[ 新入生募集] [JAIST] [研究テーマ] [研究室の運営方針] [プロジェクト] [メンバー] [社会人学生ゼミ] [出版リスト] [最近の活動] [写真] [連絡先] [english]

IoTを活用したイノベーション

北陸先端科学技術大学院大学 教授 内平直志

100年に一度の大変革

ここ数年,IoT(Internet of Things)やAI(人工知能)というキーワードを新聞やニュースで日常的に聞くようになった.最近は,デジタルトランスフォーメーション(DX)というキーワードも頻繁に使われる.DXは,IoTやAIを含むデジタル(情報通信)技術を活用によるビジネスや組織の変革を意味する言葉である.この変革は100年に一度の大変革だとも言われている。一方、デジタルトランスフォーメーションと聞くと,大げさに感じるが,必ずしも大企業や大きな組織だけでなく,中堅・中小企業にとっても,IoTやAIを活用した新しい製品やサービスあるいは業務改善などのイノベーションのチャンスが広がっている. しかし,このイノベーションを実現するのは容易ではない.

そもそもIoTとは何か?

Internet of Thingsを直訳すれば「モノのインターネット」で,具体的には自動車,航空機,家電機器,生産設備などの「モノ」が,人間を介さずに直接インターネットに繋がり,「モノ」の持つ情報にインターネットを経由してアクセスできることを意味する.しかし,これは「狭義のIoT」である.多くの場合はより「広義なIoT」,すなわち「モノ」(フィジカル空間)の情報をインターネット経由でクラウド(サイバー空間)に送り,クラウド側でデータ分析や最適化などのAIを活用した知識処理を行い,その結果を「モノ」自体や「モノ」を扱う人間に制御命令や情報としてフィードバックする一連のシステムを指す(図1).IoTでは,「モノ」が直接インターネットに繋がるが,重要な点は人間が入力する情報量に比べて,「モノ」からセンサー等で直接得られる情報量がケタ違いに膨大になる点である.例えば,最新鋭の半導体工場では,1日当たり数十億件のデータが集まると言われている.このケタ違いに膨大な情報(ビッグデータ)から価値を引き出すことは,人間の能力の限界をはるかに超える.ゆえに,広義のIoTでは,機械学習など膨大な情報を処理する高度なAI技術が不可欠である.広義なIoTでは,フィジカル空間に分散していた「モノ」の情報がサイバー空間で集約され,価値創造が物理的な制約から解き放たれたサイバー空間にシフトする点が根本的な変化であり,「100年に一度の大変革」の所以である.


図1:広義のIoTはフィジカル空間とサイバー空間を繋ぐシステム

IoTを活用したイノベーションの事例

IoTによるイノベーションには,プロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーションがある.前者は,製品・サービス(プロダクト)のIoT化による従来のプロダクトにはなかった新しい価値の提供である.後者は,IoTを活用した従来のビジネスや業務の課題解決である.この2つのイノベーションはアプローチが大きく異なる.

(1)IoTによる新しい価値の提供

IoTによるプロダクト・イノベーションは,製造業のサービス化として位置付けられる.従来から昇降機や複写機では,ネットワーク経由で機器の情報を収集し,使用状況や劣化状況に応じた最適な保守サービスを提供してきた.現在は,様々な機器がインターネットに繋がり,様々なサービス価値の提供が広がっている.航空機のジェットエンジンや建設機械の稼働状況を常時モニタリングすることで,不具合の予兆を事前に検知・対策し,稼働率を向上させるだけでなく,最適な運転のアドバイスを行うなどのサービスが実用化されている.また,自動車がインターネットに繋がることで,カーシェアリングや安全運転の度合いをモニタリングする自動車保険などの新しい価値を提供できる.今後は,家電機器などの身近なプロダクトにもIoTを活用したサービスが広がっていくであろう.ただ,保守サービスのように既に成功事例がある場合が良いが,今まで世の中にない新しい価値を創造する場合,先駆者は多くの苦労を乗り越える必要がある.

