たくさんの粒子を扱う時には,その粒子達がどのような『粒子統計』に 従っているか,を知ることが大切です。これが分かっていれば, ひとつひとつの粒子についての情報は不要で,粒子達が「全体として」 平均的にどんな性質を持っているかが分かります。
ここでいう『粒子統計』とは,
ちょっと横道にそれますが,電子や陽子や中性子などは『スピン』
というものを持っています。『スピン』はよく粒子の自転に例えられます。
ここでもそう考えてもらって構いません。電子のスピンの大きさは 1/2 です。
これを難しくいえば「電子のスピン量子数は半整数(整数1の半分だから)
であるっ」となります。
ほかに,整数スピンを持つ粒子群もあります。光子(スピン 1)や,
狭い意味での中間子(スピン 0)などです。
半整数スピンを持つ粒子はフェルミ - ディラック統計に従い, 整数スピンを持つ粒子はボーズ - アインシュタイン統計に従います。
ひとことでいえば,フェルミ粒子とは,フェルミ - ディラック統計に
従う粒子のことです(おいおい)。電子は半整数スピンを持つ
代表的なフェルミ粒子です。
これではあまりに不親切なので,ここで,フェルミ粒子と
ボーズ粒子の特徴をまとめてみましょう。
種類 | スピン | 性質(ひとつの状態に何個入れるか) | 代表的な粒子 |
---|---|---|---|
フェルミ粒子 | 半整数 | 1つしか入れない | 電子,陽子,中性子 |
ボーズ粒子 | 整数 | いくらでも入れる | 光子,フォノン,(電子対) |
ここで,「フェルミ粒子はひとつの状態に1つしか入れない」というのがミソで, これが電子の特徴的な振舞いを全て決めてしまっています。
物質の内部には,電子の入ることの出来る状態はたくさんあります。これは, 電子の数よりたくさんあります。ふつうは,電子の数の2倍です。
超高層マンションを想像して下さい。1つの部屋が, 1つの状態に対応します。階がひとつ上がるごとに部屋代(エネルギー)が 上がります。同じ階の部屋は,同じ部屋代(エネルギー)ですが,部屋ごとに 状態は違います。このマンションは,必ず1階から(エネルギーの低い方から) 粒子が入居します。まあ,部屋代が安いですからね。ひとつの階の 全ての部屋が埋まると,ひとつ上の階に入居が始まります。
いま,電子(フェルミ粒子)達が,多数入居を始めたとしましょう。 「フェルミ粒子はひとつの状態に1つしか入れない」ため,1部屋には1この 電子だけです。相部屋は許されません。全ての電子が入居し終った時, ある階までは電子がぎっしりつまり,それ以上の階は 全部空き部屋になるはずです。これが,絶対零度での状態(基状状態)です。 電子がつまっている階と空の階の間(つまり電子が持っている 最高エネルギーの所)を『フェルミ準位』と呼びます。
ここで,クイズ。
もしも,ボーズ粒子達が,多数入居を始めたとしたら
どうなるでしょう? 「ボーズ粒子はひとつの状態にいくらでも入れる」
わけですから,相部屋OK。全部のボーズ粒子は1階に入居します。
これはこれで,もの凄い状態です。これは,超伝導や超流動の状態に
対応します。
さあ,金属と絶縁体の違いを説明しましょう。金属は電気を良く通すし, 絶縁体は電気を通しません。しかし,金属と絶縁体で, 電子の性質が違うわけではありません。どちらの電子もフェルミ粒子です。 金属と絶縁体では,マンションの形が違うのです。
N個の電子を考えます。金属マンションと絶縁体マンション, どちらも部屋数は2N部屋です。
金属マンションは普通のマンションです。が,絶縁体マンションは 恐ろしい形をしています。ちょうどまん中のところにピロティがあって, 下の階から上の階にはそのままでは登れないのです!(ちなみに, 降りるのは簡単。落ちれば良いのです。)
少し電子に,エネルギーを与えてみましょう。実際には, 温度を上げても良いし,電場をかけても良いでしょう。今の場合このことは, 電子にお金をあげることに対応します。
『フェルミ準位』のすぐ下の電子がお金をもらうと,そのお金で 上の階に引っ越します。これを「励起」と呼びます。上の階はほとんど 空き部屋なので,部屋から部屋へ自由に移れます。なんってたって, 部屋代は一緒だもんね。ひとつ上の階ぐらいであれば,エネルギー差は とても小さいため,小さなエネルギーで電子が自由に動くことが出来る, ということになります。これが「金属が電気を良く通す」理由です。
こんどは,『フェルミ準位』よりずっと下の階の電子が,お金を もらったとしましょう。彼(電子は男,理由は言わない)は, 上の階に引っ越したいのですが,あいにく上の階は満室です。空き部屋まで 「励起」するには,お金が足りません。仕方がないので,もう,お金を もらうことさえあきらめてしまいます。N個の電子の中で, このようなかわいそうな電子が大多数(99 %くらい)です。
これらのことから分かるように,電気伝導やなんかに寄与するのは, 『フェルミ準位』のすぐ下の電子だけです。大多数の電子は「励起」 には寄与しません。だから,金属の物理的性質を調べる時には, 『フェルミ準位』の所を精密に調べてやれば良いのです。
恐ろしいマンションです。が,少し電子に,エネルギーを 与えてみましょう。でも,ピロティの幅は室温のエネルギーの 100倍以上です。 一番金持ちの電子(ピロティのすぐ下の階の電子)が高額のお金をもらっても, ピロティの上まで行くことは出来ません。では, おなじ階の中で動けるかというと,どの階も満室なので,動くことすら 出来ません。これが,「絶縁体は電気を通さない」理由です。
ちなみに,半導体ではピロティの幅が比較的狭いために,少数の電子が 励起され伝導に寄与しうる,といったシナリオになっています。