[Home(科研費19K12234)]
[研究提案書]
[事例集]
[内平研究室]
科研費 基盤研究(C) 19K12234
気づきに基づくIoT/CPSサービスビジネスのイノベーション・デザイン手法
成果報告書
研究開始当初の背景
Internet of Things (IoT),人工知能(AI),クラウドコンピューティング,などの情報通信技術から構成されるCyber Physical System (CPS,サイバー空間とフィジカル空間の融合)の進展と普及は,社会に大きな変革をもたらしつつある.この変革は,社会のあらゆる分野に広がり,その目指す新たな経済社会は「Society5.0」と総称されている.特に,産業分野においては,「第4次産業革命」として,CPSによる「新たなサービス・製品創出による社会課題の解決,グローバルな市場・付加価値の獲得」(経済産業省新産業構造ビジョン)が期待されている.しかし,企業が実際にイノベーションを実現するのは容易ではない.特に,第4次産業革命の波及効果が期待されている数多くの中堅・中小企業において,イノベーションはハードルが高い.ここでは,イノベーションを実現するための手順化されたシステマティックな(=工学的な)方法論が望まれている.本研究課題では,イノベーションを実現するための工学的な手法を「イノベーション・デザイン手法」と呼ぶ.
一方,ハードウェア,ソフトウェア,システムの設計に関しては,膨大な研究が行われてきた.顧客の要求を仕様に落とし込む要求工学の研究も蓄積があり,最近では,要求工学の範囲に顧客のビジネスのモデル化までを含む「超上流要求工学」が注目されている.また,ビジネスモデリングの手法の研究も進み,フレームワークとしての「ビジネスモデルキャンバス」は広く使われている.並行して,2000年代から製造業のサービス化のニーズに基づき,従来のハードウェア,ソフトウェア設計手法をサービスの設計手法に拡張する研究も着実に進展している.これらの既存の設計手法は,主に製品・サービスおよびそのビジネスの業務手順に対するものであった.しかし,イノベーションとは「アイディア創出から問題解決を経て,最終的には経済的・社会的価値への実現へと至るプロセス」であり,上記の設計法はイノベーションの一部でしかない.本研究課題では,システム設計から価値実現(運用)までのプロセスとしてのイノベーションを設計する「デジタル・イノベーション・デザイン」を研究対象とする.
研究の目的
「デジタル・イノベーション・デザイン」の視点からは,従来のハードウェア・ソフトウェア・システム・ビジネスの設計方法論の研究には以下の課題があった.
- [課題1]CPSによるサービスビジネスの構造を生かした設計手法になっていない.
従来の「ビジネスモデルキャンバス」などの手法は汎用的であった.CPSによるサービスビジネスに特有の構造を設計手順に組込むことで,より適切なイノベーション・デザインが可能になる.IoT/AIを前提する設計手法もいくつか提案されているが,初期提案段階である.
- [課題2]競争・協調戦略(ビジネスエコシステム)まで考慮した設計手法になっていない.
従来のシステム設計手法で要求仕様通りの設計ができても,それが競争・協調が混在するビジネスエコシステムで機能する保証はない.ビジネスエコシステムの中で機能し,持続的な価値と収益を生み出すまでの「戦略」を含むイノベーション・デザインが必要である.
- [課題3]設計と運用をアジャイルに繰り返すことを前提とした設計法になっていない.
常に変化するビジネス環境においては,システム設計したものが運用時に適切かどうかを常にモニタリングし,設計フェーズと運用フェーズをアジャイルに繰り返す必要がある.設計フェーズだけにフォーカスした設計法では,イノベーション・デザインとして不十分である.
- [課題4]設計手法を評価する枠組みがない.
様々な設計手法が提案され,実務での有効性は経験的に確認されていたとしても,その設計手法の効用のメカニズムをモデル化し,手法の有効性を評価する枠組みがない.
本研究課題では,上記の課題を解決する「CPSを活用したイノベーションをデザインする工学的な方法論」の研究・開発を目的とする.具体的には,IoT/AI時代の市場および競争・協調環境の変化にアジャイルに適応するために,システム設計と運用を一体化してデザインする「デジタル・イノベーション・デザイン」というコンセプトを示し,その工学的な研究基盤を世界に先駆けて確立する.
