学長対談[北陸経済連合会会長/北陸電力株式会社代表取締役会長 金井 豊 氏]
デジタル化が進むこの時代に、産業界や地域社会で活躍する人材にはどのような資質が求められるのか。そのための人づくりはどうあるべきか。これは、今後の社会へ人材を送り出すJAISTにとって非常に重要な課題です。そこで今回は金井豊氏をお招きし、企業トップとして、また北陸の産業界を俯瞰するリーダーとしての視点で今後の学生への期待を語っていただき、さらに産学連携の取り組みについてもご提言をいただきました。
多様化する人材ニーズの中で、人に負けない特色と個性を
寺野 JAISTは、世界トップの研究大学を目指して最先端の研究を推進しています。大学における研究は、それ自体の重要性はもちろんですが、それを通じて学生を育て、研究成果と人材育成により社会に貢献することが重要であると考えています。そのために本学の教員採用においては研究レベルだけでなく、学生の指導や社会との連携にどれだけ意識をもって取り組んでくださるかという面にもウエイトを置いています。北陸の経済界を牽引されるお立場の金井会長にまずご意見を伺いたいのは、社会に出て活躍できる人材を送り出すために、大学はどのような学生を育成していくべきかという点です。
金井 企業にとって必要な人材は、今たいへん多様化しており、ひと言で言うのは難しい状況にあると私は思います。学生時代の最先端の研究成果をもってぜひ我が社へという企業がある一方で、むしろポテンシャルに期待して、技術系であっても会社に入ってから仕事を憶えていってくれればいいという場合もあり、本当に千差万別ですね。その上で、北陸経済連合会(以下、北経連)の会員企業など様々な方に聞いたところを集約すれば、幅広い教養と社会人としての素養、良識がベースにあって、その上で何か特色のある人材を期待している、ということになろうかと思います。
寺野 そういったご意見を伺うと、心強い思いがいたします。と言いますのも、本学では自分自身の専門性についてしっかりした力を備えた学生の育成を基本としつつ、専門のメインテーマ以外にサブテーマを設定して、離れた分野の知識を習得し、幅広い経験を積ませることを開学時から行ってきました。自分の専門分野でどこまで高みに行けるかを追い求めるだけでは、本当に新しいものを生み出そうという時に壁ができてしまう。その壁を越えるのは広がりをもった知識であるという考え方が根底にあります。これに加えて、社会に出てチームの一員として自分の仕事をきっちりと理解し解釈した上で前に進めるという面も我々なりに意識した教育を進めています。
金井 完全に自分自身の専門だけでなく他の分野にも目を向けられ、社会に出て活躍できる人間を育てるというのは、今の産業界が望む学生像に近いのではないかと思います。企業のニーズは幅広く、かつ大学院での研究と企業の仕事は必ずしも一致しないことがたくさんありますから、学生には専門分野の力に限らず、これだったら人に負けないという特徴、例えばコミュニケーション力やリーダーシップ、あるいはフォロワーシップでもいい、何か特色や個性が光る人を求めることが多いと思います。
技術を使う側か、作る側かその違いで働き方も変わる
寺野 金井会長も技術畑のご出身でいらっしゃいますが、大学で学んだことと入社後の仕事との関連はどのようなものだったでしょうか?
金井 私自身は機械工学を専攻し、熱力学の領域を学びました。卒論のテーマは「凝縮熱伝達」に関するもので、これを一番産業で応用しているのが火力発電所の復水器ですので、その意味では電力会社は親和性が高かったのです。ただ、そこを意識して北陸電力に入社したということではなく、エネルギーへの興味があったということですね。入社後も火力ではなく、むしろ原子力を希望し、最初は原子炉物理に関わる仕事に携わりました。その後、原子炉の安全解析あるいは安全のための基準づくりや設計など、少しずつ仕事内容が変わっていきました。学生時代に学んだ分野とはずいぶん違った道をエンジニアとして進んできたように思います。電力会社では、私のように比較的幅広い仕事内容を経験する方が多いと思います。ただ、同じ電力の世界でも原子炉メーカーをみると、例えば原子炉の安全解析を20年間ずっと続けて主任技師になる、といったように専門に特化した働き方をしている方が多いようです。この違いは技術を使う側か作る側かという点から生じるように思います。電力会社のように技術を使う側の人間には比較的何でもできる幅の広さが求められ、一方で技術を作り出す企業では一つの専門に特化した知識や経験へのニーズが高い、といったことではないでしょうか。
寺野 そういった意味では、学生の方も自分が進みたい分野や入社したい企業が求める人材の特色や傾向をよく調べることが大切だということですね。
デジタル技術を道具として使える能力が求められる時代に
寺野 近年はデジタル化がキーワードとなっていて、そのための人材育成が叫ばれています。デジタル化という言葉は非常に幅広いコンセプトを含んでいると思いますが、これを担う人材をどのようにイメージされていらっしゃいますか?
