PPMS heat capacity 測定手順マニュアル(32 Bit)
このマニュアルは,カンタムデザイン社から頂いた日本語マニュアル Ver. 2.01 暫定版を元に2004年7月7日に山村泰久先生(現 筑波大学)が構成し,小矢野が多少の改変を加えて2006年11月11日に HTML 化したものです。なお実際の PPMS-Heat Capacity の使用する場合は,必ず英文マニュアルを熟読後に測定するようお願いいたします。新しいパックを使用する際のパックの較正については,英文マニュアルを参照してください。
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測定の流れ
- バックグラウンド(Addenda)測定用パックの準備
- グリース付きパック(Addenda)の取り付け作業
- バックグラウンド(Addenda)測定
- 試料用パックの準備
- 試料付きパックの取り付け作業
- 試料測定
- 測定終了
以下に,それぞれの手順の詳細を説明する。
1. バックグラウンド(Addenda)測定用パックの準備
- 試料パックのふたを取る。
- 試料パックを試料マウント用台に乗せ,真空ポンプの電源を入れてパックを固定する。試料プレート(アルミナ製の白い板 3 mm×3 mm)が完全に吸引されていることを確認する。
- つまようじなどを用いて,グリースをプレート表面中央に少量乗せる。ワイヤーなどにグリースをつけないこと。ワイヤーの破損にも注意すること。
室温以下の測定ではアピエゾンNグリースを,室温以上の測定ではアピエゾンHグリースを使用すること。アピエゾンHグリースを 200 Kより低い温度での測定に使うと,熱応力で割れたり飛んだりすることがある。
- 試料パックの固定を解除し,真空ポンプの電源を切り,パックを試料マウント台から取り外す。
- 試料パックにふたをする。
グリースの塗り方はこんな感じ → | |
2. グリース付きパック(Addenda)の取り付け作業
- 以下のケーブルを各コネクター間に接続する。
| ┌→ | Heat Capacity コントローラーのP1 |
Dewar Gray Connector ← | ┤ | |
| └→ | Model 6000のP2丸コネクター |
なお,ケーブルの接続図で確認をすること。
- Multi-Vuソフト(以下MV)上の [Utitities] → [Active Option...] でHeat Capacity を Active にする。パック挿入前に Active にしておくこと。HCのウィンドウが出るはずである。
- MV上の [Instrument] → [Temperature] で試料温度を 300 K (室温)に設定し,温度の安定を待ち,[Instrument] → [Chamber]→ [Vent. Cont.] を選択し,Flooding にした後,クライオスタット上部のクイックカップリングを外し,バッフル付きのふたを取り外す。当たり前だが,試料室内部に前の測定で使用した試料パックやプローブが入っていないことを確認する。
- グリース付き試料パックを,挿入棒を用いて挿入する。この際,試料パックが正確に試料挿入棒に取り付けられているか,ゆるみがないか,確実に着脱できるかを良く確認すること。
- バッフル付きの試料室ふたの先端に,チャコール吸着剤のオプションがしっかりつけられていることを確認する。オプションが着いていなければ,取り付ける。バッフルの輻射遮蔽板(円形のアルミ板)などに霜が付いていないか確認すること。霜が付いていたら,ドライヤーで除去する。
- 必要に応じて,試料室上部のクイックカップリング部のOリングに真空グリースを塗る。
- 試料室に丁寧にふたを挿入し,クイックカップリングにて固定する。
- [Purge & Seal] を行う。
3. バックグラウンド(Addenda)測定
- HC の [Installation Wizard] → [Prepare Addende measurement] を選択する。
- 全ての項目について,確認,設定,変更を行う。
- 下準備(既に終わっているところは飛ばす)
- 試料パックの挿入
- チャコール吸着剤の固定
- 使用するパックのシリアルナンバーの入力
- パージ
- 温度較正ファイルの選択(日付付きで管理されており,一覧から選択できる)
- 抵抗測定(ワイヤーリング)テスト。不具合がある場合はエラーが表示される。