具体的には,以下の研究項目を設定した.
- A:デジタル・イノベーションの分析フレームワークと事例データベース構築(【課題1】)
- B:デジタル・イノベーションのシステム設計手法の開発(【課題1,課題2】)
- C:デジタル・イノベーションのシステム運用・検証手法の開発(【課題3】)
- D:デジタル・イノベーション・デザイン手法を評価する枠組みの構築(【課題4】)
研究の方法
4つの研究項目に関して,以下のように研究を実施した.
- (A)デジタル・イノベーションの分析フレームワークと事例データベース構築
CPSを生かしたイノベーションの国内外の事例調査を実施し,CPSを生かしたイノベーションの特徴的な構造を表現・分析する網羅的なフレームワークを提案する.そのフレームワークを用いて事例データベースを構築し,デジタル・イノベーション・デザイン手法の各手順の中で活用する.
- (B)デジタル・イノベーションのシステム設計手法の開発
「グローバルな競争・協調環境におけるIoTサービスビジネスデザイン手法」をベースに,前記フレームワークを設計チャートとして組み込んだシステムの設計手順を開発する.設計チャートでは,システムの構造だけでなく,ビジネスエコシステムにおける競合・協調戦略の可視化の手法を導入する.中堅・中小企業の担当者でも活用できるように,チャートだけでなく事例データベースの具体例を参照しながら,設計上の「気づき」を誘発する手順・ツールを開発する.
- (C)デジタル・イノベーションのシステム運用・検証手法の開発
従来のシステム設計の検証は,システムが仕様を満たすかを検証すればよいが,イノベーション・デザインでは,システム設計だけでなく運用時を含めてビジネスの目的と外部環境と現状のギャップをモニタリングして,そのギャップに早期に気づき対策をとる必要がある.そのために設計チャートと,外部環境の変化を含む運用時の状況を示すチャートとの比較から,「ギャップの可視化」を行うシステム運用・検証手法とツールを開発する.
- (D)デジタル・イノベーション・デザイン手法を評価する枠組みの構築
過去の成功失敗事例から将来の機会とリスクの気づきを得る手法をデジタル・イノベーション・デザインに拡張するとともに,デザイン手法による「気づき」のレセプターの形成・活性化のメカニズムを明らかにし,認知アプローチによるデジタル・イノベーション・デザイン手法の評価の枠組みを構築する.その枠組みに基づきイノベーション・デザイン手法を学ぶワークショップを立案し,その実施を通じてイノベーション・デザイン手法の評価を行う.
研究成果
4つの研究項目に関する成果を述べる.
(A)デジタル・イノベーションの分析フレームワークと事例データベース構築
CPSの構成要素であるIoTを生かしたイノベーションの国内外の事例(70件)を調査・分析し,ビジネスモデルキャンバスの9つの構成要素(顧客セグメント,顧客との関係,チャネル,提供価値,キーアクティビティ,キーリソース,キーパートナー,コスト構造,収入の流れ)に関して,IoTイノベーションの特徴を明らかにした[1].ここでは,先行研究では認識されていなかった新しい特徴も発見した.CPSの構成要素であるAIを生かしたイノベーションに関しては,文献調査および企業インタビューを通じて,機械学習応用システム開発における課題・ニーズを体系的に整理し,課題・ニーズマップとしてまとめた[2].課題・ニーズマップは,12項目(信頼性・安全性,効率・生産性,プロセス管理,人間とAIの関係,ビジネス・経営,AI の正しい理解,AI 人材育成,リスク対策ガイドライン,データ・モデル流通,セキュリティ・プライバシー,政策・社会システム,法制度・規制)から構成される.これらのIoTイノベーションの事例集および課題・ニーズマップは論文として発表するとともにWebで公開し,随時更新を行っている.
(B)デジタル・イノベーションのシステム設計手法の開発
4つの設計(価値設計,システム設計,戦略設計,プロジェクト設計)から構成される「デジタル・イノベーション手法」を提案し[3],様々な事例適用を通じて洗練化・詳細化・拡張を行った.
具体的には,「価値設計」に関しては,研究項目(A)で構築した事例集を活用し,IoTイノベーションの提供価値の発想を支援する手法を提案した[4].また,より本質的なニーズから価値設計を行う思考プロセスを支援する「デジタル・イノベーション価値設計手法」を提案した[5].
