電荷密度波(CDW)


 「電荷密度波」とは「低次元電気伝導体」に特有な集団電子状態の ひとつです。では,これから「低次元」の世界へご案内しましょう。


まず,「低次元電気伝導体」ってなに?

 鉄や銅のような金属,シリコンなどの半導体といった普通の物質は, 原子や分子が,たて,よこ,たかさの全ての方向に規則正しく並んだ, 3次元的な結晶構造を持っています(左の図)。この中を,伝導電子 (自由電子)がそれこそ自由に運動しています。(ときどき, 不純物や格子振動で散乱されますが……。)

低次元伝導体の概念図

 これに対して,グラファイト(黒鉛)やウンモ(あ,これは絶縁体だ!) などは,原子が層状に並んだ板上のものが,何層も積み重なった結晶構造を 持っています(まん中の図)。伝導電子は,この層の中では自由に運動しますが, 隣の層にはなかなか移れず,伝導層に閉じ込められた2次元的な運動をします。
 さらに,右の図のようなチェイン状の結晶構造を持った物質では, 伝導電子は,チェインに閉じ込められた1次元的な運動をすることになります。
 このような,電気伝導体のことを「低次元電気伝導体」と呼びます。 伝導電子の運動が制限されることによって,普通の物質では隠されている 波動性が現れ,量子力学的な効果(つまり面白い現象)が はっきりと見えるようになります。


じゃあ,「電荷密度波(CDW)」ってなに?

 「電荷密度波」は,CDWと略されます。これは Charge Density Wave (そのまんまやぁ)の略です。これは,電子やイオンの持っている電荷に 周期的な濃淡が出来たものです。ちょうど,こんなかんじ。

電荷密度波の概念図

 「波」といっても,「電荷密度波」は普通は固定されていて,空間的にも 時間的にも動きません。

 ひとこと注意。結晶では,もともとイオンが一定の周期で並んでいますから, もともとの格子の周期で電荷密度は濃淡を示しますが, これは電荷密度波とは違います。


なぜ,そんなものが起こるの?

 すこしまじめに,1次元の金属結晶を考えましょう。原子(赤)は 格子間隔 a で並び,1個の電子(青)を放出してイオンになっているものと します。この時電子はチェイン中を自由に運動するので電荷密度は, 空間的に一定になります。

1次元金属結晶の概念図

 この場合は1次元金属ですから,分散関係は,教科書的に,放物線になります。 電子は,フェルミエネルギー EF までつまっています。

1次元金属結晶における電子の分散関係

 たとえ真冬日で人間は寒さを感じても,物質にとっては 273 K という 高温(?)です。イオンは,熱振動をしています。この振動はランダムですが, 下の図のように,イオンとイオンが近付くような振動があると,「電荷密度波」 が起こり始めます。

電荷密度波生成の概念図

 まず,イオンはプラスの電荷,電子はマイナスの電荷を持っているというこ とを思い出して下さい。

  1. イオンとイオンがほんのちょっと近付くと,その部分が他より すこしだけプラスに帯電します。
  2. するとその部分へ,自由電子(マイナス)が引き寄せられます。
  3. 電子が引き寄せられたことにより,イオンのプラス電荷が中和され, よりイオンどうしが近付いてきて,格子の歪みが大きくなります。
  4. すると,またその部分へ,より強く電子が引き寄せられます。

 このように,電荷分布の濃淡と格子の歪みが,協力現象的に大きくなって 行きます。格子の歪みのエネルギーの損と,電子系のエネルギーの得 (プラスとマイナスが引き合うわけですから)がつりあったところで, この変化は安定します。これが,「電荷密度波」です。

電荷密度波の概念図

上の図を見ると,今まで自由に運動していた電子が, 格子の歪みに捕らえられて,動けなくなっていることに注意してください。 これは,
   電荷密度波が起きると,伝導電子がなくなってしまう。
すなわち,金属から絶縁体へ相転移を起こすということを示しています。 これを,分散関係で表すと,ちょうどフェルミエネルギー EF にエネルギーギャップができることになります。エネルギーギャップ dE は, 電荷密度波を壊すのに必要なエネルギーと考えることも出来ます。

電荷密度波状態における電子の分散関係

どんなもので起こるの?