- ファイル名などの入力
- Open New File でファイルネームを入力する。サンプル情報の入力は必要なし。
- → Finish
- アデンダの測定
- Measurement Command タブの New Addenda を選択する。
* もしも,シーケンスコマンドを用いてアデンダ測定を行う場合は,シーケンスコマンドの Measurement Command の Creat New Addenda Table のコマンドを用いる。
- 測定条件を入力する。
- 温度範囲(開始と終了の温度)
- 測定点数(推奨値を使っても良いが,マシンタイムとの兼ね合いで判断する。)
- 温度安定度
- 繰り返し回数(3回が普通)
- コメント
- delta T(一度に上げる温度幅の設定,測定温度領域で判断する)
- OK を選択すると,自動的に高真空モードになり,定常状態に達した後,開始温度に設定され測定が開始する。
- この手順で設定された測定は,入力した測定終了温度(高真空モードのまま)で終了する。
- 注意点:
測定点数は,次項の試料測定がどれだけ細かい測定を要求しているかに合わせて決める。実際の試料を 0.5 K 刻みで測定するつもりなのに,アデンダ測定を 10 K 刻みで測定したのでは,熱容量値の絶対値の精度は当然低くなる(当たり前!)。アデンダ測定の不都合から生じた小さな熱異常を,本物の熱異常と見誤る危険性もある。
もちろんマシンタイムとの兼ね合いがあるので,それもじゅうぶん考慮し,アデンダおよび試料測定の温度間隔を決定すること。一般的に,推奨値よりじゅうぶん大きくした方がよい(1.5倍から2倍程度)。
4. 試料用パックの準備
- 前測定が終了していることを確認する。
- HiVac でないことを確認した後,試料室温度を 300 K に設定し,温度が安定したら Vent Cont. にする。
- クイックカップリングを外し,バッフル付き試料室ふたを丁寧に取り出す。
- Addenda 測定が終了したパックを,試料室から挿入棒を用いて取り出す。再度ふた(バッフル無しのもの)をして, Purge & Seal を行う。
- 試料パックのふたを取る。
- 試料パックを試料マウント用台に乗せ,真空ポンプの電源を入れてパックを固定する。試料プレートが完全に吸引されていることを確認する。
- あらかじめ秤量した試料をプレート表面につける。試料をつまようじやピンセットなどで注意しつつ押しつけ,密着させる。
試料の秤量は出来るだけ桁数のとれる精密天秤で行う(少なくともマイクログラムオーダーは欲しい)。
- 試料パックの固定を解除し,真空ポンプの電源を切り,パックを試料マウント台から取り外す。
- 試料パックにふたをする。
5. 試料付きパックの取り付け作業
- 試料室温度が 300 K で安定していることを確認する。
- [Instrument] → [Chamber]→ [Vent. Cont.] を選択し,Flooding にした後,クライオスタット上部のクイックカップリングを外し,バッフル付きのふたを取り外す。
- 試料が取り付けられた試料パックを,挿入棒を用いて挿入する。この際,試料パックが正確に試料挿入棒に取り付けられているか,ゆるみがないか,確実に着脱できるかを良く確認すること。
- バッフル付きの試料室ふたの先端に,チャコール吸着剤のオプションがしっかりつけられていることを確認する。オプションが着いていなければ,取り付ける。バッフルの輻射遮蔽板(円形のアルミ板)などに霜が付いていないか確認すること。霜が付いていたら,ドライヤーで除去する。
- 必要に応じて,試料室上部のクイックカップリング部のOリングに真空グリースを塗る。
- 試料室に丁寧にふたを挿入し,クイックカップリングにて固定する。
- [Purge & Seal] を行い,[HiVac] をスタートさせる。
6. 試料測定
前提条件として,既に Heat Capacity が Active になっているものとして説明する。なお,試料パックをクライオスタットにセットした時点で[HiVac] をスタートさせると,設定時間分の時間の短縮が出来る。
- HC の [Installation Wizard] → [Prepare Sample measurement] を選択する。
- 全ての項目について,確認,設定,変更を行う。
- 下準備(表示は出るが,既に終わっているところは飛ばす)
- 試料パックの挿入