「戦略設計」に関しては,ビジネスエコシステムにおける競合・協調戦略に関して,既存のビジネスエコシステムを新しいターゲットに対してどのように展開していくかに関する4段階(Detection, Derivation, Direction, Diversion)から構成されるプロセスモデル(4D Process Model)をMicrosoft Azure IoTの事例に基づき提案した[6].
「プロジェクト設計」に関しては,AI応用システム開発における「プロジェクトFMEA手法」を提案し,試行評価を行った[7].ここで,AI応用システム開発における2つのプロセス(実装プロセス,進化プロセス)と研究項目(A)で抽出した課題・ニーズマップをベースに整理した困難マップを紐づけて,プロジェクトFMEAの故障モードを抽出する点が特徴である.
さらに,「デジタル・イノベーション手法」をゴール志向分析と組み合わせ,グリーントランスフォーメーションに拡張した「グリーンビジネス向けサービス価値設計手法」を提案した[8].並行して,IoT・AIを活用したデジタル・イノベーションを具体的なアプリケーションで推進する際に必要となる最適化技術の開発も行った[9,10].
(C)デジタル・イノベーションのシステム運用・検証手法の開発
CPSイノベーションのシステムの導入・運用プロセスをデジタルトランスフォーメーション(DX)と捉え,DX推進においてステークホルダ間に発生するギャップを大企業のDX推進関係者へのインタビューに基づき抽出・分析した.具体的には,ステークホルダ間の認識ギャップにより生じる困難の7つのパターンを抽出し,その7つのパターンの根本原因となる6つの要素(情報ギャップ,経営ギャップ,評価基準ギャップ,利害ギャップ,未来認識ギャップ,信頼ギャップ)を明らかにした[11].
一方,中堅・中小企業においては,大企業とは異なるDX推進の困難と困難を乗り越えるパターンが存在する.中堅・中小企業の事例分析を通じて,中堅・中小企業が困難を乗り越えてDXを推進するための6項目(目的とビジョンの明確化,DXへの適切な理解とリーダーシップ,自前システムによる試行錯誤,メンバーの成功体験による自分ごと化,DXを推進する企業文化,外部への展開)から構成される「成功のメカニズム」を提案した[12].
また,特に機械学習応用システムに関して,システム運用プロセスにフェーズ(可視化,予測,最適化,自律化)とフェーズ間の深化の概念を導入し,7つの商用の機械学習応用システムプロジェクトの事例分析を行い,各フェーズの特徴とフェーズ間の深化のための課題や解決手法を検討し,パターンとして整理した[13].
(D)デジタル・イノベーション・デザイン手法を評価する枠組みの構築
デジタル・イノベーション・デザイン手法の評価視点として4つの視点(効果・効率・網羅性,継続的なPDCAをまわせるシンプル性,標準化とカスタマイズ性,デザイン成果物の検証可能性,デザイン手法自体の評価方法)を示した[3].これらの視点に基づき,被験者によるデジタル・イノベーション・デザイン手法の記述実験による手法の評価を行った(論文投稿準備中).また,デジタル・イノベーション・デザイン手法を実施するワークショップの内容を分析することによるデジタル・イノベーション・デザイン手法の評価実験を行なった[5].
デジタル・イノベーション・デザイン手法の具体的な対象への適用・評価に関しては,AI・IoTを活用した地域(石川県能美市)の課題解決のプロジェクト(2018・2019年度の2年間,8プロジェクト)に適用し,手法の有効性を確認した[14].また,2021年度にスタートした「イノベーション・デザインによるDX推進研究会」を2年間主催し,参加企業のDX事例にフレームワークを適用・洗練化・評価を行った [15].
アウトリーチ活動
上記の研究成果の論文発表に加えて,本研究で得られた成果の積極的なアウトリーチを行った.具体的には,「デジタル・イノベーション・デザイン」および「デジタル・トランスフォーメーション」に関しては,学術および商用雑誌における解説記事を多数執筆した([16][17][18][19]など).また,日本経済新聞 やさしい経済学「IoT時代のイノベーション」の連載[20]も担当した.さらに,2冊の書籍(「デジタル・プラットフォーム解体新書」[21],「AIプロジェクトマネージャのための機械学習工学[22]」)を出版した.
