固体中の電子をどう取り扱うか?
固体物理学,いや材料科学では,『固体中の電子』を
取り扱う必要があります。 金属や半導体などでの電気伝導現象はもちろん,
超伝導や磁気的な性質(強力磁石の磁力も電子が担っています),
すべての化学結合まで,み〜んな『固体中の電子』が
中心的な役割を果たしています。
これは,まじめに取り扱ってやらなければいけませんね!
歴史の勉強
ということで,大昔からいろいろな方法が考えられてきました。最初は,
電子を『マイナスの電荷を持ったとっても小さな球(質点)』と考えました。
1800年代のこと,ドイツのドルーデさんが有名です。(驚くべきことに,
こんな簡単なモデルでも金属の性質の多くが説明できるのです!)
「量子力学」ができた1935年ごろから,飛躍的な発展が始まりました。
電子を『周期構造を持った格子中で運動する波動』として扱うことによって,
固体物理学の多くの問題が解けるようになりました。さらに,最近の
計算機の発達がこれにはくしゃ(漢字が出ない)をかけています。
それはどれだけ困難か?
歴史の勉強はこれくらいにして,『固体中の電子』を取り扱うのは,
めちゃくちゃムツカシイのです。その理由は,
- 取り扱うべき電子の数が,めちゃくちゃ多い。サイコロぐらいの
物質中には 1023(10の23乗)個の電子が入っています。
俗に「星の数ほど」という言葉がありますが,全天の恒星(21等以上)
の数が109(10の9乗)個ですから,「天文学的数字」
なんてヘ(おっとお下劣)のようなものです。
(全宇宙の星の数より多かったかな?)
- 電子は電荷を持っているので,それらが互いにクーロン力で
相互作用を及ぼしあっている。(1023のさらに2乗
くらいだな。)
- さらに,電子の質量(重さ)は結構軽いので,いたる所を動きやすい。
- さらに,固体中には,原子やらイオンやら格子の欠陥やら不純物やら
といった電子の振舞いに影響を与えるものがたくさんある。
- さらに,固体には当然表面がある。
そこから向うには電子は出られない!
- さらに,温度が上がったり,光を当てたりすると…………。
お手上げです……。
一刀両断!
正面からぶつかると,まず玉砕は必至です。トンデモない相手には,
トンデモない近似が必要です。こうです!
- 電子は1コだけを考える!!! 他の1023−1個の
電子は,考えている1コと同じように振舞うはずだ。なぜなら,
電子どうしは区別できないのだから(難しい言葉では「一電子近似」
という;そのまんまやね)。
- 電子どうしの相互作用は四方八方へあるので,互いに打ち消し合う
傾向があるだろう。そこで,相互作用は無視するか,
小さいものとして平均値を使って考える(難しい言葉では
「平均場近似」という;そのまんまやね)。
- 固体中の原子やらイオンやら格子の欠陥やら不純物やらとの
相互作用も無視するか,小さいものとして平均値を使って考える。
- いたる所を動いても,1コだけを考えるならなんとかなる。
- 表面は考えない。表面にある電子より内部にある電子の方が
圧倒的に多い。
- 絶対零度(難しい言葉では「基底状態」という)だけ考えよう。
これでまあ,なんとかなりそうです。でもあまりに,簡単化し過ぎるのも
考えものです。せめて,「格子を形作っているイオン」の影響だけは
取り入れましょう。なにしろ,実際の固体は触ってみると手ごたえが
あるのですから。それに,1023(10の23乗)個の電子の持つ
マイナスの電荷を打ち消すためには,1023個のプラスイオンを
考えないと,反発力で固体は形成されませんよね。
視点を変えよう!
この問題(「格子を形作っているイオン」の影響をとりいれること)
にも正面からぶつかると,まず玉砕は必至です。そこで,
『良く分かっているもの』をスタートにしましょう。
私たちが良く知っている電子の状態,それは,
- 完全に捕らえられた電子(原子核に束縛された電子)
- 完全に自由な電子(真空中の電子)
です。前者は原子核を中心とした球面波の重ね合わせで,後者は平面波の
重ね合わせで表すことが出来ます。『固体中の電子の状態』は
これらの中間にあるはずです。
- ★原子核に束縛された電子をスタートにしたとき
- 自由な原子どうしを近付けていくと,ある所(原子の
大きさの数倍程度の距離)から,互いの電子の軌道が
重なり始めます。こうなると,自由な原子の電子状態は
変化しますから,この分を「元の状態からのずれ」として
計算してやります。
- このような方法(遠くから原子を近付けてくる)は,
主に化学系の研究者が良く用いていました。
- ★完全に自由な電子をスタートにしたとき
- まず,物質中で電子が自由に運動しているとします。ここに,
格子を形作っているイオンの影響を取り入れると,電子の運動が
邪魔されます。すると,自由な電子の状態は変化しますから,
この分を「元の状態からのずれ」をとして計算してやります。
- このような方法(自由電子に摂動を与える)は,主に物理系の
研究者が良く用いていました。
一見すると,前の方法は電気を通さない絶縁体にしか使えなくて,
後の方法は金属などにしか使えないような気がしますね。ところが,
近似の度合いを上げていけば,どちらの方法でも,絶縁体から金属まで,
いろいろな物質の性質を説明することが可能なのです! (とはいっても,
やはり前者は絶縁体の記述が,後者は金属の記述が得意なのですが……。
取り扱う物質によってアプローチの方法を考えることは大事です。)
ちょっと余談
余談ですが,『固体中の電子状態』について話をしていると,ときどき話が
食い違うことがあります。まれに,「自由電子モデルなんかケシカラン」と,
いう話になることもあります。これは,最初にどんな教科書で勉強したか,
によるところが大です(特に物理系か化学系かで)。
上で述べたように,これらはあくまでもスタートラインが違うアプローチ
というだけで,「どちらが正しいか」という話ではなく,「取り扱う
物質によって,どちらがより良く記述できるか」という問題なのです。
これからの材料科学には,両方のアプローチとも(+新しい方法)より
大切さを増すでしょう。
さらに高度に
これ以上の説明には,どうしても数式が必要になってきます。
信じられないかも知れませんが,その方が説明は簡単なのです。要は,
なんらかのアプローチを用いて,
- ☆あるエネルギーを持った電子が,単位体積あたりにいくつあるのか?
- (難しい言葉では「状態密度」という)
- ☆あるエネルギーを持った電子が,どれだけの速度を持っているのか?
- (難しい言葉では「分散関係」という)
を,計算してやれば,『固体中の電子』について大体のことが分かります。
詳しくは専門の教科書を参照して下さい。
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