20年以上に渡る光による遺伝子操作の研究は世界最先端の領域に。研究の矛先はいよいよ藤本教授の長年の念願である医療分野に向かっています。一方で、大学教員であることの矜持を胸に、学生や後輩教員の指導、育成にも余念がありません。
光を使うデメリット、光毒性をついに克服
他の追随を許さないポジションは世界が評価
遺伝子を光で操作する手法で数々の実績を上げている藤本教授ですが、そこには光が持つネガティブな課題が常につきまとっていました。「例えば、紫外線がお肌によくないのはご存じですよね。それと同じで、光を当て過ぎると細胞には光損傷というダメージが生じる負の側面があります。このことから光を当てるにしても秒単位で照射します。1秒で済みますので、細胞にかかる負担がその分軽減されるものの光の影響はゼロではありません。そこは常に意識しながらこの技術を発展させていかなければならないと思っています」と話す藤本教授ですが、最近、その課題を克服したといいます。「特許のことがあるので申し上げられないのですが、原理的には、もう光毒性を気にしなくてもよくなりました。これはこの1年の成果です」と、最近の研究について話す言葉に力が入ります。
長年の課題だった光毒性を克服し、光による遺伝子操作の可能性をさらに広げている藤本教授には、国内外から多くの問い合わせが届いています。この高い評価はもちろん一朝一夕で得られるものではありません。「いま光の照射は1秒で済みますが、私たちが研究を始めた20年前は18時間も光を当てていたのです。つまり3,600秒×18時間分の1になったわけですから、当時とは各段の違いですね」と、これまでの研究を振り返る藤本教授。これは20年間の長きに渡って研究を続けてきたからこその成果であり、この研究では他の追随を許さないポジションにあるといっても過言ではないでしょう。
「今、1秒の光照射でDNAを操作できる我々が作った人工分子は国内に限らず海外でも販売され、おかげさまで大きな反響をもらっています。今は、私だけではなく研究室の学生も努力が報われたというか、頑張ってきたかいがちょっとはあったかなと思っています」と、少し感慨にふける藤本教授は続けて、「国内外でこの技術が試薬の研究で使用されていることが認められた証です。今では、分子の開発は多くのノウハウを持つ我々が担い、誰もが我々の分子を使う状況にあります。ちょっと珍しいパターンだと思いますが、これも社会に役立っているということでしょうか」と話し、確かな手応えを感じています。
藤本研究室の研究の様子
光毒性の克服は医学の分野での活用を見越して
光を治療に使うための道筋は見えている
光による遺伝子操作で圧倒的なポジションを確立した藤本教授はいま、医療分野での応用を視野に入れて研究を進めています。「社会の役に立つことを考えると、医学の分野で認められる成果を上げたいですね。もちろん安全性が第一に問われるなどハードルが高いのですが、そこを乗り越えるのが私の最後の目標です」と決意を口にします。最近開発した光毒性を克服する技術は、まさしく医学での使用を念頭に置いた研究でした。それでも病理解析における光による遺伝子操作の使用は、生体内ではなく細胞を外に取り出した血液での検査に終始しています。藤本教授の本心は、これまで光を使うことがなかった治療で使われることにあります。
医療分野への進出に際し、藤本教授が考えている分野が臨床と製薬です。臨床の現場で使用されるためにはいくつも乗り越えなければいけないことがあり「デリバリー(届け方)」と「光毒性」、そして「細胞内生命現象の理解」という三つの大きな課題を指摘します。「我々の光に応答する治療用の人工DNAをどのようにして届けるかです。医薬成分を包む脂質が日進月歩で進化しているので、同じ核酸医薬という観点からすると、対コロナで注目されているmRNAワクチンを参考にできますので、良いタイミングで医薬開発に参画できそうです」と、デリバリー問題の克服の可能性について説明しています。
「光毒性」については、光毒性を気にせずに済む技術は各個人の安全安心な生活につながるものであり、光毒性を無くす手法の開発に既に取り組んでいるとのこと。一方で、「細胞内生命現象の理解」について、細胞の中は分からないことだらけだと言います。藤本教授は「細胞の中は神秘です。そのようなところでデザインした分子が本当にちゃんと作用するのかどうかは分からないので、この辺りもチャレンジングなところです。狙ったとおりに作用するのかどうかは、慎重に試していかなければならないですね」と、医学での応用の難しさと意欲を語ります。
核酸医薬に関する遺伝子解析の資料
ベンチャー企業と進められている製薬への挑戦
本学で指導する学生、後輩の将来にも夢を追う
そのような中、藤本教授のもとには複数の会社から問い合わせが寄せられています。「薬を作ることはプロと組まないと進められないと思います。私たちは分子を操作するノウハウは持っていますけど、薬となるとまたいろいろな課題がありますから、専門性を備えた人たちとのチームでやっていかないと乗り越えられないと思います。実際に信頼できる化学メーカーと試薬化について共同研究を実施しています。またバイオベンチャーとも共同研究を始めたところで、今後の一つの方向性として積極的にチャレンジしたいですね」と、着実に医療の分野で歩を進めている様子が窺えます。
同時に藤本教授は、人材育成の大きな使命を自らに課しています。「私は研究所にいるのではなく大学にいます。ですので、人を育てることでも結果を出さないと、存在する意味がないとさえ思っています」と、きっぱり言い切る藤本教授。藤本研究室で共に汗することを通じて学生、後輩の教員が成長する。そして藤本教授からバトンを受け取り、次のステージの分子作成や治療法の確立、製薬といった分野で結果を残す。こういった研究の進展と学生の育成という良い循環をまわすことをモチベーションに、藤本教授は日々活動しています
最後にメッセージをお願いすると、「それは本当に手前味噌なんですけど、私たちはDNA、RNAを光で操作する分子においては、世界最速のスペックを持った分子、分子ライブラリーをもっています。ですので、これらを使うことで、共同研究によって、これまで想像すらできなかったことが現実のものになるかもしれません。いろいろな出会いこそが創造力、新しいものを生み出す力につながると思いますので、ぜひ一緒に何かにトライできればと思います」と、話を結んだ藤本教授。
世界最先端の研究は、広く門戸が開かれています。
藤本教授の研究が表紙を飾った学術雑誌
世界が注目する光で遺伝子をコントロールする独自技術は、医療、創薬の領域での活用に向け着実に研究が進む(前編)はこちら
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北陸先端科学技術大学院大学 産学官連携本部
産学官連携推進センター
Tel:0761-51-1070
Fax: 0761-51-1427
E-mail:ricenter@www-cms176.jaist.ac.jp
■■■今回の研究に関わった本学教員■■■
生命機能工学領域
藤本健造 教授