 電荷密度波は,「低次元電気伝導体」で起こります。 代表的な物質を列挙しましょう。

★K0.3MoO3
MoO6の8面体が,1次元的に並んだ構造を持っています。 初めて「電荷密度波の並進運動」(後述)が見つかった物質です。
★Mo4O11
斜めに並んだ MoO6 の8面体が, MoO4 の4面体によって隔てられた2次元的な構造を持っています。 結晶構造はこちら。 赤がモリブデン,青が酸素です(MoO6 8面体:オレンジ, MoO4 4面体:ブルー)。
★NbSe3,TaS3
MX3の3角柱が,1次元的に延びた構造を持っています。 電荷密度波の振舞いが良く調べられています。
★NbTe4,TaTe4
MX4のチェーンが1次元的に延びた構造を持っています。 チェーンは,MX4の正方形が,90度づつ回転しながら 積み重なっていく形をしています。
★HfTe5,ZrTe5
MX3の3角柱が,1次元的に延びた構造を持っています。
★(NbSe4)2I,(NbSe4)10/3I
MX4のチェーンが1次元的に延びた構造を持っています。 チェーンは,MX4の長方形が,トランブを45度づつ 回転しながら重ねていくように積み重なっていく形をしています。
★TTF - TCNQ(テトラ チオ フルバレン − テトラ シアノ キノジメタン)
TTF と TCNQ という分子がカラム状に積み重なった構造をしています。 初めて「電荷密度波」の生成が見つかった物質としても有名です。 この手の物質を「電荷移動型錯体」と呼び,現在の密度波研究の 中心となっています。
★NbS2,TaS2
MX2の単位が平面三角格子状に並んだ2次元的な構造を 持っています。STM(走査型トンネル顕微鏡)でみると, きれいな密度波の構造を直接見ることが出来ます。

どんなことが起こるの?

 「電荷密度波」が起こると,次のような面白いことが起こります。

★新しい周期性の発現
 もともとの格子の周期以外に,新しく電荷密度波の周期が 重なります。上の例では,格子の周期 a に,電荷密度波の周期 2a が重なっています。これによって,電子状態も 大きく変わってきます。
 周期の比は,今の例(ちょうど2倍)のような整数倍の場合と, 無理数になる場合の2種類があります。
★金属−半導体転移
 上で述べたように,電荷密度波ができると,伝導電子(自由電子) の数が極端に減り,金属から半導体(絶縁体)へ相転移を起こします。 普通は,温度を下げた時に金属から半導体へ転移します。
★大きな誘電率
 電荷密度波ができると,分極も大きくなります。そのため,誘電率 (特に動的な誘電率)が極端に大きくなります。
★電荷密度波の並進運動
 電荷密度波は,普通は固定されていて,空間的にも時間的にも 動きません。しかし,少し大きな電場( 1 cm あたり 0.1 V くらいで良い)をかけると,電荷密度波が動き始め (並進運動を起こし)電気伝導に寄与するようになります。つまり, 電子が集団で,ムカデ競走のように動き出すわけです。
 このような「集団運動」は大変興味深く,多くの人たちが (私も含めて)研究対象にしています。

「電荷密度波(CDW)」ってなんの役に立つの?

 「低次元電気伝導体」を有名にしたのは,何といっても銅酸化物系の 高温超伝導体でしょう。2次元的な結晶構造を持った銅酸化物で, 今まで考えられなかったような高温で,超伝導を起こすことが わかったのですから……。ご存知のように,超伝導は 「電気抵抗が無限にゼロに近付く」わけですから,役に立ちます。だから, たいへん多くの人が研究を続けています。

 一方,電荷密度波は,「電気伝導度が無限にゼロに近付く」といった, およそ応用には役に立たない性質を示します。研究も,応用よりむしろ, このような特殊な電子状態の理解の方に重点が置かれているようです。が, 全くもって役に立たないかというと,そうでもありません。 ちょっと考えただけで,次のような可能性があります (半分夢のような話を含む)。


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