【デジタルで変わる北陸のミライ:北陸DX‐vol. 1】 五感を広げて、職場の安全性や生活の質を向上する

デジタルで変わる北陸のミライ:北陸DX‐vol. 1

五感を広げて、職場の安全性や生活の質を向上する

北陸地域をはじめとする地方では、人口減少による人手不足が慢性的な地域課題として懸念されています。特に工事現場など危険作業が伴う現場においては、人材確保がますます難しくなっているのが現状です。そこで、注目されているのがスマートウエアラブル技術による省人化、安全性の向上です。いよいよ7月から販売が開始される、業界初となるLTE通信機能を内蔵する次世代スマートグラス(※)「InfoLinker3」において、騒音下でも耳を塞ぐことなく明瞭に音声を聞くことを可能にする骨伝導デバイスを共同研究したのがヒューマンライフデザイン領域の鵜木祐史教授です。
(※)レンズにディスプレイ情報を重ねて表示する、メガネ型のウエアラブルデバイス。

ヒューマンライフデザイン領域の鵜木祐史教授

 

研究の力で危険な現場でも安全作業を確保!InfoLinker3 開発秘話

― 「InfoLinker3」の共同研究はどのような経緯で始まったのでしょうか?

2年ほど前に、ウエストユニティス株式会社からお声をかけていただきました。InfoLinker3には骨伝導による音提示装置を装着する予定があり、それを開発するために「骨伝導」をキーワードとして調べたところ私の研究室が目に留まったようです。

骨伝導は耳の前や後ろに出力装置を付けるのですが、周りがうるさいと骨導音を周りの音がかき消してしまって聞こえなくなってしまいます。そうなると耳栓をした方がいいのですが、耳栓をすると周囲の音が聞こえなくなってしまいます。その頃、安価な骨伝導デバイスもあったのですが、音が昔のポータブルオーディオプレーヤーのように「シャカシャカ音」となって周囲に漏れてしまう代物でした。その「シャカシャカ音」を許容してデバイスを使うと、特に屋外のうるさいところではうまく聞こえないことや、骨導音の明瞭性に問題があることなど、スマートウエアラブルとしての実用化には課題がありました。こういう背景の中で昨年の夏にウエストユニティス社からお話があり、本学東京サテライトオフィスで打ち合わせをしました。

その際、先ほどと同じような説明で技術的難しさをお伝えしましたが、「先生の研究の中でこれらの問題を解決する糸口はありますか,あるのであれば一緒に研究して解決できれば・・・」とおっしゃられたので、ぜひ一緒にやりましょうという話になりました。ウエストユニティス社のチャレンジ性に富んだ社風も魅力的でした。

― 共同研究が目指すものは何だったのでしょうか?

骨伝導で伝わった音声の認識、我々の業界でいうところの「音声了解度」を向上させる技術を確立することです。つまり骨導音を聞いて、しゃべった内容を正しく理解できたのかどうか、聞き取れたのかどうか、ということです。

例えば、「赤い」とか、「青い」と話す場合、「この赤いケーブルを持ってください」と話したときに、「赤い」の子音の「か」のKの破裂音が何かの理由で聞こえなかったら、赤いが「ああい」とか「あおい」と間違えて聞き取ってしまいます。これを骨導音で聞くとなるどうなるかというと、音として非常にくぐもった音になるので、うるさい環境で聞くと聞き間違えのリスクは高くなります。ですから、うるさい環境下でも骨伝導を使って明瞭な音声会話を実現させるためにはどうすればいいか、ということが今回の共同研究の目標で、研究の成果は共同で特許を申請済みです。

 

よりクリアな音を求める研究者たちの挑戦

― 共同研究を進める中でポイントになったものは何でしょうか?

2つあって、1つは骨導音が耳に届く伝搬経路があるのですが、今年の春に修了した博士後期課程の学生がその伝達特性について調べてくれて、その研究成果が大きくものをいいました。ICレコーダー等に録音した自分の声を聞くと、自分の耳で聞く音と違いますよね。それは、自分以外の人は口から出た音を聞くのですが、自分は声帯から出た振動が頭蓋骨の振動を経由して耳に入ります。ですから自らはその音と口から出た音が合わさった音を聞きます。この声帯で発生した振動が頭蓋骨を振動して耳に届く伝搬経路を研究して、その伝達特性が分かりました。

もう1つは、伝達特性が分かると音の伝わり方が分かるので、元々口から出た音が骨伝導によってどれくらいひずむかという情報が得られます(図(a))。そうなると、伝達特性の逆特性を事前に音声に加えておくと、それによって骨伝導が伝わる際にお互いの特性が相殺されますよね。つまり、元々の音があって、それが何かの物理的なメカニズムを通ると減衰してしまう。この音声が減衰することを事前に見込んでおいて、逆に強調しておきます。すると減衰されたのは強調した部分だけで、耳で聞こえるのは元の音声と同じものになるという、そういう考え方です。伝達特性は今お話しした研究結果から分かっているので、その逆特性を事前に強調して、それで伝えてあげると、骨導音で聞いたとしてもちょうどいい塩梅になるだろうという研究が2つめです。

骨導音声の伝達経路の測定結果:(a) 側頭骨振動の伝達特性と(b) 外耳内放射特性(骨伝導による外耳への漏れ)

 

― 逆特性を用いた聞こえ方はいかがでしたか?

