日髙昇平 准教授
九州大学理学部生物学科卒業、京都大学大学院情報学研究科博士後期課程修了。同大学博士(情報学)取得。
2008年 Indiana Universityにて博士研究員。2010年北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助教。2017年より同准教授。言語・認知発達、意味認知の計算論的メカニズムの解明を目的に、心理学実験・情報理論・機械学習・非線形時系列解析などを駆使した研究を行う。
人がものごとを理解し、創造的な活動を行うためには、「認知」という心の働き・機能が欠かせません。
これまで子どもの言語・認知発達や、行為や身体運動から意図を推定する方法論についての研究に取り組んできた日髙准教授は、これらの延長線上で、人がどのようにものごとを認識・理解しているか、「意味理解」の計算理論の構築に取り組んでいます。
なぜネッカーキューブは立体に見えるのか
学生時代、数理生物学の考え方に強い影響を受け、数学と縁が遠そうな対象を数学的に説明することに興味を持つようになりました。そのひとつが人の行動です。現在は、認知科学および人工知能の領域等にまたがって、人がどのようにものごとを認識・理解しているのか、すなわち「意味理解」についての研究を、理論的あるいは実験的に行っています。
人の認識の面白い点は、正解がひとつではなく、さまざまな解がある場合でも、特定の方向性をもった認識が現れる点です。これは認知バイアス(偏り)とも呼ばれます。たとえば、同じ一つの絵であっても、どちらが図でどちらが背景か、見る人によって解釈が異なったり、見続けているうちにふと見方が切り替わったりする「だまし絵」と呼ばれる曖昧図形があります。また「ネッカーキューブ」(下記図のA)は二次元上の図形でありながら三次元の立体のように見えることで知られています。その立体も、見方によって2種類が知覚されます。他方で、私たちの行った調査によれば、Bの図は平面的に見えると答える人が多数です。なぜAのネッカーキューブは立体に見えて、Bは平面に見えるのでしょうか。
無限に存在する解の中から、なぜ特定の解が選ばれるのか
だまし絵やネッカーキューブなど図形の知覚的な解釈だけでなく、数の推論においても同じようなことが起きています。次の「規則推定問題」を解いてみてください。
問:次の三つ組み数列に関する規則に関する問いに答えよ。
・(1, 3, 7)→(3, 7, 1)
・(2, 5, 6)→(5, 6, 2)
・(4, 9, 8)→(?, ?, ?)
(?, ?, ?)に当てはまると思うものをすべて答えなさい。
a(?, ?, ?)=(13, 12, 16)
b(?, ?, ?)=(14, 16, 18)
c(?, ?, ?)=(9, 8, 4)
実は「?」にどんな数字を入れても、これを満たす関数をつくることができ、数学的にはa~cのいずれも正解です。ところが、大半の人はcの(9, 8, 4)を選びます。なぜ特定の組み合わせが解答として選ばれるのでしょうか。
ここに挙げた図形の知覚や数の推論を含め、さまざまなことについて、人にはある共通の方向性を持った認識をする傾向があります。かつてヴィトゲンシュタインらクリプキら哲学者が言語や規則に関して指摘していたことです。しかし、ここに示した通り、図形や数においても類似の認知的な偏りが生じることから、より具体的に研究が可能になると考えています。私の研究では、このような具体的な認知の偏りを理論的に説明する試みの一つとして、「圏論」という数学の理論が有力ではないかとにらんでいます。当研究室ではここ3年間サマースクールを行っていますが、2020年は「認知科学者のための圏論入門」がテーマとなっています。前述のネッカーキューブの知覚についても、圏論を基礎とした計算理論を構築しており、近くその成果を発表する予定です。
「機械学習」から「機械理解」へ
私たちの研究の先には、「機械理解」という新分野の開拓があります。
現在のAIは、機械に大量のデータを覚え込ませ、機械がそのデータを参照しながら判断や予測ができるようにすることで進化しています。これが機械学習と呼ばれる分野です。
機械学習には膨大なデータが必要です。しかし、たとえば前述のだまし絵は、一枚の画像に多義的な解釈があります。つまり、機械に大量のデータを与える学習では意味がなく、同じデータに対して解釈を深めていく理解が必要になるのです。
研究の進展とともに、人工知能でできることも増えましたが、同時に人工知能ではできないことも少しずつ見えてきています。そこに切り込んでいくにはどうすればいいか。まだ方法は確立されていませんが、「機械学習(マシン・ラーニング)」に対して、「機械理解(マシン・アンダースタンディング)」というアプローチが、ひとつの手段として有効ではないかと考え、基礎的な理解を深めています。
より短いスパンでの目標としては、数年前から『意味理解とは何か』と題した書籍の執筆に取り組んでおり、来年度には上梓にこぎつけたいです。日本の認知科学分野では、私たちのような情報処理を基礎とする研究アプローチが根付いているとは言い難いため、広く理解を促すことができればと思っています。
素朴な疑問を追いかける研究姿勢を大切にしてほしい
当研究室では、独自の取り組みとして「研究室内インターンシップ」を毎年秋~冬に開催しています。これは修士2年(M2)の修士論文研究を修士1年(M1)の学生が手伝うというものです。M2学生にとっては、自身の研究への協力を得るとともに、後輩に課題内容を説明することで、自分の研究についてより理解を深める機会になります。また普段は私から指示をもらうことが当たり前になっている中で、小さなチームであってもリーダー役を務める体験ができます。M1学生は本物の研究の体験を通じて学ぶことが多く、1年後の自分の姿を具体的に想像できるようになります。
私自身はほぼ毎日学生と一緒にミーティングスペースで昼食を食べていますが、雑談で交流を深めるだけでなく、ときにはランチミーティングとしてプレゼンを実施することもあります。
学生の研究については一人ひとりの主体性を重視し、各自がやりたいこと、自立的に研究に取り組むことができるテーマを設定しています。当研究室には、「これが知りたい」「こういうものをつくりたい」というような素朴な疑問を持っている学生が向いていると思います。やり方が分からなくても、技術的には無理難題であっても構わないので、自らの素朴な疑問をモチベーションとして研究に向き合ってほしいですね。
令和2年12月掲載