近年,多様な知識創造空間や知識創造システムの研究開発が盛んに行われてい ます.各種グループウェア,ナレッジマネジメントソフト,発想支援ツールな どがこれにあたり,さらには物理的空間をも取り込んだ形での創造性支援環境 (たとえばドイツGMDにおけるi-LANDプロジェクトなど)の構築も行われつつ あります.また,本学においても,知識創造を行うための部屋として,ブレイ ンストーミングルーム,ディシジョンルーム,ロールプレイングルームなどが 設置されています.
私自身もこれまで,主に発想支援ツール研究の立場から,この分野に関わって きました.しかし,その研究を通じて感じた疑問は,知識創造はこれらのツー ルと向き合って初めて行われるものなのだろうか,というものでした.「さあ, 今から新たな知識を創造するぞ!」と意気込んでシステムを起動し,端末を前 にして腕捲りをして,やおらキーボードからアイディアをたたき込み始める. 非常に不自然な感じがします.
現実に,我々が新たなアイディアを閃くとき,あるいはなんらかの新たな知識 を入手するときを考えてみると,それは必ずしもそういったシステムと向かい 合っているとき,あるいは机に向かっているときではないのではないでしょう か.むしろ,廊下や食堂で出会った友人とだべっているとき,リフレッシュルー ムでぼんやりとたばこをふかしているとき,宴会で盛り上がっているとき,並 木道をなんとなく散歩しているときなどに,良い着想は得られるものです.
結局,「知識創造の場だけが知識創造の場ではない」と思うのです. もちろん,「知識創造の場としての知識創造の場」の有用性を否定するつもり はありません.しかし,それだけでは片手落ちだろうと思うわけです.今まで 忘れられていたそのほかの場を知識創造の場として捉え直し,それぞれの場の 特性に応じた形で,それらの場における隠れた知識創造機能を強化してやるこ とが,これからの高度情報化社会では不可欠ではないかと考えます.
その最初の取り組みとして,本学知識科学研究科を対象とし,3つの知識棟 (第3棟は今建築中ですが)と共用空間(食堂,図書室,売店,喫茶etc.)の すべてを,もっとクリエイティブな空間としていきたいと考えています.その ためには,
杉山教授によれば,かつて慶伊前学長は,「JAISTをGEISTがいるような大学に したい」という主旨のことをおっしゃったそうです.古い由緒ある大学や研究 所,図書館には,「知の精」とでも呼ぶべき独特な気配が感じられます.この 気配をさして,慶伊前学長はGEISTと呼ばれたのだと思います.そのような, 知の気配,知の薫りに満ちた大学としたいという意味で,本プロジェクトを Project GEISTと名付けました.
本プロジェクトの実現には,実に多くの技術の結集が必要です.すでにのべた, グループウェア,ナレッジマネジメント,発想支援はもとより,ユビキタスコ ンピューティング,ウェアラブルコンピュータ,高速ネットワーク,知的エー ジェント,各種ユーザインタフェース技術等々.また,技術面のみならず「知 の薫り」には文化的,芸術的な側面も不可欠です.「知識創造の触発と拡張」 を核とし,文理融合を進めることができればと考えています.