擬二次元伝導性酸化物 η-Mo4O11は,
その低次元性のため,電荷密度波の生成による一種の構造相転移を
起こし,金属から半導体へ転移することが知られている。この物質
の電子状態を,低温・強磁場の下での磁気抵抗,ホール効果の測定
を行うことによって明らかにする。
さらに,電荷密度波は電場をかけることによって並進運動を起こ
し,電気伝導に寄与する。このような擬二次元電子系における電荷
密度波のダイナミクスを,低温・強磁場下での交流及びパルス電場
に対する応答を測定することによって明らかにする。
固体の電子構造を明らかにする上で,光学的測定は非常に強力 な測定法である。特に磁場によって分裂した準位間の遷移に伴う光 吸収から得られる情報は,物質中の伝導電子の状態を知るために大 変有益である。この測定法を化合物半導体及びヘテロ構造系等に適 用し,量子輸送現象と組み合わせることにより,これらの電子状態 を明らかにする。
三硫化チタン TiS3 は,TiS3三角柱の ファイバイーがファン・デル・ワールス力で結合した,擬一次元構 造を持つ低次元半導体である。この物質に異方的な圧力(応力)を 作用させることにより,ファイバイー間の距離すなわち相互作用の 大きさを変化させ,次元性をコントロールする。この時の電子状態 の変化を,輸送現象(抵抗率や熱電能),磁気的測定および光学的 測定から明らかにする。
私は「次元の低いお話」が好きです。
と言うのは冗談で,実は低次元電子系の実験的研究をやっています。普通の 物質は3次元的な結晶構造を持っているため,あまり変な事は起きません。そ の理解はずいぶん進んでいます。
それに対して,チェイン状あるいは層状の結晶構造を持った物質では,その 構造を反映して,電子状態も1あるいは2次元的になります。このような物質系 では,いろいろややこしい(つまり面白い)事が起こってきます。一番有名な のは,高温超伝導体の2次元電子系でしょうか。超伝導は「電気抵抗が無限に ゼロに近付く」わけですから,役に立ちます。従って,たいへん多くの人が研 究を続けています。
一方,低次元電子系には,電荷密度波やスピン密度 波と言った特徴的な状態 も起こる事が知られています。これらは,「電気伝導度が無限にゼロに近付 く」といった,およそ応用には役に立たない性質を示します。しかしこのよう な密度波の状態を理解する事は,超伝導や常伝導状態を理解するのと同様に大 切な事です。研究が進むにつれて,密度波状態は普通の絶縁体と大きく異なり, 密度波全体がムカデ競争のように動いて,伝導に寄与する事が分かってきまし た。私は,この系にさらに電場や磁場をかけたらどうなるか,光を当てたらど うなるか,といった視点で研究を続けています。
最後に密度波の名誉(?)のために付け加えておきますが,実は工学的応用 の道もありそうです。