高村禅 教授
東京大学博士(工学)。日本学術振興会特別研究員、文部省宇宙科学研究所助手、東京大学大学院工学系研究科助手を経て、2003年に本学に着任。専門分野は微細加工、微小流体力学、バイオチップ、マイクロプラズマ。
マテリアルサイエンス研究科の高村研究室では、半導体プロセスを応用した高機能なセンシング技術を開発し、病気の診断と予防、創薬、環境、生命現象の解析など、さまざまな分野への応用を図っています。平成26年度は、文部科学大臣表彰科学技術賞の受賞、独立行政法人科学技術振興機構が公募する「戦略的創造研究推進事業[チーム型研究(CREST)]」の採択と、嬉しいニュースが続きました。
市場拡大が期待されるバイオチップの開発
私の学術的なバックグラウンドはマテリアル工学で、特に機能性無機材料の微細加工です。材料の視点から見ると、バイオ系分子は非常に面白く、これらを組み合わせて何か機能のあるものをつくりたいという気持ちが研究活動のベースにあります。
継続して取り組んでいるテーマは、半導体微細加工の技術を用いてセンサーや分離装置、培養装置などを集積したバイオチップの研究開発です。Lab on a chipとも呼ばれて近年注目されている分野です。
高村禅教授が開発したバイオチップ
ヒトの血液には、健康に関する情報が多数含まれています。たとえば、体の中にがんができると、血中に腫瘍マーカーと呼ばれる物質が増えるため、血液検査により発見できます。また血液検査は健康管理にも有効です。現在、私たちが医学専門家の協力を得て開発を進めているのは、メタボ管理用のバイオチップです。主に糖尿病に関与するインシュリンの働き具合を、家庭での血液検査で確かめることができます。メタボリックシンドロームの予防や改善には、薬のほか食事療法や運動療法が効果的ですが、家庭で血液検査ができるようになれば、前日の食事内容や運動が適切であったかが日常的に判断できるようになると期待されます。
私たちが開発したバイオチップは、切手程度の大きさで、血液検査の前処理から分析まで一連の化学実験をチップ上で完結させています。計測器は掌に乗るくらいのサイズですが、将来的にはポケットサイズにまで小型化します。さらに機能性、安全性、コスト、使い勝手の面でブラッシュアップし、家庭での使用を実現できるよう実用化を進めているところです。
オンサイトで利用可能な元素分析装置の実用化
半導体微細加工の技術を使った計測装置は、医療やライフサイエンス分野以外でも応用することができます。その好例が文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞した「液体電極プラズマ発光分析技術」です。
現在、食、環境、医療、生産、研究開発などさまざまな場面で液体試料の高感度な元素分析が必要となっていますが、誘導結合式プラズマ発光分析法と呼ばれる従来の分析法では、熟練したオペレータが大型・高価な装置を操作する必要があります。私たちの研究室から生まれた液体電極プラズマ発光分析法は、液体試料を幅0.1mm程度の微小流路の中に閉じ込め、プラズマを短時間発生させる仕組みで、なおかつプラズマの発生に必要なガスを試料液そのものから作成します。このため大規模な設備が不要となります。この技術はすでに大学発ベンチャーの(株)マイクロエミッションが「ハンディ元素分析器」として実用化・販売しており、特に製造工場における薬液の品質管理に有望視されています。
基礎を踏まえた応用、応用を見据えた基礎で、新たな挑戦を
最近、新たにふたつの研究テーマに着手しました。ひとつは1細胞を解析する試みで、CRESTに採択されました。ヒトのような高等動物では、臓器・組織のような細胞集団が役割分担をし、全体の生命を保っています。私たちの研究は、細胞集団の空間の位置情報を保ちながら、1細胞の中身を解析できるようなプラットフォームをつくろうというものです。これにより生命の仕組みへの理解が深まるとともに、がんや神経疾患の病理に関するより詳しい情報を得ることができます。もうひとつは、分子一個一個を計測できる質量分析装置を小型化し、チップに乗せていくような技術開発です。近年、極めて低い濃度のサンプルを測りたいというニーズが高まっていますが、従来の微細加工技術だけでは限界があり、その先を拓くための挑戦です。
出口に近い研究をしている私たちですが、興味は基礎的なところにあります。新しいことしたければ基礎が重要ということは私たち自身、常に肝に銘じていることです。一方で、新しいものに対するセンシティビティを磨いておくことも必要です。
枠にとらわれないこと、そして楽しい、面白いと思って取り組むことも大切です。楽しいと思えるテーマが与えられないのであれば、自分でつくっていけばいい。学生さんにも、それくらいの気概で能動的に研究に取り組んでほしいですね。
平成26年12月掲載