研究

教員インタビュー(この人に聞く)

西本一志 教授

「不用の用」に目を向け、誰もがクリエイティブであることを支援

西本一志 教授

ヒューマンライフデザイン領域 西本一志 教授 Nishimoto Kazushi

京都大学工学修士、大阪大学博士(工学)。松下電器産業(株)、(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)勤務を経て、1999年より現職。専門はメディア情報学。

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人間の創造的な能力を引き出すメディアの研究に取り組んできた西本一志教授。創造性支援の研究といえば、トップエンドのクリエイターやアーティストが対象となることが一般的ですが、西本教授は「普通の人々」の中に埋もれている創造性を発掘し、活用する仕掛けをつくるという視点で、研究を展開しています。



便利な現代生活に「妨害的な要素」を埋め込むと―

私が今取り組んでいる研究テーマは、大きく分けてふたつあります。ひとつは、日常にちょっとした「妨害要素」を埋め込むことで、クリエイティビティを育てようというもの。もうひとつは、人々が何気なく捨て去っている知識を集めて再活用できるようにするというものです。

JAISTに着任した頃、私はピアノ演奏支援システムの研究に取り組んでいました。どんなシステムかというと、楽譜通りにメロディを弾く作業は計算機に任せ、演奏者は演奏表現に取り組めるようにするというものです。楽譜の再現は、苦労を伴うわりに誰がやっても同じ結果でクリエイティブとは言えません。演奏者にとっての本質的な創造的作業は、その先にある、メロディにどんな表情をつけるかにあると考えたのです。
ところが、開発した当事者である私を含めて、誰もこのシステムを実際に使い続けようとは思いませんでした。なぜでしょうか。自明のことかもしれませんが、本質的ではないけれど難しい作業が、人間のやる気を生み出す源泉になっているのという側面があるのです。
そういう意味で、最近は世の中が便利になり過ぎていて、創造的にものを考えて解決することが少なくなってきています。ではそこに妨害となるような要素を少し埋め込み、それを乗り越える工夫を人々に強いる仕組みがあれば、創造性を育成できるのではないか。そんなアイデアから「妨害による支援」という研究が始まりました。
具体的な事例をいくつか紹介します。



■漢字入力システム『Gestalt Imprinting Method (G-IM)』

最近、「漢字を読めるが書けない」という人が増えており、日本だけでなく中国でも社会的な問題となっています。理由は明白で、パソコンやスマホが普及し、漢字を手書きすることが減ったことからです。ユーザは漢字入力による変換ミスがないかを確認するだけで、詳細な字形は確認しません。そのため漢字をどんどん忘れるのです。手書きを推奨する意見もありますが、手書きの場合、間違った漢字を間違ったまま書き続けるという落とし穴があります。
この課題に対し私たちが開発したのは、「ときどき誤った字形の漢字を出力し、正しい形状の漢字に修正しなければ文書を保存できない」というシステム、名づけて『Gestalt Imprinting Method (G-IM)』です。たとえば下記のように、誤った形状の漢字と正しい形状の漢字が変換候補として表示されます。

【誤った形状の漢字と正しい形状の漢字の例】

G-IMを導入すると、ユーザは漢字が出るたびに意識を払うことを強いられるので、否応なく正しい形状を覚えます。実際、比較実験を行ったところ、本システムを使用した場合、通常の漢字入力システムや手書きでは得られない学習効果が得られました。効率の面から言えば妨害機能ですが、学習面では効用が得られるわけです。



■ドラム練習支援システム『iDAF Drum』

『iDAF Drum』は、ドラム経験のある学生が研究に取り組んだもので、遅延フィードバックにより、手首を返す伸筋を鍛えることを目的としています。
ドラムを演奏する際、打面をスティックで叩いた後、反発力に任せてスティックを上げていては、音色が悪くなる上、高速のドラミングができません。手首を反らしながら意識的にスティックを振り上げることが大切になりますが、この動作に習熟するためには手首を返す伸筋を鍛えることが欠かせません。『iDAF Drum』では、スティックがドラムの打面を叩打するタイミングと発音の間にごく短い遅延を挿入します。演奏者は遅延を聴覚的には知覚できませんが、身体が反応してスティックの振り上げが大きくなり、手首を返す伸筋が自然に鍛えられます。このシステムを被験者に2週間使ってもらい、筋電計測を行ったところ、手首の筋肉がよりよく使われていることが分かり、さらに「ドラムの音色がきれいになった」との主観的な評価も得ることができました。知覚はできないものの、妨害的な機能がトレーニングに効果を発揮したのです。

【遅延時間の違いによるスティックの振り上げ幅の変化】



■共有スペース管理システム『TableCross』

『TableCross』は、共有スペースの整理整頓という、当研究室が抱える問題を解決するために提案したシステムです。共有スペースのテーブルの状態を上方からカメラで捉え、その乱雑度に応じて共有スペース利用者のパソコンのデスクトップ上にゴミアイコンをばらまく仕組みで、テーブル上の70%がモノに占拠されていれば、デスクトップの70%がゴミアイコンに占拠されます。アイコンは、現実のテーブルをきれいに片づけない限り、削除してもすぐ復活します。明らかな妨害行為ですが、共有スペースの管理という効果が期待できます。
ところがこのシステムには抜け道がありました。ゴミを平面的に広げるのではなく、縦に積み上げることで、カメラの目を回避する学生が現れたのです。褒められることではありませんが、妨害を乗り越えてクリエイティブな解を見つけ出したとも言えます。

【TableCrossの仕組み】

利便性の追求とは一線を画した視点で研究を行っているのは、私たちだけではありません。不便さを敢えて取り入れる、「不便益デザイン」という概念を提唱する京都大学の研究グループとは、類似点と相違点を持ちながら、活発な研究交流を行っています。



創造行為の「もったいない」を解消

もう一方の、人々が捨て去っている知識を集めて再活用する、というテーマについては、『Text ComposTer』と名づけた文章作成支援システムの開発に取り組んでいるところです。これは、いったん作成したものの全体の流れにそぐわないなどの理由で削除された文章を知識ベースに保存し、他の文書作成時に利用できるようにするというシステムです。現在試用実験を行っており、近々WEBアプリ版が完成する予定です。
論文や原稿を作成する作業は、書いては消し、書いては消しの試行錯誤のプロセスです。最終的に成果物として残らなかった文章であっても、その人がつくりだした貴重な知識であることに違いはありません。
そのときはいらないと思う知識が、別の場面で役に立つこともあります。強力な接着剤の研究を行う過程でたまたまできた「簡単にはがれる接着剤」が、後年ポスト・イットの誕生につながったという開発秘話はよく知られている例です。私たちの研究室でも、プログラムのバグで電子音の発音遅延が生じた体験がヒントとなって、前述のドラム練習支援システムが実現しました。

文書作成に限らず、人間はさまざまな場面でさまざまな創造行為を行っています。歩きながら鼻歌を歌うことも、ノートの片隅に落書きすることも、立派な創造行為です。そこで生まれた創造物が消えてなくなるのは、非常にもったいないことではないでしょうか。
妨害的な要素もそうですが、実はいらないと思われているもの、不合理なものが世の中には必要なのではないかと思っています。私たちこれを「不用の用」と呼んでいます。
不用の用に目を向けることで、選ばれた人だけなく、誰もがクリエイティビティを発揮できるようになる―。私はそんな創造活動支援をしたいと思っています。

平成29年12月掲載

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