事例紹介インタビュー vol.2
「起業家育成、事業承継の課題解消に、行動力で迫る」
北陸先端科学技術大学院大学 姜理惠准教授(知識マネジメント領域)
女性の起業家精神の醸成や女性起業家育成、コミュニティの形成を目指した金沢市の2021年度女性起業家経営支援事業「金沢メリコア」が8月末から始まります。また7月には、第2回能美市発ジュニア起業家スクールが開かれました。同スクールは昨年が第1回目で、2回ともに参加者の100%が「参加して良かった」と答えるなど、各方面から非常に高い評価を受けています。今回は、上記のセミナー、イベントを主宰し、講師も務めるなど、研究室を飛び出して起業や事業承継等の研究、指導を精力的に行っている、知識マネジメント領域の姜理惠准教授にお話を伺いました。(敬称略)
数々の実践から得た知見をもとに、金沢市が抱える女性起業家支援の課題に挑む
― 金沢市からの委託事業である「金沢メリコア」ですが、この事業を始められたきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
福岡県久留米市の「久留米メリコア」という市民活動が端緒です。国内でも際立ってベンチャー活動が盛んな福岡県で2015年ごろからフィールドワークをしているのですが、中でも人口約30万人の久留米市の起業家活動に注目しています。久留米市は、松田聖子さんやチェッカーズのような創造的な方をたくさん生んだ都市でもありますので、大きな関心を持って行ってみると、市民の方が立ち上げた「久留米メリコア」という団体がよく機能していました。当団体は古いアパートのワンフロアを借り上げて、部屋ごとにネイルやエステのサロン設備を備えて、シェアサロンとして運営していたのですが、会員約70人のうち20人ほどが独立・起業を叶えていました。その成果に驚きつつ久留米メリコアのエッセンスを教えていただきまして、前任校でも実際の店舗運営を通じた起業家教育を学部生に実施して、いくつか賞をいただきました。そしてこのたび縁あって石川でも「金沢メリコア」も始める運びになりました。もちろん本家「久留米メリコア」の公認です。
2年前ほどから金沢市の中小企業振興・経営強化検討事業にかかる懇話会委員や、新産業創出アドバイザーを拝命して、市経済を取り巻く諸問題を経営学の立場から議論してきました。起業支援や事業承継、中小企業の廃業問題を論じる中で、金沢市は北陸3県の中で女性の起業が劇的に少ないことにも言及しました。もちろん金沢市も女性起業を支援し続けているのですが、富山市や福井市と比べても、その少なさは群を抜いています。このデータを元に、「実際に一緒に起業するような女性起業家育成の仕組みが必要」だとお話ししたところ、このたび起業を講義形式で教えるだけではなく、実際にビジネスを始めるところまで伴走する「金沢メリコア」を始めることになったのです。
― 女性の起業家が少ないことに、石川県や金沢市の地域性が関わっているとお考えですか?
そうは思いません。ただ、金沢市の創業コストが北陸地域で群を抜いて高いことは、理由の一つになりそうです。イニシャルコストの高い地域で、事業計画を作り、市場調査をして……といった従来のアプローチでは、少額資本でリスクの取りにくい女性起業家の参入は難しいですね。違うやり方が必要です。「久留米メリコア」は、従来とは違うアプローチでの起業が成功に結びついている好例でした。私の起業に関する科学的な関心も、従来とは異なる、新しい起業のやり方にあります。
初のセミナーに定員の倍の参加者が集まる。周囲の期待と不安に独自の手法で応える
― 違うやり方とは具体的にどのようなことでしょうか?
2012年ごろから起業研究の主流と言われ始めた、「エフェクチュエーション」というものです。市場調査やパイロットテストを経て新規事業を興す従来の新規事業開発手法は、変化が早い現代には即しません。準備や調査をしているうちに市場環境が変化し、機会を喪失するからです。対して、計画も何もなく、とにかく今できることで商売を始めてみる、というのが「エフェクチュエーション」です。
「エフェクチュエーション」はいくつかの原則によって構成されていますが、その一つに「レモネードの原則」という考え方があります。これは、すっぱいレモンが手元にある場面を想像した原則です。従前のアプローチでは、最初に酸味を取り除いて、甘みを足して……、といった段階を踏むことになりますが、エフェクチュエーションでは違います。まずは酸っぱいレモンを絞ってハチミツと混ぜ、玄関先でレモネードとして売ってしまいます。と、売っているうちに何か気づく、誰かと出会う、手元の資金がたまって、そのお金で次を仕掛ける、という感じですね。私は元起業家ですが、まさにこういうビジネスをやってきましたし、学生にもこういうやり方を教えてきました。
― 金沢メリコアに対する市民の反応はいかがでしょうか?
定員15名がすぐに埋まったので倍の30名に増席しましたが、それも満席になりました。実際のセミナー運営に関しても、特にコロナが理由ですぐに意思決定ができない場面も多く、大変なこともありました。でも、私の口癖は「そのうち何とかなる」なので、とにかく前に進めていこうと。そんな私の姿勢に市の担当部署や姜研究室のスタッフも最初は戸惑っているようでした。でも、私自身が「エフェクチュエーション」に振る舞うことが大切だと信じてやっていて、今のところ何とかなっています(笑)。こう言うと全然科学的じゃないように思えますが、実は科学的であることがこの学問の面白いところですね。
子どもの起業家教育も伝えることは同じ。事業の承継をポジティブに考えられるようにしたい
― 次に、能美市の事業でも関わっておられます、子どもの教育についてお聞きします。いま子どもには、例えば「生きる力」のように以前とはかなり違ったスキルが求められているように思います。そのような中で身につけるものとして、姜先生の研究テーマであるアントレプレナーシップや起業家教育があると思うのですが、大人でも難しいと感じる内容を子どもに教えることは難しくありませんか?
