大島義文 教授
富士通研究所 材料分析技術センター 研究員、東京工業大学 材料物理学専攻 助教、科学技術振興機構さきがけ研究者(併任)、 大阪大学 超高圧電子顕微鏡センター 特任准教授などを経て、 2014年JAISTに着任。
専門分野は薄膜、表面界面物性、半導体、光物性、原子物理。
観察したい対象に光を当てて像を拡大する光学顕微鏡に対し、光の代わりに電子線を当てて像を拡大するのが電子顕微鏡です。電子顕微鏡は、光学顕微鏡では観察不可能な微小な構造を鮮明に観察、解析でき、原子の世界までも追求できるツールとして物理学、化学、工学、生物学、医学など幅広い分野で利用されています。
大島義文教授は、透過型電子顕微鏡を駆使し、ナノの世界で生まれる新しい物性を探索しています。
装置づくりから手がけ、ナノの世界を探索
パソコンやスマートフォンなど私たちに身近な電子デバイスの小型化が進み、デバイスを構成する半導体部品等のサイズもどんどん微細化しています。これに伴い、ナノスケールの物質の物理化学にかかわる現象の解明や、新物質の探索に期待が寄せられています。
1ナノメートルは10億分の1メートルで、おおよそ原子数個分のサイズにあたります。ナノスケールのものを見るためには電子顕微鏡が必要です。そして電子顕微鏡を駆使すれば、対象物を見るだけでなく、電気の流れやすさ・流れにくさ、あるいは硬さ・柔らかさといった性質を解析することもできます。
ナノスケールの⼒学的性質を調べるために開発した装置の概観図と写真
当研究室では、装置づくりから手がけて、ナノスケールの世界で原子がどのように並んでいるか観察し、さらにその構造と電気伝導や力学的性質などの物性の関係を解き明かす研究を進めています。20年かけて開発した装置は、透過型電子顕微鏡に微小な部材から構成された測定装置を組み合わせたもので、こうした技術やノウハウを有している研究室は世界的にもほどんどありません。オリジナルの装置にさらなる改良を加えながら、新しい計測手法を考案し、ナノ世界の探索を進めています。
ナノスケールの⼒学的性質を調べるために開発した装置の概観図と写真
ナノの世界をこの目で見たい!
本学に設置されている最先端走査透過型電子顕微鏡
学生時代の話ですが、大学院進学にあたっていろんな研究室を訪問した際、ある研究室で、透過型電子顕微鏡で捉えた動く金の原子のビデオ映像を見せてもらう機会がありました。50個くらいの金の原子がもそもそと動き、五角形になったり、正方形になったり、丸くなったりと、実にいろんな構造を見せてくれました。当時は原子を見るということ自体が新鮮な驚きでしたし、なおかつそれが動いているわけです。感動しました。東京工業大学でその研究室を率いていたのは高柳邦夫先生です。電子顕微鏡を駆使し「金ナノワイヤーのらせん構造」など、ナノスケールで生まれる興味深い新構造を次々と発見した世界的に有名な研究者です。
そこからが私の研究者人生のスタートで、「新しい構造が生まれるのであれば、新しい性質も生まれるだろう」と、電気の流れやすさ、結合の強さを測定するという研究に取り組むようになりました。
本学に設置されている最先端走査透過型電子顕微鏡
世界初、個々の原子間の結合強度の測定に成功
白金ナノ接点のTEM像とそのばね定数(結合強度に関わる)の関係を示す。白金ナノ接点が細くなるにつれてばね定数が小さくなることを示す。
具体的には、白金原子がネックレスのように一列に並んだ鎖状物質を対象に、個々の原子の並びを観察しながら、その結合強度を計測できる「顕微メカニクス計測法」を開発しました。実際にこの方法で計測を行って数値を出したところ、白金原子の鎖状物質は、白金の塊(バルク)と比べて結合強度が強いということが分かりました。
白金は触媒として多用されることで知られていますが、 触媒反応は白金のバルクの表面で起きます。表面の白金原子の結合の性質は、バルク中のものとは異なるだろうと考えられていましたが、これまで計測する手法は確立されていませんでした。今回、原子が並んだ究極の「表面」において結合強度の測定に成功したことで、研究の世界の大きな前進となったと高く評価されました。
白金ナノ接点のTEM像とそのばね定数(結合強度に関わる)の関係を示す。白金ナノ接点が細くなるにつれてばね定数が小さくなることを示す。
機械学習による画像認識で、効率的な解析手法の確立を急ぐ
機械学習への取り組みの一例を示す。TEM像から材料の形状を示す様々な記述子を抽出し、同時に測定した物性値との相関を調べることで、これまでに発見できなかった法則性を見つけ出す。
物質は永遠に同じ状態を保つわけではなく、時間とともに破断するなどの変化が生じます。変化のプロセスには規則性があるはずです。それが解明できれば、変化を妨げる、あるいは逆に変化を促進するなど、変化を制御できる材料の設計が可能になります。
物質が変化していく様子を調べるには、電子顕微鏡で対象物のビデオ映像を撮影することになります。ただし1000コマ、2000コマとコマ数が増えると、人間が一枚一枚画像を見て判断し、規則性を見つけていくのは現実的ではありません。そこでコンピュータ・プログラムに人間に代わって効率的に作業をさせようというのが私たちのアイデアです。
これまでの電子顕微鏡を使った観察や解析は、安定な状態でどんな現象が起きるかを対象にしており、変化などのダイナミクスを捉えることは難しい、というのが通念でした。そこに機械学習の手法を活用し、コンピュータに電子顕微鏡観察像を認識させることに挑戦しています。少しずつ結果が出てきており、できれば誰よりも先に論文を出したいですね。
機械学習への取り組みの一例を示す。TEM像から材料の形状を示す様々な記述子を抽出し、同時に測定した物性値との相関を調べることで、これまでに発見できなかった法則性を見つけ出す。
材料開発において本質の理解を促す
世界を見渡すと、現在、材料分野の研究開発に投資をしているのは中国です。透過型電子顕微鏡に興味を持ち、一緒に何かしようと言ってくれる研究者もいますし、当研究室で学びたいという学生も多いです。
私たちの研究は基礎研究であり、限りなく原子の世界を見ています。それを利用した次世代の新しい素材、デバイスができるのは、もう少し先のことです。実際、現時点では企業はもう少し大きい材料を扱っています。しかしこの先も情報化社会を支える電子デバイスは間違いなく小型化していきます。先んじて研究を行う意義は大いにあります。本質的な科学の進歩のためには、ナノスケールで見て、物質現象を理解することが欠かせないのではないでしょうか。
令和3年6月掲載