また,「デジタル・イノベーション・デザイン手法」に関して,社会人大学院での講義,講演会,セミナー,研究会などを通じて,実業界での普及を推進した.
引用文献
- [1] Wang, W., IoT ビジネスモデルのパターンの抽出と活用 〜 70企業の分析による体系化〜, 北陸先端科学技術大学院大学 課題研究, 2022.
- [2] 内平, 森, 大島, 人工知能とプロジェクトマネジメント, 電子情報通信学会 Fundamentals Review 13(4), 277-283, 2019.
- [3] Uchihira, N., Innovation Design Method for the Internet of Things: Requirements and Perspectives, 2019 Portland International Conference on Management of Engineering and Technology (PICMET),2019.
- [4] Shinjo, S., Uchihira, N., Service design based on customer value classification in IoT systems, AHFE 2021 International Conference, 2021. (Springer Lecture Notes in Networks and Systems, Vol. 266), 2021.
- [5] 藤根,内平, デジタル・イノベーション価値設計手法の提案, 日本MOT学会第13回年次研究発表会, 2022.
- [6] Banka, K., Uchihira, N., Dynamic Capability in Business Ecosystem: How to Obtain New Capabilities from Existing Environment, 2021 IEEE Technology & Engineering Management Conference - Europe (TEMSCON-EUR), 289-294, 2021.
- [7] Uchihira, N., Project FMEA for Recognizing Difficulties in Machine Learning Application System Development, 2022 Portland International Conference on Management of Engineering and Technology (PICMET), 2022.
- [8] 薄田, 位野木, 内平, ユーザ脱落回避のためのグリーンビジネス向けサービス価値設計手法の提案, サービス学会第10回国内大会講演論文集, 2022.
- [9] Ogura, T. et al., Prediction of Arrival Time of Vessels Considering Future Weather Conditions, Appl. Sci. 11, 4410, 2021.
- [10] Ogura, T. et al., Bayesian Optimization Methods for Inventory Control with Agent-based Supply-chain Simulator, IEICE Transactions on Fundamentals of Electronics, Communications and Computer Sciences, Vol. E105.A, No.9, pp.1348-1357, 2022.
- [11] Uchihira, N., Eimura, T., The Nature of Digital Transformation Project Failures: Impeding Factors to Stakeholder Collaborations, Journal of Intelligent Informatics and Smart Technology, Vol.7, 11-1-11-4, 2022.
- [12] Naoshi Uchihira, Success Mechanisms of Smart Factories in Small and Medium-Sized Enterprises, 2022 IEEE Technology and Engineering Management Society Conference (IEEE TEMSCON-ASPAC), 2022.
- [13] Okuda, S. et al., Exploitation Pattern for Machine Learning Systems, The 36th International Technical Conference on Circuits/Systems, Computers and Communications (ITC-CSCC), 2021.
- [14] 梅野, 岡田, AI/IoTを活用するためのイノベーション・デザイン手法の地域課題解決への適用, 電子情報通信学会誌, 103(10), 986-990, 2020.
- [15] JAIST支援機構, イノベーション・デザインによるDX推進研究会,
https://www.jaistso.or.jp/jiagccf/dxsuishinkadai/
- [16] 内平, IoT 時代のイノベーション〜人工知能と人間の知能を活用する〜, 愛知経協, 834, 2-6, 2019.
- [17] 内平, IoTを活用したイノベーション, 翼 45 (123), 89-93, 2021.
- [18] 内平, 日本のDXの可能性と課題, 証券アナリストジャーナル, 60(2), 5-14, 2022.
- [19] 内平,中堅・中小企業の工場DXを推進するためのディジタルイノベーションマネジメント, 人工知能, 37(3), 274-279, 2022.
- [20] 内平,IoT時代のイノベーション, 日本経済新聞「やさしい経済学」連載, 2019.
- [21] 内平直志, イノベーション・デザイン, (高梨千賀子, 福本勲, 中島震 (編著), デジタル・プラットフォーム 解体新書 製造業のイノベーションに向けて, 分担執筆) 第4章, 近代科学社, 2019.
- [22] 吉岡信和, 鷲崎弘宜, 内平直志,竹内広宜, AIプロジェクトマネージャのための機械学習工学, 科学情報出版株式会社,2023.
内平研究室