難しいです(笑)でも、小中学生が相手でも、私が伝えるべきことの本質は一緒だと考えて、子供扱いするよりは、「小さい大人」としてのお付き合いをしているつもりです。違うとすれば一つ、小中学生には「ベンチャーを興したり家業を継いだりすることは楽しいことだ」というイメージを持って帰っていただくことでしょうか。地方都市はどこもですが北陸も例に漏れず、事業承継難からの中小企業の廃業が非常に多く、待ったなしの状況です。身内や従業員の中に後継者がいない企業の承継問題を、私や行政が今から何とかするのは本当に難しい。ですので、少し目を先に向けて、いま10歳のお子さんが18歳になった時に、大学への進学と同じく家業を継ぐこともキャリアの一つとして検討するような土壌を作っています。地域で家業を継ぐことを、若い世代にとってポジティブな選択肢の一つにしていきたいと強く意識して活動しています。
― 能美市で行っている子ども向けの起業家スクールはどのような様子でしょうか?
子ども向けの起業家教育は様々な地域で実施していますが、本学の地元・能美市は今夏2回目で、今年は定員を30名に増員しても満席になりました。リピーターの参加者もいましたね。イベントの余韻覚めやらずかしら、イベントの終了後に「姜先生に会いたい」とか「事業計画を聞いてほしい」なんて言ってきてくださるお子さんが結構いて、後日研究室に遊びに来てくれたりもするのです。
能美市のある事業家ファミリーの例ですが、小学1年生のご長男の夢は消防士だったのですが、起業家スクールに来てすぐ事業承継すると幼心に決心したそうです。親が「継ぎなさい」と言ったわけでも、私たちが事業承継を勧めたわけでもなく、起業家教育を経験することで自分から継ぎたいという気持ちになってくれました。まだ幼いのでその気持ちがいつまで続くか分かりませんが、このような例をどんどん増やしていきたいと思っています。
起業家教育の理論的背景の確立が目標。先行き不透明な中、Matching HUBが果たす役割は大きい
― 先生がJAISTに来られて数年が経ちましたが、何か新しい発見や出来事はありましたか?
2017年夏にJAISTに着任しましたが、その後すぐMatching HUBを知り、出展したことが一つの契機でしたね。初参加でしたが、会場では多くの市民の方にお声かけいただきました。「うちの子どもを起業家にさせるにはどうしたらいいか?」「起業家はどうしたら作れるのか?」といった質問を受けたりしました(笑) そのときは「作ろうと思って作れるものではないですよね」とお答えしましたが、この質問がずっと心に引っかかって……。
現在の起業家教育は科学的根拠が十分ないまま、実践が先行しているのが世界的な情勢です。その中でも一部科学として解明されていることもあって、私自身はそのわずかな科学的な根拠を頼りに前任校で起業家教育研究に携わってきました。石川県でも自分が何かすべきではないかと思うに至った折に、地元の自治体とご縁があった感じです。
私の研究は実社会での現象を対象にしたものですし、研究室や学術の世界に閉じこもって研究だけをするのではなく、Matching HUBのような場所で普段ご一緒しない方々といろんなコミュニケーションをすることで、創発されたとも思います。Matching HUBで知り合った方々が実際に相談に来られることも度々ありますよ。
― 最後に、姜先生のこれからの抱負を聞かせていただけますか?
第一に、起業家教育の理論的背景の確立を探求したいです。この思いはすごく強くて、学者としての野心ですね。
起業家教育研究は「何かをやったらから起業する」という単純なものではないので、研究が難しいのです。時間もすごくかかりますし……。でもこういう、難しいからチャレンジする人が少ない、でも社会的に意義のある「先端科学技術」を研究するためにJAISTはあると思っています。茨の道ですが、踏み分けて、進んでいく覚悟です。
あとは、事業承継もさらに研究を進めたいですね。事業承継難で中小企業の廃業が続いていますが、この状況が続けば、地域経済はビジネスエコシステムとしての機能を失います。
起業家教育の科学的根拠の解明は、単純に事業家を育成するだけではありません。事業承継や持続的な地域経済にも貢献できる研究になり得ます。起業家教育の科学的解明こそが、私の学者としてのミッションだと強く考えています。
豊かなリソースに恵まれている北陸ですが、不確実性の高い今、地域の英知を結集してどんな変化にも対応できる強い体制を整える時期を迎えています。そのネットワークをつなぐのに、「Matching HUB」が果たす役割は大きいと思います。また今年もMatching HUBで、多くの出会いがありますようにと願っています。姜研究室のブースにもぜひお越しください、お待ちしております。
― 今日はありがとうございました。
◆本件に関するお問い合わせは以下まで
北陸先端科学技術大学院大学 産学官連携本部
産学官連携推進センター
Tel:0761-51-1070
Fax: 0761-51-1427
E-mail:ricenter@ml.jaist.ac.jp