Healthcare Revolution

Healthcare Revolution ~JAISTが創る未来の医療~ vol.1  物質化学フロンティア研究領域 松村教授、都准教授/バイオ機能医工学研究領域 高村教授

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大という未曾有の事態から、ますます健康や医療についての意識が高まっている中、JAISTでは、バイオメディカルの分野において、健康寿命の延伸や生活の質の向上といった、世界的な課題の解決に挑んでいます。
今回は、物質化学フロンティア研究領域 松村教授、都准教授、ならびにバイオ機能医工学研究領域 高村教授が進めている、医療の限界に挑む研究を動画とともにご紹介します。
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実用化が近づく再生医療。凍結保護性高分子による
メディカルテクノロジーで『細胞組織バンク』を創出

物質化学フロンティア研究領域 松村和明教授

iPS等の幹細胞による治療、実用化が近づいている再生医療では、細胞や組織を安全かつ柔軟に提供する保存技術が課題となっています。松村和明教授は、従来用いられている保護剤の毒性を排除し、難しいとされる幹細胞の保存を可能とする新たな保護剤、凍結保存技術の研究で大きな成果をあげています。

新開発の高分子で、細胞の中ではなく外から細胞を保護する

細胞の保存は細胞に保護剤を加えて液体窒素の中で凍結させますが、その凍結中に細胞をいかに安全かつ確実に守ることができるかが保存法の大きな鍵となります。これまで使用されてきた保護剤ジメチルスルホキシド(DMSO)は、細胞への毒性や幹細胞の保存が難しいなどの問題がありましたが、松村教授は新たな保護剤の開発に成功し、凍結保存技術の研究で注目されています。

「従来になかった高分子を凍結保護剤として用いることで、細胞の中に入ることなく外側から細胞を保護する、細胞に影響を与えにくい保存剤です。DMSOを添加した細胞を解凍する場合、解凍後は速やかに洗浄、除去しなければならない毒性の問題があります。今回のポリマーは、保護活性は同じ程度に保たれていながら毒性が非常に低いのが特徴で、もちろん洗浄して取り除くのですが、多少残っていても細胞に毒性はほとんど見られません」。
松村教授が開発した新しい凍結保護性高分子はこれまでの保護材に比べ、細胞への毒性を遥かに低下させ、与えるダメージを軽減することができます。さらに、難しいとされてきた受精卵やiPS細胞、細胞塊等でも安全で安定した状態で凍結保存することに成功しています。

「例えば、幹細胞で体性幹細胞とか間葉系幹細胞というものを凍結保存したとき、新しい高分子はDMSOに比べて少し濃度を低くしても、解凍したときの生存率はDMSOよりも高い結果を得ています。ガラス化凍結保存という、水を結晶させることなくガラス状態にして保存するという手法があります。体積の大きな細胞を凍結するときに、これまではガラス化保存のためにDMSO等の低分子のものをたくさん添加して行っています。今回、我々のポリマーを入れるとそのガラスをより安定させることから、結晶化によるダメージをなくし、大きなもの、3次元組織とか2次元のシートといった立体的な細胞を凍結することに成功しました」。


チームメンバーを指導する松村教授

再生医療発展の礎となる細胞組織バンクの構築に励む

今後ますます注目され、期待される再生医療のこれからの研究を見据え、松村教授は安全な凍結保存細胞組織を、誰もが必要なときに使えるようにするために細胞組織バンクのシステムの構築を目指しています。

「再生医療は非常に多くの研究者の方々が、細胞の分化のシステムを調べたり、臓器を作成して組織を作ったりされていますが、そこで得られた細胞組織を長期に保存するシステムが今はないのです。我々としては、それらを保存する基盤技術を開発できれば『再生組織バンク』というものが実現すると考えています。今は移植する細胞組織が欲しいとなったら、そこから再生医療によって再生組織を作っている状況で、場合によっては間に合わないということがありました。このような事態をなくすためにも必要とされる細胞組織をストックしておく。そうすることで、必要なときにはストックから解凍して移植するというオンデマンドなシステムができます」。

このような仕組みを通じて再生医療を産業化させることができれば、もっと多くの技術的な応用が可能になります。

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次世代がん治療の確立に挑む『がん光細菌療法』
低侵襲、低コストでの根治を目指すがん治療

物質化学フロンティア研究領域 都英次郎准教授

世界で研究が繰り広げられているがん医療の分野では、低侵襲で根治を目指す次世代の治療法の開発が進められています。そのようななか、物質化学フロンティア研究領域の都英次郎准教授は、光合成細菌による革新的ながん治療、診断技術の確立を目指しています。


都英次郎准教授

光合成細菌が備える様々な特性を発見、確かな手応えを得る

「光合成細菌という細菌に光を当てるといろいろな特性を出すことが分かりました。主な4つの特性をあげると、蛍光を発する、熱を出す、そして活性酸素種を発し、音を出します」。
そう話す都准教授は、がんに集積して増殖するという光合成細菌が持つもう1つの特性を突きとめることに成功しました。がんに集まった光合成細菌に光を当てて熱を発生させることで、がんを特異的に排除させることが期待されます。