(2)IoTによる課題解決

IoTによるプロセス・イノベーションの典型例はスマート工場であり,工場の生産設備をネットワークで繋ぎ,生産の状況をリアルタイムで把握・共有・分析することで,設備の故障によるダウンタイムの削減,製品の歩留まりの向上,生産計画の最適化などの課題を解決する.工場の課題解決は従来から脈々と行われてきたが,2つの新しいイノベーションの要因がある.1つは徹底した状況把握と分析である.すなわち,生産現場の状況を計算機上でほぼ完全に再現する「デジタルツイン」により,計算機上で様々な分析や最適化のシミュレーションが可能になった点.もう1つは,従来は自社およびベンダーで垂直統合的に構築してきたシステムが,各レイヤーで水平分業化が進んだ汎用IoTプラットフォームを活用して構築できるようになった点である.これにより,工場内だけでなく,工場間,部門間,企業間のシステム連携も容易になり,工場内のカイゼンだけでなく,バリューチェーン全体のカイゼンが可能になる.また,工場に限らずオフィスや店舗における効率向上などのIoTによる課題解決も行われている. IoTによる課題解決の主体は,必ずしもIoTが専門ではないため,従来はIoTベンダーへの依存と投資が必要であった.しかし,最近は安価な計測機器・シングルボードコンピュータやクラウドのサービスにより,低コストでIoTを導入できる環境が整ってきている.

IoTイノベーションに立ちはだかる困難

IoTによるイノベーションは様々な業種,様々な規模の企業にとって大きなチャンスであるが,実際にそれを実現するのは容易ではない.総務省の令和2年版情報通信白書でも,IoTを導入している/導入予定がある企業は約2割という調査結果が示されており,大手など一部企業では取り組みが進んでいるが,中堅・中小企業ではIoT導入に困難を感じているところがまだまだ多い. IoTイノベーションを実現する際に陥りがちな困難は4つ(技術,市場・顧客,事業・エコシステム,人・組織)に分類できる. 「技術面の課題」には,IoTで収集したデータの分析方法や動作保証などがある.IoTで収集できたデータを単に分析しても良い結果が出ないことが多い.現場の状況を理解し適切な前処理を行うことが不可欠である.また,分析時に想定していなかったデータに対する動作保証は大きな課題である.「市場・顧客面の課題」には,IoTは導入してデータを分析しないと効果がわからず,導入前に投資対効果を明確に示すのが難しく,経営者が投資判断できないケースは非常に多い.また,データやデータからAIで作成したモデルの所有権が明確でなく,顧客がデータの提供を渋るケースもある.「事業・エコシステム面の課題」には,コンソーシアムのような大きな仲間(エコシステム)作りに失敗し,各社のソリューションが断片的になり,スケールアップできないケースがある.欧米企業に比べ,エコシステム構築が苦手な日本の企業に多くみられるケースではないだろうか.「人・組織面の課題」は,従来型の製造業がIoTビジネスに参入する場合に,従来の製造業の組織文化とネットビジネスの文化に大きなギャップがるため,変化に対する抵抗,成功体験の不足や失敗体験に基づく偏見,組織間の連携不足,スピード・アジャイル性の不足などが発生しがちである. 中堅・中小企業でIoT導入に成功している事例を調査すると,@IoTを導入により解決すべき課題や目指すべきビジョンが明確,A経営幹部のITに関する深い理解と強いリーダーシップ,Bベンダーに丸投げせずに自ら試行錯誤で最適なシステムを開発,などの共通点がみられる.

困難を乗り越えるためのデジタルイノベーション・デザイン手法

「100年に一度」かどうかはともかく,IoTによるイノベーションが我々の生活や産業構造を大きく変えとなることは間違いない.しかし,その実現は前述のように困難も多い.そこで,スティーブ・ジョブズのような特別な人や限られたICTの専門家だけでなく,中堅・中小企業および非ICT企業,さらに地域の企業や組織でも,困難を乗り越えてIoTイノベーションを実現する手法が望まれる.筆者らは,IoTイノベーションを実現するための「デジタルイノベーション・デザイン手法」を提案している(図2).具体的には,「価値設計」,「システム設計」,「戦略設計」,「プロジェクト設計」の4つのステップと,各ステップで用いるフレームワークとして,「ビジネスモデル・キャンバス」,「SCAIグラフ」,「オープン&クローズキャンバス」「プロジェクトFMEA」などを提供する.もちろん,本手法を使えば必ずイノベーションを実現できるわけではない.手法はあくまでも道具であり,道具を活用するのは人間である.しかし,共通の理解を促進する手順とチャートを用いることで,IoTイノベーションの「チャンス」と「困難」を見える化し,多くの関係者間で共通認識を持ち,適切な議論・判断を行うことにより,成功確率を高めることができると考えている.


図2:筆者らが提案するデジタルイノベーション・デザインの手順


内平研究室