金井 北経連の会員の皆さんから、デジタル化を進めたいけれど今は人がいません、という話をよく聞きますので、そういった人材へのニーズが急に出てきたのは間違いないでしょう。私自身はこのデジタル化を含めて、省力化や効率化への要請が非常に強くなってきたのだと思っておりまして、少子高齢化で働き手が少なくなっていく中で、今まで人手をかけてやってきた仕事を設備なり計算機なりに、任せられるものは全部任せていこうと企業の経営者は皆さん考えているのだと思います。その時、どのような人材が必要になるかというと、デジタルを使って省力化するための仕組みを作る、設計する、あるいはロボットを作るといった能力を備えた人のニーズが非常に高まっていくと考えます。
寺野 デジタルをうまく使いこなして、会社のニーズを充足させていくというイメージですね。
金井 そうですね。基本は今まで人間が携わっていた非効率かつあまり正確でなかった部分をデジタル技術やロボットなどがとって代わり、効率よく正確に行えるようにするということかと思います。
寺野 私は化学系の出身ですから、その方面の企業の方とよく話をしますが、有名な大企業でもAIやデジタルなどの情報技術を扱える人が本当に来てくれないと言っておられます。そのため、本学でも化学などの分野がメインの学生にサブテーマでAIやデジタルの基本を身につけてもらうことを考えています。金井会長のお話を伺っても、どれだけデジタルを使いこなせるか、仕事に組み込んでいけるかが肝心だという思いを強くいたします。
金井 最近は実験を省略して、収集したデータによる仮想空間での解析によって評価しようという「デジタルツイン」も話題になっていますが、この技術も自分がシミュレーションしようとする内容についてしっかりとした知識がなければできないわけです。つまり、デジタルの技術は道具であり大事なのはそれぞれの分野の専門知識だということが、企業のデジタル化においては大事だということでしょう。
たくさんのシーズを蓄えておくことが産業の力になる
寺野 デジタル化という面でも、大学と企業との連携がさらに求められる時代を迎えているようですが、JAISTの産業界との連携は「シーズオリエンテッド」、つまり大学にはこんなシーズがありますという打ち出し方からスタートして、現在は「ニーズオリエンテッド」、社会や企業で何が必要とされるかを意識した上で研究を進めていくという考え方が中心になっています。本学の産学連携部門においても社会や各企業のニーズをどれだけ捕まえられるかに注力し、それを先生方の研究に繋げるという活動を行ってきました。金井会長は今後の産業界と大学との連携について、どのようなご意見をお持ちでしょうか。
金井 産業界の立場からするとニーズオリエンテッドで様々な研究を進めていただけるのは、望む成果をいち早くいただけますので、非常にありがたいです。しかし、それだけでは行き詰まってしまう面もあろうかと思います。というのも本当に革新的な製品を作り上げたケースでは、初めから必要な技術や解決すべき課題がわかっていた例はあまりなく、開発の途上で初めてそれが明らかになることが多いのです。なかなか先が見通せない実態があり、その時に最初に挙げられたシーズオリエンテッドが生きてくるのではないかと考えています。思いもかけない技術が必要になった際、それに対応できるよう大学で幅広い研究をされていることが実は産業界では非常にありがたいのです。
寺野 ニーズに対してストレートに研究していくだけが産業界への貢献ではなくて、幅広いシーズを持っていることも企業の研究開発を支援する力になるということですね。
金井 懐が深い研究を、ということでしょうか。ただ、成果重視の世界では役に立つ時がいつ来るのかわからないテーマを扱うのはなかなか難しくなっている面もあるでしょう。それでも、私たちからすれば大学で様々な研究が行われていることはありがたいです。
マッチングハブが「種」を作り、北陸RDXが事業へと育てる
寺野 企業との連携において多彩なシーズを持つことが望ましいというご意見をいただきましたが、JAISTではシーズとニーズを一つの「場」に集めて数多くの新製品・新事業の「種」を創るMatching HUB(マッチングハブ)というイベントを実施しています。もともと本学では産学連携の一環として北陸地域の企業や研究組織のニーズやシーズを調査する活動を続けていて、最近では年間に延べ五百社以上を回って、この地域にはどんなニーズやシーズがあるのかということを十分に把握し、それを本学の先生方と繋げるのはもちろん、他大学の先生と繋ぐ、あるいは企業同士を繋ぐという活動を進めています。これを集約した形がマッチングハブであり、この「場」に企業や大学等が集まり、それぞれのシーズやニーズを互いに見せ合い、理解しながらマッチングしていくという、一種のオープンイノベーションを会場の中で行うような仕組みを作り上げています。
金井 この取り組みは産業界から見ても非常にありがたいと思っています。各企業にとって、自社が今何を考え、何を必要としているかはいわば企業秘密であって、特に初期の研究開発段階ではオープンにしないものです。しかし一方で、一生懸命に研究を重ねてこんな製品を作りたいとか、こういう構想があるけれど、それを実現するためにどんな技術があるだろうと探しているわけですから、マッチングハブの場は非常に貴重な機会になっていると思います。
寺野 マッチングハブは、とことん「種」創りの「場」と考えています。そのため、そこからイノベーションに進むには距離があり、本学ですべてをフォローはしきれなかったわけです。それが、今回、経済産業省の産学融合拠点創出事業として「北陸RDX※」が採択され、今後、数多くの「種」が実際の製品や事業に開花していくものと期待しています。金井会長には本プログラムにおけるアライアンスの会長としてリーダーシップをとっていただき、我々も精一杯地域の活性化を支援していきたいと考えています。
金井 マッチングハブの次の段階になるのがRDXであり、新事業やベンチャーの育成に向けて繋がる仕組みができてきたかと思っています。地域創生に一緒に取り組んでいただけるJAISTには産業界として感謝しており、今後も力を合わせて発展させていけることを願っています。
寺野 現在、そして今後の産業界に人材を送り出す立場として、本日はたいへん参考になるお話を伺うことができました。誠にありがとうございました。
これからの本学の発展にご期待いただくと共に、一層のご支援をお願い申し上げます。
※: 「北陸RDX」…北陸地域の自治体と北陸国立4大学、経済団体が中心となって設立した北陸DXアライアンス(HDxA)により、製造業を中心とする地域の有力な産業のDX(RDX)を推進し独自の成長産業の創出を導くための産学官融合プログラム。2021年度よりスタートした。