本学の防音室で、実際に被験者を集めて骨伝導デバイスを使った音を聞いてもらい、音声了解度試験を何度も行いました。その結果、単に骨導音だけを聴かせたケースと、いま話した処理を施したケースを比較して、どれだけ差が出るかというのを統計検定に則って調べたところ有意差を確認でき、しっかりと改善することができたというのが、今回の成果です。

― そこには、先生が研究されている音の周波数の処理、分析というものがベースになっているのでしょうか?

そうですね。今回の研究が最終的にInfoLinker3に結実したのは、ウエストユニティス社が望んでいる課題の解決が、こちらが持っている技術で解決できると見通せたからだと言えます。

骨導聴取実験中の鵜木教授

 

人間の五感を拡張する!-研究者が読み解くミライのかたち

―アフターコロナの働き方や人々の生活は大きく変わると予想されます。そのような時代の転換期のなかで、今回の研究は社会にどのような影響を与えると思いますか?

InfoLinker3のようなウエアラブルデバイスの有効性は、経済産業省などを中心にかなり前から議論されています。例えばスマートフォンなど身近にあるガジェットを活用した人間の五感を使って相手とコミュニケーションができるデバイスを開発するなど、「Society 5.0」等の政府系のプロジェクトに北陸初世界最先端の研究シーズを活用して貢献できる可能性は大いにあると思います。

今本学で取り組んでいる北陸DXについていえば、DXはリアルからバーチャルな世界へコミュニケーションの場を大きく変えていくものだと思っています。その時に、私は音をやっていますけど、本当は人間の五感、触覚とか、視覚情報、香りとか、そういうものを含めて相手とコミュニケーションをできることがより“リアル”なコミュニケーションを可能にするのではないかと思います。拡張現実(AR)という概念がありますが、同じようなイメージで人間の五感すべてを拡張することで、さまざまな場面でのコミュニケーションが可能です。そういう観点でも、ウエアラブルデバイスは一つのキーワードになるのだと思います。そうした時に、地元北陸の企業が持っている様々なデジタル技術を土台にして共同で開発することで、地域課題の解決につながるのではないかと思います。

InfoLinker3のようなウエアラブルデバイスを活用して工事現場の省人化・安全作業を確保し、人手不足に悩む現場をより働きやすくするというのもそうですが、高齢化社会の課題解決にも資するシーズだと思っています。例えば、良い補聴器みたいなものを創れると良いですね。既存の補聴器でできることには限界があります。骨導音は中耳といってこの外耳の奥に耳小骨という小さな骨があるのですが、そこにトラブルがある方には骨導補聴器というのは凄く有効です。しかし、そのまた奥の内耳に蝸牛というものがあるのですが、そこにある聴神経、神経細胞が死んでいれば、どんなに骨導を増幅して改良しても神経伝播されないので聞こえません。

それを解決する現状の最終手段といわれているのが電極を埋め込む人工内耳です。いま日本では、先天性難聴の幼児さんたちに適用されて症例は増えていますけど、アメリカでは60歳を超えた難聴者の方にも適用されています。日本は高齢化社会に入って、加齢性難聴の人の増加は避けられないと思います。まだ補聴器では解決できない状況もあると思うのですが、かといって人工内耳を入れるとなると敷居が高いですし、お金もかかります。このような情勢から今後の骨導音の研究の方向は、人工内耳というものを踏まえて、高齢化社会のQOLの向上に貢献したいと思っています。いつまでも人生を楽しめるということももちろんですが、シニアになっても元気で働きたいという願いにもこたえることができ、結果として人手不足の解消にも資することになるのではと期待しています。

―北陸地域でも過疎化や高齢化が問題となっていますが、地域住民の皆様がいつまでも健康で楽しく生活できるということが、サステナブルなコミュニティづくりには欠かせませんね。それでは、最後に一言お願いします。

今回のInfoLinker3は共同研究が成果に結びついた貴重な例だと思います。共同研究から社会実装までを成し遂げるためには、学生の気概や情熱がとても重要なファクターとなります。また、北陸DXのように、産学官融合の取り組みを行う場合では、リカレント教育のような形で、北陸の企業に勤めている社会人学生の知見も有用ではないでしょうか。本学で学んだことを、それぞれが所属する会社で活かすことで、本学とのシナジー効果も期待できるのではないかと思います。

研究室の学生と。新しいミライの形を創るのは、研究者一人ひとりの情熱です。

― 鵜木教授、本日はありがとうございました。

 

本件に関するお問い合わせは以下まで

北陸先端科学技術大学院大学 産学官連携本部
産学官連携推進センター
Tel:0761-51-1070
Fax: 0761-51-1427
E-mail:ricenter@www-cms176.jaist.ac.jp

■■■今回の共同研究に関わった本学教員■■■

ヒューマンライフデザイン領域
鵜木祐史教授

https://www.jaist.ac.jp/areas/hld/laboratory/unoki.html