■ フツーの若者のフツーでない日常 −「研修医なな子」−

 研修医の友人からのメールに「コウ引き」という聞き慣れない言葉が出てきたので「何それ?」と尋ねたことがある。後にこの漫画を読んだら、しょっぱなの第1巻の第1話でコウ引きを説明していたので笑ってしまった。医療関係者には基本中の基本なのであろう。確かに手術で切開した口を棒で広げている絵は「ブラックジャック」でよく見たけど、あの棒をコウと呼ぶなんてフツー知らないって。

 この漫画は、医学部の6年間の課程を終えて、医局で2年間の研修医生活を始めた若き医者の卵たちを軸に、フツー知らない医局の日常やしくみや常識を紹介した作品。これを読んだおかげで、医療用語や病院の裏話をいろいろ知った。たとえば人の脂肪がトウモロコシ状だということは初耳で、「なぜ脂肪はタプンタプンで液体みたいなのに怪我しても流れ出ないんだろう」という長年の疑問が解決した。それ以上に、医者の卵も普通の若者だという視点が面白かった。作品に登場する卵たちの中にはグータラもいればバカもいるのだが、そんな未熟な彼等を指導医たちが、時に絶望感に苛まれながらも、ビシビシしごいて一人前の医者に育てていく。組織がまとまりを持つには、構成員が何らかの共通のベクトルを持つことが重要なのだとわかる。医局におけるそれは「人を救う」という単純で力強いベクトルだ。

 数年前にドラマ化された時に1話だけ見た。主演は佐藤藍子、指導医に保坂尚輝が扮していた。で、後に漫画を見ると、だいぶドラマと印象が違う。漫画のほうはストーリー性が希薄なのだ。漫画でも何でも、物語というものは普通
  起−−−−承−−−−転−−−−結−−−−
という具合に進むが、この漫画は
  起承−−承−−承−−承−−承−−承−−結
という感じ。物語よりも細かいエピソードを楽しむ作品である。
 最後には10年後の主人公をちょっとだけ見せて終るのだが、すっ飛ばした10年間の間に主人公が医師としても人間としても大きく成長したことを示唆している。唐突な終り方ではあるが不自然でないのは、成長するのに重要な素質を彼女が実は持っていたことを、それまでの7冊の中で作者が示していたからだと思う。ラストが不満だという意見も多数寄せられたそうだけど、最後にストーンと落とすこういう終り方は僕は嫌いじゃないな。(00. 11. 27)


■ 森本梢子「研修医なな子」全7巻(1995-2000 集英社)

After 5