光第二高調波発生法による表面物性の研究
物質の光に対する応答とは、光の電場によって物質中 の電子が振動し、
その振動している電子がアンテナとなって 別の光を出すこと、と言うこと
ができます。自然界に存在する 光によって原子の中の電子はそんなには大
きくは動きません。しかし、非常に 強い光が入ってきたとき、電子は原子
の中で大きく振動し、もしその 振幅が原子の大きさと同じ位のスケールに
なったとしたら、電子は あまり自然でない(たとえてみるなら、原子の外
壁にぶつかるような)制限された 振動をするはずです。電子の振動の振幅
が小さい時は、その振幅は 入力の光に比例するといえますが、振幅が大き
くなってくると比例しない成分が入ってきます。入力に比例しない応答を
示す場合を非線形応答といいます。
光の非線形応答すなわち、入力光振幅の 2乗3乗に比例する振幅の光放出現象がおこると次のようなことがおこります。光は 振動する電場ですからこの電場をcosωtとすればその2乗に比例する応答は cosωtの2乗すなわち(cos2ω-1)/2で2倍の振動数の光応答となりま す。これを光第二高調波発生といいます。この現象は2つのフォトンが融合 して1つのフォトンになった事とも考えられますし、あるいは音の場合の 倍音効果とも考えられます。また、このような光の非線形な応答を光学的 非線形効果、このようなことを用いて物質の分光をすることを、非線形 分光といいます。私達は非線形分光を用いて表面を探っています。
実際の光第二高調波発生は、反射配置では上の図のように、入れた 光の2倍の周波数の光がはねかえってくるという様に観測されます。 この効果は物質の中の非対称な部分でおこることが対称性の要請からわかり ます。非対称な部分、その代表的な部分は表面です。表面から 上と下をみればその環境は全く違っていますから、上下非対称なわけです。 従って光第二高調波発生法は表面に敏感な観察法です。
下に結晶面の傾いたいわゆるoff基板GaAs(001)からの光第二高調波(SH)光強度の試料 回転角依存性を示します。角度方向が試料回転角を、動径方向がSH光強度に相当します。 0度の方向は光の入射面がGaAs基板の[100]方向と一致したときに相当します。このoff基板 は[010]方向に2度傾いています。4つのパターンはそれぞれ入射出射の偏光の4つの組み 合わせに対応します。非常にき れいなパターンがみえています。 off基板GaAs(001)にはいろいろな非対称部分が 存在します。まずバルク中のGa-Asチェイン、表面、そして 、off基板であるがゆえに存在する、表面の原子ステップです。例えば、(a)の図で観測される 4枚の葉のようなピークはバルク 中のGa-As-Ga-Asチェインにそった電場に対する応答です。GaAsの結晶構造をみてみれば[110] 方向にGa-As-Ga-Asチェインが走っているのがわかるはずです。これが見えていることになり ます。また(b)の図を解析すると 表面のステップの非線形効果の大きさがわかります。これらのすべての非対称部分の非線形 効果を考慮すれば、図に示しているように、光第二高調波のパターンは計算できれいに再現 できます。またこれよりoff基板の結晶軸の傾きも評価できます。
光第二高調波のシグナルは、表面の化学ボンドの配向、表面の電子状態などの 情報を含み、イオンや電子をプローブとして用いた表面解析法に比べて、 空気中や反応ガス中の表面や、埋もれた界面の解析にも適用可能である というところで勝っています。また半導体などの表面電子状態を良いエネルギー分解能 で観察できるのはこの方法しかありません。
私達はこの方法を用いて、半導体、金属超薄膜多層膜、超伝導体、光触媒、などの 表面界面の観察を行なっています。
M. Takebayashi, G. Mizutani, and S. Ushioda, Opt. Commun. 133, 116 (1997).
GaAsの結晶構造
GaAsの例では、SHGは結晶全体から出ていましたが、表面だけから発生す る場合もあります。 下の図は、右側が光触媒として有名なTiO2(110)面の表面の原子の並びの構造です。 ちょっと図が見辛いですが、大きい玉が酸素原子、小さい玉がチタン原子を 表しています。ここで、表面に酸素原子が一列に並んでいるのがわかります が、隣接した2つの酸素原子が基板の1つのチタン原子を挟むような 位置関係になっており、これらがTi-O-Ti-O-鎖を成していることがわかります。
左側の図はこのTiO2(110)面から出てくるSHGの試料方位角依存性(入射/ 出射電場はp-in/p-out)ですが、入射電場が[001]方向を向いているとき、 すなわちTi-O-Ti-O-鎖に平行な時に、SHGが強くなっていることがわかりま す。このことより、この系のSHGが表面のTi-O-Ti-O-鎖により発生している ことがわかりますが、このことは 電子状態を厳密に計算する第一原理計算によっても裏付けられました。 このTi-O-Ti-O-鎖は光触媒活性においても重要な役割を果たしており、これか らSHGで光触媒のメカニズムを探っていくためにも重要な基礎ができあがっ たことになります。
更に、このTi-O-Ti-O-鎖のシグナルを見ながら、入射するレーザー光の 波長を変えていくとTi-O-Ti-O-鎖の色すなわち、電子状態を見ることが できます。Ti-O-Ti-O-鎖はバルクのTiO2とは違う色を示し、また電場の 方向によっても違う色を示すので非常に面白い電子構造をしていることが 期待できます。
ガリウムヒ素や酸化チタンの例は原子の鎖から発生するSHGでしたが、金属の数ナノ メーターの太さの線(ナノワイヤ)から発生するSHGも観測できました。金属のナノワイヤは、下の 図のように、NaCl(110)を真空中で加熱し、表面がぎざぎざになったところに、斜め から金属を蒸着する事により作りました。金属のナノワイヤが数ナノメートルという細 いものになると、中に閉じ込められた電子が、量子閉じ込め効果という効果を起こす ことが期待されます。この効果により特別な方向の電場に対して強いSHGが発生する など、本来等方的な金属から、それとは異なった性質の材料を作れる事が期 待できま す。特に蒸着の角度などを工夫するとナノワイヤの断面の形をコントロールする事が できます。SHGの強度は媒質の構造が非対称であるほど強いので、ナノワイヤ断面の形をコント ロールする事により異なった非線形効果のナノワイヤを作れる事も期待できます。と ころが下の金のナノワイヤの例では、ワイヤの断面の形により対称性の破れがあるワ イヤ軸と垂直の方向ではなく、ワイヤ軸と平行な方向の電場によりSHGが強くなって います。これは、ナノワイヤに引き起こされる反電場の効果で、ワイヤ軸と垂直 な電場についてのSHGが弱くなっていることがわかりました。このことは、 私たちの目的からいうと少し都合が悪いのですが、一方で、金が理想的な 金属として振舞っている効果の1つの証しとなっています。より理想的でない金属の場合にはワイ ヤの非線形効果が勝ち、ワイヤ軸と垂直な電場に対するSHGが強くなることが確認さ れています。
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