「がんを持っているマウスの尾静脈に光合成細菌を投与することで、どれだけの光合成細菌ががん細胞に集まるか、そして癌に集まった細菌に光を当てることで、腫瘍がどれだけ小さくなるかという評価を進めてきました。その結果、2日に1度の照射で、大体8日目には完全にその腫瘍がなくなっている状態を確認できました」。


研究に励む都准教授のチーム

患者の体の負担、医療費の負担を下げる診断、治療法の確立を目指す

都准教授のチームは、光合成細菌が体に与える害については血液や組織などへの影響を評価しています。光合成細菌の代わりに生理食塩水を投与したマウスとの比較では、光合成細菌を投与した場合と同等の数値が認められて安全性も確認されました。
都准教授は、このように体への害がなく、がんのみを攻撃するがん光細菌療法には多くの利点があると指摘します。

「まず第一はコストパフォーマンスが非常に高いということです。細菌は非常に安い培養液で育てることができ、ほぼ無限に増殖させることができます。これはコストを下げる意味で大きな利点になると思います。もう一つは、より低侵襲で患者さんの治療に使えることです。今までのがん療法は外科療法、ケミカルな療法、放射線療法が三大療法として知られていますが、いずれも患者さんはとても大きな体の負担が強いられます。我々が使っている光は近赤外という体に安全な光を使っていますので、そういった意味でも患者さんの負担を軽減するうえで非常に有効だと思います」。

体に優しい低侵襲で、医療費の削減にもつながることが期待される都准教授の光合成細菌によるがん療法。高齢化が進み、がん医療を必要とする人が増えるなか、革新的ながん診断、治療法として現在は臨床試験を目指しています。

「がんはなかなか治りづらい病気と認識されていると思いますが、それをできる限り負担を減らして、完全に治すような技術、治療薬ができると、患者さんの福音になるはずです」との思いを胸に、都准教授のチームの精力的な研究開発は着実に進められています。

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がんや糖尿病、神経難病の謎を紐解く
新たなライフサイエンスツールの開発

バイオ機能医工学研究領域 高村禅教授

糖尿病の検査でインスリンの抵抗性を調べるHOMA-Rという指標があります。これを毎日測定し、生活習慣を見直すことはメタボリックシンドロームの予防に有効と言われています。しかし現在その測定には病院の受診が必要です。高村禅教授は小型安価な測定器の開発に成功し、HOMA-R検査を身近なものへと発展させています。

超低価格で大量生産可能な検査キットの提供を目指す

HOMA-Rは空腹時の血糖値とインスリン濃度から算出される数値で、本来はインスリンの効きの程度を示す指標ですが、前日の運動や食事の適切さを反映し、毎日測定することで適切な生活習慣をつけるのに役立つといわれています。
「血液の中にはいろんな成分が様々な濃度で入っています。血糖値は濃度が高いので比較的測りやすいですが、インスリンのような低い濃度帯の物質の測定には大きな装置が必要になってきます。それでは毎日測定することは難しいです。」。
そのような課題を解決するべく高村教授が開発したHOMA-Rの測定器では、微量の血液が含まれたセンサーを小型の測定器にかけるだけで測定が可能になります。


研究生の様子を見守る高村教授

高村教授がバイオセンサー開発で次に取り組むのは紙。特殊なパターンを印刷することで、ELISAに必要な5つのステップを毛細管現象による液体の移動だけで自動化することに成功しました。超低価格で酵素増幅型の高感度な抗原検査が実現でき、病気のマーカーだけでなく、食品中の毒素や病原体なども手軽に検査できるようになります。

ナノとバイオの技術を融合し、生命の仕組みや病気のメカニズムの解明に挑む

高性能なバイオセンシング技術の研究を進める高村教授の次の目標は、ナノとバイオの技術を融合して生体分子や細胞の微量な信号を検出し、生命の仕組みや病気の仕組みを解明する、高機能バイオチップの開発です。
現在、アルツハイマーやALS(筋萎縮性側索硬化症)といった神経疾患の難病がありますが、高村教授はそれらがどのようにして病気になるのかを調べられるツールの開発を研究しています。

「病気が進行していく過程で、細胞の中でどのような分子がどのように働いて病気になっていくのかを一つ一つ解析できるツールを作りたい。具体的には神経細胞をチップの上に乗せて何ヶ月か培養し、病気になっていく様子を観察します。チップにはアクチュエータが細かく並んでいて、調べたい時に調べたい細胞の下のアクチュエータを動かして中身を少し吸い出してきます。今はその微量なサンプル中のメッセンジャーRNAやタンパクを高感度に分析する装置がありますので、我々はどのタイミングでどの場所から取り出したサンプルかわかるようにそれらの装置に渡す機構を作るだけで、ある程度のことが分かる様になると考えています」。


研究の内容を説明する高村教授

「医学の分野で、今まで分からなかったものが分かるようになる、そういう新しいツールを開発したい」と話す高村教授の研究が、次世代の医療を作り出す礎を築きます。

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※本件に関するお問い合わせは以下までお寄せください
北陸先端科学技術大学院大学 未来創造イノベーション推進本部
Tel: 0761-51-1070
Email: ricenter@ml.jaist.ac.jp