- チャコール吸着剤の固定
- 使用するパックのシリアルナンバーの入力
- パージ(試料室がパージ済み,または HiVac が走っていれば,行わない)
- 温度較正ファイルの選択(アデンダ測定で使用したものと一致させること)
- Addenda ファイルの選択(通常は,直前もしくは一番新しい Addenda ファイルを選択する)
- 抵抗測定(ワイヤーリング)テスト。不具合がある場合はエラーが表示される。
- ファイル名などの入力
- サンプル測定の結果を保存するファイルのファイル名を指定する。
- コメント
- 試料情報(質量,分子量,原子数)
- 測定結果の単位(通常は,JK-1mol-1)
- → Finish
- 試料測定(シーケンス入力)
- シーケンスコマンドで Measurement Command の中のSample HC を選択する。
- 測定条件を入力する。
- 温度範囲(開始と終了の温度)
- 測定点数(推奨値を使っても良いが,マシンタイムとの兼ね合いで判断する。)
- 温度安定度
- 繰り返し回数(3回が普通)
- 測定時間(自定数の倍数,1〜2倍が推奨)
- その他
- 昇温幅(測定ごとの昇温幅 delta T は,基本的にアデンダ測定の時と同じにする)
- シーケンスを保存する
- MV上で [Sequence]→[Run] を選択すると,自動的に測定が開始する。
- 注意点:
シーケンスの入力例は Tsuji Lab. ホルダーの下などにあるので,適宜参考にすること。
7. 測定終了
- 試料室温度を 300 K に設定し,温度が安定したら Vent Cont. を行う。
- クイックカップリングを外し,バッフル付き試料室ふたを丁寧に取り出す。
- 測定が終了したパックを,試料室から挿入棒を用いて取り出す。再度ふた(バッフル無しのもの)をして, Purge & Seal を行う。
- すぐに次の測定を開始する場合は,試料室温度をそのまま室温で保持する。測定を行わない場合は,[Shutdown] にしておくと液体He の消費を抑えられる。
- 試料パックのふたを取る。
- 試料パックを試料マウント用台に乗せ,真空ポンプの電源を入れてパックを固定する。試料プレート(が完全に吸引されていることを確認する。
- ピンセットで直接試料を挟み,試料をプレートから取り外す。このとき,出来るだけ垂直方向に引っ張る感じで取ること。試料を横にスライドさせて取ったりすると,グリースがワイヤーに付いてしまい,後の洗浄が難しくなる。じゅうぶん注意すること!!
- プレート表面を洗浄する。ベビー用綿棒(先が細いもの)や爪楊枝の先にキムワイプを巻き付けたものにアセトンを含ませ,グリースを完全に拭き取る。NグリースやHグリースはアセトンに溶けにくいが,根気よく掃除すること。
トルエンは,グリースの可溶性に優れているが,パック内部のワイヤーや信号線を固定している接着剤に影響を与える恐れがあるので,使わないこと。
- 試料パックの固定を解除し,真空ポンプの電源を切り,パックを試料マウント台から取り外す。
- 試料パックにふたをして,保管する。
使用上・測定上の注意事項など
この章は,山村先生が長年にわたって培われた精密熱測定の経験と,PPMS Heat Capacity を実際に使用して得られた知識に基づくものです。
- パックの熱伝導
- 試料の量の目安
- 測定に際して
- パックの洗浄
- パックの較正
- 熱容量データの解釈について
1. パックの熱伝導
比熱用のパックは,パックのふたとサンプル保持部からなりますが,両者間の熱伝導・熱接触が良くないとパックの温度調節がうまく行きません。また,パック下部とクライオスタットのパック取り付け部との熱接触が良くないと,温度コントロールがおかしくなり,測定が出来ません。
前者の対処としては,パックのふたとサンプル保持部が接触する部分に,極少量のアピエゾンHグリースを薄〜く塗ることで改善できます。後者については,パック下部のツメを広げる,ツメにアピエゾンHグリースを塗るという方法で改善してください(これらの作業は勝手に行ってはいけません。必要がある場合は管理者に相談してください)。
2. 試料の量の目安
この比熱装置の測定方法は緩和法です。よって,試料+アデンダ+αの熱容量と熱伝導率に,測定精度が左右されます。測定原理については,熱測定の参考書・教科書をお読みください。
