授は話します。
この研究には、大木教授が開発した植物培養細胞を利用する「安定同位体標識タンパク質調製技術」が活用されています。通常、実験室で使うタンパク質の試料は大腸菌を遺伝子操作して作ります。しかし、タンパク質の中には大腸菌ではうまく生成できないものもたくさんあります。植物、動物、人間、と生き物が高等になればなるほどそのタンパク質は大腸菌では作りにくくなります。その場合、酵母や昆虫細胞を使って試料を生成することも可能ですが、操作が難しい、費用がかかるなどの理由で普及していません。「私が開発に着手した当初は、植物培養細胞を使って目的のタンパク質を作ったり、その立体構造を調べたりする取り組みはまだ進んでいませんでした。その中で、前述の研究のために植物のタンパク質や植物の病気に関係する菌のタンパク質を作るのなら、植物培養細胞を使えばいいのではないかと思いつき、その方法を開発しました」と大木教授は当時を振り返ります。
NMRを活用し、社会課題の解決に資する研究に取り組む
大木教授は、植物培養細胞を利用する「安定同位体標識タンパク質調製技術」を、さらに高度化することに取り組んでいます。高度化とは、立体構造や相互作用の解析などに使えるサンプルの生成を追求することで、今後のタンパク質研究のさらなる発展に大いに資することが期待されます。その際、大きな役割を果たしているのが、NMRといわれる解析装置です。現在、タンパク質の立体構造を調べる手段にはエックス線、クライオ電顕(電子顕微鏡)、そしてNMRの3つがあります。エックス線とクライオ電顕はサンプルを結晶化して測定するのに対して、NMRは水溶液のまま測ることができるという大きな違いがあります。結晶を作るステップが不要となるため、NMRには応用の範囲が広いというメリットがあります。
例えば、大木教授はNMRを活用してサソリの毒を解析し、論文として発表しました。「八重山諸島周辺に生息するヤエヤマサソリの毒が持つペプチドの立体構造を解析することで、これがどのように作用すると毒になるのかがある程度分かるようになりましたが、タンパク質の毒性はどういうわけか人には効かないのです。昆虫などには毒性を示すことがわかっているので、今後研究を進めることで有毒性が種によって異なる原因を解明できると考えています」と話す大木教授は、既にタンパク質の立体構造や動きから変異体の活性を調査し、昆虫以外には毒の効き目がなくなる変化を突きとめています。「この研究は、例えば昆虫だけに効く農薬の開発への展開が期待されます。国際的に『食の安全』の重要性が声高に叫ばれるなかで農薬の有害性が議論されていますが、ここでいうペプチドやタンパク質というのは自然の中で分解可能な物質なので、既存の農薬に比べて安全性は高いです」。大木教授の研究は世界的にも注目されています。
最新鋭の機器を駆使し、世界に挑む研究を
大木教授は、この2年ほどでタンパク質の研究のスタイルが大きく変わってきていると指摘します。これまでのタンパク質の研究では、機能がある程度判明した段階で、構造研究のテーマに応用する流れが主流でした。しかし、2年ほど前に物質の立体構造を予測する高性能ソフトウエアが発表されて以来、その様相が変わりました。「ソフトによる予測が本当に正しいかどうかは実験しないと分からないのですが、大量のデータを用いて次々と構造予測の計算をし、その結果をもとに研究対象の候補をデータ・情報をもとに絞り込んでいくという、より精度の高い研究が可能になっています」と大木教授は話します。構造予測の研究への要求は今後さらに高度なものになる流れにあり、このことはNMRやスーパーコンピュータの活用が研究においてますます大きな意味を持つことを表します。JAISTが備えるこれらの高度な設備を駆使する大木教授のタンパク質解明の研究は、さまざまな社会課題の解決へ資することが期待されています。
基礎研究で求められるのは、「面白がる」気持ち
大木教授は、研究者として「面白がること」を大切にしています。自然科学に対して、「これは不思議だなあ」「なるほどこういうことか!」といったような物事の面白がり方を学んで欲しいと考えています。「実験データが一つ出た時でも、どうしてこのデータになったのか疑問を持つことを大事にして、学生が自分なりの説明をできることが重要だと思います。そしてその考えが本当だとしたら、どういう実験を行って確認すればいいかと話が進みます。独りよがりの考えではなくて、ちゃんと実験を積み重ねて証明していくことが大事です」と話す大木教授は、科学の探求に必要不可欠なエビデンスを、学生の「ワクワクする気持ち」から引きだすことを心掛けています。「面白い」「もっと知りたい」と思う気持ちを原動力に、次世代の基礎研究を担う研究者が大木教授の研究室から多数輩出されることが待ち望まれます。
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