(前編)<シーズレポート> 東日本大震災を教訓に、災害が社会に与えるインパクトを最小化するシステムの社会実装を目指す

巨大な地震と津波によってかつてない被害をもたらした東日本大震災から10年を迎えます。この大震災では、場所によっては10メートルを超える津波が押し寄せ、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な打撃を与えました。災害が発生した後の早急な被害状況の把握は、その後の救助・救援活動や復旧、復興に欠かせないものであり、同大震災を現地で体験した知識マネジメント領域の郷右近英臣准教授は、その経験を活かし、災害に強い社会を実現すべく研究に取り組んでいます。

 

通信、交通網が遮断され陸の孤島と化す被災地
被害状況の把握に威力を発揮する技術開発に汗

大規模な災害が起きた時、被災地はどこで何が起きているのかが分からない「情報空白期」といわれる状況に陥ります。被災地に通じる道路等が遮断され、電力供給が途絶えて情報通信システムが機能しなくなると、情報空白期は救助・救援活動の障害となるだけではなく、被害を増大させる可能性もはらみます。郷右近准教授は、このような情報空白期による問題を解決するために、東日本大震災の前からリモートセンシング(人工衛星に搭載したセンサで地球や地表を観測する等、物を触らずに調べること)技術の研究に携わっていました。そして東日本大震災が発生した時には衛星画像の解析等を駆使して、自衛隊ほかによる救助・救援活動をバックアップします。郷右近准教授は、「例えば自衛隊の方々が被災地で活動をするうえで、リモートセンシングで地域別の被害状況が分かれば、目的地別に必要となる隊員の人数や、最適な移動ルートが把握できるようになります」と、当時を振り返ります。さらに、「人工衛星から雲を透過するレーダーを照射してその反射波を観測すれば、悪天候でヘリコプターやドローンが飛ばせない時や夜間でも調査することができます」と続け、リモートセンシングの強みを指摘します。

郷右近准教授も取り組んだ東日本大震災の被害調査

 

学生時代から衛星画像解析の研究に取り組む
リモートセンシング研究はサモア沖地震が契機

以前から図形問題を解くのが好きだった郷右近准教授は、自らの長所を活かせる研究対象を求め、空間情報処理の分野に進みます。その頃の2009年9月、南太平洋でサモア沖地震が発生しました。死者は100人を優に超え、数万人が家屋を失った大きな地震で、その衛星写真を使って被害状況の把握を試みたのが郷右近准教授の最初の研究でした。その後も、衛星画像の解析をベースに、津波発生メカニズムを解明し、そこに災害リモートセンシングの数値解析やデータ分析を組み合わせることで被災状況の把握手法を構築するなど、地域別の津波災害の脆弱性を量的に読み取る研究に励みました。
この時、郷右近准教授の研究に対する大きなモチベーションになっていたのは、情報空白期が被災地に与える大きな弊害とそれを解決する手法が求められていることでした。そして、その研究が東日本大震災での先の行動につながります。

知識マネジメント領域の郷右近英臣准教授

 

シミュレーションを駆使して進められる研究
ミャンマーでの活動が社会実装化のヒントに

大学院に進んだ後も精力的にリモートセンシングの研究に携わった郷右近准教授は、同研究は津波のシミュレーションと親和性が高く、災害が起きなくても津波の数値解析によって広域の被害を予測できるといいます。例えば、特定の地域の建物が2mや3mの津波が来た時にどのような影響を被るのか、という浸水分布が予測できるので、その地域の建設の可否を含めて対策が立てられます。

JAISTに着任する前、郷右近准教授が東京大学生産技術研究所に在籍していた時、JICA、JSTの「SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)」でミャンマーの防災力、災害対応力を強化するプロジェクトに参加しました。発展途上国支援に日本の技術を提供する支援事業で、上手く運んだことも多くありましたが、現地の人とのやりとりでは大変なことが度々あったといいます。その一つが、現地の人のペースに合わせずに技術を提供しても、その技術はなかなか根付かないというもの。この時、郷右近准教授は「単に技術だけを伝えようとしてもダメだと思います。地域には固有の生活スタイルがあるので、個々の地域が使いやすい形に変換して技術は伝えられるべきです」と実感しました。
また、個々の地域の人々にとって使いやすい技術のあり方を考えるという視点から、実際に災害が発生した時の状況を想定し、「被災の現場では慌てていたり、心理的に追い込まれたりしているので、その状況で高度な判断をするのは難しいでしょう。そこで、伝える情報をある程度原始的というか、人間が持っている本能や直観で理解しやすいような形までシンプルにして伝えていく必要があると痛切に感じました」と、郷右近准教授は当時の胸の内を語ります。

いろいろな気づきを得たミャンマーでの支援プロジェクト

 

収集した災害データをいかに社会の防災力に繋げるか
知識科学の研究で、人が使える仕組み作りを目指す

大学院に進んだ後も精力的にリモートセンシングの研究に携わった郷右近准教授は、同研究は津波のシミュレーションと親和性が高く、災害が起きなくても津波の数値解析によって広域の被害を予測できるといいます。例えば、特定の地域の建物が2mや3mの津波が来た時にどのような影響を被るのか、という浸水分布が予測できるので、その地域の建設の可否を含めて対策が立てられます。

ミャンマーでの経験を通じて郷右近准教授は、「社会への災害のインパクトの最小化を第一の目的とした場合、防災研究で単に数学的な分析、解析をしただけでは社会は何も変わりません。研究で得られた知見を、いかにして社会の防災力に変える仕組みにしていくかを考えなければなりません」と、防災力の社会実装に向けた今の心境を口にします。「いま私はJAISTの知識科学系という、知識をいかにマネジメントして社会を良くしていくかを考える研究科にいます。大量の災害関連の情報を分析して、そこから知見を得るプロセスというのは非常に高度で大切なことです。一方で、最終的なアウトプットとして出される情報は人間にとって理解しやすく、人間が受け入れやすいものであるべきです。このような防災力を社会の仕組みとして実装するためにはどうしなければならないのかを考えると、知識科学の知見を活かすことは避けられず、このことを念頭に研究を進めています」と、社会実装を前提に取り組んでいる研究への熱い思いを話します。
 
次回は、防災力の社会実装に向けて取り組んでいる様々な研究を紹介します。

 

本件に関するお問い合わせは以下まで

北陸先端科学技術大学院大学 産学官連携本部
産学官連携推進センター
Tel:0761-51-1070
Fax: 0761-51-1427
E-mail:ricenter@www-cms176.jaist.ac.jp

■■■今回の研究に関わった本学教員■■■
知識マネジメント領域
郷右近英臣准教授

https://www.jaist.ac.jp/areas/km/laboratory/gokon.html