熱伝導率の比較的大きな試料では,多少大きな試料を用いても測定できます。例えば Cu など熱伝導が優れているものでは,室温付近でも文献値に近い測定値を得ることが出来ます。一方,酸化物や焼結体,ポリマーなど熱伝導率の低いものについては,あまり試料の量が大きいものはお勧めできません。室温付近の測定であればなおさらです。
質量の桁数も絶対値の精度に直接効いて来ますので,だいたい 10 mg を目安にするのがよいのではないかと思います。私(山村先生)が測定した範囲では,最小が 0.7 mg(熱伝導が良いものでした)で最高が 20 mg 程度(酸化物で 20 K 以下の測定だけ)だったと思います。なお,グリースによる試料の接着が悪ければ,試料の熱伝導が良くても当然うまく計ることは出来ません。
3. 測定に際して
この比熱装置は,昇温向きへも降温向きへもスキャンしての測定が可能です。設定温度で温度を止めて平衡に達してから測定をするので,本来,測定値は温度スキャンの向きに依存することはないはずです。しかし,温度スキャンは,昇温より降温向きの方がより安定な測定が出来るようです。
また,測定温度到達後の1点目はデータがばらつきます。これは熱浴の温度がじゅうぶん安定していないからだと思われます。2回目,3回目と比べてデータがひどければ,カットすることもお勧めします。この不具合は,パックの接触,試料の接触,試料の量などにじゅうぶん気を遣えば,かなり抑えることが出来ます。
100 K とか 200 K から測定を始める場合には,300 K から温度を変化させてすぐ測定するのではなく,HiVac にした後,目標温度までゆっくりと温度を下げてから Run させるか,目標温度でしばらく放っておいてから測定を始めると,最初の温度から測定がうまくいきます。
4. パックの洗浄
英文マニュアルには,確かトルエンでパックの洗浄をすると書いてあると思いますが,日本カンタムデザインは,トルエンで洗うと線を固定する接着剤がダメージを受けるので,極力しない方が良いと言っておりました。実際,配線がほどけたという事故例もあります。まず,汚さないようにじゅうぶん注意してください。
5. パックの較正
通常使用していただいているパックだけ,パックの較正をしております。また,磁場中での温度較正テーブルも過去に作りました。
新たにパックの較正をする時には,必ず管理者と相談の上,英文マニュアルと熟読してください。
6. 熱容量データの解釈について
これについては,管理者の管轄外であり,独自に勉強していただきたいのですが,少しだけ触れておきます。
先に述べたように,この比熱測定装置は緩和法ですので,基本的に潜熱を伴う一次転移は測定できません。また,固体測定しかできないので,あまり大きな潜熱を持たない熱異常が多いと思います。この場合,もっともらしい熱異常が得られることもじゅうぶんありますが,その熱異常を積算して求めた転移エンタルピーや転移エントロピーの議論をするときには,取り扱いにじゅうぶん注意してください。同様の理由で,ガラス転移など,原子・分子運動の凍結を伴う非平衡状態の測定の場合にも,じゅうぶんな注意が必要です。
電子比熱の評価が必要な場合には,20 K 以下を少なくとも100点から200点の温度で測定することをお勧めします。
特に,小さな熱異常が得られたときや熱容量の絶対値を議論するときは(それ以外の場合でも),まず,アデンダの測定データを全熱容量データ(アデンダ分を差し引く前の熱容量)をじゅうぶん検討してください。試料の全熱容量への寄与分を考えればすぐに分かると思いますが,試料自体の寄与分は非常に小さいので,アデンダ測定時における熱容量の飛び,アデンダのデータのふぃっていんぐの良し悪し,ノイズなどが試料の見かけの熱容量曲線に大きく影響を与えます。これらが原因でもっともらしい熱異常が検出されたかのように見えてしまうこともあり得ますので,じゅうぶん注意をして熱異常の評価をしていただけるようお願いします。試料の熱緩和時間やカップリング値も参考にされた方が良いです。もちろん,再現性を確認することが一番重要です。
PPMS の緩和法は,緩和曲線をじゅうぶん長い時間測定してフィッティングをかけるという通常の緩和法で行われていることをしておりません。表示されている実測の緩和曲線とフィッテイング(計算?)された緩和曲線が大きく異なる場合もありますので,データの評価の際にはじゅうぶんご注意ください。
以上,PPMS の比熱測定についての簡単な使用法と注意事項をまとめました。あくまでも簡易マニュアルですので,装置をご使用の際には元のマニュアルを熟読してください。