神戸ファッション美術館

美術館というと、絵やら彫刻といういわゆる「美術品」を展示するところで、 ファッション美術館っていったい何?と思うかも知れないが、たしかにここは 新しい美術館である。これまでも、普通の美術館でファッション展はひらかれ ていたが、大抵はある時代あるいはデザイナーの服を展示するだけに留まった いた。 しかしKFMのキュレーター達は、ファッションを単なる服の流行ととら えるのではなく、身体を飾る技法としてのファッション、あるいは、身体に伴 う根源的な思考様式や社会や時代の状況を反映するものとしてのモード、とい う考えのもと、多方面からファッションをとらえて行く試みをしているようで ある。これは、スーパーバイザーとして大阪大学の鷲田清一氏が全体の方向性 を決めているからであろう。

その目玉となるものが「インスパイアレーション(inspirallation)」と題され たマルチスライドによる映像空間である。この inspirallationという言葉 は 映像担当のキュレーター百々徹氏が inspire と installation という言葉 から造り出したものであり、この映像空間のキーワードは「映像を着る・空間 を着る」だそうだ。その命名やキーワードからも、単なるスライドショーとは 異なるものが予感される。

現在ここでかかっているソフトはロンドンで活躍するグラフックデザイナー Why Not Associates (W.N.A)が製作した「SYNAPSE」という作品である。 四面 の壁とフロアに映し出される映像や文字。それ自体多くの意味を持った、ある いは、深層への刺激が強そうな個々の映像が次々に重複して映し出されること で、そこに暗示されるものはさらに深く重層していく。僕が一番ドキッとした のは、赤ん坊の映像、その上に映し出される拳銃、それに続いて、さらにその 上には"communication"という言葉がかぶさるのである。 赤ん坊に拳銃を突き 付けるのも一つのcommunication のありかたなのだろうか…、と考えさせられ る。もちろんそんなことを考え込むことは必要なく、単に眺めているだけでも、 楽しめるカッコイイ作品である。

このインスパイアレーションが単なるスライドショーと異なる特徴は、上記の 様に五面にスライドが映し出される点だが、さらに大きな点は、とくに見るた めのスペースというものは用意されていないことである。観客はフロアに適当 に散らばっていて、きょろきょろしたり動いたり。全部の面の映像を同時に見 ることはできないですからね。だから、そういう観客も含めた空間自体が作品 になるし、立つ位置によっては自分の体にも映像がかぶさって来るんですね。 まさに、「映像を着る・空間を着る」というキャッチコピーに恥じないものに 仕上がっています。百々氏によれば、これは自分の体に映像を映して、作品の 中に入り込む、あるいは映像の服を着ちゃうっていうのが推奨される見方だそ うだ。しかし、この見方をするのは子供しかいないようです。子供は誰にもな んにも言われずに楽しみ方を見つけているそうです。大人は、「そこに立って たら見えんじゃないか!」っていうようなこぜりあいまでしてしまうそうな。 ま、見方を強制することはありませんが。

映像のもう一方の目玉である「映像館」ではハイビジョンの短篇作品を上映 している。現在は荒又宏監修の「海をわたるファッション」(だったけな)と ニューヨークの若手映画監督トム・ケイリンの「URBAN LEGEND」の2本。

荒又作品は氏の著作『文明移動論』をベースに、ヨーロッパのファッションが そのブレイクスルーをことごとく民族衣装に求めてきた、あるいは、いやおう なく影響を受けてきたということの紹介である。氏は「ヨーロッパと非西欧の 民族の衣装はお互いに影響を与えあって来たのです」と述べるが、民族衣装の 方はそれほど大きな影響をヨーロッパのファッション、特にモードから受けてい るのだろうか?ヨーロッパが一方的にその表層を記号として消費しているにす ぎないのではないだろうか?という疑問が浮かんだ。翌日キュレーターの百々 氏と話してその点を聞いてみたのだが、民族衣装といってもおおもとをたどれ ば、征服者であるヨーロッパ人が持ち込んだものであったりと、影響のタイム スケールは異なるが確かに様々な形で影響は受けているようである。 (だが、 この点は作品を見ているだけでは見えてこないのは確か。)しかし、西欧のモー ドが差別化の手段として、民族衣装の服の形や文様といった表層部分を自分達 の服に採り入れているだけである点はやはりそうで、その民族の宗教や西欧と は異なる思考様式といったもっと深いところから汲み出して来たものをヨーロッ パのモードへと反映させるには至っていない様である。

さて、もう一方の「URBAN LEGEND」。見た後の感想は「なんじゃこりゃ?」と いうものであった。百々氏に聞いてみてもやはり「なんじゃこりゃ」だそうだ。 でもニューヨークでは大受けらしい。わからないなー。ストーリーは、って書 こうと思ったけどぜんぜん意味ないからやめておく。ストーリーではなく出て 来る服とかがいいのかっていうとそういうわけではない…。うーむ…

もちろん、ある時代の服やデザイナーの服を展示するスペースもある。18、19 世紀のモードやアジアの婚礼衣装が展示されていました。そこにも単に服を展 示しているだけではなく、映像資料をみることができるようになっている。特 別展は「秋篠宮殿下・紀子妃殿下婚礼装束」で、結構人が入ってるようだった が、残念ながら見る時間はなかった。

思ったよりもりだくさんで、時間がなくなってしまい、ファッション写真や服 などの展示スペースに十分時間が割けなかったのが残念でした。

さて、 KFMの美術館以外のリソースセンターというスペースがなかなか素晴ら しい。図書館には、アメリカやヨーロッパのファッション誌やデザイン関係の 本はもちろんのこと、建築、思想、写真集などが充実している。CDやLDなどの 図書以外の資料もあるようです。ここだと1日中時間が使えそうである。また、 ファッション資料室には、布地の資料や地元服飾企業からの寄贈品、港町神戸 にちなんでマリンルックや水兵のセーラー服を自由に閲覧できるようになって いる。また、CAD やCGでデザイン、アート作品の製作をできるスペースも用意 されている。このあたりはファッション都市神戸をもっと振興して行こうとい う意欲が伺える。これからもちゃんと予算を付けて、図書や各種資料を充実さ せて行って欲しい。

こういったこれまでの枠におさまらない新しい美術館をもっとすすめていくと 閉塞気味の現代美術もおもしろくなりそうですね。 そういう意味では、NTTの InterCommunication Center (ICC) にも早く行ってみたいな。


Takashi Hashimoto
Last modified: Sat May 3 19:29:59 1997